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邪神ちゃんと極大魔法詠唱者  作者: 不屈乃ニラ
第一章:神童と呼ばれた姉妹
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エリスの家出騒動 5

 クロードとリィナは、同時に転移魔法陣に飛び乗り、一瞬の浮遊感の後、戦場に降り立った。


 目の前には焼け爛れた森と、二人で抱き合う娘たち。まずはその無事を心から喜んだ。

 何故か二人に不機嫌な視線を向けられている気がしたが、戦闘の後で気が立っているのだろう。


 そして、周囲には無残な二人の魔人の死体があった。

 間に合わなかった、とクロードは拳を握り締めた。彼女達は、その手で殺し、生き延びたのだ。

 S級やA級を屠ってきた魔人を彼女たちは二人だけで倒したのだ。年齢を考えれば、想像を絶すると言ってもいいだろう。一人は恐らく素手で殺されている。これはきっとリタだろう。もう一人は首から下が細切れになっている。これはどっちだ? リタしか剣は持っていないが……。


 リィナは膝をついて姉妹の手や顔を触り、心配そうに声を掛けている。


 その姿を見て、クロードは幼い二人が背負うことになる業を恨めしく思った。

 クロードはそれを伝えるべきか迷う。

 けれど、彼女たちは受け入れなければならない。


「リタ、エリス。まずは無事で本当に良かった。……それから、その、魔人……だがな……」


「分かってる――あいつら、元は()()なんだよね?」


 リタは静かに淡々と答えた。その視線は遠くを見据えており感情を読み取る事が出来ない。


「そ、そうだ」


 クロードは悔しそうな顔でそう告げた。


 エリスは目を伏せている。リィナはただ静かに姉妹を抱きしめた。


 リタの頬を涙が伝った。それが、自分のものなのか、顔を寄せる妹のものなのかは分からなかった。

 誰も、何も話さない。降り頻る雪が、彼女たちを白く染めていく。地面から伝わる冷たさも、今は感じない。ただ、その優しさに抱かれていたかった。

 きっと姉妹は、この時の母の温もりを生涯忘れることは無いだろう。


 荒れ果てた森で、死の匂いが漂う中、寄り添う家族の温もりをリタは感じていた。


「ありがとう、ママ」


 リタはリィナの耳元でそう囁く。

 優しくリィナの腕をほどくと、リタは立ち上がった。エリスもまた、続いて立ち上がる。


「ねぇ聞いて。みんな、心配をかけて本当にごめんなさい。私は自分勝手で我儘だった。そのせいで、みんなを危険に晒してしまった。だから、ごめんなさい」


 エリスは深く頭を下げた。


「それから、お姉ちゃんも。ひどいこと言って、本当にごめん。どうしても私――」


「いいの! 全部、いいの。だから、もう謝らないで? だって、エリスが言ってたこと、半分くらいは本当だもん」


「それでも、これだけは言わせて? お姉ちゃん。背負わせて、独りにして、ごめん。――私も、必ず其処に行くから」


 きっとその言葉の真意を知る者はエリス一人だったのかもしれない。

 それでも、彼女に灯った息吹は確かに、脈動を始めていた。


「――エリス、パパ、ママ、私からもいい? 私にはずっと秘密にしてきたことがあるの」


 リタは神妙な表情で口を開いた。少しだけ、膝が震える。

 もしかしたら、これを告げることでこれまでの関係は壊れるかもしれない。

 隠していたことを咎められるだろうか、嘘をついていたと軽蔑されるだろうか。

 そして何より、愛する家族に嫌われるかもしれない。


 それでも、私が私の道を征くのならば、打ち明けねばならない。


「私、魔法が使えるんだ」


 そう言ってリタは右手を伸ばす。魔眼が光り輝いた、次の瞬間――その手には、四肢を捥がれた女の魔人の首根っこが握られていた。

 両腕と両足があったところからは黒い血液が流れ落ち、目を見開いて絶句している。自分の身に起きたことを認識出来ていないのであろう。


 その光景を見ていた面々もまた、絶句している。


「こんな風にね」


 リタが右手を放すと、女は落下する。支えるための手足も無く、顔面を強かに打ち付けた。

 その恐怖に染まる女の顔を、リタが踏みつぶそうとしたときだった。


「もう、いいんだ。リタ」


 声をかけたのはクロードであった。


「これ以上、殺さなくていいんだ」


 そう言ってクロードは、瞬時に抜剣し女の首を斬り落とした。

 女の首を斬り落とした瞬間、東の方角よりとてつもない数の気配を感じる。


「ありがとう、パパ。――どうやらこいつが隠蔽魔法を使ってたみたいだね。……後始末と行こうか」


 リタは無表情でそう答える。その声には何の感情も籠っていない。リタは右手で地面に刺さっていたミスリルの長剣を引き抜くと、左手を振った。地面に2mほどの魔法陣が描かれる。


「乗って」


 そう言って、誰にも目を合わせることなくリタの姿は消えた。

 残された三人は心配そうに顔を見合わせる。


「行きましょう」


 リィナのその声に続き、三人は魔法陣に足をかけた。

 そして転移した先で見たものは――絶望であった。


 どうやら東の平原に出たようである。視線の先は黒く染まっている。黒い砂漠のようにも、黒い海のようにも見える。砂煙を巻き上げ、蠢く影。それらが踏み鳴らす地響きは、呪詛のように腹の底に響く。

 幾万もの魔物の群れ。それらは、真っすぐにこちらを目指して突き進む。


 未だ距離があり、詳細は確認できない。大型から小型まで、人型も獣も混じっている。本来魔物は種族を超えて群れることは珍しい。ましてやあれほどの軍団規模は有り得ない。知能が低い存在も多いため軍団行動など取れるはずがないのだ。


 だが、あれらは違う。間違いなく、町に、王国に惨禍をもたらすだろう。ただ、蹂躙し捕食するために。その飢えや渇きを、殺戮で満たすために。


 これほどの数の魔物など、人類史上恐らく誰も見たことが無いだろう。

 この光景を誰かに話しても、誰一人この光景を信じないに違いない。


 クロードもリィナもただ立っているだけで精一杯だった。言葉一つ出てこない。出来ることなら、全てを投げだし娘たちを連れて逃げ出したかった。きっと、あれの前に、王国は滅ぶ。誰も、家族のことなど気づかないはず――。


 それでも、彼らにその選択肢は許されなかった。何よりも、魔人が引き起こしたことであれば尚更だ。あの日、後悔と懺悔の涙に濡れた時、彼らは誓ったのだから。


 クロードは剣を構えた。リィナも杖を出して構える。エリスはただ静かに姉の後姿を見つめていた。


 リタは、少し先で真っすぐに魔物の群れを見つめている。

 やがて、振り返ると泣き笑いのような表情でこう言った。


「みんな、今まで愛してくれてありがとう。それから、隠していてごめん。怖がっても軽蔑してもいい。……これが一番の隠し事で、多分信じられないと思うんだけど……私には前世の記憶があるの――――千年前に邪神を殺した、魔法詠唱者としての記憶が」

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