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5手目. 異世界デビュー戦

 レイフェルス領の南、山を越えた先に広がるハウトヴァスト帝国の将官、ハルトマン少将は旨そうに葉巻を燻らせていた。

 漸く長らく懸案であった、敵国のヴィンケル侯爵との取引が成立したのだ。

 即ち、レイフェルス領への侵攻の際に侯爵が手を出さない約束。報酬は統治権の分配だ。


 「ふん、小物が。落ち着いたら全て奪うのみだ」

 ハルトマンは野心を隠さず、部下に命令を下す。

 「山を越えれば東からの援軍は無い。西は山脈。敵は腑抜けた2千。こちらは5千の精鋭。残らず討ち滅ぼせ!」



 帝国からレイフェルス領へ向かう途中に聳える山を越える道は3つ。

 1つ目は、真っ直ぐ山を越えるルート。山の一部を切り崩し、道も整備され、「新道」と呼ばれている。

 2つ目は、東へ迂回、ヴィンケル侯爵領を通り、西のレイフェルスへ。

 3つ目は、西へ迂回、西の山脈沿いにレイフェルス領へ。「旧道」と呼ばれている。


 ハルトマンが選択したのは迷わず「新道」だった。

 他のルートと比較して圧倒的に距離が短く、道中は安全で、道も広く戦闘も可能、撤退も容易い。


 帝国軍は順調に「新道」を進んでいたが、斥候から急報が入る。

 「前方高台に大型の投石機です。設置からまだ新しく、確認できただけでも道の左右に2機ずつ。物陰に隠れている機数は不明です」

 「なんだと?侵攻が筒抜けということか?」

 「ちっ。今更引き返せぬが・・・登り坂での投石は被害が大きい。仕方がない、西へ迂回する」


 「東ではないのですか?」

 ハルトマンの側近が疑問を呈する。

 「東は駄目だ。ヴィンケルの奴めの領地を通ることになる」

 「自らの領地を帝国軍に素通りさせるなど、向こうの王も黙っていまい。約束を反故にし挟撃されるだろう」


 従って帝国軍は、まるで操られるように西の「旧道」へ入っていく。

 旧道はもはや誰も使っておらず、道は荒れ放題で道幅も狭い。

 おまけに、見通しの悪い谷底を通らざるを得ない箇所もある。


 警戒しながらも順調に旧道を進んでいくと突然、行軍の左手奥、西の森の中に3名のレイフェルスの者と思しき斥候を確認した。

 「捕らえろ!」

 しかし斥候はすぐに森の中へ消えていく。

 「旧道を進んでいると知られるのはマズいが・・・問題ない、あの斥候は西の森を進む」

 「敵に情報が伝わるより我々のほうが早い。一斉前進だ」


 ハルトマンの推察は当たっていた。

 レイフェルスの斥候が本陣に戻るには、西の森を進み、旧道を渡り、レイフェルス領へ抜ける。

 当然、既に旧道を進んでいる帝国軍よりも遅くなる。


 だが、この斥候たちは「戻る必要が無かった」。

 彼らがクリスから受けた指令は「旧道で帝国軍を見つけ、姿を現し、逃げろ」だったのだ。


 谷底をレイフェルス領に向け、山脈沿いに密集して速度を上げて進む帝国軍。

 左手、森と山脈が少し切れ、小高い丘が見えた時、帝国軍の先頭部隊は足元が何かで濡れていることに気付くが、一斉前進を止められず、強行突破を図る。

 そして隊列の殆どが油の道へ踏み込んだ時、小高い丘の上には、俄かに信じ難い光景が広がっていた。

 全軍と思われる数のレイフェルス騎士団が布陣していたのだ。


 「火矢を放て!」

 扇子を振るクリスの号令と共に火矢が雨霰のごとく降り注ぎ、谷底は帝国兵の大部分を包む業火により阿鼻叫喚と化した。


 そしてその混乱の中、騎士団別動隊のイェッタを含む精鋭部隊は森に潜み、帝国軍の後ろへ回り込んでいた。

 もはや士気を失い敗残兵と化した帝国の後続部隊を雨のような矢で、あるいは落岩で、最後は剣で、刈り取っていった。

 間もなく、敵将ハルトマン少将の首が勝鬨と共に掲げられた。



 レイフェルス中心部へ戻ってきた騎士団は、先程の信じられない光景によって皆一様に呆気にとらていた。

 勝利を純粋に喜ぶ者もいたが、ほとんどの騎士は勝利の理由が分からなかったのだ。


 「たまたま作戦が嵌っただけだな」などと無理やり理由を作る者や、「運がよかっただけじゃないのか?」などと現実逃避をする者など反応は様々だった。


 「あれは別人だったな」と、不思議な恰好をし、凛とした表情で采配を揮っていた領主様を称える者もいた。


 そして従士エルベルトは。

 「私は何を見たんだ・・・途轍もない光景だった」

 「お館様のお言葉通り、何故か西の山脈に敵が現れ、敵は何故か無謀な強行突破を試み、火に包まれ、全滅。こちらは無傷」

 「・・・あの方は・・・愚物ではない、それどころか・・・」

 エルベルトはその翠眼で前を見据え、我が主を自分の目で確かめる、そう決意を新たにしたのだった。



 「・・・流石です・・・クリス兄様」

 クリスの戦術をいち早く何度も経験していたヘンリエッテは、特に動揺もなく兄を称える。

 イェッタは敵の幹部を数名討ち取ったが、後ろに纏めた髪を乱したままに「僕が敵将を討ちたかった・・・」と嘆いている。

 リシェも斥候として陰から常に敵の行軍を把握、素早い動きで本陣へ情報を伝達し、充分な活躍で満足そうだ。


 代官アドルフは納得がいかない。

 「お館様、投石機は・・・」

 「ああ、帝国軍を西へ誘導するために敢えて見せただけだ。真ん中の新道を手厚く見せる陽動だ」

 「東への迂回が無いというのは・・・」

 「帝国がヴィンケル侯爵の領地を通る訳がないだろう。それこそ挟み撃ちだ」

 「敵が警戒を疎かに強行突破を図ったのは・・・」

 「読み通り、こちらが放った偽の斥候に踊らされていたな」

 「原油を用いたのは・・・」

 「ランプに使う油では敵の足元を多少照らすだけだ。あの用途には原油がいい」


 アドルフはクリスに改めて跪くと、上からクリスの言葉が続く。

 「アドルフ、一つ教えておく」

 「敵を操る時、持っているものを見せる、見せない、これを選択する。今回は見せただけだ」


 「・・・では、そのお召し物は・・・」

 「・・・これは僕の拘りだ」


 それを聞いていたセシリアは堪らず、疑問を投げかける。

 「お兄様、これが本当のお兄様、なのですか?何故今まで白痴を装っていらっしゃったのですか」


 「だって、帝国に負けたらゆっくり将棋を指せないだろう?」


 そしてクラウディアはいつものように、その優しく慈愛に満ちた笑顔を浮かべていた。

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