異世界の移動も摩訶不思議
鉱石の採掘は毎日という訳ではなく、なんと週に2回だけだ。
洞窟内に入る回数に制限がある訳でもないのに何故だろう。
という事でヴェルゴナさんに尋ねてみたら、逆に何故そんな事を聞くのかと不思議そうな顔をされた。そして『週に3日以上も働くと王宮の騎士を辞めた意味がないだろう?』と言われた。この世界ではどうやら週に3日以上働くと過労扱いになるらしい。世界がホワイトすぎて涙が出そうだ。
そんな訳で今日は採掘仕事はお休みで、リュカさんの提案でゴーラントバーデンの中心街に行く事になった。中心街の少し外れの旧市街には昔リュカさんが一人旅をしていた時に知り合ったドワーフのお爺さんが住んでいるらしく、私に会わせたいそうだ。
朝食を食べ終え、いつも通り肩に大福を乗せて出かける準備をする。文二はこっそり付いて来るようで私たちがアトリエを出た際にスゥーっと姿を消した。しかし、文二が履いているブーツが消えていない。付いてきているのがバレバレだ。
文二はうっかりさんなのか、極稀に足だけを消し忘れている時がある。面白いから黙っているけど、その現象はどこの国でも昔から発見されており、言い伝えがその国々によって残されている。
リュカさんの古郷ルシェールでは『長靴だけが歩いているのを見かけたら付いていくと良い』と子供の頃に親から教わるそうだ。意味は何事にも恐れず果敢に立ち向かえという教えらしい。
もう一度後ろを振り向くと足を消し忘れていた事に気づいたのか、長靴は消えていた。
アトリエから3分くらい歩き『エイヤソイヤ』という立て看板がある駅舎風の小屋に到着する。
そこには馬や御者がおらず、馬鹿でかい大きな人の形をした山のようなモノが佇んでいた。
これはトロールという妖精らしい。体中に苔がびっちり生えており、その巨体の周りには色とりどりの小鳥が飛んでいる。あまりにも大きすぎるせいで鎖骨から上は周りの木々に隠れ、どんな顔をしているのかは見えない。
ゴーラントバーデンでは環境保全のため、乗り物が規制されている。
異世界にきてまで環境保全という言葉を耳にするとは思わなかった。
リュカさんに手を握られながら乗り場まで行くと、山だと思っていたトロールが俄かに動き、私は未知の遭遇に感動する。
「大きいですね」
「トロールの大きさは世界一だよ」
トロールの乗り方をリュカさんが受付にある地図を指さしながら説明する。
行きたい場所の名称に自分の魔力を流し、トロールがその魔力を受け取ると手を地面に下してくるので乗る。という簡単なものだった。
行きはリュカさんがお手本で実践して見せてくれるので帰りは私が担当となった。簡単そうだからきっと私にも出来るだろう。
「トロールに乗って移動するのって楽しそうですね」
「もしかしてコハルが生まれた世界ではトロールで移動する事がないのか?」
「そもそもトロールがいないです」
「そうか。では少し刺激が強いかもしれないな」
「どういう事ですか?」
「まあ実際に体験してみたら分かる。しっかり私に捕まっていなさい」
リュカさんにエスコートされながらトロールの手に乗り、私達は高層マンションのエレベーター以上の速さで空へと持ち上げられる。リュカさんは私が落ちないようにと軽く腰を支えてくれているが、こういう時こそ昨日みたいにがっちりホールドしてほしい。この世界に来て何度安全バーは何処ですかと絶叫した事だろう。
急上昇が止まると、まさかの行先であろう方向に剛速球で投げられた。
えええええええ!?
無理無理無理無理無理!
ご臨終しちゃう!
私は必死にリュカさんの腰にしがみ付き、襲ってくる浮遊感と未だ且つて経験した事のないGに耐える。ジェットコースターなんて比じゃないくらいのGだ。
到着地点付近に差し掛かっているのか、私達は緩やかな弧を描きながら地面に向かって落ちて行っている。カーバンクルの大福もちゃんと私の肩にしがみ付いており、鳴き叫ばない所を見るとやっぱりこんなに可愛くてもふもふでも異世界の動物なんだなと改めて思った。というかこんな危機的状況なのに大福は私の頬に頭を擦り付けてくる。肝が据わっているのか、異世界ではこういう危険が日常的なのか。とりあえず私は今着地の事で頭がいっぱいで大福にかまっている余裕はない。きっと頭を撫でて欲しいんだろうけど、それどころじゃないんだよ。
「リュカさん!地面がっ!」
「大丈夫。コハルは安心して私に捕まってると良い」
「猛スピードで落下してるこの状況のどこに安心しろと!?」
「ふふ。コハルは今日も元気いっぱいだな」
「会話をしてくださいリュカさん!言葉のキャッチボール!」
「私は常日頃から沢山コハルと会話がしたいと思っているよ。何から話そうか」
「全力で今じゃない!」
はっきりと建物や人が確認できるくらいの距離まで落下し、私はもうダメだ!と思いギュっと目を瞑る。すると爽やかな風に包まれ、何の衝撃も無く綺麗に地面に着地した。
「へ?」
「衝撃を和らげる風の魔法だよ」
「あ、ありがとうございます。もう二度とトロールには乗りたくないです」
「そうか。残念だ」
大福の頭を撫でながらバクバクと脈を打っている心臓を落ち着かせる。
私はてっきりトロールが歩いて目的地まで運んでくれるのかと思っていた。まさか投げられるなんて…。しかも原始的且つ力技の全力投てき。本当にこの世界にはまともな乗り物が無い。
一緒に投げられている時はリュカさんのフードが外れ美しいお顔が露になっていたのに、今は深めにフードを被っている。先ほどの風魔法でついでに直したらしい。
私が落ち着いた所でリュカさんが眩しいくらいの笑顔で私に体調はどうかと尋ねてきた。そりゃ尋ねたくもなるでしょうね。だって生まれたての小鹿並みに足の震えが凄い。とてもじゃないけど歩けそうにない。
そんな私をニコニコした美しい笑みでリュカさんがおんぶが良いか抱っこが良いかと訊いてくる。やっぱりリュカさんは自分の感情に正直だと思う。ちょっと怒りたい。
此処は中心街で人通りが多く、絶対に目立つのだけは避けたい私はリュカさんのその優しさなのかなんなのか良く分からない誘惑を全力で断り、意地だけで足を前へ前へと動かした。肩に乗っている大福だけがキューキュー!と応援してくれる。ありがとう大福。アニマルセラピー最高。
私の意思が固い事に諦めたリュカさんは、私の手を引きながらトロールが営む『エイヤソイヤ』について話し始める。最近よく思う事だがリュカさんは事前説明を端折りすぎだと思う。何故事後に詳しい説明を聞かなきゃいけないだんろう。乗る前に聞きたかった。もしかして「とりあえずやってみよう」の精神なのかな。
説明を聞き終えると、この移動方法は魔法上級者やドワーフみたいに屈強な肉体を持った種族でないと気絶するという事が分かった。気絶で済むのか。地面に激突して気絶で済むってやっぱりこの世界の人たちは体が頑丈なんだ。
トロールが投げた後の着地は二種類あり、魔法で緩和するか耐えるかのどっちかだそうだ。
今私たちが居る中心街の地面がやたらボコボコしているのは、ドワーフ達がトロールに投げられて着地した際にできた跡らしい。骨粗鬆症とは無縁そうな種族ですねという感想しか出てこなかった。
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