分からない感情
私は恋をした事がない訳じゃない。
でも本気の恋は?忘れられないほど心が痛くて涙が零れ落ちる程の恋をした事があるか、と聞かれれば答えはNOだ。
学生の時も社会人になってからも恋愛はしていたけど、そこまでじゃない。
それに社会人になってからは仕事がメインで恋なんてしている暇はなかった。だから本当にリュカさんのド直球すぎる愛の伝え方に戸惑ってしまう。リュカさんがくれる言葉だけでもいっぱいいっぱいなのに、物理的にも来るもんだから本当に困っている。最近では文二も加勢してくるし、私の心が休まるのは肩でいつもグースカ寝ている大福だけだ。
寝過ぎじゃないかな。
リュカさんは告白について返事はゆっくりで良いと言ってくれたが、やっぱり生きている年数が違うと待たせているんじゃないかとか、早く答えを出さなければ失礼になるんじゃないかとか、不安になる。
こんな時にフィーさんやルイーゼが側に居てくれたら恋愛相談できるのに…。
自分の気持ちが分からない。
でも、リュカさんの事は好きだと思う。
だけど結婚とか、その先の事が想像できない。あと貴族文化とかにもついていける自信がない。
寿命に関してはウメユキさんが前に方法があると言っていたから私だけ先に老いていく心配はないけど…。
一歩足を踏み出せないのは何故なんだろう。
此処まで考えているのに、漠然とした不安が多すぎるからだろうか。明確な不安、理由が分からないからだろうか。
もうこの世界に身体が定着してしまっているんだし、私は元の世界には戻れない。だからこの不思議な世界で生きていかなきゃいけないのに…。
「コハル?」
下を向いて歩いているとリュカさんが私の名前を呼んだ。
「すみませんっ何の話でしたっけ。ちょっと考え事してました」
リュカさんが歩みを止め、私の視線に合わせてしゃがむ。
そして私の頬を両手て優しく包みこむように触れた。
相変らずリュカさんの手はスベスベでヒンヤリとしている。
「何か悩んでいる事があれば私に相談して欲しい」
「…」
「私では頼りないか?」
「そんな事ないですっ。でも、リュカさんには相談できない内容で…」
「私には相談できない内容?という事は俺の知識ではコハルを救えないと?」
「えええ!?違っ!ていうか重っ!そういう意味じゃないです!」
「では何に困っている」
「えーと、だから」
そんな綺麗な瞳で見つめて来ないでください。困る。
というか格好良すぎて直視できない。なんでこんな美しい顔面をしているんだ。最早人間じゃない。
あ、そもそも人間じゃなかった。龍族か。
「体調が悪いのか?」
「違います」
「では寝不足か?」
「それも違います」
「あぁ、分かった。私の愛情表現が足りないのだな?」
「大ハズレです。全然違いますし、むしろそれに困ってます」
「困る?」
「その、えーと、リュカさんの事について悩んでるんです」
「?」
何が悲しくて馬鹿正直に本人に話さなくちゃいけないんだろう。
でも悩んでいる原因について話さないとリュカさんは先へ進むどころか、私の頬から手を離してくれなさそうだ。
前に靴擦れが出来て黙っていた時なんて余裕で8時間以上は同じ体制だったと思う。リュカさんは優しいけど、私が黙っていたり自分の意見を伝えない時は私が話しだすまで待つところがある。
だから諦めて一つ一つ自分が抱えている不安をぽつり、ぽつりとリュカさんに伝え始めた。支離滅裂だったり、きっと上手く言葉に表現できていない部分もあったと思う。だけどリュカさんは私の不安を取り除こうと一つ一つ丁寧に分かりやすく答えてくれた。
「コハルがそこまで俺の事を真剣に考えてくれて嬉しいよ」
「そりゃ、リュカさんの気持ちには真摯に向き合いたいですから」
「ふふっ今のコハルは夕暮れ時の綿雲のように美味しそうだ」
「やっぱり龍族の方の愛情表現はよく分からないです」
「直接的な表現は控えたい」
しかし文二がとてとてと可愛らしい足音を立て私の側に近寄り、その意味を教えてくれた。
「今すぐにでも犯したいという意味じゃ」
「え!?」
「ブンジ…」
「龍族にとって夕暮れ時の綿雲は特別に甘美なもの。よって大事に大事に食すのじゃ」
「えっなっなんで急にそんな発言が飛び出してくるんですか!?」
「コハルが愛らしくてつい」
「『つい』で出て来るような言葉じゃないですよ!」
「だから直接的な表現は控えたいと言ったのだ」
「これは表現の問題とかじゃないと思います。リュカさんの変態」
「なっ俺のどこが変態だ!まだ最後まで手は出していない!」
「最後ッ!?どういう意味ですか!?」
「黙秘する」
「えええ!?」
「コハルよ、男など所詮種族が違えようとそういう生き物だ」
「それは否定しない。だが俺はコハルに乱暴をするつもりはない」
「当たり前です!」
「当たり前ではない。番だと言って強引に事を進めようとする輩なんぞ世界には五万といる」
「つがい?」
「主に兎族だ。彼らは年中発情期で番の数も多い」
「え?え?番というのがよく分からないんですけど」
「理性では抑えられない運命の相手という事だ。本能でその者が欲しくなるらしい」
「あの、龍族にも番はありますか?」
「今はないよ。龍族は知的好奇心に溢れているからね。本能よりも理性が勝る」
「へぇ~」
「龍族はだいたい二つのパターンに別れる事が多い。力で互いを認め合い絆されて一生を遂げる者か、知的好奇心が多くその者自体に惹かれていく者か、私は無論後者だ。ドワーフ族や森の民、魔族も番はないよ。ヒト族もね」
「種族によって色々違うんですね」
「そうだね。番でまともに国が成り立っているのは狼族くらいだろう。あの国は裏切りを一切認めない規律の厳しい国だ」
リュカさんに各国の番事情を聞いているとあっという間に夜になってしまった。
次の国へは明日中に入れば良いらしい。
『最後まで』というリュカさんの問題発言の意味を聞きたいが、それについては全く答える気が無いようなので、私は諦めて次の国はどんな所なのかと話題を変えた。
「アッシヒューレという氷の国だ。美しい国だが龍族にとっては凍えるほどに寒い」
「大丈夫ですか?」
「ああ、機密書類を届けに行くだけだからね。それに私にはコハルがいる」
「流石にそこまで寒い場所だと私は何の役にも立てないと思うんですけど」
「そんなことは無い。コハルが私の傍にいてくれるだけで龍心があたたかくなる」
「あー、また分からない言葉が出てきました」
「ふふっゆっくりと知って行けば良い。そして俺の事を欲ってしくれ」
「~っそういう事サラッと言わないでくださいっ!」
「ではどう伝えたら良い」
「ええ~っとそれは…ん~。もう十分に伝わってるんで大丈夫です」
「いや、駄目だ。まだ半分すら俺の気持ちを伝えられていない」
「もう本当にお腹いっぱいなんで大丈夫です」
「コハルは言葉を食べられるのか?」
「これは比喩です!」
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