それぞれの思惑
リュシアンがピリピリとした雰囲気を醸し出しているのはピアスだけが原因ではない。厄除縁部隊という得体のしれない輩に愛する妻が付け回されているのが一番の原因だ。
リュシアンが小春に送ったピアスはただのアクセサリーではなく、一番龍心に近い鱗で作成された貴重な代物だ。防御魔法や物理攻撃反射魔法といった沢山の魔法が施されている。中でも一番強力なのが“龍の意志”だ。これは龍族特有のもので、自身の鱗を身に着けている者の場所に現れる事やテレパシーが出来る。
以前ダンジョンに飲み込まれ小春がトロッコから突き落とされた際、リュシアンは瞬時に駆け付ける事が出来なかった事を今でも悔いている。だからこそ付与耐性が一番高い龍心付近の鱗でピアスを作成し、いつでも彼女を傍で守れるよう贈った。だが小春は自分が傍にいない時、しかも他国でそれを外してしまっていた。
一度返された事のあるピアスという事もあってか、リュシアンは外した理由を聞くまで心中穏やかではなかった。そして二人は部屋で再会を果たす。
理由を聞き終えたリュシアンは以前より大事にしてくれていた事に安堵し内心喜んだが、小春にそのピアスの重要性をもう一度説こうと心に決めた。
厄除縁部隊の二人は今も拘束されている。
リュシアンはその二人に冷たい瞳を向ける。
この二人の事はルイーゼッケンドルフから伝達投映魔法でリアルタイムに報告されていた。旅館に着くまでの間ずっとだ。だからリュシアンは小春に彼らの魅了が効かない事や尾行されている事を知っていた。
彼ら鬼人族には皆、陶器の様な鋭利な角が生えている。
中には過去に妖と交わった鬼人族も居る。その大半は貴族で、ウメユキやナツメフジ、ヨツバヒメのように姓がある。ユメヒバナの朱夏一族もだ。彼の種族は派手好きで祭りや花火といった爆発物が好きな妖と交わっている。
この国の王も過去に大嶽丸という妖と交わっており、強力な妖術を使う。しかし先祖返りという訳ではない。先祖返りは滅多に生まれないのだ。もし一族の中で先祖返りが見つかると強制的に厄除縁部隊に入隊させられ、人を魅了しないよう動物の面を着けさせられる。それはこの国を守るためでもあり、先祖返りになった者を守る為でもある。勝手に人を魅了するのもされるのも互いに良い事にはならないからだ。
彼らは暗黒時代を終えた今、人目に付かない場所で魔獣狩りや暗部の裏切り者を始末する裏の任務が多い。だが戦が苛烈を極めていた時代はその顔面の良さを重宝され、命令により鬼畜の所業といわれるような事をやらされていた。
彼ら厄除縁部隊には普通に観光していればまず出会うことはない。だからリュシアンもウメユキも話し合った上で、小春にこの部隊について話さないようにしていた。だが今回はそれが裏目に出てしまった。
厄除縁部隊の二人、特に胡蝶花一族のナツメフジに興味を持たれてしまったのだ。彼は自分でも言っている通り普通の一反木綿とは違う趣味嗜好を持っている。
ここで言う普通とは百鬼夜行の季節に出会える妖の事だ。
百鬼夜行は鬼人族からしてみれば遊びの季節で、色々な妖が地獄嶽山から下りて来る。喧嘩したり遊んだりと、お互いの日々を発散できる楽しい季節だ。一反木綿は子供やカップルに人気で妖自身も人を乗せて楽しんでいる。烏天狗は道場破りをしたり、挫折した冒険者たちを扱いて遊んでいる。
だが先祖返りの彼らは一味違う。
百鬼夜行で現れるような元の妖の性質も持っているが、気に入った者を見つけると裏の性質が出てしまう。一反木綿の場合は締め付けたくなる衝動に駆られ、烏天狗の場合は攫いたくなる。
二人は自分たちの欲望が暴走し龍族の怒りに触れる前に、自ら大人しくリュシアンの氷魔法に拘束される事を受け入れた。
そして今、リュシアンはこの扱いづらい二人をどうするべきか考えている。
喧嘩を売って来たユメヒバナの時とは違い、相手は厄除縁部隊だ。先祖返りという特殊な性質を持っているからこそ国から大事にされている存在でもある。なので相手にするには少々厄介な人物だ。だがこのまま手放してしまえばまた小春をストーキングするに違いない。
リュシアンが考えをまとめていると、部屋がノックされるのと同時にドアが蹴破られた。そんな事をしてくるのはこの国に一緒に来た特務部隊のノルトゥワール・シルヴェスタ・ドヴォルザークしかいない。
「あちゃー。ドア壊れちった」
「建付けが悪かったのでしょう」
悪びれた様子の無いノエルの後ろには笑みを張り付けた双子のルクル、そして部隊長のウメユキ。
ウメユキは部屋に入ると開口一番、どぎつい言葉を放った。
「なんや胡蝶花んとこの性癖歪んだ子ぉと温羅ん所の修業馬鹿やないの。相も変らず無駄に綺麗な顔しとんなぁ。聞いたで、コハルはんに魅了効かへんもんやからストーキングしとんのやって?」
「半分当たりで半分違うかな。僕の性癖は歪んでない」
「いや、そこは重傷だ。一度医者に診てもらえ」
「僕よりもお前が医者にお行きよ。鍛錬ばかりしてると不能になってしまうよ?」
「小春の前で下劣な話をするな」
「ほんまやで。殺されたいんか」
ナツメフジは小春が自分たちを見ても頬を赤らめるどころか引いている姿を見て、リュシアンに視線を戻す。
「コハルちゃん僕達に全く興味がないよね。それどころか引いてる?」
「はい。すみません」
「ははっ正直者だね。最初は演技かと思ったけど、デルヴァンクール卿を見る時だけ仄かに頬が色づくから美醜がオカシイって訳じゃなさそうだね。ほんと不思議でならないよ。既婚者といえど僕に落ちない奴はいなかったのになぁ」
「それがコハルさんを付け回している本当の理由ですか?」
「まぁ、純粋にコハルちゃん締め上げてみたい気持ちもあるよ。きっと良い声で啼くと思うんだ」
「ほんま性癖歪んでんな」
ルクルの質問にナツメフジが答え、ウメユキがツッコミを入れる。そしてリュシアンはナツメフジの拘束だけ力を強め、小春を背に隠した。小春は小春でナツメフジから指摘された内容に顔全体を赤らめ、その様子を見ていたルイーゼッケンドルフは声にならない声を上げ鼻血を滝のように流す。ルクルは笑顔を崩さぬまま地面に溜まった鼻血が靴に付かないよう彼女の側から半歩離れた。
蹴破られたドアの音に旅館の従業員がやっと姿を現すと、ウメユキが厄除縁部隊の二人を連れてこの場を去った。リュシアンはこの部屋の惨状を見て、従業員に部屋の変更を頼み小春を連れて移動する。その後ろには何故か双子龍も付いて来ている。
「付いて来るな」
「嫌です」
「やだ~」
「リュカさんに用事があるんですか?」
「いんや。強いて言えばコハルちゃんにかな」
「私に?ですか?」
「はい。この国の食事、僕たちには合わないんです。だから何か作っていただけませんか?」
鬼人族の国、アマノミカヅキにもワイルドベアーやエキセントリックワニ、パスタ料理がある。しかし双子龍は最近ルシェールで噂になっているデルヴァンクール邸で振る舞われる珍しい料理に興味深々なのだ。特に二人は小春の手料理を食べた事があるのでその美味しさを知っている。だからこそ適当に理由をつけてご飯を作ってもらおうとしている訳だ。
この国には小春の欲しかった味噌や米、海苔が豊富にある。
だがどれも決まった調理法にしか使われていなかった為、小春は厨房を借りるつもりでいた。彼女は双子龍に厨房を借りる許可を貰ってくれれば作ると約束すると、彼らはリュシアンの了承も得ずに物の数分で利用許可を取って来た。ただし借りる条件として料理長も同席する。
厨房へはリュシアン、小春、双子龍の4人だけで行き、ルイーゼッケンドルフは大福と一緒に小春とリュシアンの新しい宿泊部屋に荷物を置きに向かった。世話師猫の文二はいつの間にか姿を消している。だが食い意地の張っている猫なのできっと小春の傍に居ることだろう。
イイネやブクマありがとうございます!!
部分部分はストーリーで来てるのにくっつける作業がほんと時間掛かる…。皆どんなふうに書いてるんだろう(;´Д`)




