種族の違いと戸惑い
小春の身体にリュシアンの血が馴染むまでの間、彼女は彼に世話をされ続けた。
本来は専属のメイド、ルイーゼッケンドルフがいるのでリュシアンが世話を焼く必要はない。だが彼は彼女が入って来られないよう敢えて私室で婚姻の儀を行い、執事頭のユリウスしか入って来られないような状況を作った。
この世界に身体を定着させる時とは違い、今回は小春の体が動かないだけで意識はある。なので入浴まで世話を焼こうとしてきたリュシアンに対し、彼女は盛大に泣いて拒んだ。
「嫌ですぅううー-!!!」
「分かった。目は瞑ろう」
「全然分かってない!」
龍族の愛情表現に慣れていない小春は最後まで抵抗をし続け、最終的にはリュシアンが折れる事で話は落ち着いた。
彼は渋々ルイーゼッケンドルフを呼び、私室にあるバスルームへと小春を横抱きにして運ぶ。そして名残惜しそうに小春の額に口付け、終わるまでの間ずっと戸に背を預けて待つ事にした。
広い浴槽の中に入れられた小春は羞恥心に耐えながら専属メイドのルイーゼッケンドルフに洗われていく。小春は楽しそうに自身の体を洗う彼女を見て、龍族の愛情表現や恋愛の仕方について尋ねてみた。
「ルイーゼは好きな人いる?」
「居りませんよ。ですがコハル様を見ていますと胸が高鳴ります」
「そ、そうなんだ」
「私はコハル様のお世話をするのが大好きです!」
「ありがとうございます」
「ですが、リュシアン様とは違う愛しいという感情です。私達龍族は己の愛している者の一挙一動、全てを見つめていたい種族です。ですので婚姻の儀が無事に終わった今、何故コハル様がリュシアン様の愛に戸惑っていらっしゃっるのかが分かりません。もちろんコハル様のお世話ができて、しかもお体を洗わさせて頂く事が出来るなんて最高に嬉しいので呼ばれてヤッター!という気持ちはあります!あ、すみません話を戻しますね。えーっと婚姻の儀は受ける側の意思も反映されます。成功したという事は、コハル様もリュシアン様の事を愛していらっしゃるという事ですよね?暗黒時代では精神操作で相手を操り婚姻の儀で服従させるような使い方をしていた事もありますが、リュシアン様はそのような事をなされるお方ではございません」
「えと、はい、…好き、です。リュカさんの事。でも戸惑ってしまうのは、生まれ育ってきた環境が違うから、かな。私が育ってきた日本っていう国は、龍族の人達みたいな愛情表現じゃなくて、静かに見守るような、こう、ふとした瞬間に愛されてるなって気付くような伝え方が多かった気がする。好きとか愛してるって言葉は特別な日に言う事が多くて、日常生活ではあんまり言わない人の方が多かった、かな。だから、リュカさんのあのドストレートな言葉や行動に慣れてなくて、ついつい戸惑ってしまうんだと思う」
「そうなのですね。…分かりました!このルイーゼッケンドルフ!コハル様が戸惑ってしまわれぬよう、より一層お側で仕えるように致しますね!ですのでどうかリュシアン様からの愛を拒まないでください。拒まれるのは…寂しい気持ちになってしまいます。ハッすみません!!私の気持ちをコハル様に押し付けるような発言をしてしまいました!!指を詰めてきます」
「えええ!?待って止めてストップ!ルイーゼ!」
体が動かない小春は声を張り上げて指を詰めようとするルイーゼッケンドルフを止める。
そして戸に背を持たれて待っていたリュシアンは、急にバスルーム内から慌ただしい音が聞こえて来た為驚く。
中へ入ろうか入るまいかと何百通りものパターンを一瞬で頭の中でシュミレートした彼は、最終的に世話師猫の助言の元、バスルームには入らず戸の前で待つ事にした。
数分後、ルイーゼッケンドルフに横抱きにされて出て来た小春を見てリュシアンはほっと安堵の息を漏らす。
小春を受け取ると、彼はルイーゼッケンドルフを下がらせ、ほかほかとまだ暖かい小春をベッドの上に優しくおろした。
「ありがとうございます。リュカさん、私はあと何日したら動けるようになるんでしょうか」
「そうだな、コハルは儚く脆いから後二日くらいかかるだろうな」
「という事は普通の人だったらもう動けてるという事ですか?」
「ああ。龍族ならその日の内に、ヒト族なら数時間か長くても半日くらいだ」
「えっそんなに直ぐなんですか!?」
「そうだよ」
リュシアンは驚く小春の頭を撫でる。
世話師猫の文二、カーバンクルの大福もベッドの上に上がり、リュシアンの真似をして小春の頭を撫で始めた。
時刻は過ぎ、夕食の時間。
食事の時間は小春にとって一番の破廉恥拷問タイムだ。
慣れた手つきでリュシアンが小春を抱き起こし、自分の膝の上に乗せる。そして料理長が準備したスープを世話師猫が小春に飲ませ、零してしまったスープをリュシアンが舌で嘗め取る。カーバンクルの大福は小春のお腹の上で寛いでいる。
スープを零してしまうのは体の感覚がまだ戻ってきていないからだ。また、文二が掬う一杯の量が多すぎるという理由もある。
文二は世話師猫らしく小春の世話ができる事に喜び、リュシアンは想い人である小春を合法的に愛でる事ができ、大福は大好きな二人がイチャコラしている姿を見る事ができる為、食事の時間は彼らにとって最高の時間となっている。
スープが残り少なくなってきた頃、リュシアンは今後の事について話し始めた。
まずは今まで一緒に旅をしていた1年間の出張任務についてだ。これは小春を落とす為にわざとゆっくりと時間をかけて仕事をしていただけなので、リュシアンクラスの力量であれば5日で全て終わらせる事ができる。なので小春の体調が万全になり次第、彼は一人で残りの任務を終わらせに行くと伝えた。
その間の世話は世話師猫やルイーゼッケンドルフが担う。
「任せるにゃ」
「残りの任務は1日もあれば片付く。だからコハルに寂しい思いはさせないよ」
「キュキュー!」
小春は情報量の多さと残り半年分の任務を1日で終わらせられるのかと驚き、目を見開いた。
「それと、私達の婚約はユリウスが昨日済ませている」
「婚約!?」
「コハルは誰にも渡さない」
「そんなモノ好きリュカさんくらいしかいませんよ」
「そんな事はない。それに、次に己を卑下するような発言があったら噛むからね」
「え!?噛む!?」
『僕も!僕もコー噛んでみたい!』
「傷薬を作っておくかにゃ」
「えっなっ」
「大丈夫。痛くはしないよ。これも龍族の愛情表現の一部だから慣れていってほしい」
「それ本当ですかリュカさん!?」
「本当だ。俺はコハルに嘘はつかない」
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