説明書は必要な時に限って見つからない
なかなかカマシタレダックに会うことが出来ずに一日が終わる。
リュカさんが見つけた場所で皆で手際よく野営の準備をし、久々にローリエ入りの料理を作る。メニューはモンステゴンで買ったワイルドベアーのお肉入りスープだ。
夜は相変わらず距離感のバグっているリュカさんに抱きしめられながら眠りにつき、朝目覚めると世話師猫が朝食を作ってくれて…いる訳がなかった。世話をするのが好きな猫のはずなのに。まぁ文句を言っても始まらないので文二に指示を出しながら朝食の準備を始める。
今日はリュカさんの寝起きも良く、というか先に目が覚め、私の寝顔をずっと観察していたらしい。
止めてくださいと言ったのだけど当の本人は機嫌良く『ふふっ』と微笑むだけで、全然私の意見を聞いてくれない。難聴か?と思って口に出そうとしたけど、学習能力のある私は瞬時にこの先起こるであろう未来を予測してその言葉をぐっと飲み込んだ。偉いぞ私。
でも美形に見つめられながら起きるという体験はもう二度と御免だ。朝一番に見る光景がリュカさんの綺麗なご尊顔なんて心臓がいくつあっても足りない。抱きしめられながら寝る事には多少慣れてきたけど、こういう不意打ちな行動にはまだ慣れない。むしろ慣れてたまるかとさえ思う。
そもそも私は美男子の対応仕方を微塵も知らない。分からない。
今まで出会ってきた男の人は日本人の平均的な身長で顔の同級生や職場の加齢臭きつめな上司だけだ。だから私はこんな高身長でパーソナルスペース0距離美男子の接し方を知っている訳がない。
ユリウスさんにリュカさんの正しい接し方、いや説明書を貰うべきだったな。
「コハル、頬の熱は冷めたか?」
肩に大福を乗せたリュカさんが野営地に戻ってきた。
元々は朝食の準備を一緒にしようと手伝ってくれていたのだけど、やたらスキンシップの多い彼に私の心が堪えられなくなり、先に小川で身支度を整えて来て下さいと進めたのである。
今は頬の熱も冷めたが、あの時は自分の頬っぺたで目玉焼きが焼けるんじゃないかというくらい熱かった。…と思う。せっかく顔の熱が引いたと思ったのに、本人を見てしまうとちょっとだけまた血の巡りが早くなった。
「今度からは起きたら私の事もすぐに叩き起こして下さいね!」
「ふふっ。断る」
「なっ何でですか!?」
「龍族は己の愛している者の一挙一動、全てを見つめていたい種族なんだ。これでも押さえている方だよ」
「我も小春をおはようからおやすみまで見守る所存!」
「文二まで!?」
「キュキュー!」
僕もいるぞ!という風に大福が声を上げる。
なんだか、こう、今まで日本で生きてきて、こういった扱いをされた事がないからむず痒い。あと反応に困る。大事にされ慣れてないって事なのかな…何だか悲しくなってきた。いやでも家族は私のこと大事にしてくれてた!うん。大丈夫。やり方が違うだけだ。
朝食に作ったサンドウィッチを食べながら若干湿っぽくしていると、その雰囲気を空の彼方へ吹き飛ばす程の美しいご尊顔が近づいてきた。そして私の唇の右端を舐めた。
「ええええ!?何してるんですかリュカさん!」
「ソースが付いていた」
「言って下さいよ!自分で拭きますから!っていうか貴族的にアウトな行動なんじゃないですか今の!」
「そうだな。だがコハル以外にはしないから安心してくれ」
「私にもしないで下さい」
「嫌だ」
「えぇぇぇ」
頭のネジを10本くらい何処かに落としたのかというくらい、この話はリュカさんと平行線で最後まで交わる事は無かった。
野営地を片付けて歩き出す。
今日の予定は次の国へ向けて少しでも進む事と、カマシタレダックを見つけ出し倒す事。
平坦な道から険しい道のりに徐々に変わっていき、歩きづらくなる。
明らかに私では歩けない場所はリュカさんに抱きかかえられ、文二は先頭で私が歩きやすそうな道を選びながら進んでいる。大福は私の肩やリュカさんの肩を行き来しながら、たまに上空から襲って来る動物を魔法で撃ち落としている。
大福や文二の頭を感謝を込めて撫でまわしたいが、そうするとリュカさんの頭も撫でなくてはいけなくなるので我慢。もちろんリュカさんにも感謝はしているけど撫でるのは恥ずかしい。
そういえば、最近のリュカさんは前に比べてスキンシップが格段に増えた。
もともと私との距離感がおかしかったのに、今ではそれにプラスして甘い言葉とギリギリアウトな行動もとってくる。モンステゴンで泊まった宿では寝る前に欠伸をして出た涙をペロっと舐められて絶叫しそうになった。舌も冷いんですねとか顔良ッ!とか色々思ったけど、言葉としては何も出てこなくて咄嗟に近くにいた大福の腹をリュカさんの顔面に押し付けてしまった。
毎日一回はこういったギリギリアウトな事をしてくるので、最近の私はリュカさんにドキドキしっぱなしだ。
丸太で出来た簡素な橋を渡り終え、平坦な場所に出る。
目の前には10歳くらいの男の子と地面に倒れている女の子がおり、二人は巨大なセミと対峙していた。
「な、なんですか、あの巨大なセミ!」
「あれはセミファイナルという生き物だ。この辺りには分布していなはずなんだが、おかしいな。倒れている少女はセミファイナルの賭けに負けたのだろう」
「どういう事ですか?」
「セミファイナルは賭け事が好きで魂を掛けた勝負を挑んでくる。賭けの内容は様々で賭けに乗らないという手段も選ぶ事ができる」
「詳しい情報ありがとうございます」
私がリュカさんから説明を受けている間に大福がセミファイナルにカミナリを落とした。
セミファイナルは黒焦げになり、安堵した男の子は気絶して女の子同様に倒れてしまった。
ありがとうの意を込めて大福の頭を撫で、私達は倒れている二人の子供に近づく。
文二はいつの間にか姿を晦ましており、どうしてそんなに人に姿を見られるのが嫌なんだろうとふと疑問に思った。




