婚姻の儀
小春の問いにリュシアンは「大丈夫だ」と一言で答え、ぎゅっと彼女を愛おしそうに優しく抱きしめる。
今、彼らは路地裏に居る。人通りも少なく誰かに見られる心配はないが、小春は恥ずかしいのか上ずった声を上げた。
「なっなななな何するんですか急にっ!?」
「転移魔法でルシェールに帰ろうと思う」
「今までは手を繋いで移動できてましたよね!?」
「コハルは私の事が好きなのだろう?触れ合っていたいとは思わないのか?」
「展開が早すぎます!」
「ふふっそれでは今後がもたないよ」
「えええ!?何をするつもりですか!?」
リュシアンは嬉しそうに微笑む。
小春の質問にはあえて何も答えないつもりのようだ。
彼が足元にふわっと冷気を纏わせた風を吹かせると、カーバンクルの大福はリュシアンの肩に移動し、世話師猫の文二は小春の背中によじ登り始めた。そして再度リュシアンが小春をぎゅっと抱きしめ転移魔法を発動させる。
今回龍体にならないのは密猟者に狙われないようにする為で、決してリュシアンが小春を抱きしめていたいからではない。
前回は地上にあるルシェール領から天空にあるルシェールに帰る為、龍体に変化し国へと戻った。密猟者に襲われる心配が無かったためドラゴンの姿に変化したというのもあるが、前回はリュシアンの魔力が完全に回復しきっていなかったせいもある。それゆえに転移魔法を使わなかったのだ。転移魔法は距離に応じで魔力を使う高等魔法だ。簡単に扱える魔法ではない。
一瞬でルシェールにあるリュシアンの邸へ着くと、そこには事前に彼が伝達魔法で伝えていた従者らがずらりと並んでいた。もちろん小春専属のメイド、ルイーゼッケンドルフも居る。彼女は瞳に溢ればかりの涙を溜め、今にも泣きだしそうだ。
一斉にみなが「おかえりなさいませ」と頭を下げ、リュシアンが執事頭のユリウスに「身を清める準備を」と伝える。
その言葉にユリウスは破顔し、姉である侍女頭のユリアーナに指示を出した。
「コハルと一緒に戻ってこられて嬉しいよ」
「んにゃ!」
『僕も!』
リュシアンはそう小春に伝えると、また後でと言葉を残してその場から去った。
小春は今から何が行われるのか訳が分からないままリュシアンと離れ、ユリアーナとルイーゼッケンドルフに連れられバスルームへと案内される。
大浴場並みのお風呂場であれよあれよと二人に身を清められ、一緒に付いてきていたカーバンクルの大福、世話師猫の文二も見よう見まねで泡だらけになりながら自分たちで身体を清め始めた。
「コハル様は絶対にお戻りになられると、このルイーゼッケンドルフ・ギルベルタ・ネロは信じておりましたよ!」
「ありがとう、ただいまルイーゼ」
「はい!コハル様!またお世話させてくださいね」
「わたくしもお待ちしておりました。コハル様のお部屋はそのままにしてありますよ」
「えっそうなんですか?ありがとうございますユリアーナさん」
「コハル様、使用人に敬語を使ってはなりません。ゆっくりで良いですから、また少しづつ慣れていきましょうね」
「はい。じゃなくて、了解です。でもなくて、えーとっ」
「ふふっ」
出来るだけ動きやすいワンピースドレスをルイーゼが小春に着させ、リュシアンが待つ私室にユリアーナ含め3人と2匹で向かう。
ドアを明けると隊服ではない普段着のリュシアンが小春を迎え、大福と文二はベッドに向かって一目散に走りだした。そのベッドの脇には美しい細工が施されてあるゴブレットとナイフが置かれてある。そのナイフを文二が前足に取り、リュシアンの腕を切ろうとした。
「ええええええ!?ちょっと待って文二!」
「すぐに治るから大丈夫だよコハル。それに、婚姻の儀には私の血液が必要だ」
「えっもうするんですか!?」
「善は急げと言うだろう?」
「まだ心の準備がっ」
「大丈夫。コハルが飲みやすいように血の味はフルーティーなものにするつもりだよ」
「そういう心の準備じゃなくてですね」
コハルが戸惑っている間にも世話師猫はリュシアンの腕をスゥーッと切り、滴り落ちてくる血を大福がゴブレットでキャッチする。
ゴブレットにはリュシアンの血が溜まっていき、その血色を見て小春は人間との違いに驚きの声を上げた。人間は怪我をすると赤黒い血を流す。しかし彼の切られた腕からはキラキラと光る鮮やかな赤色の血が滴り落ちている。その光る粒子の正体こそが彼の魔力だ。
リュシアンは小春をベッドの縁に座らせると、自身の目元にドラゴンの鱗を出現させ、いつも隠しているドラゴンの角までもを出現させてから彼女の横に腰を下ろした。
「ツノを触っても良いという事ですか?」
「違う。それはまだ駄目だ」
「じゃあ何でですか?」
「儀式では、俺本来の姿でコハルに口付けたい」
「…っ」
「ふふっそんなに緊張しないで」
リュシアンの言葉にカチンコチンに緊張してしまった小春は、膝の上でぎゅっと手を握る。その拳にリュシアンはそっと触れ、ゴブレットの中に入っている自身の血を口に含み、小春の頭を片手で固定して深く口付けを落とした。
自分の口内に他人の舌が入ってくる感触に戸惑う小春は、口の端から彼の血を漏らす。
血を飲み込んだ後もリュシアンからの深い口付けは止まらず、小春はもう限界だと訴えるように彼の胸板を叩いた。
「っげほっりゅっリュカさん長いですっ!」
「もう少し」
「駄目ですっうわっ」
「俺の血を飲んだばかりだから、あまり動かない方が良い」
そう言ってリュシアンは優しく小春を抱き上げ、ベッドの中心へと寝かす。
そして「血が身体に馴染むまでは数日間動けないからね」と赤面している彼女に伝え、リュシアンは小春が動けない事を良い事に再度深い口付けを何度も落とした。
「これで当分世話ができるにゃ!」
『まずは何をするのブンジ?』
「この初々しい龍とニンゲンの子をにゃにゃにゃ!んみゃ~ん!」
『それは楽しそうだね!』
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おまけ~血の味~
「これはっ」
「口に合わなかったか?」
「いえ、何故パイナップル味にしたのかと」
「特に理由はない」
「いちご味が良かったです」




