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16手目. 領主は包むように寄せられる

 シラル平原の会戦から数日。

 ブルクハウセン王国とリーフェフット神聖皇国の交渉は混迷を極めていた。


 「なぜ貴国はイエメルカを攻撃をしなかったのだ」

 「そちらこそ何故我が神聖なる軍を巻き添えにした」


 などと醜い言い争いの応酬に発展している。

 だが誰がどう見ても正義は王国側にあるため、クリスはこれ以上巻き込まれぬよう口出しをせず、広がった自領の整備に勤しんでいた。


 処刑されたヴィンケル侯爵はたんまりと私腹を肥やしており、領民にはかなりの重税を掛けていた。

 クリスは税率を適正値まで下げ、王都やファルカシュとの交易を推奨、ようやくフロートの街の住民もクリスを領主であると認めつつあった。

 もちろん内政に明るくないクリスの功績というよりは、次女のクラウディアの手腕に依るところが大きかったのではあるが。


 そして、領内ではクリスのことを「ヘチマ卿」と呼ぶ者はもう殆ど居なくなっていたのである。

 ファルカシュの鉄壁攻略の評価は高く、シラル平原での敗戦は彼の名声を落とすに至らず、神聖皇国のイメージダウンを齎すのみだった。


 シラル平原の戦闘では、帝国軍を側面から切り裂いたレイフェルス軍は、およそ1千名の兵を失った。

 そして正面で迎え撃った王弟軍はおよそ1万の損失。


 だが、帝国軍は王国との戦闘、その後の神聖皇国との戦闘合わせて、3万の兵を散らしていた。

 そして4万の神聖皇国軍は全滅と言ってもよい壊滅的な打撃を受けていた。



 「帝国も兵力不足だ。いきなり城塞を落としには来ないと思うが、準備は必要だな」


 今日もクリスは大所帯となったレイフェルス軍の編制と訓練に没頭している。

 とは言っても、指揮はすっかり将としての自覚が出てきたエルベルトに、訓練は猛将イェッタに任せきりではある。


 「銃、かぁ」

 兵士たちの訓練の掛け声を環境音楽にしながら、クリスは座りながら先日王弟軍が用いた銃を手に取り、くるくると回しながら何やら考えている。


 「よう兄貴、前から思ってたんだけどさ、兄貴は訓練しねえのか?」

 イェッタが水分補給をしながら兄に話しかけてきた。


 「僕は馬に乗れればそれで大丈夫だ」

 「ん?こないだ振り落とされそうだったじゃねえか」

 「あ、あれはちょっと服が引っ掛かって・・・」


 シラル平原での戦闘では、レイフェルス軍は前進する帝国軍の横に回り込み、死角から一撃離脱の連続的な突撃を仕掛けていた。

 その軍勢の中でクリスは、エルベルトらに守られながら、必死で馬に縋り付いていたのだった。


 「それにしても皇帝は凄かったな」

 話題の展開が不利だと感じたクリスは、無理矢理話題を転換していく。これが軍師である。


 「うん。あれは強い」

 イェッタも同意する。


 「イェッタ、あれに勝てるかい?」

 「いや、まだ無理。悔しいな」


 顔をしかめる五女は、「よっしゃ!訓練だ!」と言い放って兵士たちの中へ戻っていった。



 兵士たちが弓を片手に見守る中、独り黙々と弓の練習に打ち込んでいるのは弓の名手レネだ。

 長い黒髪を後ろで纏め上げ、切れ長の目にすらりとした体形。

 遠くから見れば美女であるが、れっきとした男である。


 レネは遠く離れた的の真ん中に矢を的中させ、須臾の間を置かずに続けざまに矢を放つと、先程の矢を真っ二つに引き裂きながら的の真ん中に命中させた。

 そして溜息をひとつ。

 レネは落ち込んでいた。

 思い出すのは帝国皇帝。レネが遠目から皇帝を狙い放った矢は、全て叩き落されていた。


 「レネ、ちょっといいかな」

 そこにクリスが声を掛ける。

 「は。何か御用でしょうか」

 普段はぶっきらぼうな言葉を使うレネだが、流石に領主に対しては丁寧な言葉になる。


 「これ。使ってみてくれ」

 先程クリスがくるくると遊んでいた銃だった。

 「・・・やってみます」


 レネは見様見真似で弾を込め、弓の的を狙って撃つ。

 弾は的から外れるが、3発目に的の右側に命中した。


 そこから黙々と装填、発射を繰り返す。的は次々と粉々に吹き飛んでいく。

 「レネ、どうだ?」

 「は。この武器は、射線にムラがあります。このままでは狙撃には使えません」

 「よし。また持ってくる」

 クリスが銃を受け取り片手でくるくるしながら去っていくと、レネはまた弓の練習に没頭していった。



 首を捻り、銃を矯めつ眇めつ眺めながら屋敷に戻ったクリスに、語りかけるは慈愛の微笑を浮かべる美女。


 「クリスさん?」

 怖い時の次女クラウディアだった。


 「はい?」

 クリスは何故自分が責められるのか見当も付かない。

 朝食は残さず食べた。服も小綺麗にしている。爪も問題ない。靴ひもも大丈夫だ。

 怒られる小学校低学年の児童のように、頭の中で理由を懸命に探すがわからない。


 「聞きました。戦場で馬に乗って敵陣に向かったようですね?」

 「うん、別動隊だったし、遠くで見てるだけって訳にもいかなくてね」


 ふぅ、と溜息をつくクラウディアは、まるで「仕方のない子ですね」と言っている母親のように見える。


 「クリスさん、そのような行動をするのであれば、ちゃんと訓練をしてください」

 「・・・そうだね、和服が引っ掛かるから、たすきが必要だね」

 「クリスさん?」

 「・・・はい。すみません」


 その日の夕食時、クラウディアはイェッタに兄の訓練をお願いしていた。

 クリスは腰が痛い、肉離れが、などの断る言い訳を考えたが、頭の中を見透かされているような次女の視線に黙ってしまうのだった。



 翌日、フロートの街の騎士団訓練場。


 「クリス様、『王将』という駒は、近距離にて8方向全てに最強であらねばいけません」

 「エル、それなら僕は『歩兵』でいいよ」

 「そうですか。ではまず『歩兵』になるべく、剣の訓練からでしょうか?」

 「・・・そうだな」


 無駄な抵抗を諦めたクリスは、エルベルトに剣を持たされ、イェッタに引き摺られるようにして訓練場の中央へ向かう。

 その僅か数分後、ボロ雑巾のように地面に這いつくばる伯爵様たる領主様の姿があった。


 「次は槍術です」

 「ご、ご冗談を・・・」


 クリスは前世では運動は得意という訳でも無かったが、嫌いではなかった。

 しかし今の彼は、致命的な運動不足に陥っていたのだ。

 なんせ人生の半分を寝て過ごしていた身体だ。

 残りの半分も呆けで出来ていた。

 レイフェルス領の新道爆破の際の現地指示などは苦痛以外の何物でも無かったのだ。


 「クリス様、次は馬術です」

 「ほら兄貴、早く立って」

 「・・・」


 エルベルトとイェッタは疲労困憊のクリスに容赦無く襲いかかる。

 彼らもまた次女クラウディアのご機嫌を損ねぬよう必死であった。


 最初は笑って見ていた兵士たちも、乾いた笑いすら出て来なくなった領主様に同情の念を抱くのであった。



 クリスは手紙の返事を書いていた。

 なんと国王陛下から直々に、書面にて婚約者を紹介されたのだ。


 「よし、出来た」

 「お兄様、いつご面会に?」

 「いや、断ろうと思って」

 「・・・はい?お兄様は馬鹿なのですか?」


 長女セシリアは兄の信じられない言葉を聞き、人生で一番の変な顔になっていた。


 「お兄様は既に王都の西方一帯を任される大貴族なのですよ?」

 「領民の安寧の為にも、一刻も早く伯爵として領主として身を固めなければいけないと言うのに何を世迷言を」

 「そもそもお兄様は貴族としての自覚が」

 「そして私たち妹の身にもなっていだたきたいものですのにこの兄は」


 そのままセシリアのお説教は30分以上も続き、クリスは「断るけど話だけでも聞いてみるか」と何とか妥協案を模索するのだった。


感想、評価、ブックマーク、感謝感激です。お時間いただきありがとうございます。

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