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邪神ちゃんと極大魔法詠唱者  作者: 不屈乃ニラ
第三章:観測者の意志と聖女の思惑
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ロケット・ザ・ハードパンチャー 1

 エリスが、魔人化した痣の男をいたぶっていた頃、女子寮の姉妹の部屋ではリタとラキが出撃の準備を整えていた。


「ん゛ん゛っ! これでどうだ?」


 リタは、自分の正体を隠蔽するための魔術で、声帯を拡張しつつラキに話し掛ける。自分なりに、ミリタリー物のアニメの指揮官のようなダンディーな声を目指したつもりだ。


(なんというか、今更男装することになるとはね……。声を変えて、顔に認識阻害の魔術を掛けるだけだけどさ……複雑……。いや、別に未練があるとかそういうんじゃないんだけど。……キリカは、今の私を好きだって言ってくれたし――――)


 考え事をしながら、思わず口元を緩めそうになるリタの思考を遮ったのは、ラキの声であった。


「すげーなオイ、完全に渋い男の声だぜ? だがな、流石に体形と合ってなさすぎだ」


 ラキはそう言って笑う。リタは、姿鏡に映った自分の姿を見て溜息をつくと、細かく調整を実施する。多少厚底ブーツで身長を稼いでるとはいえ、顔を隠したところで少年にしか見えないだろう。渋い指揮官の声には、圧倒的に筋肉量も身長も足りていなかった。


「……じゃ、これでどう?」


 声は中々良さげだ。美少年を思わせる声だと自画自賛する。リタは更に細かく装備の内側に真空層を作り出し、見た目の体形を少年に近づけていく。


「ぷっ! ああ、いや、スマン! だが、悪くねーな!」


 膨らんだり萎んだりするリタの装備を見ながら、思わず吹き出したラキからのお墨付きも出たことだ。とりあえず、今回はこれで行こう。リタは、装備の設定を固定化すると、声帯の拡張術式を解除した。


「ラキ、流石に何かあった時に本名で呼び合うのはマズいから、さ。ラキのコードネームは『ロケット』ね」


 リタは、そう言ってラキに微笑みかける。ラキは首を傾げながら聞き返した。


「その、ろけっと? ってのをオレは知らねーけど、この前お前がオレを椅子に縛り付けてかっ飛ばした時にも聞いたな、その単語。普通に嫌なんだが?」


 どうやら先日打ち上げた件をまだ根に持っているらしい。だが、あれは確実にラキが悪い。リタはラキの不満そうな声に対して、強い口調で返した。


「つべこべ言わない! 二つ名は、“ハードパンチャー”でよろしく!」


「二つ名まで用意しとく意味あんのかよ……。なんつーか、どっちも不思議な響きだな? 意味はあるのか?」


 ラキの疑問はもっともかもしれない。だが、今の時点ではそれに対する適切な回答を思いつかないのも事実。リタは、曖昧な言葉で返した。


「とっても遠い国の言葉だからね……。意味は秘密」


「あーはいはい、聞いても無駄だって知ってたよ。お前は?」


 微妙に引き攣った笑みを浮かべるラキの問い掛けに、リタは頬を綻ばせる。どうせこの世界の人間には伝わらないのだ。存分にカッコつけさせてもらおうじゃないか。リタは腰に手を当てると、満面の笑みを浮かべた。


「よくぞ聞いてくれました! 私のコードネームは『ジ・エンド』、二つ名は“終幕を告げる者”、かな?」


「……なぁ、その二つ名って、笑うとこか?」


「……」


 リタは無言で微笑みながら、ラキを見つめる。ラキは慌てたように手を振りながら続けた。


「――いや、すまん! 忘れてくれ! 了解だ、ジ・エンド。これでいいか?」


「ああ、勿論だロケット」


 声を変えてそう返したリタは、元ルームメイトとひとしきり笑い合うと再び床に描かれた地図を眺める作業に戻るのであった。




 そうして、キリカが追い立てている二号標的を示す光点を見つめていたリタは、仕掛けた追跡術式(トレーサー)が捉えた魔力反応を感知し、口角を吊り上げた。即座にキリカに通信を繋ぐ。


『キリカ! 二号標的からの信号を捕捉したよ。やっぱ持ってたね、通信の魔道具。後は適当に縛って転がしといて? ――――うん、後で回収するから。今夜はもう遅いし、早く帰ってね……。私が閣下に殺される前に!』


 さて、ようやくか。リタは、身体をほぐすように伸びをした。先日パウロが通信の魔道具の入手に成功したと話していたが、まだ現物を確認しに行けていない。こんな事になるなら、早めに確認しておくべきだったと思うが、どうにかなって良かった。


 どうやら、短距離での使用を想定しているのか、半球状に一度単信号の魔力波を放出し、暗号化鍵が一致する別端末と接続する方式になっているようだ。一度接続されれば、互いの魔道具同士で直接通信を実施する設計だと予想される。


 詳しい解析など、後でいくらでもやればいい。通信先を特定したリタは、即座に位置座標に対して魔力反応の探査を試みる。逃走中に指示を仰ぐ相手だ。行動にあまり組織性を感じられない点を鑑みるに、少なくとも通信先は今回の事件の首謀者、もしくはそれにかなり近しい存在だと思われた。


 さて、作戦決行の時間だ。確かに自分は頭が良くないという自覚はあるが、相手に考える時間を与えてやるほど、甘くはない。リタは即座に声を変えると、ラキに視線で合図をした。


「ロケット、時間だ。標的を捕捉した。目標地点の魔力反応は二名。うち一名の反応は微弱、魔力反応の大きい方を最重要目標と仮定し、作戦を遂行する」


「分かった、オレがそっちをやってもいいか?」


「好きにしろ。サングラス型情報端末に、標的の座標を転送した。微弱な反応の人物が一般人もしくは人質の可能性を考慮し、ロケットの判断での最重要標的の殺害を許可する。だが、可能な限り捕縛に努めよ」


「了解っと。で、どうやって行くんだ? 距離あるけど走んのか?」


 訝し気な視線を向けるラキの手を握ると、リタは転移魔法を発動した。


「こうやってだよ」


 瞬時に変わる風景。街外れだろうか、周囲は静寂に満ちている。恐らくスラム街の更に外側なのであろう。廃屋と瓦礫がえも言えぬ寂しさを醸し出していた。


「え? は? 嘘……だろ……?」


 周囲を見渡しながら騒ぐラキを見ながら、リタは気を引き締める。辛うじて建物の体を保っている正面の建物の奥に、確かな魔力反応を感じたからだ。その建物は、窓に木の板が打ち付けられているようで、外から様子を伺い知ることは出来ない。魔術的な探査も可能であったが、現時点でこちらが付近に転移してきても反応を示さない相手だ。そこまでする必要は無いだろう。


「騒ぐなロケット。標的は正面の建物の中だ。以降、こちらからの指示は念話で出す。可能な限り、素性を晒さないように行動しろ」


「はいはい。もう何でもありだな、お前……。でもよ、その偉そうな口調は似合ってないぞ?」


「うっさい!!」


「お前の声の方がうるさいっての!」


 リタの声に、ラキは器用に小声で叫ぶように吐き捨てた。どちらからともなく溜息をつき、笑い合うと二人は正面の建物に向かって駆けだした。


 かなりの速度が出ている筈だが、殆ど音は発していない。ラキの方の装備も、悪くない出来栄えだ。気付けば、建物の扉は目の前である。リタは、ラキに目配せをすると、更に加速し木製の扉を吹き飛ばした。


 即座に部屋に侵入したリタが見たものは、通信の魔道具であろう道具を片手に固まる暗い緑色の髪の女と、虚ろな目をした学院の制服を纏う女子生徒であった。


 女子生徒の首元には、膨らんだ痣がある。あれが、エリスから聞いた魔人化するための何かだろうか。女子生徒は、こちらの動きに対し殆ど反応を示していない。恐らく本人の意思では反応が出来ない状態なのだろう。


「誰――――ッ!」


 恐らく今回の首魁だと思われる女が、何かを言おうとしたが、最後まで言葉を続けることは叶わなかった。既に腹部には、突入したラキが放った最高速の拳がめり込んでいたからだ。女はそのまま吹き飛ぶと、木の板が打ちつけられた窓枠をその背中で砕きながら、建物の外へと消えていく。ラキは、一瞬だけこちらに視線を向けると、そのまま窓の外へ消えていった。


「さて、どうしたものか」


 建物に響くのは、少年のような自分の声。未だに、女子生徒は何の動きも見せない。解析の結果、どうやらあの女に精神干渉を受けているようだ。


(精神干渉術式……。完全に禁術だよね。私も詳しく知らないけど、相手が完全にクロだってことは分かる)


 リタは思わず舌打ちしそうになった。敵の首魁に操られているだけの生徒であれば、さっさと術式を解除して解放してやりたいところではあるが、思いのほか時間が掛かりそうだったからだ。元来、リタはこの系統の術式に対する知識が殆ど無い。力技でなんとかしたいところであるが、力加減を誤って廃人にでもなろうものなら寝覚めが悪い。


「とりあえず、あの女をぶちのめした方が話が早そうだな」


 リタはそう言いながら、魔術で女子生徒を拘束すると、念動で浮かせながら一緒に外に出る。ラキの戦闘の余波で建物が崩壊しかねないからだ。


 外に出たリタの視界に飛び込んできたのは、数十の炎の矢をかいくぐりながら駆ける戦友の、高揚した笑みであった。

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