再び始まる旅という名の冒険
モンステゴンは湿地帯の中にあり外壁で国が守られている訳ではなく、無造作に伸びた木の枝や蔦が国を覆うようにして守っている。天然の防壁は一部が魔法でカモフラージュされており、其処がモンステゴンへ入る入口となっている。
リュカさんは難なく幻術を解き、私達はいよいよその国へ入る。
そして、いつも通り国へ入る前に文二は姿を消した。
前回の旅とは違い今回は依頼を受けて国へ訪問している為、依頼書を門番に見せると案内役の人が現れてパオンパオンが暴れている場所にまで案内された。
案内役を務めている方はヒト族で、靴は履いておらず裸足だ。足の指が長くとても発達している。
モンステゴンの地面はぬかるんでいるのでこの国に住むヒト達は歩くよりも木の上を滑って移動したり蔦を使って移動することが多いらしく、普通のヒト族よりも身体能力が優れているそうだ。依頼されている場所に到着するまでの道中にリュカさんが教えてくれた。
なるべく歩きやすい道を案内役の方が選んで進んでくれているはずなのに、私は何度も泥濘に埋まりそうになり、その度にリュカさんがスポンスポンと抜く。何故リュカさんは埋まらないんだろう。不思議でならない。というか10回目を越えたあたりからは自分は大根か何かの根菜類なんじゃないかと錯覚しそうになった。
問題の場所へ着き、衝撃の光景を目の当たりにする。
畑の上に二足歩行の大きな三頭のゾウがバレエで着るチュチュに身を包み、トウシューズを履いてアン・ドゥ・トロワのリズムで凄まじい蹴りを披露しながら暴れ回っている。
地面に植えられている作物は当然踏み荒らされ、とても収穫できるような状況ではない。今はシェネという鎖状の軌跡を描きながら急速に回転して三頭のパオンパオンが自由に動きまわっている。
かなりの巨体なのに素早すぎて私と案内役の人は近寄れない。
荒ぶったバレエダンサーがゾウに憑依したんじゃないのかと思うくらいパオンパオンの動きは敏捷だ。
そういえば、この動物の尻毛は、私をこの世界に召喚するのに使ったと文二は言っていた。
どうやって毛を採取したんだろう。
「なんか、色々と衝撃的な生き物ですね」
「根は悪い奴らではないんだよ。踊り出すと手が付けられないだけだ」
「手が付けられないとかって言うレベル越えてますよ。どうやって落ち着かせるんですか?」
「まあ、見ておいて」
パオンパオンには魔法が効かない為、リュカさんは踊っているのか暴れているのか判別がつきにくい状態のパオンパオンに一人立ち向かって行く。
一頭のパオンパオンがリュカさんに気付き、練習の邪魔をされたくないのか強烈な蹴りを食らわしに掛かった。だが、リュカさんはひらりと余裕で交わし、空中に飛び上がりパオンパオンの頭を思いっきり殴って地面に顔面から沈ませた。
残りの二頭もリュカさんに気付き臨戦態勢に入る。
あれ?依頼内容はパオンパオンを落ち着かせる事だったはず…。
リュカさん、もしかして依頼内容忘れちゃったのかな。
残り二頭も余裕で地面に沈め、彼は三頭の足を引き摺りながらパオンパオンに破られた天然の外壁を潜り外へと出た。私と大福、案内役の人もリュカさんに続き外へ出ると、氷魔法で作られたステージの上にパオンパオンが寝かされていた。
パオンパオンが暴れ出す理由は誰かに自分たちの踊りを見てもらいたいから。
本人達に暴れているという意識はなく、ヒト族や獣人族の住む国へ現れては踊りを見て見て~とアピールをしているだけらしい。
なんてはた迷惑な動物なんだ。
リュカさんは案内役の人に次にパオンパオンが現れても対策をとれるように幾つかの解決策を伝え、案内役の人がそれをメモする。長い時を生きているだけあってリュカさんはとても博識だ。
そして、私達はモンステゴンの地で暴れ回っていたこの三頭のパオンパオンの踊りを今から鑑賞しなければならない。これは対策案の内の一つで、最初から最後まで踊りを見てあげると大抵のパオンパオンは気が済んで何処かへ消えて行くらしい。それを今から実際に試してみるそうだ。
気絶から立ち直った順にドスドスと足音を鳴らしながらチュチュを着たゾウがバレエを踊り始める。私達はただただ黙ってそれを見続けた。
なんてシュールな光景なんだ。
気の済んだパオンパオンは鼻を鳴らし、鑑賞していた私達に一言づつ言葉を残す。
「あ~しのダンス見れた事を光栄に思いなさいゾウ」
「本当そうよね~。足の毛剃るの大変だったんだからねブー」
「愛のパンチは忘れないパオ~ン」
言いたい事が山ほどありすぎて最早どれから処理すれば良いのか分からない。
三頭のパオンパオンは鬱蒼とした森の中に消えて行き、その場には私達だけが残された。
案内役の人は目が点になっており、依頼完了の判を貰わなければならないリュカさんは彼が復活するまで自身を洗浄魔法で綺麗にしていた。
「リュカさん、パオンパオンって喋るんですね」
「稀だがな」
「語尾がブーの子いましたね」
「そうだったか?」
「そうでしたよ。何でですか?」
「…流行なんじゃないのか?」
「えぇぇ、返答が雑。パオンパオンにもっと興味持ってくださいよ」
「私が興味あるのはコハルだけだ」
「今はそういうの良いです」
「良くない」
案内役の人が復活しモンステゴンの中心街に着くまでの道中、ずっとリュカさんに横抱きにされ延々と愛の言葉を囁かれるという新たな拷問にあった。
案内役の人はそんな私達を微笑ましそうに見つめ、初々しいですねとリュカさんに声を掛ける。
私の否定の言葉は何故か無視され続け、心が折れそうだ。
中心街にある国の警備隊本部に着くと、やっとリュカさんが私を降ろし中へと入る。身形の良い服を着た年配の方がリュカさんにお礼を言い、依頼書に魔法で依頼完了の判を押した。最初の任務はこれで無事終了だ。
リュカさんは氷魔法で30㎝くらいのミニドラゴンを編みだし依頼完了書を飲み込ませる。飲み込ませた書は特務部隊の隊長室にあるドラゴンの銅像から出てくる仕組みになっているらしい。
何それ凄い。
中心街より北へ行くと、ぬかるんだ地面とはお別れして通常に近い砂利道が現れる。
道は歩きやすくなったが湿度は中心街よりも高く蒸し暑い。
大福は肩に乗せていると暑さが倍増するのでリュカさんにお願いすると、快く乗せてくれた。
この国に住むヒト族は慣れているのか誰も暑そうにしていない。
私はリュカさんの少し後ろでゼーハーと息を上げながら歩き、汗一つかいていない彼を羨ましく思いチラッと見る。すると目が合い、謎の攻防戦が始まった。
リュカさんは優しい言葉を私に掛け、涼しい顔で巧みにおぶろうとしてきたり、肩車をしてこようとしてきたり、若干…いや、かなり?鬱陶しい。お陰でより蒸し暑くなったし息も先ほどより上がる始末。
この歳で肩車だけは勘弁願いたい。
あと目立ちたくない。
謎の攻防戦は宿屋を見つけた事により終了し、宿泊出来るかどうかを確認しに行く。
宿屋へ入る前に私は深くフードを被り、認識阻害の魔法を掛けないでくれと暗に示す。
運の良い事に一人部屋が全室開いていた。にも拘わらずリュカさんは二人分料金を払うので一人部屋に二人宿泊したいと受付に伝えた。
受付の人は一室貸し出すだけでもう一室分のお金が入る事と掃除の手間も省ける事に喜び、即OKを出した。この間、私はずっとリュカさんに言葉を遮られ続け、流されるままに部屋へと到着した。
部屋の中は簡素でベッドが一つに椅子が一脚。
この宿屋は一階建ての平屋で、受付の近くに簡易シャワーとトイレがある。
水洗トイレではなかった。
泣きそうだ。
食堂は併設してある所を利用するか、外に出て食べるかのどちらかを選択できるようになっている。
私は一度部屋から出て、洗浄魔法が出来ないので簡易シャワーを浴びて泥や埃を落とした。
部屋に戻ってからは服や靴をリュカさんに魔法で綺麗にしてもらい、お礼と不満をぶつけた。
「何でいっぱい部屋が空いてるのに一緒の部屋にしたんですか?」
「夜は寒いからな」
「異議あり」
「棄却する」
横暴だ。
夜も絶対湿度のせいで蒸し暑くなるはずだと力説するもリュカさんは全然取り合ってくれず、外に食べに行くよと私の頭を撫でた。
龍族は寒さが苦手なのは知ってるけど、リュカさんほどの龍なら自分でどうにか出来そうなはず。
そういえば前にエコを心掛けてるとかって言ってたっけ。
というか、絶対今夜は蒸し暑いに決まってる。
仕方ないからリュカさんのポーチの中に入っているリュックから寝袋を出してもらおう。
気持ちを切り替えリュカさんに続いて歩く。
宿屋に併設してある食堂に入る前に彼はサラッと超重大な事を教えてくれた。
「モンステゴンではクセのある水と幼虫が食前に出てくる」
「え、調理されてますよね?」
「いや、そのままだ。しかも生きている」
「えーっと、今日はお腹空いてないんで先に部屋に戻って寝てますね。おやす」
「ダメだ。幼虫は食べなくて良いから他の物をしっかりと食べなさい」
「幼虫を見るのも無理なんです」
「出来るだけ視界に入れなければ良い」
「無理です」
「入るよ」
「お、鬼!悪魔!」
「どちらも違う」
「比喩ですよ!」




