妖精はイタズラ好き
ピスキーという種族は毎晩ダンスを楽しむらしい。
めっっちゃ見てみたい。でも書類を渡したらすぐにこの国を出ると言っていたからきっと無理だろう。それにリュカさんの鼻が寒さで少しだけ赤くなっている。
「大丈夫ですか?」
「コハルが傍にいてくれたら私は大丈夫だ」
「そうじゃなくて。寒そうだから本当に心配してるんです」
「ふふっやはりコハルに想われると龍心が温かくなる」
「もういいです」
「耐えられなくなったら必ず伝える。ありがとう」
「いっいえ」
やっぱりリュカさんの笑顔の破壊力が凄い。何でも許してしまいそうになる。
これが美形パワーというやつか。
それにしてもこの国は何処もかしこも氷で出来ている。風に乗って微かに香る白梅の匂いが懐かしく心地良いが、地面まで氷で出来ているので滑って転けそうで怖い。だからなのかリュカさんが私の手を引いて歩いてくれている。むしろ転けた時に巻き添えにしてしまわないか、されないかが不安だ。
アッシヒューレに着いてからというもの、文二はまた姿を消した。
この国の住民は妖精だから姿を見せても大丈夫なのでは?と私は思っていたが、世話師猫的にはアウトだったようだ。妖精と精霊の違いが分からない私にとっては文二の姿を見せる見せないの判断基準がイマイチ分からない。大福はいつものように私の肩で寛いでいる。たまに落ちてくる雪を舌でキャッチして舐め、キャッキャウフフと遊んでいる。
楽しそうでなによりだ。
「リュカさん、今どこに向かって歩いてるんですか?」
「小鳥部屋だ」
「ことりべや?」
「小鳥部屋は王宮の直轄部隊の名前で、こういう機密書類の受け取りをしている所だよ」
「へぇ~。書類の受け取りなのにわざわざ部隊があるんですね」
「妖精は元来悪戯好きで好奇心旺盛だからね。中を読んでみたり改ざんしてみたりと、自由なんだ」
「自由すぎますね。機密書類なのにそんな事するなんて信じられません」
「それだけ好奇心旺盛なのだろう」
「魔法で機密書類送れないんですか?」
「送れない事もないが、ピスキーが住むアッシヒューレは猛吹雪で守られているし魔法で送ると途中で悪戯された場合気づきにくい。それにもし送付主が何かで突然死してしまった場合、目的地に届く前に魔力切れで紛失してしまう可能性や情報が漏洩してしまう可能性がある」
「なるほど」
カツン、コツンと氷で出来た地面を歩きながらリュカさんの説明を聞く。
そして氷で出来た噴水の広場に着くと、小鳥部屋と書いてあるお店に到着した。
王宮の直轄のと聞いていたからてっきり王宮に入るのかと思っていたが、どうやら違うみたいだ。
小鳥部屋はピスキーが梅の木で休んでいる像の前にあり、外観はまるでキャンディーを売っているかのような可愛らしい見た目をしている。
「お菓子屋さんみたいですね」
「“みたい”じゃなくて、そうだよ」
「え?」
「ピスキーは悪戯はすぐ思いつくけど、頭を使う真面目な仕事は苦手なんだ。だから糖分を摂取するために菓子屋を併設する事が多い」
「それはつまり、お菓子を食べながら仕事をするという事ですか?」
「どちらかと言えば菓子を食べているばかりで仕事はしていない」
「え、どういう事ですか?意味が分かりません」
「だから俺たちが機密書類を届ける任が多いという事だ」
「ん?だから?」
「前に言っただろう?私達龍族は小さいものに怖がられると。ピスキーも私達龍族を怖がって菓子を食べる手を止めるんだ。そしてその恐怖から一刻も早く逃れようと受け取った機密書類を王の元へ届けに行き、王が受け取った証を持って私たちの元へ戻って来るという訳だ。内心は早く国から出て行けと思っているだろうな」
「なんか、大変というか、面倒な事押し付けられてるんですね」
「そうだね。でもこの依頼は私達ルシェールにとっても良い収入源になっているから悪い事ばかりでもないよ。それに今回はたまたま私が所属する特務隊に回ってきただけで、普段は別の部隊がしている」
「へぇー」
機密書類なので内容は多岐に渡るけど、諸外国関連のものもあればアッシヒューレ内のものもあるらしい。国内だけの機密情報のやりとりなら自国のピスキー達だけでやれば良いのにと思ったが、どうしてもイタズラしたくなって仕事にならないそうだ。
よくやっていけてるなこの国という感想しかでてこない。
小鳥部屋の扉の前にリュカさんが立ち、開ける前に呪文を唱える。
「ボウル一杯のクリームに、闇夜に光る青い顔、盗んだチェリーはキムチ味」
これは『そちらの依頼で龍族が来ましたよ』という意味になるらしい。
どこら辺が?という疑問で私の頭の中はいっぱいだ。
あと、この世界にキムチがあるという事に驚きだ。チェリーのキムチ味とか普通に不味そう。
呪文を唱え終わると扉が自動で開き、リュカさんと一緒にお店の中へ入る。
店内には宙を飛びながらキャンディーやチョコレートを食べているピスキー達がおり、とてもファンシーだ。しかしピスキー達がリュカさんの存在に気付くと一斉に動きを止め、バタバタとデスクに付き始めた。
まるでリュカさんがこの店のマネージャーかのようだ。
一瞬で店内が一気にピリッとした雰囲気に替わり、何故か緊張が走る。店内の様子を見ていると、この店でたぶん一番偉いであろうピスキーがリュカさんが持つ機密書類をぶん取り、音もなく姿を消した。
「失礼だって怒らないんですか?」
「妖精に腹を立てるだけ時間の無駄だ」
「おぉー辛辣」
数分もしない内に先ほどのピスキーが現れ、リュカさんに上等な巻物を渡してからキャンディーの後ろに隠れる。
リュカさんの何がそんなに怖いんだろう。
私達は何も買わずに店の外へ出て、リュカさんが魔法で作った氷の龍に先ほどピスキーから受け取った巻物を飲み込ませた。これでこの国での任務は無事に完了した事になる。
思った以上にあっけなかった。だけど、ピスキーの態度にリュカさんが傷付いてないかが心配だ。
「大丈夫ですか?」
「?」
「あ、えっと、先ほどのピスキーの態度です。傷付いてないかな~と思いまして」
「特に外傷はないが、もしやコハルは何かされたのか?」
「へ?」
急に周りの気温が下がり、リュカさんの体が徐々に龍体化していく。
ピキッピキッと眼の周りに艶やかなドラゴンの鱗を出現させ、手も徐々に鋭いドラゴンの爪へと変化していっている。今までは見えなかったが、リュカさんの周りから藍色のキラキラしたオーラと深く濃いブルーの禍々しいオーラが溢れ出ており、そのオーラの流れに沿って彼の美しい髪がゆらゆらと風もないのに揺らぎ始めた。
「どのピスキーだ。引きずり出して八つ裂きにしてくれる」
「わぁああっ待ってください!私は何もされてません!ただ先ほどのピスキーの態度にリュカさんが嫌な気持ちになってないかなって心配になっただけですっ!その禍々しいオーラしまってください!」
私は今にも攻撃しに行きそうなリュカさんの体に必死にしがみ付き、先ほど発した言葉の理由を伝える。
その想いが伝わったのか龍体化は徐々に収まっていき、リュカさんの瞳にも正気が戻った。あの禍々しいオーラもいつの間にか消えている。
一瞬の出来事だったけど凄く怖かった。
色んなリュカさんを見てきたから恐怖とはまではいかなかったけど、本当に怖かった。
これが殺気なのか威圧なのか何なのかよく分からないけど、小動物が龍族を怖がる理由が分かったような気がする。
ピスキーというか、小さい生物にはこういう風に龍族が見えているのかもしれない。
そもそも何で龍体化しそうになったんだろう。私がピスキーに馬鹿にされたと思ったのかな。
完全にいつものリュカさんに戻った事を確認し、私は彼から離れようとする。が、リュカさんが私を抱きしめて離さない。
「リュカさんそろそろ離してください」
「もう少しこのままで」
大福は抱き合っている私とリュカさんの肩を行き来して遊んでいる。
大福はカーバンクルだけど、リュカさんと一緒に居る時間が長いせいか先ほどの禍々しいオーラには全く無反応だった。むしろ怖がるどころかスヤスヤと私の肩で居眠りをしていた。
肝が据わってて逞しい事この上ない。
「ピスキーのあの態度はいつもの事だから平気だ。それに、気にした事もなかった」
「そうなんですね、リュカさんが傷付いてないなら別にいいんです。それよりも急に龍体化し始めた事に驚きました」
「すまない、コハルを怖がらせるつもりは無かった」
もう怖くないですよとだけ伝えると、リュカさんは気が済んだのかハグから解放してくれた。
そして次の任務へと話が移る。次の国へはアッシヒューレから近いらしい。猛吹雪を抜け、1キロも歩けば『ブルリモン』という国へ着くそうだ。
今日はそのブルリモンという国に泊まる。予約は既にウメユキさんが取ってくれている。
そう、次の任務はウメユキさんと一緒に行う仕事で、しかもユメヒバナさんとフィィーさんも一緒だ。久々に会うので楽しみだし、鬼人族の血が流れるユメヒバナさんとウメユキさんがキーマンとなる仕事だと聞いているのでちょっとだけワクワクしている。
リュカさんの任務は不思議な任務が多いから考えるだけ無駄だと思っている私は、詳しくは任務内容を聞く事はしなかった。
まぁ聞いたところで理解できない事の方が大半だし、実際に見て経験した方が早いという理由もある。
私はアッシヒューレを出る前に、一つだけ気になっていた事をリュカさんに尋ねてみた。
「リュカさんはピスキーが苦手ですか?」
「…相変わらず無礼な奴らだなとは思った」
「言葉にトゲが見える表現ですね」
リュカさんがいつも通りの綺麗な笑みでサラッと毒を吐く。
相変わらず表情と言葉が一致していない。
やっぱりというか、龍族は綺麗な笑みで毒を吐く事が多いのかもしれない。ウメユキさんなんて毒だらけだ。
国境付近に近づくと風と雪が強くなり、アッシヒューレとのお別れが近づいてきた。
私はこの世界に来て以来、妖精だけという国が初めてだったので内心ワクワクしていた。そのワクワク通り、アッシヒューレという妖精の国は美しい氷で出来た建造物が多く、街を歩けば国の至る所にある白梅から香る高貴な匂いにお伽噺の中にいるような錯覚さえ芽生えた。だけど何より一番驚いたのは妖精の実態についてだ。仕事に支障をきたすほど悪戯が好きというのは、最早逆に凄い。自分の心に素直というか、純度100%なんだろうなと思った。
観光客が全く居なかったのもその悪戯好きが原因で、ピスキーがどんなイタズラをしてくるかが分かららないから誰も寄り付かないらしい。それに、そもそもあの猛吹雪を超えて来られる者も少ないのでピスキー達は観光業に力を入れていないそうだ。
私は深呼吸して懐かしい白梅の香りをもう一度堪能する。
そしてリュカさんお得意の氷魔法の防御魔法で守られながら安全に猛吹雪の中を抜けた。
アッシヒューレを出ると外には文二が待っており、手編みのコートを脱げとジェスチャーで伝えくる。
次の国まで1キロしかないのに、私のお世話をしたくてずっと外で待っていたそうだ。
健気の一言に尽きる。
「文二ありがとう。おかげで寒くなかったよ」
「にゃっ」
リュカさんも大福も文二にお礼を言い、文二が持つ鞄に手編みコートや帽子を入れていく。
そして次のブルリモンという国へ向けて私たちは歩き始めた。
「リュカさんの氷魔法は万能ですね。もしかして龍族は皆さん氷魔法が得意なんですか?」
「いや、ウメユキは風魔法が得意…というか好きだな。特務部隊で唯一幻影を生み出すことに長けている。ルクルは水で、ノエルは土だ」
「ノエルさん土なんですか!?」
「あぁ、だが土魔法が得意といってもコハルとは性質が違うから何にも参考にはならないよ。アイツの土魔法は重力との複合魔法だからね。集中力はもちろん精密なコントロール力もいる」
「重力?例えばどんな魔法なんですか?」
「そうだな、ノエルがよく使う魔法は天降石…だったかな。地形を変えたい時や国一つ跡形もなく消し去りたい時に使用する事が多い」
「もの凄く物騒なワードが多い魔法ですね」
天降石は土魔法でまず強固な岩を複数作りだし、重力で圧を掛けまくって一つの物体にした後、空から目標地点に向けて倍の重力を掛けてぶん投げるらしい。
「まるで隕石ですね」
「インセキ?」
「極稀に宇宙から石が降ってくるアレですよ」
「空から石が降ってくるとは…。コハルが居た世界も大概物騒だな」
「ごく!稀に!ですからね」
「それにしてもだ。コハルが生き残っている事が奇跡のように思う。安心してほしい、この世界は自然に空から石が降ってくる事はない」
「でも雨とか雪以外にも変な物が降ってきそうなので安心できません」
「確かに雨や雪以外にも数年に一度妖精のイタズラで煮魚やエキセントリックワニのフライが降ってくる事はある。しかし天降石に似ているというインセキよりははるかに安全だ」
「本当にこの世界の妖精さんは碌な事しないですね。しかも降ってくる物がキャンディーやチョコじゃなくて煮魚…渋いですね」
「驚きがあって良いと思うが、コハルは嫌そうだな」
「だって煮魚が落ちてきたら掃除が大変じゃないですか」
「掃除か、考えた事もなかった」
「誰も嫌がらないんですか?」
「嫌がっている者はまだ見たことがない。どの国も空から降って来たものは恵みの一種と捉える事が多いため大抵どの国でもそういう日は祭りをしている。暗黒時代では星菓子が降り、争いを止めてでも宴や祭りをしていた国もあったそうだ」
「へえー。…この世界に馴染めるか不安になってきました」
「では俺と一緒にいつまでも居れば良い」
「あっしも!あっしも小春の世話を生涯していく所存!」
「わっ文二の一人称って『あっし』!?ていうかローブに爪立てないで破れちゃうっ」
「キュッキュー!」
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