説明書は必要な時に限って見つからない②
倒れてしまった二人に駆け寄り、私は古の御業で子供たちを癒す。
魔法を使う事には未だに慣れないが、古の御業に関しては心から強く願うだけで良いので私にとっては簡単だ。
手から放たれる暖かい光が二人の子供を包み込む。
子供たちの傷はみるみる癒えていき、呼吸も落ち着き、重症だった女の子も今は穏やかに眠っている。
私が古の御業で子供たちを癒している間、リュカさんはポーチから簡易キッチンを取り出し組み終えていた。もしかしなくても此処で昼食を取るのだろうか。このセミファイナルという黒焦げになった虫の傍で…。
出来るだけ視界に入れない様にしながらリュカさんの傍に行き、私は昼食の準備を始めた。
ポーチの中にはパスタとワイルドベアーのお肉、シャイニングトマト、チーズなどが入ってる。
良し。ボロネーゼパスタにしよう。付け合わせはローリエを使ったスープとパンで、子供たちが目を覚ましたら一緒に食べられるよう多めに作ろう。
リュカさんは子供たち相手にも余念がなく、深くフードを被った。
私は料理をするのに邪魔になるから被りたくないのだけれど、脱ぐとすかさずリュカさんが被せてくるので今では大人しく被っている。ちょっと解せない。
ボロネーゼパスタが出来上がり、良い匂いが辺りに立ち込める。
リュカさんも大福も食べた事がない料理らしいので、久々にこれは何だ?あれは何だ?と少々うるさい。しかも子供たちが中々目を覚まさないのを良い事に文二もシレッと現れ、自分の木皿にてんこ盛りにボロネーゼパスタをよそい『にゃ!』と言って姿を消した。ずるくない?
「コハルの手料理はどれも美味しいな」
「キュー!」
「ありがとうございます。お口に合ったようで良かったです」
「シャイニングトマトは雪が降る季節に背の高い樹木に飾られているのしか見た事が無かったが、これほどまでに美味なものだったとは。コハルと一緒だと本当に驚きが絶えないよ」
「え、シャイニングトマトの使い方って普通はそうなんですか?」
「発光するトマトよりも普通のトマトがあるからね」
私がリュカさんに文句を言おうとした瞬間、男の子が目を覚まし、お腹を鳴らす。
私は急いで男の子の元へ駆け寄り気分は悪くないかと聞き、食欲があるかの確認もとる。隣で寝ている女の子も目を覚まし、お腹が空いたというのでリュカさんにローリエ入りのコンソメスープとボロネーゼパスタをよそってもらった。
それを受け取ると二人はリュカさんにお礼を言い、リュカさんは『ゆっくりで良いからセミファイナルに襲われた経緯を教えてくれ』と子供たちに問いかける。
男の子がぽつぽつと喋る内容をまとめると、キノコ採取をしている最中に何かから逃げてくる大量の虫や動物に巻き込まれ運悪くセミファイナルに出会ってしまった、という感じだ。
虫や動物が何から逃げていたのかは分からないらしく、二人はこれからトゥルムーレ港い行くという。私達が行こうとしている先は何らかの戦闘で道が崩れており、男の子からトゥルムーレ港に寄って迂回する事を勧められた。私はルートに詳しくないのでリュカさんに丸投げする。
男の子も女の子もボロネーゼパスタをかき込むように食べ、美味しかったのか二回目のお替りを終えてから改めて自己紹介と助けてくれたお礼を述べられた。
「僕はユギト。助けてくれてありがとうお兄さん、お姉さん。それにキミも」
「私はツェナ。ユギトの妹、です。ありがとうお姉ちゃん。お姉ちゃんの手、暖かかった」
二人はヒト族の子供で、お兄ちゃんのユギト君が10歳くらいの見た目で、妹のツェナちゃんは7歳くらいだ。
セミファイナルをやっつけたカーバンクルの大福を紹介し、私達も軽く名乗る。リュカさんは当然フードを深く被ったままで種族の事にも触れず、私達が任務中である事も話さなかった。
私は自分の事を話そうとしたけどリュカさんに遮られて有耶無耶にされてしまった。子供たちは色々喋ってくれたのに大人の私達は必要最低限な事しか喋らないのは如何なものかと…。そう思い抗議を込めた眼差してリュカさんを見ると、綺麗な微笑みを湛えていらっしゃったので即座に口をつぐんだ。
私と大福とツェナちゃんで昼食の片づけを始め、リュカさんとユギト君は何やら二人でお話し中だ。
私達が片付け終わる頃には向こうの二人の会話も終了しており、転移魔法でトゥルムーレ港に向かうと告げられた。
何故転移魔法なのかと言うと、リュカさんが千里眼でトゥルムーレ港に今日の夜出発の船が3隻あるのが見えたからだそうだ。
何かもう、リュカさんって何でもアリなんですね、という感想しか出てこない。
千里眼使えるんですか。そうですか。凄いですね。
千里眼使うと鼻の穴が広がったりしたら面白いのに。
「面白くない」
「読心術まで習得してるんですか!?」
「お姉ちゃん声に出てたよ」
「そ、そうなんだ。すみませんでしたリュカさん」
「以後気を付ける様に」
頬を引っ張られる事はなく、軽い注意だけで終わった。
大福は私の肩に乗り、リュカさん、私、ツェナちゃん、ユギト君の順で輪になって手を繋ぐ。
リュカさんが呪文を唱えると一瞬にして森の中からトゥルムーレ港に到着した。
子供たちは転移魔法で移動するのは初めてだったみたいで、とても驚いている。門番にカードを見せて無事に皆で門を潜り抜け、そこで二人とは別れた。
そういえば先ほどの食事中、ご飯に感激して興奮していたユギト君から『こんな物しかないけど』と妹を助けてくれたお礼として船の割引券を貰っている。それをリュカさんに渡し、早速私達はどの船に乗るか相談しながら歩みを進めた。




