【きっと、私じゃない私と、君以外の君】 I
リタ・アステライトは夢を見ていた。
彼女がそれを夢だと認識していたのには理由がある。
彼女はその時、黒髪の青年だったからだ。
その青年は、真っ白な壁と大きなガラスのシリンダーに囲まれた部屋に居る。清潔さと無機質を極限まで煮詰めたら、こんな感じになるのかもしれないとリタは感じていた。そこは、まるでリタが前世で暮らした研究室を、更に数世代進めたような、そんな雰囲気であった。
青年の隣には、白髪で白衣を着た女性が寄り添う。
だが、まるで靄がかかったように、その女性の顔を認識することは出来なかった。
青年はリタの意志と関係なく動く。何が書いてあるのかよく分からない、空中に並んだ記号の羅列を見つめながら、何度も頷いている。
そして二人は、懐かしさを感じる言葉で何かを話しながら、壁際に目をやった。
巨大で透明な円柱状の容器の中央には、用途不明なものが台座に繋がれている。
それは、機械のようでも、生物のようでも、それ以外のようでもあった。
汚れ一つ無く、光を反射する硬質な床を歩くと、青年はその容器を愛しそうに撫でる。
容器には、磨き上げられた金属製のプレートが取り付けられており、恐らく名称であろう文字が刻まれていた。
顔は分からないが、白衣の女性はきっと優し気な目で見つめていたに違いない。
彼らが、何を成そうとしているのか、リタには分からなかった。
だが、彼もまた、その時を迎えるのかもしれない。
よく分からない予感が、リタにはあった。
「必ず、この……が、……を導き、…………を発……る。だから――――!」
青年が何事かを叫ぶ。
白衣の女性は、青年から離れるように歩くと、微笑みを返す。
リタは知っていた。
この先の言葉を。
白髪の彼女は、こう言うに決まっている。
「永劫の輪廻の果て、無限の因果が収束したその先で、――――待っているわ」
視界が白く染まっていく。
――――だって、君は……。
一筋の涙が頬を流れる感覚に、リタは目を覚ました。
まだ暗い天井が目に入る。
クリシェから旅立つ日も、もうすぐだ。
リタは、届かない何かに手を伸ばすように、その手を伸ばす。
「ノエル、もうすぐ会えるね……」
再会の日は近い。
そんな強烈な予感が、彼女の中に生まれていた。