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14手目. 三者三様の思惑

 「殿下、神聖皇国との共闘のお話、受けたのですか」


 再び王都に呼ばれたクリスは、流石王族とも言うべき豪華絢爛な王弟の屋敷に呼ばれていた。

 以前は王都への旅路は遠く、また暗殺の懸念もあったが、フロートの街に移ってからはほど近く安全で、苦では無くなった。

 それだけ王都の政治に利用されやすくなった、とも言えるのだが。


 「うむ。我が領地は南に神聖皇国と接しており、交易なども盛んだ。無碍にはできぬ」


 今回リーフェフット神聖皇国から書面にて持ち掛けられた共同作戦の骨子は、以下のとおりだ。


 ・目的はイエメルカの街の奪還

 ・決行は一ヵ月後

 ・戦闘は神聖皇国軍が行う

 ・王国は近隣のファルカシュからの派兵を含む、帝国への威圧を担当

 ・報酬は莫大な金貨と交易税の優遇


 「奪還」とあるのは、イエメルカは元々は神聖皇国の街であり、5年程前に帝国に攻め落とされた為だ。

 従って作戦の大義名分もあり、戦闘しなくても良い王国は、被害無く報酬が得られる。

 そして、今や王国領となったファルカシュはやや帝国側の領土に突き出た形になっており、南に隣接するイエメルカからの軍事的な脅威が消えることも大きい。


 一見すると得は大きく、損の無い作戦に見える。

 しかし王弟ベルンハルトもクリスも同様、表情は冴えない。


 「この作戦、気に入りませんね」

 「うむ。何故ファルカシュから派兵せねばならぬ」

 「はい、どこから派兵するかなど、神聖皇国に言われる筋合はありません」

 「大方、ファルカシュを手薄にさせ、あわよくば帝国に攻めさせようなどと考えているのだろう」


 「作戦の日取りも少しおかしいです。何故帝国が今行っている南方遠征から時間を空けるのでしょうか」

 「神聖皇国内の準備もあるのやもしれぬが・・・何れにせよきな臭いな」


 「して卿よ、レイフェルスから出せる兵は?」

 「旧侯爵領の兵は暫く整備が必要ですが・・・5千ほどは出せるかと」


 帝国に対抗することは旧侯爵領を継いだレイフェルス家の領分ではある。

 クリスに断れる理由はない。

 将棋を指す時間が少なくなることは不条理にも理由にはならないのだ。


 「それで良い。ファルカシュの兵は動かせぬ。残りは何とか工面しよう」


 そして飛車と魔術師は起こり得る事象を整理しつつ、作戦を煮詰めていった。



 リーフェフット神聖皇国は、リーフェフット神を唯一神として崇める宗教国家である。

 首都は聖地メイズリーク。唯一神が降臨し人々を導いたとされる地だ。

 街は白い神殿風の建造物に溢れ、政治や公務を行う聖職者は皆、白を基調とした法衣を纏い、縁取る線の色で階級を表している。


 そして13名からなる元老院が政治を取り仕切り、その頂点に立つのは8百年以上も唯一神の末裔として高貴なる血脈を繋げている「教皇」だ。

 だが現在の教皇は若いが病弱であるらしく、元老院が実質国を支配していると言っても過言ではない。


 神聖皇国にとってイエメルカの奪還は悲願であった。

 5年前、西に隣接する帝国の圧倒的な武力によって奪われたままだ。

 神のご加護を受ける敬虔な信徒が暮らす街を、邪教徒によって暴力的に支配されている、という認識である。


 従ってこれまで何度もイエメルカに巣食う邪教徒の輩を拉致、拷問、毒殺、暗殺するなどちょっかいをかけてきたのだが、未だ反撃の機を得られていなかった。


 しかしここに来て、領土を広げ増長を続ける帝国が、ブルクハウセン王国の辺境の地を攻めあぐねているとの情報が入った。

 そしてかの地には「凶変の魔術師」というなんとも禍々しい存在がおり、帝国は再三にわたり苦渋を舐め、恐れているのだとか。

 更にそこに加えて、鉄壁の城塞都市ファルカシュが王国により一夜のうちに陥落した。


 神聖皇国にとって、西の帝国は脅威だ。

 だが北に隣接する、魔術師や武勇を誇る王弟が率いる、王国軍も脅威だった。

 王国とは今のところ良好な関係を維持しているが、いつ牙をむくか分かったものではない。

 帝国も王国も、どちらも忌むべき邪教徒であるからだ。


 そして神聖皇国は、王国と帝国それぞれに使者を送った。

 2国を同時に陥れる一石二鳥の手。


 今回の会戦では、上手くいけば帝国側は皇帝が、王国側は王弟、ともすれば魔術師も出てくるかもしれない。

 そして会戦に留まらず、帝国のファルカシュへの反攻まで発展すれば、互いに大損害を被ることになる。


 「邪教徒どもめ。派手にやり合ってもらおうぞ」


 老獪な元老院の面々は不気味に笑っていた。



 そして会戦の日を迎える。

 イエメルカより北東に100kmの地点、シラル平原。雲一つない快晴。

 点々と岩場や小規模な丘陵があるものの、ほぼ一面の平原である。


 北から進むは、戦うつもりの無い王国軍の勢力3万。

 ファルカシュの守備兵はそのままに、王都やレイフェルス領よりかき集めた兵だ。

 クリスも対局当日のいつものルーティーンは簡素に済ませているのみ。

 紫紺の着物と桜の模様をあしらった扇子は完備ではあるが。


 東から進む神聖皇国の軍勢は4万。

 一見真面目に攻め入る雰囲気を醸し出している。


 そしてそこに南西から現れたのは、帝国軍。

 イエメルカの街には防壁は存在しない。因って迎撃に打って出てくるのだ。


 王弟ベルンハルトは目を見開いた。

 帝国軍の数、およそ5万か6万か。

 数自体は、事前にクリスたちと申し合わせて把握していた範囲内だ。


 しかし、その大軍を率いているのは、かのハウトヴァスト帝国皇帝、マクシミリアン=ハウトヴァストその人であったのだ。


 「戦神のお出ましか」


 「あれが帝国皇帝、ですか」

 遠目からでも伝わってくる異様なオーラに、クリスも若干の戦慄を覚える。

 (参ったな。「光速流」の大先生と似たオーラだ)

 決して邂逅することのない二人を比較し、クリスは思わず自嘲気味に笑った。


 「卿、随分楽しそうだが、あれは化物だ」

 「殿下は戦ったことが?」

 「一度だけな。一騎当千、その言葉に相応しい。『戦神』の二つ名は伊達ではない」



 「王国は王弟か。『凶変の魔術師』とやらはいるのか?」

 「はっ。皇帝陛下。報告のとおり奇妙な恰好をした銀髪の男が中央におります」

 「ふん。神聖皇国は誰だ?」

 「アッセル第二神殿騎士団長と呼ばれる者のようです」

 「知らぬ。まあ良い」


 皇帝マクシミリアンは楽しんでいた。

 真っ赤な髪を無造作に風に任せ、威厳に満ちた口髭はその武勇と知性をしまい込んだかのようだ。


 帝国に対する神聖皇国からの使者の提案はこうだった。


 「悪辣なる王国が、貴国のファルカシュのみならずイエメルカをも攻略せんと動いている」

 「王国は極悪非道にも、毒を用いてファルカシュを攻略したと聞いている」

 「イエメルカには神聖皇国の信徒も多く、我々の子がそのような暴虐を受けることは許し難い」

 「我々神聖皇国も側面から防衛に参加する。これを機に帝国と良い関係を築きたい」


 「下らぬ。そのような妄言、余が信じるとでも思うか」

 帝国皇帝は神聖皇国の狙いを当然のように看破していた。

 「しかし。乗るのも一興よ」


 皇帝マクシミリアンは先日、南方に位置する商人中心の諸侯同盟領を武を以って制圧。

 直ぐにイエメルカへ赴き、迎撃の準備を整えていたのだ。


 「さて。魔術師よ。平原では奇策はあるのか?精々余を楽しませよ」



 暖かな日差しが降り注ぐシラル平原に、三者三様の思惑が交差する。

 最初に動いたのは神聖皇国だった。

 なんと、俄かに全軍後退を始めたのだ。


 「申し訳ないな王国軍よ。どうやら現場に作戦の趣旨が行き届いていないようだ」


 アッセル第二神殿騎士団長は笑みを浮かべながら、予定通り後退の指示を出していた。

 帝国と王国を戦わせ、高みの見物と洒落込むつもりだ。



 「ここまであからさまに後退するとはな」

 想定した通りとはいえ、王弟ベルンハルトは憤懣遣る方無いといった表情を隠さない。

 「我々も後退ですね、ここで無為に戦う理由はない」


 遅れて王国軍も徐々に後退してゆく。

 しかし王国の考えとは裏腹に、帝国軍は王国軍に向かって前進を始めたのだ。


 「神聖皇国は何も出来ぬ。放っておけ。まず王国軍を潰す」


 皇帝マクシミリアンは滾る。


 「王弟よ、大方『戦う理由が無い』などと考えているのであろう」

 「そのようなぬるい考え、この皇帝が許さぬ」

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