この世界の常識
私のカード作りは無事に終わり、次に服を買いに行く事になった。リュカさんが軍服、私は登山スタイルなので、村ではかなり浮いている。
この村には洋服店は一つで、冒険者用の防具、武器なども揃えられている。
リュカさんはゴリゴリの甲冑を買うのかなと思っていたけど、シンプルな服を選び、上からはローブを羽織っている。むしろ自己防衛できない私に、とても美しい笑顔で甲冑をススメてきた。
えええー。
確かに防御面では良いかもしれないけど、重すぎて歩けないと思う。
結局、私の身長に合うサイズの甲冑が無かった為、リュカさんと色違いのローブとワンピース型の冒険者服を購入する事になった。
私の服にはワイルドベアーが使われており、耐火性に強いものだとお店の人が教えてくれた。ワイルドベアーってどんな生き物なんだろう。言葉通りワイルドなのかな。
この村は近くに死の森があるという事で宿屋が多い。なので、リュカさんが適当に選んだ2階建ての宿屋で一泊する事にした。部屋は十分空いており、隣部屋にする事ができた。
私達が泊まる部屋は2階で、部屋の中にはベッドが一つと、椅子が一脚。此処はランクで言えば中くらいらしい。低ランクの宿屋にはベッドすらなく、雑魚寝が主流。高ランクの宿屋は言い出せばキリがないが、基本的に一部屋で全てが事足りるようになっているらしい。
ドアがコンコンとノックされたので開けてみたら、リュカさんが綺麗な笑顔で立っていた。だいたいこの笑顔をする時は碌な事がない。
「コハル、開ける前に私であると確認したか?」
「し、しましたよ」
「どうやって?」
「あ、あははは」
「ふふふふっ」
「嘘です何も確認してません」
「…だろうな、以後気を付けるように。それと施錠も」
「はい、気を付けます」
ぐにーっとほっぺを摘ままれるだけで済んだが、小一時間かけて施錠の大切さや相手の確認方法など、くどくど説明された。リュカさんの話を聞きながら、生まれてこの方日本から出た事の無い私は、かなり平和ボケしているんだな、と思った。
それに、男女が同じ部屋で二人きりになるのはあまり良い事ではなく、普通はドアを少し開けるか、もう一人ドア付近に人を立たせるのが常識らしい。
特に貴族間では厳しく、いかなる場所でも男女が二人きりでいるというのは良くない。ただ、それは私生活においてなので、仕事などの場合は規制が緩くなるらしい。
これは、どの種族においてもそうだ、とリュカさんが教えてくれた。
なんと息苦しい。
国や領によって、貴族や王族、国民・領民との距離間は違い、龍の国ルシェールはそんなに国民と隔たりがある訳ではないらしい。貴族同士の結婚が主流ではあるが、平民と結婚する者もいて、それが原因で冷やかされたりする事はないと言っていた。
私が今まで暮らしていた常識と、この世界ではかなりズレがある。中世ヨーロッパ辺りの感じかな?と思ったが、そもそも私は歴史が苦手で、平安時代くらいしかまともに勉強していない。異性の前では扇で顔を隠すんだよね。とりあえず、ローブで顔を隠してみたら普通に払いのけられた。酷い。
「こちらの一般常識については私がその都度説明する。突拍子もない事はしないでくれ」
「はい、宜しくお願い致します」
ドアを足一つ分開け、私はベッドに座り、机を挟んで対面式にリュカさんが椅子に座る。リュカさんが魔法で防壁を張ってくれたので、盗聴される心配はない。
こちらの世界ではどの国、領でも使える共通の金貨・銀貨・銅貨がある。それぞれに大・中・小とあり、大金貨などは普段使う事はなく、国同士のやりとりくらいでしか使わないと言っていた。基本的に使うのは銀貨や銅貨。そしてたまに小金貨くらい。日本でいうお札に当たるのが銀貨で、小銭の役割を果たすのが銅貨。
思っていたよりも覚えやすくて良かった。
「そういえば、何で私の魔法診断テスト?みたいなやつ断ったんですか?」
「魔法種別適性診断のことか?コハルに古の御業や精霊からの祝福がある事がバレると厄介だからだ。安心して良い、コハルの事は私が守る」
「あ、ありがとうございます。でも、どんな魔法に適性があったのか気になりますね」
「適正なら分かる。私は龍族だから相手の性質を見抜ける目を持っている。」
「え!?そうなんですか!?私の適正って何ですか?」
「ふふっ秘密だ」
「えぇぇー」
リュカさんは本当に教えるつもりが無いみたいで、明日の旅程や、カードに記載されてある内容の説明に移った。
このカードはギルドカードではない。もしギルドカードにするならば、ギルドに登録しなければならない。ギルドカードにする利点は一つで、依頼を受けようとした内容が他の人と重なってしまった場合、ギルドカードの人が優先される。なので冒険者家業一本の人は登録している人が多い。
名前の横に記されているEという文字はランクを示している。ここだけ何故かアルファベットだった。分かりやすくて良いが、不思議だなと思う。
Eが最低ランクで、受けれる依頼内容は雑草引きのみ。Dランクになると薬草や採集といった任務に就けるらしい。わ、私、今の所雑草引きのみ!?
リュカさんのカードにはA+と記されてあった。最高ランクはSSで、A+はSランクの依頼を断っているが、依頼達成を優にできるレベルだというものを表しているらしい。
「何でSランクに上げないんですか?」
「ランクが上がれば面倒事を押し付けられる。それに私はあくまでルシェールの龍騎士。カードは便利だから作ったにすぎない」
「へぇー」
しかも、Sランクに上がれば給金はたんまり貰えるが、依頼を断る事はできないらしい。急にブラック企業じみてきたな。
一旦会話を止め、食事の為に一階に降りる。
此処は宿屋兼、食堂も営んでおり、早めの夕食を摂ることにした。カウンター席が5つと、丸いテーブル席が7つ。私達はカウンター席の端に座る事にして、奥にリュカさん、そしてその隣に私が座った。
リュカさんが私の為に椅子を引いてくれたのは嬉しいが、出来れば奥の席が良かった。ここには私達以外にも4組の冒険者の方たちがいて、その人達は丸テーブルの席に座っている。漫画でしか見たことのないナイスバディで露出度高めなお姉さん方や、明らかに弓使いが上手そうな出で立ちをした人、他にも変な杖を持った人など沢山の人がいる。
中でもナイスバディなお姉さん方の視線がビシバシと私の背中に突き刺さる。
もしかしなくてもリュカさん、私をガードに使いました?
だってカウンター席には私達しかいない。私が奥に座ったら、リュカさんの隣は必然的に空く事になるので、グラスを持ってこちらをチラチラ見ているお姉さん方が我先にと座りに来るに違いない。
しれっと私を犠牲にしたリュカさんに疑いの視線を向けていると、お酒は飲めるかと聞いてきた。
「飲めません」
「まさか、15歳なのか?」
「バリバリ20代ですよ!ちゃんと20歳越えて成人しているのでお酒は飲めるんですが、あの匂いが苦手なんです」
「そうか、どうも生きる年数が違いすぎてコハルが幼子に見えてしまう」
「私からすればリュカさんおじいちゃんくらいの年齢ですもんね」
ガシッと頭を鷲掴みにされて、「口には気を付けろ」と美しい微笑みをたたえながら言われた。いっ痛い痛い!リュカさんの地雷が何処にあるか分からない。教えて欲しいです。気を付けるんで。
兎に角年齢関係の事は禁句なのかな。
あとものすっごく頭が痛いです。龍なのに握力ゴリラなの?
メニューが読めない私は、リュカさんに注文を任せ、未だ痛む頭をさする事に専念した。因みにこの世界でヒト族の成人は15歳。そして平均寿命が120歳らしい。すっ凄い。めちゃめちゃ長生きじゃないですか。