危険な船旅
リュカさんから船内における注意事項や今後の旅程を聞き、私たちは4階の食堂へ行って早めの昼食をとる事にした。メニュー表を見せられてもどんな料理が出てくるのか分からないので、今回も注文をリュカさんに任せ、私は大人しく席に座る。
まだ時間が早い事もあってか食堂には私たちだけだ。なのでカウンター席ではなく、人目に付きにくい奥の席に案内してもらった。
数分もしない内に料理が運ばれてくる。
リュカさんの前にはワイルドベアーのステーキが置かれ、私の前には明らかに現在も船外で大暴れしているテヤンデイレッグの料理が置かれた。
リュカさんに何故この料理を私用に頼んだのか是非ともお聞きしたい。しかも自分は食べないっていう。
私の目の前に置かれた料理の見た目は、とてもじゃないが美味しそうには見えない。
触手は半生で絶え間なく粘々したものを噴出しており、それが極太麺に絡みついている。食欲を減退させるには大成功のビジュアルだと思う。
私は今からこのよく分からない料理を食べなくちゃいけないのか…。
心がやさぐれそうだ。
テヤンデイレッグの全体像は知らないけど触手の部分はタコに似ているので、せめて味だけでもタコに似ていますようにと願いながら『いただきます』をして料理を口へと運ぶ。
「う゛」
「無理はしなくて良い」
比類なき不味さ。
そして不味さにも劣らない食感。
何なんだこの食感は。
味と食感を何かに例えてリュカさんに伝えたいが、脳が思考放棄する程にこの料理は不味い。
口に入れたものだけはなんとか気合で飲み込み、残りは返却した。
もう見たくもない。
テヤンデイレッグはこの世界に来て以来、私が食べた物の中で二度と食べたくない料理ランキングどうどうの1位だ。おめでとうございます。
私がテヤンデイレッグの味と食感に苦しめられている間にリュカさんは食事を終えており、今はただただ優雅に座っている。そして私は未だ口内に残るテヤンデイレッグの味にもだえ苦しんでいる。そんな苦しんでいる最中にふと、リュカさんが先ほど発した言葉を思い出す。
「いつもならリュカさんが頼んだ料理を二人で分ける事が多いですよね」
「そうだな」
「今回は何で別々の料理を頼んだんですか?」
「ヒト族はテヤンデイレッグを好む。コハルの口にも合うのかなと思ったんだ。だがやはりと言うか、合わなかったようだな」
「やはりって言う事は私が苦手かもしれないって分かってて注文したんですか?」
「確証は無かったよ。ただこれまで一緒に旅をしてきた中でコハルの好みそうじゃない味だろうなと思っただけだ」
「思ったんなら注文しないでくださいよ。お陰で地獄を見ました」
「ふふ、コハルは不思議だね。ヒト族に近い存在なのに食の傾向は我々龍族や鬼人族に近い。テヤンデイレッグはね、ヒト族以外では苦手に感じる者がほとんどなんだ。私もその内の一人だよ」
「これ人気なんですね」
「ヒト族にとってはね」
「そこまで分析できているんなら次からはリュカさんが苦手な食べ物は基本頼まないで欲しいです。流石に残すのは勿体無いですし、作ってくださった方にも申し訳ないので」
「もったいない?面白い感覚だな。そうか、もったいないか。だからコハルは料理を下げてもらった時に頭を下げていたのか」
「そうです。なので次からはリュカさんが食べられるものだけを注文してくださいね」
「それは断る」
「えぇぇー。何でですか」
「コハルには色んな経験をしてほしい」
「ありがた迷惑って言葉知ってますか」
案の定、リュカさんは綺麗な笑みをたたえながら私の頬を抓ってきた。
口の中が未だに粘々して気持ち悪い私は意地でも謝罪の言葉は延べず、少し強気出てみる事にした。
この件に関しては絶対謝りたくない。
だって本当に物凄く不味かった。
むしろ、お口直しに後で何か奢って欲しいレベルだ。
お互い譲らないでいると食堂のドアが開き、何組かのお客さんが入ってきた。
リュカさんは私の頬を抓るのを止め、店員さんに何かを注文して会計を済ませた。頼んでいたのはどうやら大福のご飯と私たちの夕食だったようだ。夕方になると部屋まで料理を届けてくれるらしい。もちろんテヤンデイレッグ以外の料理だ。
何を注文したのかは内緒にされたけど、テヤンデイレッグじゃなければこの際何でも良い。それくらいあの料理は不味かった。
部屋に戻っている最中も外ではテヤンデイレッグが大暴れしており、夕日をバッグに幾人かの冒険者が触手に絡めとられていく。
不思議な事に私たちが乗っている普通船より先に出航した貴族船はこのテヤンデイレッグに襲われていない。それどころかテヤンデイレッグが貴族船に見向きもしない。だいぶ後ろにいる貨物船の事も襲っていない。何故だろう。
部屋に到着し、まだ眠っている大福を抱き上げて外の景色が見えるソファーへと座る。
そして気になっている事をリュカさんに聞いてみた。
「リュカさん、何でこのテヤンデイレッグは貴族船を襲わないんですか?あっちの方が良い物沢山ありますよね?」
「貴族船には防御魔法や襲ってくる動物からの認識疎外魔法がかけられているからだ。貴族船の位にもよるが、基本的には騎士や雇われた者が船に魔法をかけ守護している」
「へぇ。なるほど。それにしてもあの貴族船って大きいですね。この船よりも倍は大きいから人件費も凄そうですね。あれ?って事はこの船も冒険者が協力して魔法で守ったら良いんじゃないですか?」
「それだと体力やポーションが減っていくだけで稼ぎにならない。冒険者としては移動しながら稼ぐ方が良いからね。それに、経営者側としても船を守ってくれる者を雇うより自主的に船を守ってくれる冒険者を乗せる方が儲けられる。チケットには命の保証はしないとでも記載しておけば稼ぎの少ない者でも乗る事ができ、経営者側も乗る側もお互いにとって利益のある関係でいられるという事だ」
「じゃあ自分の身を守れない人は港に着くまでドキドキでハラハラもんですね」
「まあ、そうだな」
「もしかして冒険者の人たちは夜もテヤンデイレッグと闘い続けるんですか?」
「そうだよ」
「おぉぉ。物凄く不安です」
「コハルは安心して眠ると良い。何があっても私が守る。コハルには俺以外の何者も触れさせない。それに、この部屋だけには防御魔法と反射魔法をかけてあるからね」
リュカさんが私の隣にゼロ距離で座り、話し終わるのと同時に私のこめかみに軽く触れるだけのキスを落とした。
「は、破廉恥!近すぎます!パーソナルスペースゼロ!」
「?。私はルシェールを出る際にアピールをするから覚悟しておいてと言ったはずだ」
「どうしてリュカさんが不機嫌そうにするんですか。まさか、先に言っておけば何やっても良いと思ってます!?」
「そうは思っていないよ。ただ、コハルにアピールできる期間が1年しかないから少しは強引に行こうと思っている」
「な、ふ、普通でいいです。今まで通りのリュカさんでお願いします!」
「ふふ。赤面するという事は期待してしまうな」
綺麗にほほ笑むリュカさんを間近で見てしまい、私の顔は先程までよりも一層熱くなる。
彼は私の隣から離れないようで、『小さい手だな』と呟きながら私の手を握ってきた。
こんな状態のリュカさんと一年間も旅をするのか。
にぎにぎと人の手で遊んでいる彼を見ながら、私はこの先自分の心臓が別の意味で持つのか不安になった。
まだ読んでくださる方がいてくださって嬉しいです!イイネもありがとうございます!




