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6手目. 王将と金将

 ヘチマ卿は今日も今日とて庭園の椅子に腰掛けてぼーっと空を見上げていた。


 (はぁ・・・今日も立派なヘチマが生っていらっしゃるわ・・・)

 先日のクリスの活躍を知らないメイドのステラは、相も変わらず失礼な感想を抱いてクリスに近付いてゆく。


 「クリス様」

 「やあステラ、今日もいい天気だね」


 やはりこの屑は何も分かっていない。ステラはそう考えて、危うい主人に助言をすることにしたのだ。


 「先日の帝国軍との戦い、誠にお疲れ様でした。しかし一言よろしいでしょうか」

 「うん、どうした?」

 「クリス様が前線に出られていた、とお聞きしたのですが。そのような危ない真似は何卒お控えください」

 「そのような時は騎士の方々にお任せし、クリス様はここでこうしてお座りになって、お寛ぎくださいませ」


 主人の身を案じているような口振りではあるが、(頼むから、うろちょろして騎士団の方々を困らせて足を引っ張るな)と言外に告げたのだ。

 この男に死なれてはステラが困るのも事実ではあるのだが。


 「それだと盤面が見えないから困るんだ」

 「盤面?何を仰っておられるか分かり兼ねますが、クリス様がおられても」

 ステラがそこまで言いかけたとき、そこへ長女セシリアが歩を進めてきた。

 「ステラ?貴女は何を言っているのです?」

 「セシリア様、ご機嫌麗しく」

 ステラは恭しく一礼を返す。


 「何やらお兄様に失礼な物言いだった様子ですが?」

 「いえ、セシリア様。わたくしはクリス様が無用に前線にお出になられて、もしもの事があっては、と」

 「無用に?あの戦いはお兄様が居られなければ、我々は侵攻に気付くこともなく負けておりましたのよ?」

 「な、何をおっしゃって・・・このお方が役に立つことなど・・・」


 メイドの無礼な言葉に、眉をぴくっと上げ思わずぐっと拳を握るセシリアの後ろから、優しく怒気が籠った丁寧な言葉が飛んでくる。

 「ステラさん?」

 「はいっ!クラウディア様!」

 ビクッと背筋を伸ばすステラの目線の先は、慈愛に満ちた笑顔を浮かべる次女がいた。


 「少しこちらへいらっしゃいな」

 「はいっ」


 ステラは、この言い方に覚えがあった。

 高価な花瓶を取り落として割ってしまったとき。掃除をしていて先代様が大事にされていた銀細工の置物を壊してしまったとき。

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるメイドの少女は、柔らかな雰囲気を纏う次女に連れられて屋敷の中へ入っていった。


 先日までのクリスへの態度を180度翻したセシリアは、「お兄様への侮辱は決して許されませんが」そう一言添えながらも、

 「少しだけ同情しますわ」

 屋敷内に響く、「お許しくださいっ、クラウディア様、お許しくださいっ」というメイドの断末魔を聞きながら、溜息をつくのだった。



 従士エルベルトは、荷物運び係としてクリスと共に街外れにある薬師を訪れていた。


 重い荷物を持てる者をお館様の御供に、と代官から騎士団に要請があったのだ。

 未だ騎士団の中ではクリスの評価は大して変わっておらず、進んで名乗りを上げる者はいなかった。

 クリスの本質を確かめたいエルベルトは、これ幸いと荷物持ちを買って出たのだ。


 怪しげな見た目の薬師は、すり鉢に入った黒い粉をクリスに見せながら説明する。

 「どうやら乾燥の具合によっても性質が変わるようです」

 「ふむ。先日頼んでおいた、硝石を多くしたものはどうだった?」

 「はい、燃焼の勢いは劇的に増します。それ故刺激に敏感となりやや扱いが難しくなります」

 「よし。それを量産してくれ。これが追加の材料だ」


 「お館様、あれは一体何なのですか?」

 エルベルトはクリスの護衛として帰り路にも目を光らせながら、領主に疑問をぶつけてみる。

 「黒色火薬だ。聞いたことはあるだろう?」

 「はい、確か、最近王都で作られた『銃』という武器に使うものと」

 「そうだ。それの改良をちょっとな」

 「銃を作るのでしょうか?」

 「いや、それは難しいだろうな。別の使い方だ」


 エルベルトが見るクリスの瞳は、もはや以前の愚鈍で呆けたものではなかった。

 眼光鋭く知性に溢れ、確固とした意志を感じたのだ。


 「お館様、先日の作戦についてお聞きしたいのですが」

 エルベルトはそう言って、言葉を続ける。

 「投石機は陽動、東への進軍はあり得ず、西に急行軍を誘い、一網打尽、合ってますでしょうか」

 「うん、合ってる」

 「私は戦いの数日前に西の旧道に原油を運搬いたしました。あの時点で読み切っておられたのですか」

 「君のお陰だよ、エルベルト。2度行われた敵斥候の野営。君があれを見逃さなかったお陰だ」

 「痛み入ります。お役に立てて光栄です」

 「これからも期待している」

 この瞬間、エルベルトは真に主君を見つけたのだった。



 あくる日、従士エルベルトはクリスの屋敷に呼ばれていた。


 「『将棋』というゲームだ。やってみてくれ」

 クリスに促されて椅子に座ると、目の前のテーブルには、木で作られた盤と同じく木で作られた不思議な五角形をした駒。

 駒には「王将」「金将」「飛車」「歩兵」などの文字が書かれている。


 「木工職人に手伝ってもらって作ってみたんだが、なかなかいい出来だと思う」

 そう言って微笑むクリスから、駒の動かし方とルールを教えて貰う。


 そして向かいのもう一つの椅子には、黒髪の美しい、か細く儚げな美少女が座っていた。

 「・・・振り駒をいたします」


 そしてエルベルトは、彫刻のように無表情な少女と5戦して全敗を喫したのだった。


 「今日もヘンリエッテ様のゲームのお相手か?従士というのは楽な仕事だな」

 軽蔑の表情を隠さない上官の騎士からの揶揄を受けながら、次の日もそのまた次の日もエルベルトは屋敷に呼ばれ、向かっていった。


 「負けました」

 エルベルトは黒髪の少女に深々と頭を下げる。

 もう何連敗したのだろうか。一度も勝てない。歯が立たないとはこのことか。


 貴重な時間を何故ゲームなどに費やしているのか、大いに疑問は感じていたものの、

 (私は馬鹿ではないと、少しは自信があったのだが)

 エルベルトは自分の不甲斐なさに恥じ入っていた。


 「ふむ。そろそろいいかな」

 横で勝負を見ていたクリスは、駒を並べなおしている黒髪の少女に声をかける。

 「ヘンリエッテ、エルベルトはどうかな?」

 「・・・はい、クリス兄様、よろしいかと存じます」

 「特性は?」

 「・・・はい、愚直と言ってもよいくらい大変正直、少し視野が狭いのですが、不屈で、毎回違う工夫をしておられます」

 「うん、同じ見立てだ。ありがとうヘンリエッテ」

 「・・・」

 少女は僅かに微笑むと、お辞儀をして部屋を去っていった。


 お嬢様の暇つぶしのゲームのお相手をしていたはずが、突然何を言われているのか理解が追いつかないエルベルトに向かってクリスは告げた。

 「エルベルト、いや、エルと呼んでもいいかな」

 「は、はい。御随意に」

 「エル、これより僕の『金将』になってくれ。そうだな、近衛騎士、とかでどうだろうか」


 驚きのあまり石の彫像のように直立不動で反応が出来ないエルベルトを前に、クリスは満足げに笑った。



 ハウトヴァスト帝国皇帝は激怒していた。

 「レイフェルスには猛将も軍師もいないはずだ。違うか」

 「はっ。ただ、戻ってきた斥候曰く、敵方に妙な恰好をした貴族がいたと」

 「くだらぬ。領主はヘチマ卿と呼ばれる愚か者と聞く。もはや失敗は許さぬ。ミュルデル、任せるぞ」

 皇帝は右に控える鎧に身を包んだ屈強な男に伝えると、彼、ミュルデル将軍は跪いて答えた。

 「お任せください。必ずや」



 「ハルトマンは油断をしたのだ。でなければ腑抜けた2千の兵に負けよう筈がない」

 皇帝の命を受けたミュルデル将軍は、レイフェルスを討ち滅ぼすべく軍の編制を行っていた。

 そしてミュルデルが用意した兵はなんと5万。レイフェルスの25倍もの戦力だ。

 「全力で叩き潰す。そして帝国の恐ろしさを王国に知らしめるのだ」



 その様子を遠く山間から、単眼鏡で覗き見ている一人の短髪の少女。

 「さすがお兄様です。規模もお分かりになられているとは」

 「では私は報告に戻ります。引き続きお願いいたします」

 側の斥候に単眼鏡を渡すと、三女のリシェは音もなく走り去っていった。

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