リュシアンに仕える者達とデルヴァンクール邸の日常
東郷小春がデルヴァンクール邸に再度住み始めてから1ヶ月が経つ。
ここ最近の彼女はずっと勉強漬けで、その様子を使用人や邸の主が頻繁に見に来ている。
理由は小春の動きが小動物に似ていて癒されるからだ。
ある者はその様子を刺繡し、ある者は写真に収め、またある者は絵を描いたりと自由に楽しんでいる。
初めは小春も恥ずかしがっていたが、当主であるリュシアンがそれ以上に彼女の羞恥心を刺激する行為をしてくるため、今では勉強風景を見られる事に抵抗はなくなっている。
何故邸に仕えている彼らが小春の勉強している姿を熱心に見つめているのかというと、それは彼らが龍族という事に起因する。
何度でも言うが龍族は小動物に怯えられやすい。
生で小動物を見る事はほぼ無い。ましてや触れる事など一生ないくらい無縁な生き物だ。
龍族は喧嘩を売られない限り決して小動物や弱い生物に対し威圧行為などしない。だが弱い生き物からすると巨体で自由に空を飛び、さらに人の姿になり器用な事までやってのけ、おまけに生命エネルギーを普通に奪える存在に恐怖するなという方が難しい。
従ってカーバンクルを始めとするか弱い生物は生存本能で彼らの前から姿を消してしまうのだ。
今日の小春の授業は魔法学だ。
大きな黒板には世話師猫の文二が小さな手で必死に魔法陣を書いて説明している。
そしてその様子を手の空いている使用人達が思い思いに眺めている。部屋の隅にはルイーゼッケンドルフとユリウスが控えており、彼らも写真を撮ったり団扇で応援したりと自由に彼女が学ぶ姿を見学している。
世話師猫の文二は未だに大勢に見られる事に慣れていないようで若干嫌そうだが、カーバンクルの大福は普段から小春の肩で休み使用人達と接する回数も多いため、彼らの視線を気にせずいつも通り彼女の肩で寛いでいる。
以前この邸に滞在していた時は、大福は自分の体に使用人が触れようとすると威嚇していたが、今では誰に触れられても威嚇することは無い。この邸に仕える者達に心を開いている証拠だ。
使用人の皆は小動物の代表格であるカーバンクルに初めて触った際、ふわふわした手触りに感動感激し、少しでも撫でる力を強めてしまうと殺してしまいそうな程脆い骨と肉の柔らかさに驚いた。同時に主から教わった内容も思い出す。
そう、近い未来奥様になる小春は、このか弱いカーバンクルよりも数百倍儚い存在だという事を・・・。
普段小春の身近に居るユリウスやユリアーナ、ルイーゼッケンドルフは特別な訓練をリュシアンから受けている。だが他の使用人達はか弱い動物や小春に対する訓練をそこまで受けていない。そのため直接触れる事はせず、会話や遠くから彼女を見守るだけに止めている。その柔らかい肌に触れてみたいと思う者もいるが、うっかり骨を折ってしまう事の方が怖いため不用意に近づかないようにしている。
しかし繊細な技術を持っている料理長だけは別だ。
彼は力加減のコントロールに長けている。それに米をゲットした小春が頻繁に厨房に来ては「料理がしたいです」とせがむため、調理過程で彼女の脆い腕や手に触れる機会が増え、扱いにも長けていった。おかげでデルヴァンクール邸で出される料理はルシェールでは珍しいものばかりだ。
最近では使用人達の間で人気の賄いがある。
それは世話師猫の形に整えられたチャーハンと唐揚げだ。
夜食ではラーメンが断トツで人気だったが、カロリー問題で月に1度の幻の食べ物となってしまった。
そんな世界一脆く儚い小春が一生懸命に生きる姿に、この邸に仕えている者達は全員癒されている。
もちろん当主であるリュシアンが一番癒されているのは言うまでもない。
存在が伝説級の世話師猫や臆病で人前に滅多に姿を現さないカーバンクルと一緒にリュシアンやユリウス、ユリアーナ、ルイーゼッケンドルフから魔法学や貴族社会学、その他もろもろを学ぶ姿はまさに健気そのもので、使用人達はそんな小春を見て自分達も仕事を頑張ろうと精を出している。
中には庇護欲をそそられ若干暴走している者や、生きているだけで尊いと彼女を見るだけで涙を流す者もいる。
世話師猫は伝記にすら載っていない伝説級の存在のため、文二が強いと知っている者はそれほどいない。
授業がひと段落着くと、小春は息抜きをするために庭に出る事が習慣となっている。
庭と言っても彼女が管理している畑に行くだけだ。
そこにはバロメッツがいる。以前醤油の収穫をお願いしたあのバロメッツと、新たにお米の収穫をお願いしたバロメッツだ。今回の子は蜜柑に乗っており、ぷかぷかと宙に浮きながら豊穣の歌を歌っている。
お米も醤油の時と同様で、小春が知っている栽培方法ではない。
なんと木から米俵が生っている。
その光景を初めて見た瞬間、小春は必死に米の栽培方法をバロメッツに説明した。だが、そんな回りくどい栽培方法よりも米をそのまま木から収穫した方が早いと言われてしまったため、確かにと納得してしまった。
バロメッツが栽培している木から出来る米は無洗米状態で収穫できる。確かに小春にとっては見慣れない光景だろうが、バロメッツの言う通り木から収穫する方が手っ取り早いだろう。
そもそも米の栽培方法を知らないリュシアンからすれば、何故小春はそんなにも難しい栽培方法を進めるのかと頭の上に「?」を飛ばしていた。
収穫は基本、小春の了解を得てシェフ達が行っている。
バロメッツも滅多にお目に掛かれない生き物なので、シェフ達の間では人気の業務の一つだ。
バロメッツと小春が会話を終えた所でユリウスが彼女に声を掛け、邸の中に入るよう促す。
「コハル様、そろそろ中へ入りましょう」
「はい。次はルイーゼの授業でしたよね?」
「いいえ、わたくしの授業でございます。貴族社会学ですよ」
「うぅ、苦手です」
「苦悶に満ちた表情のコハル様も愛らしいですっはぁぁあああん!」
「んにゃ」
『文二がルイーゼの声うるさいって』
「すっすみませんブンジ様!!」
更新が空いてしまいすみません(;´Д`)
それに誤字脱字連絡してくださった方ありがとうございますぅぅうう!!すっごく助かります!!!!
次回はリュカさんと貴族街デートです!
おまけ~就寝前のリュシアンと小春~
「コハル、そろそろ寝るよ」
「先に寝ててください。私はまだ起きてます」
「魔法学の復習か?」
「はい。今日は文二から変身薬を教わったので作ってみたくて」
「駄目だよ。もう寝る時間だ」
「大丈夫です」
「コハルの大丈夫は信用ならない」
「シンプルに酷い」




