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邪神ちゃんと極大魔法詠唱者  作者: 不屈乃ニラ
第三章:観測者の意志と聖女の思惑
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偽りの代償 2

 アリサことリタが、見事に編入を果たした日の午後。特戦クラスに属する生徒の二十四名および担任のロゼッタは第三訓練場に集まっていた。


 客席には、大剣を担いだ剣術の教諭であるロンバス・ダラや、以前仮クラスの時にリタの担任だったセシル・ニコンの姿もある。件の戦術大会への最終選抜も兼ねていることを、誰もがその空気で察していた。


 そんな中、呑気に欠伸を噛み殺すのはリタである。既に選手として内定していることもあるが、単純に忙しさによる寝不足が影響していた。


 元々出場する予定はなかったとはいえ、出る以上は楽しむつもりであるし、聖女の動向次第ではその顔面に拳をめり込ませることを誓ってもいる。


 円形に集う生徒たちを前に、ロゼッタは簡単に説明を始める。例年は二チームを選抜していたが、今年は一チーム十名、プラス補欠二名のみ。その全員をこの学級から選抜する。――全て、()()()()()()()()()()である。


「それから、アリサ・ユーヴェリアと共に、既に出場が確定している生徒が一名いる。アレク・ライナベル・フォン・グランヴィル――貴様だ」


「はいぃぃぃ!?」


 ロゼッタの言葉にアレクは素っ頓狂な声を上げた。王位継承権はないとはいえ、王族がこの大会に参加することは、大きな意味を持つ。


 勿論、これまでに王族や皇族が参加することは何度もあった。暗殺未遂も当然のように起きているし、数十年前には事故ではあるが死亡者も出ている。


 そもそも、毎年最低でも数名は死者が出る大会であり、仮想敵国や戦争相手の国の生徒までいるのだ。当然と言うほか無いであろう。


 アレクは俯いて複雑な表情を浮かべている。リタはそんなアレクの横顔を見て、それも仕方がないかと思う。


 彼は王宮ではあまりいい立場ではないようだし、政争の駒として、例え死傷してもそれはそれで使える便利な道具として、出されていると思い込んでいるのだろう。例え、馬鹿王子であったとしても、流石にそれくらいは気付くはずだ。


(でもね、アレク? 私の口からは言えないけど、それは違うんだ。親の心子知らずって言うけど、いつか分かる日がきっと来るよ)


 リタはただ、口を閉ざす。その表情に、完璧な笑みを張り付けたまま。けれど、その瞳の奥には強い覚悟が宿っていた。


 リタが帯びている密命には、アレクを五体満足で国に帰すことも含まれている。それは、自身のアンダーカバーを得るための交換条件のひとつ。


 辺境伯の望みを叶えることに協力すること――ジ・エンドが脅したともいう――と引き換えに、今の姿と名を得た。そして、学院に編入し大会に出場するためにロゼッタと交渉していたはずが、いつの間にか王宮の思惑も絡む事態となったのだ。


 そうした想定外もあったが、自分たちの将来を考えれば、いつかは必ず通る道である。暫く忙しい日々が続くだろうなと、リタは思わず吐き出しそうになる溜息を飲み込んだ。




「――――それでは、そろそろ始めるか」


 ロゼッタの言葉に、生徒たちは静かに散開し武装を整える。リタも軽く肩を回すと、少し長めにしてあるスカートの裾を摘まんだ。そして裾から飛び出る黒い棒状の物体を掴む。手にしたのは細長い伸縮式の金属棒だ。


 一応、これでも正体がバレないように気を遣っているのだ。軽くて頼りないし、剣に比べるとカッコよくないが、魔力を流し込めば簡単に硬化する携帯性に優れた武器ではある。


 そんな前世で言う特殊警棒を振り回すリタに、周囲の視線が突き刺さる。あとは、パッドがズレないように適当に皆をあしらえば、今日の仕事は終了だ。さっさと自室に戻ってゆっくりしたいところだが……。


 いや、これもいい訓練だ。どんな状況でも、どんなコンディションだって、敗北など自分には許されないのだから。リタは、ふっと笑みを漏らすと声を張り上げる。


「さて、“ユーヴェリアの人間凶器”と称されるわたくしの実力、心ゆくまで味わいなさいな!」


「貴族令嬢とは思えない二つ名だな!?」


 相変わらず騒がしいアレクに、リタはウインクを投げる。最初の標的はお前だ、と。先程内定したこともあり、アレクはこの模擬戦闘には参加しないつもりだったのかもしれないが、そうはさせない。そのままリタが駆け出せば、誰かが号砲のように爆裂魔術を展開した。


 周囲で巻き上がる爆炎や飛び交う魔術を躱しながら、リタは駆け抜けていく。どうやら、そう簡単にアレクに近寄らせてはくれないようだ。それはそれで悪くない。楽しもうじゃないか。




「キャハッ!」


 縦横無尽に疾走しながら凶悪な笑みを漏らしたアリサに、誰かが足を止めた瞬間だった――。数人の生徒が地面に崩れ落ちていく。アリサが投擲した小型ナイフが膝を貫いたからだ。


 フェルナンド・サイルファーブは、そんなクラスメイト達を横目に、アリサの正面から突っ込んでいく。その手には、自身が受け継いだ、魔槍と称される大槍がある。フェルナンドは、武闘大会の事実上の決勝戦にてエリスに敗れてからというもの、死に物狂いで訓練に明け暮れてきた。


 長く伸びた青髪を後ろで縛り上げ、以前よりも精悍さを増した顔つきで見据えるのは、暴風雨のように人間をなぎ倒して進むアリサである。


 だが、倒れた生徒達も、すぐに立ち上がり武器を構える。怪我をおして無理矢理戦線に戻る者もいれば、支援魔術や回復魔術に徹している者もいる。選抜メンバーを争う最中ではあるが、アリサという脅威を前にして、少年少女たちにはある種の連帯感が芽生えつつあった。


 未だに後ろの方から動こうとしない、学級の今の最高戦力であるエリスとキリカに視線を向け、舌打ちを漏らしたフェルナンド。恐らく、皆も同じ気持ちだろう。自分自身に腹が立って仕方が無いのだ。


 自分たちでは、彼女たちと並び立つどころか、足手まといにしかならないのは分かっている。だからこそ、彼女たちが動くのならば、道を空けねばならないのだ。だが、今はまだその時ではないらしい。


「フェルっち! 左をお願い!」


 右から聞こえるモニカの声に、即座に頷いたフェルナンドは横から回り込もうと走り抜ける。それから間もなく、轟音と共に振るわれたモニカの巨大なバトルアックスが地面を砕いた。


 軽々と躱すアリサに、後ろから接近していたレオンの双剣が連撃を放つも、アリサはそれを片手で軽くいなす。あの細い金属棒でどうなってるんだと思うも、きっと魔術で強化しているに違いない。


 それよりも、真に驚くべきは、彼女の状況判断能力と身のこなしである。それに比べて、単標的相手の混戦に慣れていないクラスメイト達は攻め切れていない印象だ。


 フェルナンドは、そんな混戦の中で、一瞬だけ生じた隙間を見逃さなかった。空いた生徒たちの間を穿ちぬくように、自身の魔槍に魔力を込めてアリサの胸部目掛けて突きを放つ。アリサがどんな動きをしようとも、最低でも肩は確実に潰せると踏んでの一撃――――。その、はずだった。


「少し甘くってよ?」


「な、何が……ッ?」


 その光景に、皆が一瞬固まるのが分かった。アリサは、フェルナンドの槍の先端に、人差し指一本で逆立ちしているのだ。スカートがめくれるより早く、アリサは優雅に着地する。


 そう、パッドがズレることを危惧したリタが、胸を抑えて一瞬だけ本気で動いたのだ。それを認識できなかった生徒たちが、気を取り直すより早く――。リタは、周囲にいる全員の意識を刈り取った。




「オーッホッホッホ!」


 倒れ伏す生徒達を前に、気味の悪い笑い声を上げるアリサ。それを見ていたアレクが、瞬きをした次の瞬間。眼前にあったのは、件の少女の怖気のするような笑みであった。


「あら、王子殿下? 父によればわたくしの兄弟子らしいですが、この状況でまばたきなど言語道断ですわよ?」


 そう、ダニエル・ド・ユーヴェリア辺境伯はアレクの剣の師匠でもあるのだ。諸事情により、幼少期は彼の領地で過ごす機会もそれなりにあったアレクである。だからこそ、目の前の少女の存在を未だに受け入れられないのかもしれない。


「ユーヴェリア卿……いや、あの偏屈爺め!」


 色々と言いたいこと、聞きたいことはある。だが、きっと彼女は答えない。アレクは、そんな複雑な感情を吹き飛ばすように思い切り片手剣を振り抜いた。途端に、衝撃と金属音が骨を通じて脳髄まで響く。


「――それでいいんですの、王子殿下。やはり、中々の筋ですわね。それでは……父より、殿下を鍛えなおすよう仰せつかっておりますので」


 アレクの剣を細長い金属棒で受け止めたアリサは、そう言い切るなり武装を解除し、優雅に一礼した。……余りにも不気味だ。アレクは、その視線を逸らさず、剣の切先をアリサの眼前に向けたまま一歩足を引いた。


 笑みを浮かべるアリサだが、胸元から一枚の金貨を取り出すと空中に放り投げた。だが、特に目くらましの意味がある訳でもないらしい。アリサは、真っすぐに右の拳を天に掲げている。


 次に何が出るか分からない以上、今こそ攻めるべきだ。そう理性は訴えかけるも、アレクの直感はそれを拒んでいた。そして、回転する金貨が、アリサの拳の上に美しく着地した。


 アレクが知覚出来たのは、それが最後。

 腹部に感じる衝撃と共に、アレクはその意識を手放した。




「オーッホッホッホ! これは施しですわ。なんと慈悲深い! 治療費代わりに取っておきなさいな!」


 高笑いを上げながら、リタは拳の前で煙を上げている金貨をアレクの胸元に投げた。一応最低限の魔術的な強化は施していた。まだ金貨としての価値は残っているだろう。


 今回リタが放ったのは、金属製ガントレットの代わりに、硬貨を拳の前に魔術で固定してぶん殴るという単純明快な技である。そして、施しとして倒れ伏した相手にその硬貨を与えるまでがワンセットだ。


 正直なところ、一撃の為に金貨一枚を消費するなど、正気の沙汰ではない。だが、貴族っぽく振る舞うには、やはり金の力をアピールすべきだとリタは思い込んでいた。とはいえ、乱発など出来ようはずもない。これで怖気づいてくれたらいいのだが……。


「さて、次にわたくしの『貴族パンチ』の餌食になりたいのは、どなたかしら!?」


「ネーミングセンスが終わってんな! まぁいい。次はオレが相手だ。……どうせなら、白金貨で頼むぜ?」


 声を張り上げたリタの前には、凶悪なデザインのガントレットを構えたラキの姿。笑みを浮かべるラキに、リタも不敵な笑みを浮かべつつ接近していく。


 そうして、周囲には聞こえないように「銅貨でもいい?」「ダメだ」などと会話を交わした少女たちは、久々に拳で語り合うのであった。

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