昼下がりのアステライト邸 2
「――そうして二人は、来世で再会の約束を交わして、少女は死んでいった。名も無い魔法使いは彼女のお墓を建てると、後を追ったんだって。これは約千年前に起きたことでね、驚くことに実話だと伝えられているわ。どこかの荒野には、誰も読めない文字が刻まれた彼女の墓があるんだって。この国で信じている人は少ないけれどね? とっても有名なおとぎ話なの。すっごくロマンチックでしょ? ママも昔はこのお話が好きだったわ。ふふ」
はい、私のことですね、ええ。
そういえばあの時会ったエルフのオリヴィアさんはまだ生きているかな。いつか会いに行きたいな。
「ねぇ、リタ? これって本当の話だと思う?」
「うん、本当の話だと思う」
ちょっと棒読み気味に答える。
「じゃあエリスはどう思う?」
「うーん。分からない! でも本当だったらいいなって思う」
エリスは少しはにかんだ顔で答える。
それを確認した、リィナは満足そうな顔で頷いてこう言った。
「その時の魔法使いはね、千年後にまた会えると言っていたそうよ。もしかしたら、この国のどこかに生まれ変わりがいたりしてね?」
少女のような笑顔だ。父さんが惚れたのも頷ける。
しかし母さん、それは目の前の私です。
「ねえねえママ? どうしてパパとママは結婚したの?」
リタはさっさと話を変える。
「元々パパとママはね、同じ孤児院出身だったの……」
そう言ってリィナは話し始める。
両親は孤児院を出て、冒険者になった。二人とも冒険者の才能があったようで、やがて一流といわれるA級の冒険者パーティーに成り上がったそうだ。そのパーティは五人組で、リタとエリスが生まれる三年前にある事件を解決したと同時に解散。
二人は結婚し、父さんはその事件の解決に貢献したため男爵に封ぜられ、領地を与えられたという。
事件のことは頑なに教えてくれなかった。特に興味があるわけではないが、貴族位を与えられるくらいだ。いつか図書館にでも行く機会があればすぐに分かるだろう。
「さぁ、今日はここまでにしましょうか。あなたたちはお庭で遊んでおいで。門の外には出たらだめよ?」
「「はーい」」
元気な返事と共に双子は玄関に駆け出していく。
そうしてリィナは家事の続きにとりかかるのであった。
リタとエリスは庭に出る。茹だるような暑さだ。
エリスが日焼けしてはいけない。走り回るのもそこそこに、庭にある大きな木の木陰での休憩をリタは提案した。
木陰に二人で座ると、いくらか暑さも和らいだ気がする。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「どうしたの?エリス」
「さっきのあのお話みたいな魔法って、あると思う?」
「あるよ」
「どうしてそう思うの?」
「だって私が、その魔法使いの生まれ変わりだからね」
「……またいつもの嘘?」
「そうだよ」
エリスはとても三歳とは思えない溜息をつく。
「もう、お姉ちゃんはいつも嘘ばっかり」
ちょっと拗ねた顔でエリスが言う。とても可愛い。
「もし、嘘じゃなかったらどうする?」
「うーん、どうもしないよ? お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんでしょ?」
「エリィィィィィィィィス!」
「ッ!? ……びっくりした。急に大きな声を出してどうしたの?」
「好き」
そう言ってリタはエリスを抱きしめる。
柔らかな髪は太陽の匂いがした。
「もう、暑いよ……」
そう言いながらも、ちょっと耳を赤くしているエリスを見てリタはこの子も守ってあげたいと心から思う。勿論リィナもクロードも。
地球にいた頃には分からなかった感覚だ。あの頃も本当は愛情を受けて育ったのは間違い無いけれど、それを実感出来ていなかったんだろう。
今は家族がいて日常があって平和を享受できる。それがどんなに幸福なことかが分かる。
本当に、アルトヘイヴンに来てよかった。だから、この幸せをくれた彼女を必ず幸せにしたいのだ。
木漏れ日の下で笑い合う姉妹は、まるで一枚の絵画のようだった。
そんな姉妹を生垣の隙間から覗く影がひとつ。
金髪を刈り上げた短髪にそばかすのある、いかにも活発そうな顔の元気な男の子だ。
ラルゴ・ヤンバルディという名の少年は、近所に住む商人の息子で今年四歳になる。
彼は惚けた顔でそんな二人を見つめていた。
ここが領主様の館だということは知っている。
そして自分と歳の近い姉妹がいるということも。
彼女達の楽しそうな声を聞いて、思わず覗き込んでしまった。
そしてラルゴはこの日初めて2人の姿を目にしたのだ。そして、目を離すことが出来なくなった。
そのうち、二人は肩を寄せ合い寝息を立て始めた。
どうして僕の胸はこんなにドキドキしているのに、あの子達は寝ているんだろう。
何だか悔しくなったラルゴは近くから手頃な大きさの石をいくつか拾って、投げつけてやろうと考えた。
そうして腕を振りかぶった時、彼の頭に衝撃が走る。
思わず石が地面に散らばる。
「イテっ! って母さん!?」
其処には仁王立ちする、彼の母親が居た。
「ラルゴ! アンタまさか、領主様の館に悪戯なんかしようとしたんじゃ無いだろうね!?」
「いや、違うよ。違うんだ! ちょっとあの子たちと遊ぼうと……」
「言い訳はよしなさい! さ、帰るよ」
ラルゴは母親に引き摺られていく。
それから暫く無言だったラルゴだが、神妙な面持ちで口を開いた。
「ねぇ母さん、天使っていると思う?」
「はぁ? アンタは昼寝でもしてたのかい?」
「いや、何でもない」
ラルゴは未だに熱い自分の頬に手を当てた。
次は普通に遊びに誘ってみよう。
そんな決意を新たに、その姿は大通りを抜け曲がり角に消えていった。
「命拾いしたね、少年?」
長いまつ毛が揺れる。薄らと真紅の右眼を開けて、リタは呟く。
ラルゴのことは知覚していた。
特に害は無いし、エリスに見惚れるのは当然だから不躾な視線も許してやろうとは考えていた。
即座に防御出来る自信はあったものの、万が一にでもエリスの顔に傷痕が残るような事態になれば、八つ裂きにして吊るしてやる。この身体であったとしても、素手で十分だ。そんな物騒な事を考えていたのは事実だが。
上を見上げれば柔らかな木漏れ日が少しずつ橙に染まりつつある。
なんて穏やかで美しい光景だろうか。
風の音も、鳥の囀りも、街の喧騒さえもリタにとっては未だに新鮮で何事にも代え難いものであった。
「ねぇ、ノエル……君は何処にいるんだろう」
君が守りたかった景色に私はいる。
今度は私と一緒に行こう、何処までも。
ふぁ、と小さい欠伸をしてリタはまた瞼を閉じた。
彼女が漏らした名を聞いていたのは、隣の妹だけだった。