リュシアンと小春、貴族街へ行く~出発編~
あの台風みたいな強風のでせいでリュカさんの邸はかなり遠くまで飛ばされてしまった。でも邸の人達からすると好都合のようで、みんな喜んでいる。
理由はこの場所から国営一般竜車の駅までの距離が近いからだ。基本的に食材も装飾品も服もその店の人達がお邸に持って来てくれるけど、急遽その食材が足りなくなった場合や休日に出かけたい時は前の場所からだと貴族街へ行くにはかなりの距離があり時間も掛かっていて大変だったらしい。
国営一般竜車とはその名の通り国が経営している。これは3番隊の仕事で車掌から清掃、切符の販売まで全てを任されている。ルクルさんは特務部隊に召集されるまでこの3番隊で車掌さんとして働いていたそうだ。全く想像できない。
国に従事している人達は3割負担で国営一般竜車を利用でき、貴族は階級によって割引率が変わる。使用人も勤め先の貴族紋章を切符売り場で見せると、その貴族階級に合った料金で乗る事ができるそうだ。リュカさんの場合は無料らしい。それくらい貴族として階級が高いという事だ。
彼は個人竜車を所有しているが、今回は私の社会見学のためそれには乗らない。国営一般竜車に乗って貴族街に行く。
事の発端は文二の「デート」発言だが、それを聞いたユリウスさんが授業で習った事を実際に体験してみるのも良いですねと言ったためリュカさんがお休みの今日二人で貴族街に行く事になった。
世界史の授業の中にはルシェールの歴史について学ぶ時間がある。ユリウスさんからの宿題はリュカさんに頼らず自分で乗車券を購入する事と、貴族街でのショッピングだ。ショッピングの内容は何でも良いらしい。そして帰ってきたら貴族街のレポートを書いて提出しなければならない。ちょっと面倒。
国営一般竜車の乗車方法は新幹線や電車と似ているので、そんなに心配はしていない。
乗車の仕方は切符、又はカードを購入して魔道吸い込み機に通す。それだけだ。
目的地までの金額を支払い切符を買う人もいれば、1日乗り放題の切符を買う人もいる。よく利用する人達は『いったろかカード』にお金を貯めて乗車している。
私の知っている乗り物と違う所と言えば、竜車という事と駅が雲の上にある事くらいだ。
そもそも竜車は誰もが持っている訳ではない。
だから国民が乗れるような竜車も必要だろうと先代の国王が国営一般竜車を設立した。
竜車に繋がれているドラゴンは元は野生で、車掌になるためには相当な訓練が必要らしい。じゃないとドラゴンに振り落とされてしまう。でもルクルさんの場合はドラゴンを使役する事において天賦の才能を持っており、訓練せずともドラゴンを手懐けていたそうだ。
野生のドラゴンは自分より弱い者には従わない性質を持っており、煌びやかな装飾品を好む。そんなドラゴンを手懐ける為には相当な強さと煌びやかな装飾品を着飾ってあげられるほどの財力が必要になる。そういった理由で車掌になれる人は中々いない。
「竜車に乗らなくても龍体になって移動した方がお手軽じゃないですか?」
「移動だけならね。でも旅行やショッピングだと荷物が出来るだろう?そういった場合、手の短い種類のドラゴンは荷物が持ちにくく困ってしまう。それに龍体だと普段より力加減が難しく購入品を潰しかねない」
「なるほど。強すぎるのも大変なんですね」
「そういう事だ」
因みに私みたいに野生のドラゴンが最初から好感度マックスで懐いてくるのは滅多に無い事らしい。
そもそもドラゴンは気位が高いので、弱っている所を見られたらその人物を食い殺す習性があるそうだ。世界史の授業でそれを習った時はあまりの凶暴さに驚いた。
駅までは魔法で行くか龍体になって飛んでいくかの二択なので、そこはリュカさんの魔法で連れて行ってもらう事になった。
出掛ける支度を整えると邸の皆に行ってらっしゃいませと見送られ、リュカさんの手を握る。
人混みが苦手な文二と大福はお留守番で、二人だけで貴族街に向かう。いつもは肩に大福の温もりがあるのに、今日はその温もりがないのがちょっぴり寂しい。それにリュカさんと二人きりというのが久々すぎて緊張する。
「コハル、準備は良い?」
「はい」
リュカさんの転移魔法で雲の上にある駅に到着すると、私の想像していた竜車とは違う大きなドラゴンが8両編成くらいの荷台を引き連れて停車しているのが見えた。
建物自体も新幹線や在来線、地下鉄線が入り乱れるような大きさで、旅行者と思われる人たちがお土産を大量に持ちながら忙しなく行き来している。
切符は普通に購入できたので建物の中に入ると、私達が乗る竜車のアナウンスが流れた。
『まもなく1番乗り場にグレゴリオースが到着いたします。この後、この竜車は折り返し貴族街行きとなります。全席乱闘禁止となっておりますので殴り合いをされるお客様はストレス発散ルームを先にご利用ください。この竜車は途中ディレーン紅館、星掬いクラウディ、煌きズキューン、シンオーサカ、花畑湖、神秘の泉に止まります』
「新大阪?」
「私達が降りるのは終点の貴族街だ。シンオーサカだとガンガンライナーに乗り換えて貴族街に行くか、青空線に乗り換えて『おいでませ号』で私の領地であるカラフィーナを経由して行くかだな」
「青空線?」
「私の両親が経営している路線だ。国営が通らない田舎町を主に走っている」
「情報が多すぎて頭がパンクしそうです」
うんうんと唸る私をリュカさんがクスっと笑いながら1番線へと誘導する。
竜車を待っている間、私の知っている新大阪とリュカさんの知っているシンオーサカの話しをしながら時間を潰した。ひっかけ橋の説明で大変苦労したので、もう二度とその話はしたくない。
待つ事数分、グレゴリオースというドラゴンが速度を落とし1番線へと降りて来た。
線路ではなく、ふわふわな雲の上をスライディングするようにドラゴンが停まり、車両から沢山の人が降りてくる。
国営一般竜車には貴族席、指定席、自由席の三種類ある。
貴族席は飛行機で言うファーストクラス並みに豪華で、指定席は座る幅が広くリクライニングができる。自由席は本当に自由らしい。乱闘以外なら何をしても良いそうだ。
私とリュカさんは指定席に座る。
本当は貴族席のはずだったが、私が間違えて購入してしまった。
間違いに気が付いた瞬間、お貴族様のリュカさんだけでも貴族席に座って頂こうと切符を買いなおそうとしたが、彼は何事も経験だと言って私の頭を撫でてそのまま魔道吸い込み機に切符を入れてしまった。帰りは間違えない様にしますねリュカさん。
本人は初めて座る指定席にワクワクしているけど、私は帰ったらユリウスさんに怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしている。車内で何も起きませんようにと祈るしかない。
国営一般竜車とは、私の知っている新幹線や電車と似ているようで似ていない。
生き物が乗り物を引いているので馬車と同じく竜車も道草を食う時があり、遅延する事もままる。
本当に雲を食べるんだと関心しながらリュカさんの話を聞いていると、乗るよと言って手を引かれた。
指定席の座席は聞いていた話の通り幅が広い。
座席は左右にツーシートずつで、リクライニングも出来る。新幹線のグリーン車みたいな感じだ。
指定席に座ると車内販売のお菓子を早速リュカさんが買い、私に手渡す。
手のひらサイズのチェック柄の紙袋の中には、いびつな形をしたマシュマロのような物が見えた。
「何ですかこれ?」
「雲の揚げ菓子だ。国営一般竜車に乗った子供は一度は絶対口にするものだよ。コハルも経験してみると良い」
「ありがとうございます」
雲を揚げているのだからふわふわした食感なのかと思ったら、まさかの金平糖並みの硬さだった。
あの硬さは小さい金平糖だからかみ砕けるのであって、マシュマロ並みに大きいと歯にかなりのダメージがくる。歯が折れそう。
味はスパイシーで甘さもあってバーベキューソース味に似ている。
だけど本当に歯が砕け散りそう。
必死に雲の揚げ菓子をガリガリと食べていると、竜車が動き出した。
浮遊感は無く、乗り心地も良い。景色も最高だ。
だけど本当に私の歯が欠けたので、横に座っているリュカさんは顔面蒼白となっている。
「血は出ていないな!?すまない…」
「大丈夫ですよ。そんなに気を落とさないでください」
「口を開けて。すぐに欠けた歯を治そう」
「どうやって治すんですか?」
「私の生命エネルギーをコハルの歯に直接流す」
「そ、それってキス…ですか?」
「そうだ」
「じゃあ今はいいです」
「駄目だ」
「他に魔法でちゃちゃっと治す方法無いんですか?」
「復元魔法や時を戻す魔法など色々あるが口付けた方が早い」
「復元魔法を希望します」
「断る」
「えええ!?じゃあ教えてください」
「良いから早く口を開けなさい。それとも無理矢理されたいのか」
「リュカさんってたまに思考回路おかしくなりますよね」
「…」
「ふみまひぇん」
頬を軽く抓られたあと、結局リュカさんに口付けられ私の歯は元の状態に戻った。
欠けた歯はゴミ箱に捨てようとしたら、何もない空間から猫の手が出てきて持って行かれてしまった。
あの手は絶対に文二の手だ。
欠けた歯を何に使うつもりなんだろう。
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