レッスンとジャム
今、私はダンスの練習中である。
事の発端は邸に一通の手紙が届いた事から始まる。
その手紙には今月末に国王様が夜会を開くので参加されたし、といった内容が記されてあったそうだ。ふーんお貴族様って大変ですね、と完全に他人事モードだった私は呑気に文二や大福と遊びながら調査書を進めていた。
国王様が主催の夜会なので、デルヴァンクール家の当主のリュカさんは当然参加しなければならない。話がどう転んでそうなったのかは分からないが、必死にリュカさんと執事頭のユリウスさんが私にパートナーとして夜会に出席して欲しい頼んできた。私よりもどこかのちゃんとした令嬢の方が良いんじゃないかと思い伝えたが、リュカさんは物凄く嫌そうな顔をして渋った。
結局、一番最初の村で言った『貸し一つだな』の貸しを此処で返す事になり、私は強制的に彼のパートナーとして夜会へ出席する事になった。
夜会なのでもちろん私の苦手なダンスがある。そんなダンス超初心者の私の為にユリウスさんが指導係として私に付き、その日の内からレッスンが始まった。ユリウスさんのご指導は思っていたよりもきつく、私は毎日へとへとになってからベッドへとダイブする。お休みまで3秒と掛からない。
よって最近は調査書よりも来たる夜会に向けて日々体感を鍛えるトレーニングや姿勢を正す為のトレーニングをしている。
午前中は基本的にダンスホールで地味な筋トレと、頭上に林檎を置き落とさずに歩く練習。元々は頭の上に本を置いて姿勢を正すトレーニングをしていたけど、それを見たリュカさんが私の首の骨が折れそうだと心配して林檎に変更された。
午後からはダンスレッスンで、ユリウスさんの厳しい指導を受けながら相手役のルイーゼとステップを確認している。
昨日、やっと基本ステップを覚える事が出来たので今日はいよいよ伴奏に合わせての練習だ。リュカさんがいる時は彼が練習相手を務めてくれているけど、私がステップを間違えても優雅に交わしてリードするので練習相手としては良くない。
「若様、これは練習ですよ。コハル様とダンスを楽しみたいのは分かりますが甘やかしてはなりません」
「今のステップくらいなら問題無いだろう」
「いけません。次にコハル様を甘やかすような事があればいくら若様と言えど退室させます」
数分後、リュカさんは私の練習相手から強制的に除外される事となった。もちろんユリウスさんがリュカさんを退室させた。
見学する事も許されないようだ。
私のせいですみません。
気を取り直して踊る。が、やはり曲に合わせてステップを踏むのは難しく、私はルイーゼの足を踏みまくっている。だが彼女はニコニコしており、それが逆に怖い。
「すみません」
「大丈夫ですよコハル様。コハル様に足を踏まれる度、コハル様がまだこの世にいらっしゃるのだと実感出来て幸せでございます。もっと踏んで頂いても構いませんよ。むしろ踏んでください」
ルイーゼがどんどん危ない方向に暴走しているので止めたい。でも私はそれを止める術を知らない。
彼女の足を100回以上も踏んでしまったせいでユリウスさんが練習を止め、休憩に入る事になった。休憩中は雑談をしながら体をほぐす。
雑談の内容は私がいた世界のダンスについてで、自分が踊れる曲を二つ披露してみた。ソーラン節と、新入社員歓迎会の時に上司と一緒に踊ったウマウマダンスだ。
羞恥心をかなぐり捨てて歌いながら踊る。
ユリウスさんやルイーゼにとってはどちらのダンスも見た事のない種類のダンスだったようで、必死に感想を述べてくれた。でもそれが逆に心苦しい。もし盆踊りを披露していたらどうなっていたんだろう。
「夜会に着ていくドレスはどうするんですか?」
「既に手配済ですよ」
「私の所持金で足りるでしょうか…」
「若様からのプレゼントですので、どうか受け取ってください。きっと喜ばれます」
「あ、ありがとうございます」
夜会用のドレスはユリアーナが担当しているそうだ。どうりでずっと忙しそうにしていた訳だ。
どうか奇抜なドレスじゃありませんように。
休憩後のレッスンも終え、汗を流しに部屋を出ようとしたらユリウスさんから『お待ちください』と呼び止められた。どうしたんだろう。
話を聞くと明日はリュカさんが両親から譲り受けた領地へ視察に行くので、レッスンは中止との事だった。
「分かりました。気を付けて行ってきてくださいね」
「コハル様もですよ」
「へ?私もですか?」
「はい。美しく歩く実践練習です」
「お留守番を希望しても宜しいでしょうか」
「駄目です」
明日訪れる領地についてユリウスさんに聞いてみる。
彼は分かりやすく丁寧に色んな事を教えてくれたが、私の記憶を掌る容量が少なすぎて殆ど聞き漏らした。
取り合えず覚えている事だけを整理してみようと思う。
明日行く場所の地名はカラフィーナという名で、長閑な田舎町らしい。元々は民家しかなかったそうだが、リュカさんが領地を譲り受けた際にこの町だけの特産品を作ろうと思い、花の栽培に着手して新たな花を咲かせるのに成功させた。
今はその花を領地の至る所に植え、主に恋人や夫婦が訪れる観光名所の内の一つとなっている。
カラフィーナに咲く花は香りが強く、花びらを食用としても売っており、他にも花から抽出したエキスで香水や化粧水を作っている。女性受けが良く、お土産として大人気らしい。
あれ、結構覚えてる。
「私もその化粧水使ってみたいです。おいくらでしょうか」
「毎日使われておりますよ。但しコハル様が使われている物は既製品と異なり若様が特別に作られた物です」
「え、そうなんですか?」
知らぬ間にお世話になっていた事に驚く。
私がお風呂上がりに使わせてもらっている化粧水や、ルイーゼが私の身体に塗っているクリームなど、全ての化粧品がカラフィーナ産という事をこの日初めて知った。
龍の国は資源が豊富で財政には特に困っていない。
もしもの時があれば剥がれた鱗を売ればお金になる。なので領地経営を頑張らない貴族の方が圧倒的に多いらしい。
しかしリュカさんは違う考え方を持っており、もっとカラフィーナに人を呼び領地の発展と領民の生活や質の向上を目指しているそうだ。とても素晴らしい考えを持った領主様だと思う。
そこで今度、新たにカレーのルー作りに着手しようとしているらしい。私が前に作ったカレーに無限の可能性を感じるとか、何とか。
歩行練習の他にも、カレーという食べ物を知っている私に確認して欲しい事があるみたいだ。
***
今朝早くに麒麟が引く馬車に乗り、カラフィーナへと向かう。
中には私とリュカさんだけで、ユリウスさんやルイーゼはドラゴンに姿を変えて後ろから付いて来ている。
「コハルが作ったカレーの味に似たような花がある」
「その花は人気ですか?」
「いや、香りが独特すぎて町の雰囲気と合わないから、領地にある私の邸でしか栽培していない」
その花びらを私に試食して欲しいそうだ。
最初に降り立ったのはカラフィーナにあるリュカさんのお邸。
今暮らしているお邸よりも一回り小さく、暖かみのある木組みで出来た建物だ。中に入り、このお邸に仕えている方達に挨拶する。暖かく迎え入れられて、ちょっとだけホッとした。
挨拶もそこそこにリュカさんに連れられ邸内を出た。
向かう先は庭園のようで、カラフィーナを一望する事が出来る場所まで案内してくれた。私はリュカさんに支えられ、町並みを眺める。
大福は来たがらなかったので置いて来たが、世話師猫の文二は何処からともなく現れる事が出来るので、いつの間にか私の傍に現れていた。そして抱っこをせがんで来る。きっと文二もカラフィーナの街並みを見たいのだろう。
私の後ろにいたリュカさんが文二を抱き上げ、カラフィーナの町並みを見せる。
「にゃー」
「綺麗ですね」
「素朴な美しさがこの町の良さを引き立てているんだ」
カラフィーナの町並みはフランスのコルマールにある旧市街を思わせるような木組みで出来た家々が建ち並び、花が至る所に植えられてある。可愛らしい町並みだが、荒れ地の魔女が潜んでそうな雰囲気もある。
地面には長方形で形が整えられた赤茶色の石が埋められており、観光で訪れている方は頭に花冠や一輪の花を胸ポケットに刺している。此処に来たらそうするのが定番らしい。
なので私もリュカさんから花冠を頭に乗せられた。
リュカさんは既に胸ポケットに白銀色の花を一輪指している。
カレーに似ている味がする花を見せてもらう為、リュカさんとユリウスさんに連れられ庭園の奥へと向かう。ルイーゼは私の後ろに控えており、文二はとてとてと私の横を歩いている。
案内された場所に着くと、黄色い花が一面に咲き誇っており、嗅いだことのある匂いが私の鼻腔をくすぐった。
「花びらを食べてみても良いですか?」
「どうぞ」
リュカさんからの許可を得て一片千切る。
口に含むとターメリックのような味がした。
私はカレーに最低限必要なスパイスの6つをここに居る皆に説明する。
ターメリックにクミンシード、カイエンペッパー、コリアンダー、クミンパウダー、最後にガラムマサラ。奇跡的にターメリック以外の調味料は他国から仕入れる事が可能だという事で、此処に植えてあるターメリック味の黄色い花を収穫して持ち帰る事にした。
カレーを作る話は一先ず落ち着き、たまたま私が発した『花びらで作るジャム』の話になる。
作り方は比較的簡単なので伝えると、ジャムに使えそうな花があるというので後で試しに作ってみる事になった。
この世界にジャムはないのでリュカさんやユリウスさん、ルイーゼはどんなものが出来上がるのかワクワク楽しみにしている。話を聞いていた文二も尻尾をくねらせているのできっとワクワクしているだろう。
本来の目的である視察のため、町へ下りる。
リュカさんは領民から慕われており、引っ切り無しに声を掛けられて大変そうだ。
文二は姿を消し、私は突き刺さる視線に耐えながらエスコートしてくれる彼の隣を歩く。向けられる視線に悪意や嫉妬といった類のものはなく、純粋に領主様の隣を歩いている女性は誰なんだろう?といったような感じだ。私は一般人で大層な人でもないので私に向かって頭を下げるのは止めてください。お願いします。
「頭を上げてもらうにはどうしたら良いですか?」
「笑顔で返せばいい」
「ええぇ。引きつった笑みになってしまいます」
「そんなに私の隣は嫌か?」
「嫌とかって言うんじゃなくて注目される事に慣れてないんです」
「そうか。では注目される事に慣れる練習が必要だな」
「そんな恐ろしい練習は御免です」
目的地に着くまでの道中、女の子から『領主様やっとお嫁さん来たの?』と聞かれ、珍獣枠の居候ですよと答えようとしたら、私が言葉を発する前にリュカさんが『そう見えるか?』と嬉しそうに笑みを浮かべ答えた。
近くにいた奥様方や子供達がキャーっと頬を染め『おめでとうございます!』と、私とリュカさんを祝福する。私は当然戸惑ってしまい、リュカさんの袖をくいっと引っ張った。
「リュカさん、そういう冗談は取り返しのつかない事になりますよ!」
「ふふっ冗談ではない様にすれば良い」
「お腹空きすぎて思考力低下したんですか?」
「コハルが難しすぎる」
楽しそうにしていたかと思えば今は若干落ち込んでいる。
いつもならこの時間はお昼ご飯を食べている時間だ。リュカさんの腹時計が正常で何よりである。
目的地へ着き、果てしなく広がる花畑が地面を埋め尽くす光景に感嘆の息を漏らす。
手前から赤、黄、橙、と虹色のように植えられてあり、一番奥にある白い花の方まで時間をかけて歩く。全ての花びらを試食しながらリュカさんとジャムについて話し、奥に植えられてある白い花の所まで辿り着くと、そこら一帯からは苺の香りがした。花弁を口に含むと濃い苺の味が口の中に広がり、ジャムにするならコレだ!と伝える。
流石に観光地の花を摘む訳にはいかないので邸へと戻り、リュカさんが種に手を翳して魔法で花を咲かせた。
「まるで花咲か爺さんですね」
「爺…」
「私の故郷では誰もが知っている童話なんですよ」
私としては褒めているつもりなのだが、リュカさんの顔色は良くない。
視察は今日一日と限られているので、早速厨房を借り、説明をしながらジャムを作っていく。ジャムだけを食べるのも味気ないのでパンも準備した。パンは既に焼かれている硬いパンを使用し、蒸し焼きにしていくだけだ。
まずは花から花弁だけを取って洗う。花弁の中心部は苦いので切り落とし、鍋にお砂糖やお水、ペクチンの代わりになるゲル化剤を入れる。だまにならない様にかき混ぜながら花弁を入れていき、沸々としてきたらレモン汁を加える。
色が鮮やかになり、とろみが増して来たら火を止めて冷ます。注意点として煮詰めすぎると冷ました時に固くなってしまう事も伝えた。
最後にジャムを入れる容器を煮沸消毒し、終わったら出来上がったジャムを入れていく。
パンも丁度良い具合に出来上がり、軽く焼いて焦げ目をつける。
仕上げにバターを満遍なく塗って、出来立ての苺ジャムを乗せたら完成だ。
「これで花びらのジャムの完成です。食べてみましょう」
「甘くて美味しいな。不思議な食感だ」
「大変美味しいです。スコーンやクラッカーにも合いそうですね」
「甘い香りがします~。わぁ。とっても美味しいです!流石コハル様!」
「んにゃー!にゃー!」
初めて食べる花ジャムは好評で、早速商品開発の話に移る。
ジャムを入れる瓶は拘りたいそうなので、リュカさんの両親が持つ領地へ頼むつもりらしい。そこは物作りが盛んな町だそうだ。
私は発案者として売り上げのいくらかが貰えるらしい。でもそれは丁重にお断りした。
いつかこの国を出て行く身だし、元々自分が考え出したものでもないのでお金を受け取るのは気が引ける。それなのにリュカさんとユリウスさんは売り上げの何%を私のカードに振り込むべきかと私そっちのけで話し込んでいる。私の意見も聞いて欲しい。
誰か私の考えている事を文章に起こして欲しい。頭の中がひっちゃかめっちゃで過去現在未来がぐちゃぐちゃな文章になってましう。難しい。それでも読んでくださる方や、ブクマ、評価して下さる方は名の知れた神様に違いない。本当にありがとうございます。少しづつ増えて行くブクマや評価にニヤニヤが止まりません。ありがとうございます。ありがとうございます!
上司を攻撃表示で召喚して誰かとデュエルしたい。経理は守備表示でバトルフィールドはバブル時代が良いな。トラップ効果発動で相手の攻撃を受ける度に私のボーナスがUPすれば良いのに。
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