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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第二章 やって来ました、龍の国 
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猫は龍の味方



 一睡もしないまま夜が明け、いつも通りルイーゼが私を起こしに来る。

 酷い隈を作ってベッドの上から外を眺めている私を見て、ルイーゼが卒倒しそうになった。



「コココココハル様!?ご病気ですか!?」

「病気じゃないです大丈夫です。ただ、今日はちょっと一人にさせておいてくれませんか?」

「そんなっ!こんな衰弱しきったコハル様をお一人にする訳にはいきません!」

「…お願いします」




 普段と違う私の雰囲気に押されてか、ルイーゼは渋々と部屋から出て行く。

 文二と大福はまだ気持ち良さそうに寝ており、起きる気配は微塵もない。

 私は部屋にあるベランダへ出て風を受けながら、自分のこれからについて考えてみた。



 夜に文二と話した内容を、一つ一つゆっくり思い出す。


 私はもう元の世界へ帰れない。

 別の世界にも行けない。

 という事は家族や友達に、もう二度と会えないという事だ。

 別れる瞬間はあっけないとかよく聞くけど、本当だったんだ。


 たまには実家に顔を出せば良かった。兄弟とももっと話しておけば良かった。仕事で疲れてるからといって友達からの遊びの誘いを断らなければ良かった。もっと、もっと、いっぱいやりたい事やっておけば良かった。

 親孝行も出来てない…。

 お父さん、お母さん…私は猫に連れ去られたんだよ。しかも異世界に。理由は私のだらしない生活を見てお世話したい欲望に我慢が利かなかったからだってさ。

 何だそれって感じだよね。

 もし伝えれても、きっと私の家族なら笑ってシバかれて終わりだろうな。



 私が反抗期に突入した時はお兄ちゃんとお母さんがふざけて赤飯を炊いてくれた。弟の反抗期はちょっと特殊で、変なキレ方をしていた。お父さんは優しくて、仕事から帰ってくる度に玄関に仕掛けられてあるドッキリにいつも引っ掛かっていた。私だったら絶対怒る仕掛けも全て『しょうがないなぁ』で済ませていたので心の広さが菩薩級だと思う。

 だいたい変な事を企むのは母と兄で、でも家族の誰かが落ち込んでいると笑って励ましてくれるのも二人で、とっても頼りになる母と兄だった。皆社会人になって家を出て、会う回数も減って、たまに会っても皆忙しくて全員揃う事なんてなかった。

 もっと、ちゃんと、家族の時間を大切にしておけば良かった。

 もう、会えないんだ…。 


 せめてもの救いは、喧嘩別れではない事くらいだ。


 涙が止まらない。

 ずっと考えない様に我慢してきた。

 なのに文二が…あっけなく私の希望を絶たせた。

 私は、自分が今まで培ってきた常識が通用しない世界で生きて行かなきゃならない。



 覚悟を。覚悟を決めなきゃ。

 まだ全部は受け止めきれないけど、でも、やらなきゃいけない事ははっきりと解ってる。


 ゲートで出会ったあの親子と歌った歌を思い出す。

 私も勇気を出して一歩踏み出すよ。

 正しいと思った道を、進んでみるよ。






 昨日の文二との会話で世話師猫の生態についてほとんど解った。

 だから今日明日にでも調査書を完成させて此処を出て行こう。

 ルシェールには私が倒せるレベルの動物はいない。それは昨日文二が教えてくれた。

 だから、私はどの道ルシェールを出て行かなければならない。


 地上に降りて蚊くらいのサイズの生き物がいたら叩き潰そう。

 それくらいなら私にも出来るはずだ。




 リュカさんには申し訳ないけど、告白は断ろうと思う。

 初めてお貴族様の夜会に出席した時に、この世界は私に向いてないなと感じた。

 それに、リュカさんの隣を歩く自信もない。

 彼自身は良い(ヒト)で、優しくて、顔もスタイルも腹が立つほど良くて、女の私よりも肌がスベスベで、睫毛も長くて、髪も綺麗で…止そう。これ以上は自分が傷付くだけだ。

 リュカさんのスペックの高さが羨ましすぎる。




 ベランダの手すりをぎゅっと握る。

 今からやるべき事は調査書を仕上げる事。

 そうと決まれば動くのみ。


 私はベランダから部屋の中へ移動し、ベッドにある枕に顔を深く沈ませて思いっきり「ああああ!」と叫んだ。そのせいで文二と大福が飛び起きた。ごめんね。

 

 メンタルリセットを終えた私は気持ちを切り替え、調査書を書き終わらせる。

 部屋を出ようとドアを開けたら、目の前にルイーゼが立っていた。

 どうやらあれからずーっと私の事をドアの前で待っていたらしい。

 申し訳なさすぎる。


 私が部屋から出て来た事にルイーゼはひたすら喜び、手に持っていた調査書を見てユリウスさんがいる場所へと案内してくれた。

 ルイーゼには部屋の外で待ってもらい、リュカさんの執務室に居たユリウスさんに調査書を確認していただく。合格を貰ったので、それを国王様に届けて欲しいと伝えた。お給金は前回特務部隊のお仕事に参加した時と同様、私の持っているカードに振り込まれるそうだ。





「コハル様、眼を腫らしていらっしゃる理由をお伺いしても宜しいでしょうか」

「私、行かなきゃいけない所があるんです」 

「はい」

「だから今日にでも荷物をまとめて此処を出て行きます。今まで大変お世話になりました、ありがとうございました」

「お待ち下さい。全く理解が追い付きません。どういう事ですか。せめて若様が御帰りになるまでは邸から出てはなりません」

「大丈夫です。ちゃんとリュカさんにも最期の挨拶をするつもりです」

「最後と言わないでください」





 ユリウスさんと別れ、部屋に戻ってからルイーゼにも私がこの邸を出て行く事を伝えた。すると大泣きされて自害されそうになったが、突如現れたリュカさんによって止められた。

 

 仕事着の軍服姿で現れたリュカさんは髪が乱れており、若干汗も掻いている。

 それなのにお顔の美しさは損なっていない。

 羨ましい限りだ。





「ルイーゼッケンドルフ。命を粗末にしてはならない。コハルもどういうつもりだ」

「調査書を書き終えたので一狩り行こうかと」

「意味が分からない」






 リュカさんはルイーゼを部屋の外に待機させ、着替えもせずに椅子に座る。

 私も座るよう促されたので、事の元凶であり原因の文二も同席させた。

 そして一狩り行こうと決意した切っ掛けを話す。





「まず、私が世話師猫の文二に誘拐された事から話しますね」

「誘拐?」

「そうです」






 リュカさんは私がこの世界に来た原因を知り、世話師猫の文二をガラス玉のような綺麗な紺碧色の瞳を大きくさせて見る。




「私の身体をこの世界に完璧に存在させる為には、この世界の生き物を殺めなければならないんです」

「そうか。何でも良いのか?」

「何でも良い」




 文二がリュカさんの質問に答える。


 リュカさんは私の体だけはこの世界に定着している原因を知っているような素振りを見せ、文二に話の続きを促す。

 昨日までの私の精神の不安定さは見抜いていたようで、だから告白するのを躊躇っていたと言う。

 本当の意味でこの世界に在り続ける為には、この世界で生きている生物を殺めなければならないからルシェールを出て行くんだと伝えると、不思議そうにリュカさんは頭を傾げた。




「話はだいたい分かったが、何故コハルが邸を出て行こうとするのかが分からない」

「ルシェールには私が倒せる生き物がいないからです」

「私が害獣を半殺し状態にして止めをコハルが刺せば良いだけなのでは?」

「ルシェールの生き物って全部巨大ですよね」

「そうだな」

「巨大生物はまだ怖いので、初めは血を吸う蚊くらいの小っちゃい生き物が良いです」

「か?とは良く分からないが、血を吸う生き物と言えば吸血種族のヴァンパイアの事か?彼らは魔国の東の果てにしかいないし、龍族には劣るが強いよ」

「え、この世界には吸血鬼までいるんですか!?」

「鬼ではない。ヴァンパイアだ」





 今は鬼とか鬼じゃないとか、そういう細かい事はどうでも良い。

 私の知っている蚊という生物はこの世界にはおらず、小さくても掌サイズのハエくらいしかいないという事が分かった。

 そして、そのハエはルシェールには生息していない。

 というか、そんなに大きなサイズのハエを手で叩き潰したくない。

 



「リュカさんからの告白も、断らさせてください」

「理由を聞いても?」

「私に貴族は向いてませんし、無理です。隣を歩く自信もありません」

「私はコハルに貴族としての振舞は求めない。それに隣が嫌なら肩車でもおんぶでも抱っこでも何でもしよう」

「いや何で難易度上がってるんですか」

「コハルが今言っているのは私の周りの事だけだ。それ以外に不満はないのか?」

「ん~…無いですね」

「ではもう少し考えてみて欲しい」

「答えはきっと変わりませんよ。リュカさんを待たせるのも申し訳ないですし」

「待つ事には慣れていると言ったはずだ」

「3年も5年も待たせてしまうかもしれませんよ?」

「その程度で良いのか?」

「え」

「20年近くは覚悟していた」





 生きる年数が違いすぎると、こうも考えが方が違うのか。


 私はルシェールを出た後、住み良い土地を求めて旅をするつもりでいる。

 もちろん旅には文二と大福も付いて来る。

 生きていたらまた逢いましょうと思ってリュカさんに宛てた手紙を書いておいた事や、貰っていたピアスは邸を出て行く際に返そうと思っていた事等を話すと、久々に頬っぺをぐいーっと思いっきり引っ張られた。




「いふぁいれふ」

「これはわざわざ()が一番龍心に近い鱗を使ってコハル専用に何重にも防御魔法と物理反射魔法や他にも、まぁ…色々付与した贈り物だ。それを返される私の心の痛みがどれ程の物か解るか?」

「いりょいりょっれ、何れふか」

「秘密だ」

「犯罪の香りがしますね」

「…」

「ふみまひぇん」




 本当にこの(ヒト)は私の事が好きなのかと疑ってしまうくらい、遠慮なくぐいぐい頬を引っ張ってくる。

 

 リュカさんは邸を出るのを明日まで待ってくれと言い残し、外そうとしていたピアスの返却も断られた。しっかり『売るなよ』という言葉も付け加えて。

 

 リュカさんは転移魔法で私の前から消え、椅子に座ったままでいる私の足を文二がテシテシと肉球で叩く。腹いせに文二の頬っぺたを摘まんでみたら柔らかく、全然痛がりもしなかった。




「祝言は?」

「あげません」

「コハルの世話が60年弱しか出来ぬのは嫌である。よって我は龍の子に助言してくる」




 待ってと声を掛ける前に文二が姿を消した。

 本当に我儘な猫だ。

 いや、世話師猫か。

 










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