人の話を聞かない奴は大抵後で後悔する
何かが吹っ切れたリュカさんは普段通りの様子で私に接し、テーブルの上に並べられてある豪華料理の説明を始めた。そしてそれを微笑ましそうにお義母様とお義父様が見ている。
「何か気になるものはあったか?」
「奥にあるケーキが食べてみたいです」
「それは後で。まずは主食からだ」
「ん~。でも今そんなにお腹が空いてないんです」
「それでもだ。蒸した入道雲はどうだ?」
「え?どんな料理ですかそれ?」
私の質問も要望もまるっと無視したリュカさんが一口サイズの雲料理をいくつか皿に取り、手ずからそれを食べさせて来た。美味しいとか美味しくないとか雲料理を味わう以前に、お義父様とお義母様の目の前でそういう行為をされた事に私の羞恥心は限界を迎え、頬が紅潮する。
「どうした?口に合わなかったか?」
「そ、そうじゃなくてですね!」
吃驚して固まっていた私にリュカさんが見当違いな声を掛けてきた。
人前でご飯を食べさせるのも龍族の愛情表現だとしたら一生慣れない気がする。
「ハードボイルドベアの頬肉の方が良かったか?」
「ちょっちょっと待ってくださいっ」
「?これならコハルにも馴染みのある味だよ。ほら口を開けて」
「自分で食べられるんで大丈夫ですっ」
「それは断る」
「ええ!?」
リュカさんんんんんんん!!!最近鬼畜いや、破廉恥モード多すぎませんか!?
お義母様とお義父様の視線が気になりすぎてご飯なんて食べる余裕無いです!
だってお義母様は頬に手を添えてうっとりしてこちらを見てるし、お義父様に至っては「ほぅ」と呟きながらガン見状態だ。ちょっとくらいは視線を外して欲しい。ユキウサギさんなんてダンスの時からずっと私達の写真を撮っているし、恥ずかしすぎて顔から湯気が出てしまいそうだ。
私が心の中で己の羞恥心と闘っていると、少し疲れた様子のウメユキさんと国王様がこちらに向かって来た。
二人は私達を見つけると改めて婚姻を祝福してくれて、国王様はお祝にとリュカさんに白い封書を渡した。中に何が入っているのか開けてからのお楽しみだそうで、リュカさんも中身は知らないらしい。
「コハル嬢も気に入ると思うよ」
国王様はそう言って私にウィンクをし、手をヒラヒラと振って他の人の所へと行ってしまった。
中身が気になるけど国王様がウィンクをしたの同時にリュカさんが封書をグシャッと音を立てて握りつぶしたのでそっちの方が気になる。中身大丈夫かな。
「帰るよコハル」
「えぇーリュカ君もう帰ってしまうん?ウチ全然コハルはんと話せてないんやけど」
「お前がコハルと話す事なんて何もないだろう」
「ぎょうさんあるわ。ちゅうか今日の貸しやからなリュカ君」
リュカさんはウメユキさんの言葉を無視し、お義父様とお義母様の元へ行く。
いつの間にか手を繋がれていた私もご両親の元へ行き、帰りの挨拶をした。お父様とお母様はもう少し夜会を楽しむそうだ。
私達は竜車を置いている特務部隊の塔へと向かい、後ろには何故かウメユキさんとユキウサギさんが付いて来ている。本当にリュカさんとウメユキさんは仲が良いな。
塔へ着くと竜車の前にユリウスさんとルイーゼが待機しており、ユキウサギさんがユリウスさんに魔道カメラを渡した。そしてユリウスさんが懐から封書を取り出し彼女に手渡す。
「ありがとうございます。こちらが例の物でございます」
「まぁ!こちらこそおおきに。一生の宝物にします」
ユキウサギさんはいったい何を受け取ったんだろう。
というかあのカメラはユリウスさんのだったんだ……。
アルバム作りが趣味って言ってたけど、ユキウサギさんにお願いする程とは知らなかった。
ユキウサギさんの手元をぼーっと見ながら考え事をしていると、彼女から声を掛けられた。
「気になります?」
「あっすみません。見過ぎでしたよね」
慌てて謝罪するとユキウサギさんは何故か頬を染め、恥ずかしそうに笑って私を竜車から少し離れた場所に招いた。そしてリュカさん達に声が聞こえないよう、小声で「秘密やで」と言い封書の中を見せてくれた。
なんと、中身はルイーゼが映った写真だった。
「えっ」
「ウチの正義のヒーローなんです」
「ルイーゼがヒーロー?ですか?」
「ええ。同時にお慕い申してる方でもあるんです」
ユキウサギさんは紅く色づいた頬に手をあて、幼少期の頃についてポツポツと話しだした。
彼女は小さい頃に誘拐され、ルイーゼに助け出された事がある。その時に一瞬で恋に落ち、今も密かに想い続けている。
当時のルイーゼは顔を変え今とは違う容姿をしていたらしく、男の人のような見た目をしていたそうだ。でもユキウサギさんにとって性別はどうでも良く、助け出されたその日から今日まで、とにかく感謝とお慕いしているという気持ちを伝えたかったと言う。だけど何百年探しても分かったのは名前だけで、何処で何をしている人物なのかは分からなかったそうだ。
ルイーゼはリュカさんに仕える前、ネロ家として国の為に暗躍していた。だからユキウサギさんがどんなにルイーゼを探しても名前以外の情報を得られなかったんだろう。
しかしある日、ユキウサギさんは侍女を連れて貴族街で買い物をしていた時にたまたま懐かしい気配を感じ取り、ルイーゼを見つけ出すことに成功した。服装からデルヴァンクール家に仕えているメイドだと知ったユキウサギさんは、裏を取るためにユリウスさんにルイーゼッケンドルフ・ギルベルタ・ネロがデルヴァンクール家で勤めているかを確認し、ビンゴだったので今回この話を持ち掛けた。
ユリウスさんにとっては趣味のアルバム用に夜会での私達の写真を手に入れる事ができ、ユキウサギさんはその報酬にルイーゼの日常写真を貰う事が出来る。お互いwin-winの関係だ。
わざわざルイーゼの写真をユリウスさんから入手する理由はルイーゼが元暗部だからだろう。
彼女に見せてもらったルイーゼの写真はどれもカメラ目線だった。明らかに隠し撮りのような写真でもこちらを向いて笑っている。流石元暗部だ。私も写真に写り込んでいるが全然違う方を向いている。
そういえばルイーゼの生家のネロ家は裏から国を守る一族で、成人する前に既に暗部への入隊が決まっていると最近国史で習ったばかりだ。言葉を覚えるのと同時に容姿を変える魔法を覚え、厳しい訓練を終えた者から各国に潜み対種族別の暗殺術を身に着ける。ルイーゼは鬼人族の国に潜伏していたと言っていた。
リュカさんがルイーゼを個人的な理由で暗部から引き抜けたのはネロ家に貸しがあったからだ。
どんな貸しをしたら暗部から人を引き抜けるのだろうと気になって何度か聞いてみた事があるが、毎回笑って誤魔化されるので理由は知らない。
「顔が違っても見つけられたのは龍族特有の何かですか?」
「いいえ、違います。“恋する乙女に敵う者無し”……という、強い想いは何者にも勝るいうやつですわ」
「おぉ~。凄いです」
写真の説明が終わるとリュカさんがタイミング良く声を掛けてきた。
私とユキウサギさんは竜車まで戻り、ルイーゼが私の側に駆け寄る。
彼女は両手で鼻を抑えながら魔道カメラに納められている私とリュカさんのダンスや食事の写真の感想を勢いよく述べ、鼻血を噴き出した。
今のルイーゼの顔面は鼻血で凄い事になっている。でも本人は幸せそうだ。
だけど私はユキウサギさんが今のルイーゼを見て引いていないかが心配で、気が気じゃない。
「えと、ユキウサギさん。今のルイーゼは」
「こんな生き生きしてはるルイーゼッケンドルフ様は初めて拝見しましたわ。あぁ、なんて尊いお方なんやろう」
ユキウサギさんは器が広いのか、盲目になっているのか……。
どちらにせよウメユキさんとリュカさんが二人を見てドン引きしている。
興奮して鼻血を大量に噴き出しているルイーゼをユリウスさんが竜車の御者席に連れて行き、そんな彼女を見て荒い呼吸をしているユキウサギさんをウメユキさんが手刀で眠らせた。
「堪忍な。ウチん妹ちょっと性癖特殊なんよ」
「それならこちらの侍女もだ」
珍しくウメユキさんが言葉を濁さずに伝える。
リュカさんの返事もどうかと思うけど、なんとも言えないので私は黙った。
幸せそうな顔で眠るユキウサギさんをウメユキさんが横抱きし、私達はやっと別れの挨拶をして竜車に乗る。竜車の中は私とリュカさんだけだ。御者席の方では文二のにゃーにゃー喋る声が聞こえるので、二人と一匹で楽しくお喋りをしているのかもしれない。
心地良く揺れる竜車に身を預け、リュカさんの声をBGMに世界史で習った事を思い出しながらルシェールの騎士について整理する。騎士隊や暗部についてはリュカさんが講師を務めてくれる時にエピソードともに教わっている。
リュカさんは元七番隊の『遺跡調査発掘部隊』で、ウメユキさんは元十四番隊の『殲滅部隊』、ルクルさんは元三番隊の『国営一般竜車』の車掌さん、ノエルさんは元六番隊の『調査・情報処理部隊』だ。他の隊員さんの事はまだ教えてもらっていない。
ルクルさんの『車掌』という言葉だけを聞くと普通だなと思うけど、此処での車掌は野生のドラゴンを乗りこなす凄腕ドライバーだ。だから全然普通じゃないしむしろ凄い。
彼らは特務部隊ができる前、腕が立つという理由で国王から直々に任務がくだされる事が多かった。そもそもその当時特務部隊という部隊はなく、国王陛下からの突発依頼や他の部隊が失敗してしまった任務を各隊で飛びぬけて優秀だった人達がその度に呼ばれてこなしていた。
部隊の仕事や王からの突発依頼、他部隊の尻ぬぐい等で休みが無いと不満を抱えていたルクルさんとノエルさんは勝手にウメユキさんとリュカさんの名前を使い国王に進言し、新たに特務部隊という隊が作られた。だから特務部隊はエリート集団と言われている。
彼ら以外にも当時各隊で優秀だった人達は今特務部隊に配属されている。
特務部隊は内容によっては暗部と協力して任務をこなす事もある。
リュカさんはその時にルイーゼを知り、彼女の仕事ぶりを思い出して私の侍女にと思ったらしい。
他にも隊の名前を習っているはずなんだけど、思い出せない。
何だったかな。
必死に記憶を辿り思い出そうとしていると、リュカさんが凄く嬉しそうな声色で最高に美しい笑みを浮かべ、私の頬に優しく触れてきた。
「良かった。断られると思っていたが、そうか、コハルも私と同じ気持ちで嬉しいよ」
「あはは」
どうしよう。
リュカさんの話を一ミリも聞いてなかったから何の話か分からない。
でもこんなに嬉しそうにしているリュカさんに何の話でしたっけ?って聞く勇気も無い。
適当に相槌を打っていた事がバレると後が面倒だし……本当にどうしよう。
いったい私は何に返事をしたんだ。
唯一分かるのは、リュカさんがこんなに嬉しそうに微笑む時は大抵私にとって碌な事が無いという事だけだ。
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