疲れた時は癒されよう
ルシェールでは馬車ではなく、ドラゴンが人や荷を運ぶ竜車が主流である。
空には野生のドラゴンが優雅に飛んでおり、竜車も走っている。それがこの国の日常風景だ。
今日はその内の一つにデルヴァンクール家の家紋が印された竜車がある。車内には若くして武功を挙げ当主となったリュシアン・ヴァンディファ・デルヴァンクールと、彼が所属する特務部隊の隊長である忍冬一族のウメユキが乗車している。彼らはルシェール国初代国王の思念体が宿っている古書を持ち、王宮にある城へと向かっていた。
「そういえばリュカ君はコハルはんの何処に惚れたん?」
「急にどうした」
「ん~?リュカ君の口から本当の理由聞きたいなぁ思て」
「そうか。全てだ」
「えぇー。もっと何か具体的にあるやろ」
「そう言われても困る。それに、俺が小春に抱いている想いは言葉に表せられるような美しいものではない」
「恋は誰でもそういうもんやで。ほら思うとること全部言うてみ?」
「断る」
リュシアンは話を切り上げようと窓の外を見る。
しかしウメユキは何が何でも聞き出そうと彼が言わざるを得ない状況を作り、にっこりと笑った。
「なぁリュカ君。キミがコハルはんと国外任務就けるよう国内任務ぎょーさん代わってあげたん、誰やったか覚えてる?ん?」
「…質が悪いぞウメユキ」
「おおきに」
リュシアンはウメユキの諦めの悪さを知っている。
特に興味がある事については異常なまでにしつこい。
逃れられないと判断したリュシアンは溜息をつき、ぽつぽつと話し始めた。
「今自覚している想いはコハルを誰にも取られたくない、渡したくないという強い気持ちだ。惚れた理由はいくらでもある。一生懸命な所や愛らしいし声、何も知らない世界に落とされても泣き言一つ言わず、これは何、あれは何だと俺の後ろを必死についてくる姿、全てが愛おしい」
「それやったらあの双子龍も昔からリュカ君の後ろ引っ付いて来とったやん」
「アイツ等は俺の邪魔をして楽しんでいただけだろう?コハルとは訳が違う」
「それもそうやね。ほんで他には?」
「まだ言わせる気か」
「コハルはんが寝てる時に勝手にちゅーしてた事バラしてもええんやったら此処まででええで?」
「…あれはコハルを守る為にした事だ」
「物理反射に防御に身体強化に守護魔法、しかも状態異常無効化までって、コハルはんが脆ぅて心配なんは分かるけど絶対やりすぎやわ。しかも重ね付け毎晩してはったようやし?」
にやにやした笑みでウメユキが問う。
リュシアンはばつが悪そうな顔し、苦し紛れに答えた。
「コハルは儚いからな…保険を掛けておいて損はない」
「重症やな。ほんでそのだーい好きなコハルはんの好きなトコ、他には何があるん?まだあるんやろ?」
「今日は一段としつこいな」
「だって二人きりん時やないとリュカ君こういう話絶対してくれへんやん。ほれ早う続き」
「はぁ…、彼女は自分を卑下する事はあっても他人にはしない。慈しむ心を持っている。そんな愛に溢れた脆く儚いコハルをずっと傍で見守っていたいと思った」
「それ父性に近ない?」
「それはないな。反応しているのがその証拠だ」
そう言ってリュシアンは自身の下半身のとある場所を指さした。
ウメユキはその指の先を見て笑いながら答える。
「ははっそら父性ちゃうなぁ」
「ああ。お陰で毎日大変だ」
車内では真昼間から話すには少し濃厚な会話が繰り広げられ、ウメユキは親友の恋の進捗に嬉しそうに微笑む。
そして彼が既に意中の小春と婚約を済ませている事を知ると、驚きの声をあげて詳しくその話も聞き出そうとした。しかしウメユキにとってはタイミング悪く、リュシアンにとってはタイミング良く竜車が王宮へと着き、リュシアンは驚いているウメユキを放置して竜車から降りた。
彼は連れてきてくれた二頭のドラゴンの頭を撫で、一人城内へ入ろうとする。
「ちょお待ちやリュカ君!君ら想いが通じ合って婚姻の儀が済んだばかりやないの!?」
「ああ」
「いつの間に婚姻届け出してん」
「婚姻の儀が済んだ夜だ」
「その日の夜?早ない?婚姻の儀はまぁコハルはんの寿命がウチらと違て短いから急いだん分かるけど、婚姻届けはもっと順序追ってゆっくりでも良かったんとちゃう?」
「善は急げだ」
「?どこの言葉や?」
「コハルに教えてもらった。彼女の祖国の“ことわざ”というものらしい。善事はただちに実行せよという意味だ」
「へぇ~。おもろい教えやな。それにしてもようコハルはんが婚姻オーケーしてくれたな」
「…」
「もしかしてリュカ君勝手に出しはったん?そらアカンで」
「良いと思ったことは躊躇せず、すぐに行動に起こすべきという教えを実行したまでだ」
「リュカ君てほんま恋愛初心者なんやね」
呆れた声でウメユキが言い放つ。
ウメユキは鬼人族と龍族の血、両方の血が流れているからこそ龍族の愛し方が多種族に比べて深く重いものだと知っている。それに加えてリュシアンは今まで女性に対して良い縁がなく、長年苦手とし避け続けていた。だから今、好きな女性を前に少し暴走している。
彼は親友を止めるわけでもなく、心の中でそっと小春に『頑張りや』とエールを贈った。
初代国王の肖像画の前まで行くと二人は止まり、合言葉を述べる。
すると肖像画が庭の絵に変わり、二人は躊躇うことなく絵の中へと入って行った。
絵の中は現実にある王族のプライベートガーデンに繋がっており、そこには鼻歌を歌いながら彼らの幼馴染でもある現代の国王が花の剪定をしていた。
彼には予めリュシアンが事の次第を伝書竜で伝えている。そのため国王は驚く事なく「やぁ」と二人を迎え入れ、ガーデンチェアに座るよう促した。
三人が腰を下ろすと早速本題に入り、リュシアンが古書を机の上に置く。
それぞれが本の中へ入ろうと高等魔法や祝詞をあげるが、合わせ技を使っても魔法陣は発動せず、初代国王の気配すら感じ取ることができなかった。
「コハルを呼んで」
「お断りします」
リュシアンは彼の表情から本気ではなく、ただ小春と会って自分をからかいたいだけだと察知したため速攻で断りを入れる。
ヒト族の国であれば臣下がこのような態度を王族に向かって取る事はまずないだろう。だが、ルシェールはヒト族や獣人族と違いそれ程上下関係が厳しくない。
厳しくないといっても貴族社会のルールやマナーはある。リュシアンとウメユキが国王に対し心の距離が近いのは、幼馴染というのが一番大きく関係している。
ウメユキは珍しく真面目に「それよりも」と話を戻し、世話師猫が現代語訳してくれた古書の内容を国王に報告する。
「そう、初代の日記なんだね。何故彼は天空古代語で書いたんだろう。世話師猫は何か言っていたかい?」
「いえ」
リュシアンが簡潔に答え、本を閉じる。
当初の予定では自分達も本の中に入り初代国王の思念体と会うつもりでいたが、中に入れない今、彼らは古書をどこで保管するのが最適なのかと話題を変えて議論を再開した。
日記の内容はどれも特別なものはなく、普通の日記である。
秘匿するような内容は一切ない。
写しも取っているためリュシアンは王家で保管した方が良いと伝えたが、国王は本の中に呼ばれた小春の側に置いておいた方が良いと主張した為、デルヴァンクール家の図書館で保管する事となった。
話を終えたリュシアンは帰ろうと立ち上がり、ウメユキと国王が避難の声をあげる。
「もうちょっと話そうよ」
「三人集まったん久々やしなぁ」
「いつでも集まれるだろう」
「それは仕事でじゃないか」
「俺は帰る」
「コハルはんが待ってるから早う帰りたいんやろ~」
「ああ。分かっているなら引き留めるな」
「じゃあ私もお邪魔しようかな。コハル嬢にも久々に会いたいし」
幼馴染といえど流石に王が邸に来るとなれば、それ相応のもてなしをしなければならない。
リュシアンは仕えている者達の事を考慮し、断りを入れた。だがしかし、本心は小春と一緒に過ごす時間を少しでも奪われるのが嫌だったからだ。
結局リュシアンが邸に帰って来たのは陽が沈み、小春がお風呂から上がった後だった。
時間も時間だという事でウメユキは後日この邸に講師として来る。
彼は彼で小春が作る料理を本気で食べて帰ろうとしていたので、リュシアンは帰すのに苦労し疲れきっていた。
邸の中に入ると従者と一緒に「おかえりなさい」と小春に出迎えられ、リュシアンは胸の内をじんわりと温かくする。そして癒されようと彼女を腕の中に閉じ込め、深い口付けを落とした。
小春は突然の抱擁と深い口付けに戸惑い、ユリウスやルイーゼ、ユリアーナ等、皆に見られているこの状況に羞恥心でいっぱいになる。
ユリウスはまた何処から出したのか三脚魔道カメラで二人の様子を撮影し、他の者達も目は離さず口々に「若様にやっと春が!」や「コハル様愛らしいです!」と、それぞれがうっとりした瞳で二人の様子を見ていた。そして中々終わらないそれに限界を迎えた小春がリュシアンの胸板を叩き、放してくれと訴える。
「あっあのっ、私はまだ好きだと自覚したばかりなので、えーと、こういうのはまだ困ります!それに人前ではしないでください!」
「俺はコハルと少しでも触れ合っていたい」
「じゃあ手を繋ぐことからお願いします」
「それでは今までと変わらないだろう」
「今までがおかしかったんですよ。特に距離感とか」
「おかしくない」
「とにかくまだキスは早いです!」
「はぁ、分かったよ。では朝夕と慣らしていこうか。習慣化すれば気恥ずかしさも薄れるだろう」
「ぜっ全然分かってない!しかもなんですかその破廉恥な遊び!絶対嫌です」
「我儘ばかり言うんじゃない」
「これの何処が我儘なんですか!?」
「サポートするにゃ!」
『僕もー!』
「僭越ながら私もサポートさせていただきます」
世話師猫の文二、カーバンクルの大福、執事頭のユリウスに続き、他の従者も続々と名乗りを上げていった。
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