鬼人族の国でもクッキング
鬼人族の国では味噌は味噌汁に使うもの、海苔は味付けせずにパリパリとした食感を楽しむもの、米はお椀によそうものだと決まっている。それ以外の用途で使う事はない。沢山の美味しい味噌、海苔、米料理を知っている小春からしてみれば、それは“もったいない”の一言に尽きる。
小春とリュシアンは使用許可を取って来た双子龍に案内され、厨房の中へと入る。
服装は全員白の割烹着だ。これは料理長から厨房へ入るなら着ろと渡された物だ。その割烹着を着たリュシアンを見て、小春は彼にどんな服を着させたらダサく見えるのだろうかと余計な事を考えていた。
ルクトゥアールとノルトゥワールも着替え終わると、小春は自分の割烹着姿を見て言葉を失う。
彼らはどうみても体験学習に来た留学生にしか見えない。だけれども自分だけあの懐かしい食器を運ぶ係にしか見えない。その事に一人ショックを受けていた。
リュシアンはリュシアンで小春が割烹着を一人で着られる事に驚いている。
食材は棚に置かれてある調味料から肉、魚、野菜、果物、どれを使っても良い。その代わり出来上がった料理を料理長にも食べさせる事が条件だ。
料理長は異国の者が味噌や海苔、米を使った珍しい料理を作ると聞き、さらに食すのは龍族の貴族だと知り、どんな凄腕の料理人が厨房に来るのだろうかとワクワクしていた。だが姿を現したのは小さな少女で、彼は拍子抜けしてしまった。
しかし龍族の舌を唸らせるような物を彼女が作るのかもしれないと思い、どんな料理を作り出すのかお手並み拝見といった様子で小春を見た。その眼は試すような瞳をしている。
「お嬢さん、何を作るのかね」
「まずは味噌を塗った焼きおにぎりと、海苔の炊き込みご飯です」
小春がチャーハンではなく炊き込みご飯を選んだのは、リュシアンがそちらを好むからだ。
彼は脂っこいものが苦手なのかもしれない。小春は学習したのかリュシアンに「胃が凭れるからチャーハンが苦手なんですよね?」という言葉を飲み込んだ。彼は爺扱いすると未だに小春の頬を容赦なく抓る。
「俺肉食いたい!」
「僕は魚が食べたいです」
「肉なら鶏肉があるぞ。魚ならオヨイドルンバが今日水揚げされたばかりだ。それを使うと良い」
「鶏肉…聞いた事があるような、ないような」
「コハルが以前調理したクック・ドゥードゥル・ドゥが突然変異で進化したものがトサカ大魔王だ。覚えて無いか?」
「ああ!あの方言が強すぎてお互いに何を言っているのか分からないっていう鶏ですね!」
「正解」
リュシアンはコハルを褒め、優しい手付きで彼女の頭を撫でる。
トサカ大魔王の調理方法は照り焼きに決まり、オヨイドルンバは味噌煮に決まった。
オヨイドルンバとは青魚で、サンバのリズムで踊る陽気な魚だ。ネガティブ思考な者を見つけると励ましてくれる珍しい魚でもある。
小春の指示のもと手慣れた様子でリュシアン、ルクトゥアール、ノルトゥワールが調理の準備を進めていく。それを見て手を動かしたくなった料理長も小春に何をすれば良いか聞き、オヨイドルンバとトサカ大魔王の下処理に取り掛かった。
海苔の炊き込みご飯は容器に洗った米、トサカ大魔王の鶏がらスープ、焼き海苔、酒を入れて炊く。リュシアンが時を進める魔法を掛け米が炊き上がると、ごま油、白すりごま、小口ねぎ、漬物を入れ混ぜる。これで終わりだ。
小春は焼きおにぎり用のおにぎりを握り終えると、ここに居ない文二、大福、ルイーゼッケンドルフ、ウメユキ用に混ぜご飯のおむすびを作り始めた。リュシアンも見よう見まねでにぎっていき、その様子を見ていた小春はふと、ある事を思い出し彼に尋ねた。
「そういえば鬼人族の国に入国できた人は盛大な宴が執り行われるって前にリュカさん言ってましたよね?」
「ああ」
「私達のはいつあるんですか?」
「ないよ。断っておいた」
「え!?」
「宴を開いてほしかったのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど…。どういう感じなのかな~って見てみたかったです」
「そうか、ではルシェールに帰ったら盛大なパーティーを開こう」
「いえ、いいです」
「駄目だ。開く」
「あ!リュカさんぎゅっておにぎり握っちゃダメです!優しくです!」
「……難しいな」
リュシアンがおにぎりに苦戦している間、料理長がトサカ大魔王とオヨイドルンバの下処理を終え、ルクトゥアールが小春を呼びにきた。
現在オヨイドルンバは切り身状になっている。味噌煮の調理担当は魚が食べたいと希望したルクトゥアールだ。
「まず切り身の表と裏にしっかり熱湯をかけて霜降りにしましょう」
「霜降りとは何ですか?」
「臭みの元となる脂、血、ぬめりを熱湯をかけて落とす方法の事だ。そうだろ?お嬢さん」
「はい!」
「それならやっておいたぜ」
「ありがとうございます!」
あとの調理工程は簡単だ。
生姜を薄切りにし、フライパンに味噌や調味料類を全て入れ、中火でぐつぐつなるまで煮ていく。時折味をみながら好みの味に近づいたらオヨイドルンバの切り身と生姜を入れ蓋を閉じる。後は煮詰まらない様、時々煮汁をかけながら煮るだけだ。
トサカ大魔王の照り焼きは既にノエルが勝手に取り掛かっており、一口大に切った肉を炒めていた。そのため小春は急いで照り焼きのタレを作り、肉に掛けていく。熱せられたフライパンと肉にそのタレが絡むと一気に厨房内に甘辛い味噌独特の香りがジュワ~ッと広がり、全員の鼻孔を刺激した。
「うわ~めっちゃ良い匂い!腹減った~」
「味噌を焼くとこんなに良い匂いがするのか。このレシピ、貰っても良いだろうか」
「はい。どうぞ御自由に使ってください」
「待ってください。無料で差し上げるのですか?」
「元々考案したのは私じゃないですし、それにこの調理法が広まれば食の向上に繋がると思いますので!」
「それはそうかもしれませんが、これほど良い香りのする調理方法は言い値で売ってもすぐ買い手がつくくらい価値のあるものです。何か条件を出されてはいかがでしょうか」
「ん~…じゃあもし他の人がこのレシピを教えて欲しいって言ったら、無料で教えてあげてください。料理長さんがこのレシピを独占するのは駄目です」
「そんな事で良いのかいお嬢さん?」
「はい!」
「ありがとう。恩に着る。実はさっきから試してみたい料理が沢山あったんだ!」
小春の出した条件に「甘すぎて砂糖吐きそう」と小声でノルトゥワールが言い、ルクトゥアールもそれに頷く。その失礼な態度にリュシアンは二人の背後に静かに回り、扇子の威力を超えた力で彼らをしばいた。
料理人の男は小春の優しさに興奮し、自分も料理人だからこそ、こんなに凄い調理方法を無償で貰う訳にはいかないと言い始め、お礼に鬼人族の伝統料理を伝授したいと小春に申し出た。小春は伝統という言葉に惹かれ、食い気味に「お願いします!」と返事をする。すると彼は幸せそうな表情で勢いよく食材を調理台に並べ、説明を始めた。
「破天荒バジリスクにナンジャコレを振り掛け、しなしなになったらナンジャコリャを振り掛けろ」
「え?なんじゃ?こりゃ?え?これ?」
「もう一度しか言わんぞ?ナンジャコレの後にナンジャコリャだ。そして完成した料理がナンジャコリャコリャだ!どうだ旨そうだろう?」
「ん…ん~ん?…ははっ」
小春にはナンジャコレが何でナンジャコリャが何か分からない。それゆえ料理長の説明を1ミリも理解できないまま、ただただ愛想笑いを返して終わった。
普段ならリュシアンが説明に入るが、彼は『ナンジャコリャコリャ』が苦手なので口を挟まなかった。それどころか小春が作った料理を早く食べたいと言わんばかりに、勝手に食材を盛り付けてテーブルに運んでいる。ルクトゥアールとノルトゥアールも腹が減っているのでリュシアンに続き、人数分の食器を並べていた。
食事をする場所は旅館客と一緒だ。
割烹着を脱ぎ、美味しそうな香りのする食材を運んでいる彼らを見て宿泊客もそれが食べたいと給仕を呼ぶ。しかし給仕は知らない美味しそうな料理に名前すら分からずあたふたしていた。
周りの様子など気にも留めず料理を並べ終わった彼らは、小春を呼び着席する。その中には料理長もいる。この場にいないルイーゼッケンドルフやウメユキ用には事前に小春が別皿に分けているので、後は早いもの勝ちだ。
リュシアンが「いただこうか」と言うと、ルクトゥアールとノルトゥアールも続き、皿に置かれてあった料理がどんどん消えていく。
「照り焼きうまッ!味噌ってこんな味すんの!?肉最高~!」
「これはッ!!白飯が欲しくなる!美味い!美味いぞ!!お嬢さん最高だよこれ!」
「味噌の焼きおにぎりも美味しいよ。だが外でもないのに手で掴んで食べるのは少々抵抗があるな」
「なるほど。でしたらお椀に焼きおにぎりを入れてください」
「何をするんだ?」
「出汁をかけます。トサカ大魔王で取った鶏がらスープが残ってて勿体無いな~って思ってたんで、土瓶に出汁と合わせて入れておいたんですよ。これを焼きおにぎりに掛けて食べるとまた違った味を楽しめます」
「そういう楽しみ方もあるのか。コハルの持つ食の知識は本当に素晴らしいものばかりだな」
「僕も後でそれを食べてみたいです。なのでダシを残しておいてもらえますか?」
「了解ですルクルさん」
「俺もー!」
「儂の分も残しておいてくれ」
「分かりました」
「コハルさん、このオヨイドルンバの味噌似も大変美味しいです。ありがとうございます」
「魚ってどれも同じ味しねぇ?」
「これは味がしみ込んでいて他の魚料理とは別格ですよノエル」
「ふーん。じゃあルクルの一口頂戴」
「嫌です」
イイネやブクマありがとうございます!
おまけ~リュシアンの和装姿~
(厨房に移動する前)
「うぅッ…」
「コハル様!?どこか痛みが!?」
「リュカさんの反則級の格好良さに動悸息切れ眩暈がっ」
「仲ええなぁ自分ら」




