ルシェールの気候と魔法の習得
私が揺れている気がすると感じていたのは、この土地が移動していたからだ。
今ルシェールは雨季で強風も伴う時期にある。
その風のせいで浮かんでいる土地は風に乗って動くらしい。
土地が揺れるは体験した事があるけど、土地自体が動くというのは初めてだ。
何処に向かって移動しているのかは操舵室にある魔道羅針盤でユリウスさんが確認している。
此処で一旦自分の知識をおさらいしようと思う。
まずルシェールは空に浮かんでいる国で、それは大きな大陸みたいな形をしている。またその上にも小さな島くらいのサイズの土地が浮かんでいる。そこはには長年武功を立て続けている貴族や公爵が住むお城がある。リュカさんのお邸もその内の一つだ。
浮かんでいる島イコールかなり地位を持ったお貴族様という事だ。
リュカさんのお邸は王宮の少し外れに浮かんでいて、全体的に白銀色しているけど屋根や装飾部分は碧色になっている。お貴族様が住むお城は全て当主が変わると、塗装も変わるよう建築する際に初代国王が特殊な術式を行ったらしい。
国王が住むお城は大きな大陸の中心部よりも後方にあり、お城というよりも要塞に近い見た目をしている。そしてその周りを囲うように建っている複数のサイズも形もバラバラなお城には貴族が住んでいる。王宮よりも後ろが古くからいる貴族で、前方が新興貴族だ。
そういった貴族だけが住む場所を貴族街と言うそうだ。
私達が住んでいる場所は王が住む王宮より高い位置にある。
臣下が王を上から見下ろすのは失礼にあたらないのだろうかと疑問に思い、リュカさんに質問した事がある。答えは「浮いている土地を所有している貴族達は敵襲があった際、迎撃する為にその土地を与えられているから失礼にはあたらない」というものだった。
それにしても今日はよく風が吹く。
雨も凄いが風はビュービューと音を立てて吹いており、空には草木が舞っている。数匹のドラゴンも風に飛ばされている。
大丈夫なのだろうか。
朝食後はリュカさん達と操舵室に移動し、部屋の中に入る。
巨大な魔道羅針盤と舵を見て、まるで船だなという感想を抱いた。
今この部屋にはリュカさん、ユリウスさん、ユリアーナ、ルイーゼ、文二に大福が居る。
部屋の中には巨大な羅針盤以外にも複数の小さな羅針盤やルシェールと思われる地図もある。
全ての羅針盤が指し示す方角がバラバラなので頭に「?」をいっぱい飛ばしていると、一つ一つの役割をリュカさんが教えてくれた。でも何一つ理解できなかった。とりあえず進むべき道や進路を指し示しているんだと思う。
「敵襲もそうですけど、土地が浮かんでると何かが風に乗って飛んだ来たりしたら危なくないですか?避けられないですよね」
「浮かんでいる土地を所有している者はそれだけの武功を挙げている者達だから、もし障害物や危険性物が襲ってきてもそれくらい自分達で対処できる力量の持ち主ばかりだよ」
「なるほど」
「他に質問はある?今日は仕事が休みだから私が全て答えよう。いつもユリウスやユリアーナ、ルイーゼに質問しているみたいに何でも聞いて」
「何でそんな事知ってるんですか?」
「それについてはノーコメントだ」
「えぇぇー」
あの手この手、色んな角度から質問してもリュカさんは黙秘し続け、その事については本当に何も教えてくれなかった。
リュカさんに連れられ窓の側に移動し、外の荒れた天気を見ながらルシェールの気候について教えてもらう。
私がルイーゼとよく一緒にいる事で慣れたのか、大福はルイーゼに抱かれている。文二は姿を見せているが未だに私とリュカさん以外に触れられるのは嫌がる為、今はリュカさんに抱っこされている。
二匹とも自分で歩くのは嫌なようだ。
「国外まで投げ出されそうな勢いの強風ですね」
「流石にそこまでの風は吹かないかな。それに気流に乗ってしまえば王宮の上空を周るようになっている」
「じゃあ外に出てみても良いですか?」
「それは駄目だ。コハルは吹き飛ばされてしまう」
「え?私だけですか?」
「まだ風を操れないだろう?」
「一生操れないと思います」
心配したリュカさんが私を抱きしめる。
龍族は子供の時に風魔法を一番に習うらしい。習うと言っても遊びながら日常で使用する風魔法の使い方を覚えるだけなので、そんなに難しいものではないそうだ。
ということで室内で実践する事になった。
内容は自分の足に風を纏わせて浮くというものだ。初級の風魔法は風の流れを読み自分の魔力と融合させ発動させる。中級になると自分で風を生み出す事が出来る。上級もあるし他にも妖精や精霊の力を借りて強力な風魔法を使う事もできるらしい。
まだ魔法の扱いに慣れていない私は、初級のやり方で浮いてみる事になった。
まず最初にお手本として文二を抱いたリュカさんが風を足に纏わせ、その場にふわりと浮く。動作が美しすぎて見惚れてしまいそうなくらい華麗だ。
彼は床に足を降ろすと「さぁ、やってみて」と言い、私の手を取りにっこりと微笑む。もっと具体的な説明が欲しいですリュカさん。
ええいままよ!と見様見真似でやろうとすると、ユリウスさんがお待ちくださいと声を掛けてきた。
声がする方に振り向くと、後ろに控えていたユリウスさんが子供用ハーネスに風船を付けた物を手に持ち、着用くださいと真剣な表情でこちらに来る。うわ、絶対に着たくない。でも着ないといけないんだろうな。やだな。
龍族は強い。だから弱い動物達は本能的に彼らを避ける。それ故ルシェールにはカーバンクルのような小動物は生息していない。因みに龍族は生物学でこの世界にどんな小動物が居るのかを学ぶらしい。それにそういう動物達は資料でしか見た事がないそうだ。
リュカさんは邸の人達に私の事を脆く儚い種族だと説明している。実際に私に触れた事のあるユリウスさん、ユリアーナ、ルイーゼは特に過敏になっている。彼ら曰く私は推理好きのエキセントリックワニより弱いそうだ。それは頭なのか身体能力的になのか、どちらなのか是非ともお聞きしたい。
そういった理由で弱すぎる相手と対峙した事ない彼らは、私の対応に凄く過保護になっている。きっとこの子供用ハーネスも私を守るためだろう。
邸で働く皆は主であるリュカさんから直々に私の扱い方について丸一日講義を受けているそうで、見せてもらった資料は六法全書なみに分厚かった。
龍族の皆からしたら私は弱すぎて逆に恐ろしい存在だそうで、全員と握手したり触れ合ったりはまだしていない。プチっと簡単に殺してしまいそうで怖いらしい。だから私は皆に心労を与えないよう、健康や怪我には気を付けている。
だがしかし、先日ユリアーナが準備してくれた靴を履いていたら靴擦れが出来てしまい彼女は泣き崩れ、「コハル様の御御足がぁあああ!」と絶叫した。他にも温かいスープを冷まさず飲んだ時は口内を火傷したため料理長を筆頭にシェフ一同が地面に膝を着いて絶望していた。
龍族の人達は靴擦れも口内火傷にも無縁で、むしろあの熱さで口内を火傷する方が難しいそうだ。それに火傷といえば戦闘で受ける炎や火で負った傷の事を言うらしい。
リュカさんも私が口内に火傷を負った時は慌てて深い口付けをしてきたので驚いた。口内を冷ます為だと言っていたが、そんな破廉恥なやり方は聞いたこともないし見た事もない。確かに彼の舌は冷たかったけど、そんな事よりも心配そうに瞳を潤ませるリュカさんのお顔が近すぎて顔から湯気が出そうだった。もうちょっと自分の顔面の良さを考慮して動いて欲しい。
私がハーネスだけは嫌だと首を横に振っていると、ユリウスさんは仕方ありませんねと言い口頭で分かりやすく風魔法の使い方を教えてくれた。
初めからそうしてくれればという言葉をぐっと飲みこみ、両手をリュカさんに持ってもらう。
「そういえば何で子供用ハーネスなんですか?」
「風魔法が誤発動し暴風になってしまった際の為です。子供用ハーネスがあればコハル様が窓を突き破り吹き飛ばされそうになってもすぐに紐を手繰り寄せれば邸外に吹き飛ばされずに済みます」
「風船にも理由があるんですか?」
「はい、もちろんでございます。それは最悪のケースを想定して付けております。もし邸外に飛ばされてしまった場合にはその風船が目印になります」
「・・・本気でそう言ってますか?」
「はい」
冗談ではない事に逆に驚いた。
私はユリウスさんにまず人間は窓を突き破って吹き飛ばされたら窓ガラスの破片が刺さって流血する事や、最悪の場合刺さった場所が悪いと死に至ってしまう事を説明した。当たった場所が悪ければ打撲や骨折する場合もあると言うとその場に居た全員が青ざめ、室内での風魔法の練習は禁止となった。
そして翌日。
晴天の中、沢山の防御魔法を張られた大きな庭で、教えてもらった通り風の流れを読み魔力を少しずつ融合させていく。するとぶわっと足元から風が舞い上がり、私は浮く事ができた。
案外簡単に浮く事は出来た。だけど私が風魔法を使った事が嬉しいと喜んだ風の精霊が降ろしてくれず、この日は一日中宙に浮いて過ごすはめになった。しかも何処かに流されて行かないようにと結局子供用ハーネスも着用させられた。
こんな事は珍しいようでリュカさんは急遽仕事を休み、一日中ハーネスから垂れ下がっている紐を持ち執務に当たっている。
『コーと一緒に飛んでる~』
「にゃっにゃっ」
「空を飛ぶってこんな感じなんですね。すごーい!」
「こら、あまりはしゃがない」
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