旅の始まり
私が発動したのは魔法ではなく、〈祝福〉という古の御業だそうだ。
そう教えてくれたのはテオで、テオ自身もなん千年ぶりだろうかと、綺麗になった湖をみつめていた。
ちょっと待って。
テオってそんなに長生きしてるんですか?
え?まだ子供って言ってなかった?
綺麗になった湖には赤や、黄、青、緑、紫、といった色々な光を纏った精霊たちが集まっている。イルミネーションとは違う、温かみのある幻想的で見惚れるような光景だ。
そして一匹の若草色をした精霊が私の手にくしゃみをした。これは精霊方式の感謝の仕方で、祝福というらしい。
もうちょっと可愛いやり方なかったのかな。
「リュカ様も祝福された事はありますか?」
「様?…ああ、ある。だがここには無い色だ」
「そもそも祝福ってなんですか?」
「まず精霊に祝福される事自体が珍しい。そして精霊によって内容は異なる。若草色の精霊は確か、バロメッツを引き寄せ農作物を実りやすくする…というものだったと記憶している」
『大方その通り』
テオが補足として説明してくれた内容は、バロメッツが手伝った農作物は物凄く美味しく育ち、体力回復や魔力増強など、ありとあらゆる面で役立つという事だ。
バロメッツを知らない私は全然想像できなかったが、とても可愛らしい半植物半動物だそうだ。ヒツジと果物が合体したような見た目で、ぷかぷか浮いているらしい。物凄く気になる。
この世界にはテオみたいな神獣、私の手にくしゃみをした精霊、他にも半植物半動物等の私の知らない生物が沢山いる。本当に興味が尽きないし、不思議な世界だ。
まともに会話が出来るまで回復した私は今、テオの背に乗せてもらっている。
足に力が入らないのは、まだこの世界に身体が順応できていないせいらしい。そうテオが教えてくれた。あと、神獣の背に乗るなど普通はあり得ないそうだ。今回はテオが好きでやっている事だから良いけど、普通なら食い殺されるか罰がくだるとリュカ様が教えてくれた。
「私がコハルをおぶっても構わないが」
「テオの方が安定感ありそうなので大丈夫です」
「…そうか」
しかし村が見え、死の森の境界線に近づくとテオはその場にしゃがんで私に降りるよう促した。此処から出るつもりがない訳ではないが、住み良い土地を探すべく、これから旅に出るらしい。心強い仲間ゲットと思った私は、一緒に行動しませんか?と声を掛ける。だが秒で振られた。
そんなぁ。
名付け親なんだから、もうちょっと考える素振り見せてくれても良いんじゃあないかな。
「私達も行こう」
「テオ、元気でね」
『呼べばいつでも駆け付ける』
「ありがとう」
二人でテオに頭を下げると、テオは空高く飛んで行った。
私もリュカ様みたいに片膝ついて騎士っぽく頭を下げた方が良かったのかな。
そんな事を考えていると、リュカ様から声を掛けられた。
どうやら此処から村までは1時間も掛からずに着くらしい。
その間に一般常識やお金の数え方を教えてもらおう。
でも覚えられる気がしないな。
村に着くまでの道中も荷物は相変わらずリュカ様が持ってくれており、私は手ぶらで歩いている。歩くのに支障はないが、まだ走ったりする事はできない。無言で私の歩くペースに合わせてくれているリュカ様は凄く紳士だ。
道中にお金の数え方や紙幣制度などを聞いたが、今は手持ちがないので村に着いたら教えてやると言われた。
せめて予習させてほしいです。
「村に着いたら私が龍族であるという事は内密に」
「はい、でもリュカ様はお顔が美しいので目立つと思いますよ」
「その、リュカ様とは何だ?リュカで良いと言ったはずだが」
「呼び捨ては流石に恐れ多いです」
「私が貴族だからか?」
「それもありますが、見目の良い人に慣れ慣れしくしていると要らぬやっかみを買ってしまう危険性があるからです。リュカ様と一緒にいるだけで針の筵ですよきっと」
「どの世でも女性は難しい生きモノだな」
「という事はこちらの世界でも同じような事が起きるんですね、早速憂鬱です」
「私と片時も離れなければ良い、敬称は外せ」
「えええ!?なんていう拷問ですかソレ!?」
村に着くまでに一つ分かった事がある。
それはリュカさんが結構意地悪だという事だ。
折衷案で何とか呼び捨ては免れたが、助けてくれた恩を返したいので龍の国ルシェールへ招待したいと言われた。
嬉しいような、不安なような…。
でも龍の国ルシェールまではリュカさんが一緒にいてくれると思えば、この世界の勉強期間は長くとれる。どうせ行く当てもないから龍の国へ行ってみようかな。そしてその間にしっかりとこの世界の常識を覚えよう。
村へ到着したらまず最初にギルドへ行き、私の身分証を作ろうとリュカさんが提案してきた。
分からない事だらけなので私の返答はイエスしかない。
身分証には名前と戦闘スタイルや得意魔法など、書き込むことはそれほどないらしい。名前だけ自分で書き、後は受付の方が書いてくれるそうだ。因みにカードは偽名でも作れるみたいで、リュカさんはヴァンクールで登録していると教えてくれた。
カードには身分証の他に、交通証や銀行のカードみたいな役割もある。一枚で何でもできるのは利点だけど、反対に無くした時のリスクも大きいなと思った。
村へ着いたので早速ギルドに向かう。
此処みたいに小さな村は簡単に入る事ができるけど、大きくなるにつれて交通証の欲割を果たすカードや、場所によってはお金を払わないといけない所もあるそうだ。
因みに龍の国ルシェールは天空にあるので、来れるもんなら来てみろというスタンスらしい。
何でそんな喧嘩腰なんですか。
私が初めてこの世界に来て訪れた村は地面が整えられておらず、石畳やコンクリートなんてものはなく一面砂だ。ギルドは少し小奇麗な掘立小屋で、中に入ると真正面に受付があり、右側の壁には天井まで届くんじゃないかってほどの依頼書がぎっちり貼ってある。
受付まで足を進めると町娘姿の可愛らしい女の子が座っていた。挨拶をしたけど彼女の目はリュカさんに釘付けで、私の事はまったく視界に入っていないようだ。
逆に気持ちが良い程に清々しい。
「こんにちは、どのようなご用件でしょうか」
「こちらの女性のカードを作りたい」
「…畏まりました、魔法種別適性診断はお受けになられますか?」
「いや、良い。それと私のカードから10万ベティ下ろしたい」
「承知いたしました」
受付の女の子から一瞬で品定めされた気がする。
たぶん不合格だったのだろう。かなり眉間に皺寄せられた。しかし私はこの間一言も言葉を発していない。
厳しい。
早速これからの旅が不安だ。
受付の対応はリュカさんに任せ、私は差し出された羊皮紙みたいな薄茶色の紙に名前を書こうとした…が、この羽ペンのような物の使い方が分からない。それを察してくれたリュカさんが耳元で説明しようとした瞬間、受付の女の子から睨まれた。すいません、別にイチャイチャしてるわけじゃないんです。それにリュカさんも別に耳元で囁くように言わなくても大丈夫ですよ。普通にその場から教えてください。
この世界にも鉛筆やペンがある。
鉛筆は私の知っている物と同じだったが、ペンは違った。まず羽ペンではなく普通にペンに羽が生えている。プルンドゥアという生き物らしい。野生でもいるけど主に文房具屋さんが飼っており、羽の先がペンのようになっている動物だ。使用方法はペンを3回振るだけ。何だか昔の家電製品を直す時のやり方に似ているなと思った。
そして、私は大事な事を忘れていた。
日本語や英語で自分の名前は書けるけど、こちらの世界の言葉では書けないとう事だ。
どうしよう…。
チラッとリュカさんに目で合図を送ったら「あぁ」みたいな顔をして、「で?」みたいな視線を頂いた。
え?
むしろこういう時こそ助けてくださいよ。
「あの、代筆をお願いしてもよろしいでしょうか」
「貸し一つというところか」
「ケチくさ」