夜会が始まる
リュカさんの髪色と同じドレスに身を包み、竜車に乗る。
夜会といっても夕方から始まるので、まだ陽は沈みきっていない。
空には私達以外にも竜車が飛んでおり、どれも王宮へと向かっている。窓から下を覗いて見てみると大勢の人達で貴族街が賑わっていた。歩いて向かっているのは国営一般竜車に乗らなかった一般の人達だろう。
私とリュカさんが乗っている個人竜車は特務部隊の敷地に降り、ユリウスさんとルイーゼが竜車を別の場所へと誘導する。世話師猫の文二の姿は見えないが、きっと近くに居ると思う。付いて来るって言ってたし。
今回の夜会会場は王宮にある庭園だ。
私は大きな庭園で行われるとしか聞いていなかったので、まさか庭が20か所以上もあるとは思わなかった。参加する場所は何処でも良いらしい。だから私達はリュカさんが勤めている特務部隊の塔付近の庭園で夜会に参加する事にした。
特務部隊の塔から庭園は近く、リュカさんが私の手を取りエスコートする。
「ここは精霊をモチーフにして作られた庭園だ」
「だから精霊が沢山居るんですか?」
「いや、いつもは居ない。考えられる要因はコハルだな」
「私ですか?」
「ああ。祝福を受けてない色の精霊ばかりが此処に居るだろう?」
「はい」
「コハルは精霊の祝福を多く受けているからね。彼らはそれが気になって見に来たんだろう」
宙には白銀色に輝く精霊や金色に輝く精霊が飛んでいる。リュカさんの言う通り皆私を遠慮がちに見ている。挨拶した方が良いのかな?とりあえず目が合った精霊にはぺこっと頭を下げておいた。
この夜会は国が主催しているが通常とは違い、陛下に挨拶に行く必要はない。
参加者が等しく楽しい時間を過ごせるようにと、格式ばったものは基本排除されている。だから陛下がどの庭園に居るのか参加者は誰も知らない。でも婚姻を結んだ者の所へは来るだろうとリュカさんが言っていた。
今回の夜会は国を挙げて今月結婚した人たちを皆でお祝いしよう!というものなので、ダンスも通常の流れとは違い最初にスローワルツで次もスローワルツだ。そしてその次に龍族が祝いの際によく踊るというハカイダンスだ。
このダンスは戦に勝った時や鼓舞する時に踊るもので、それを見た事が無い私は邸の皆さんに踊って見せてもらった。私には絶対踊れないだろうというくらい凄まじい運動量のダンスで、地面を勢いよく蹴ったり、テンポの速い回転をしたり、ナートゥダンスとハカを混ぜたようなダンスだった。
今私達が居る庭園の名前はスピリットガーデンと言い、続々と人が集まり始めている。いくつもある丸テーブルの上には豪華な食事が並べられており、ダンススペースには楽器を持った人たちが談笑している。
辺りを見回してみると明らかに貴族だろうという風貌の人や、緊張して裾を握りしめている一般の人たちが居た。リュカさんの両親はまだ見えない。というか集合場所を言っていないので合流できるかが心配だ。
その事を相談しようと思い、リュカさんに声をかける。しかし私の声は搔き消され、凄い勢いで数人の女性達が黄色い歓声を上げながらリュカさんを取り囲んだ。全員ドラゴンの角に美しい装飾をしており、目にはリュカさんしか映っていない様子。
「デルヴァンクール様。御機嫌好う」
「こちらにいらしたのですね!」
「まぁ!お久しぶりでございますわぁ~!デルヴァンクール様!」
「この度は3組も婚姻を結ばれた方がいらっしゃるとお聞きしましたわ!」
「是非デルヴァンクール様とワタクシで続きたいですわ」
「早速愛を語り合いましょう!デルヴァンクール様!」
彼女たちの様子から分かる様に、誰が誰と結婚しているかは近親者と国王陛下しか知らない。
リュカさんの場合はウメユキさんにも伝えているけれど、普通は言わないそうだ。
年に一度開かれる建国祭が公式の場となり、そこで名を読みあげられるだけらしい。
こういう時は何て言うんだっけ?
ユリウスさんから貴族社会学で教えてもらったはずなんだけど……。
邪龍が、邪龍が確か口からこんにちは的な……。いや、でも何か違うような……。
全く思い出せなかった私はリュカさんに視線を向けるが、彼は冷めきった瞳でご令嬢方を見ていた。
勢いが衰えないご令嬢方はこちらを無視してずっと喋り続け、私は自分の存在を極力消そうとリュカさんから離れようとした。が、しかし手をぎゅっと強く握られてしまったのでそれは叶わなかった。
どうか彼が炎上するような発言をしませんように。
「お晩どす」
私が心の中で一生懸命に祈っていると、鈴を転がしたような可愛らしい声が耳に届く。
この声はウメユキさんの妹のユキウサギさんだ。隣にはウメユキさんも居る。
「皆様お連れの方はどうしはったんです?御一人なんて事はないでしょう?ウチは今、兄と一曲目踊ってくれはりそうな御人探してましてなぁ」
その言葉を聞いた女性陣は目の色を変え、今度はウメユキさんを猛烈に誘い始めた。
当のウメユキさんはぎょっとした顔で驚いている。
という事はこれは作戦ではなく、勝手にユキウサギさんが言っちゃったってことかな?
「ご結婚おめでとうございますリュシアン様、コハル様。先日は店にお見えになられはったのに、どうしても外されへん用事がありまして。お構いもしませんとすみません」
「いえいえっ。そんな気を使わないでください。それにありがとうございます」
「ふふっコハル様のお力になれて嬉しいわぁ」
私の両手を取り、うっとりした声でユキウサギさんが言う。
そして私達はウメユキさんを犠牲にしてその場を離れた。
頑張ってください!ウメユキさん!あなたの勇姿は忘れません!「ちょお待ちや!」って聞こえた気がするけど!
両手に花状態でダンスエリアに到着すると、そこには既にリュカさんのご両親が待っていた。
ユキウサギさんも久々に会うようで、一緒に挨拶をする。
馴れ初めというか、リュカさんとの出会いを話していると演奏者がチューニングを始め、いよいよ夜会が始まる。
最初のスローワルツはリュカさんとだ。
お義父様はお義母様とで、ユキウサギさんは壁の花になり何故か魔道カメラを手にしていた。
ウメユキさんを撮るのかな?
一曲目を難なく踊り終えた私はリュカさんに案内され、お義父様の手を取る。
リュカさんはお義母様と踊るようで私達のすぐ傍に居た。
「リュカはコハルさんと私を二人にしたくないようだね」
「そう、なんですかね?」
二曲目のスローワルツが奏でられると、お義父様が私をリードし優雅に踊り始める。
間違えそうになっても上手く交わしてくれて、話し方や仕草が親子そっくりだなと思った。
会話の内容はリュカさんと二人で旅をしていた時の話だったり、私の両親についてだったり、リュカさんについてだったりと、沢山の話をした。畳の件については苦笑していた。
そして曲が終盤に差し掛かり、お義父様が「最後に」と口を開く。
「あいつは“愛する”という事をまだ勉強中の身だ。暴走する事もあるだろうが、そこは広い心で受け止めてやって欲しい」
「はい」
「お願いばかりですまないね」
「いえ、そんなっ」
最後に礼をし終えると、近くで踊っていたリュカさんが私の手を取る。
お義父様もお義母様の手を取り、次のダンスの邪魔にならないよう私達は場所を移動した。
「いつまで付いて来るつもりですか」
「うふふっ。もう少しくらい良いじゃない。だってこういう時じゃないとコハルさんとお話できないもの」
「余裕の無い男は見苦しいよリュカ。ねぇコハルさん?」
「え?ええ?だ、大丈夫ですよリュカさん!いつも通りドヤ顔してれば余裕ありそうに見えますから!ほらドヤァアって!」
「それはフォローしているつもりなのかコハル」
「はい!心の底から!」
「…帰ったら仕置きするから」
「え!?何でですか!?」
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