覚悟とは
今日は邸にお客様がお見えになっている。
お客様は二人で、一人は長身の美形だ。その人は背に花弁を撒き散らしながら優雅に歩き、ファビュラスという言葉がとても似合う。彼はハイエルフという種族らしい。リュカさんが後で教えてくれた。それともう一人は彼の後ろに居る中学生くらいの子で、この子は可愛らしい男の子だ。何というか、リアルにバックに花を咲き乱れさせてる人っているんですね。
そんな余計な事を考えながら挨拶してしまったせいで、ハイエフの方の名前を聞き逃してしまった。とりあえず不自然にならないよう適当に相槌を打つ。たぶんこれでやり過ごせたはず…。
今からリュカさんとハイエルフの方は二人で大事な話をするらしい。なので私は席を外し、借りている部屋に戻った。後ろにはルイーゼが付いて来ている。
後日リュカさんから教えてもらった事だが、ハイエルフの方はこの国の相談役を務めている方で、たまにこうしてリュカさんに助言を求めにやって来るらしい。相談役なのに助言を求めに?と頭に「?」を浮かべていると、執事頭のユリウスさんが『龍族は基本、力で解決してしまいがちです。ですが若様は穏便に物事を進めるタイプですので、相談役自らが足を運び助言を求めに来られるのです』と教えてくれた。リュカさんが、穏便…?結構力で解決してくる事が多いと思う。でもこれを言うとユリウスさんの話が長引きそうなので『そうなんですね』と適当に相槌を打って会話を止めた。
そういえば、この間の討伐が済んだ夜。私はお化けが怖くてなかなか寝付けなかった。だから水でも飲んでリラックスしようと一階に降りた。すると明かりが点いている部屋があった。だから覗いてみた。
中にはソファーに座って足を組み、本を読んでいるリュカさんがいる。なので私は声を掛けてから入室した。リュカさんは何故か手に持っていた本をサッと隠す。あれは私が前に渡した絵日記風の調査書だ。
「眠れないのか?」
「はい。ちょっと怖くて」
「怖い?」
「今日倒したテケテケやトコトコが暗闇から襲ってきそうで」
「?。バラバラにしたから襲って来る事は無い。もし来るとしたら怨念や怨霊となって現れるか魔物になって憑りついて来るかだろうな」
「今ので余計眠れなくなりました」
「悪い」
「慰め方一から勉強し直してきて下さい」
「そうしようと思う」
この後リュカさんが『一緒に寝るか?』と意味不明な事を言ってきたので、頭のネジが緩んだのか吹っ飛んだのかと心配になった。もちろんその提案は断った。だけど彼は部屋まで連れて行くと言って譲らなかった。なので一緒に借りている部屋まで向かった。
ベッドに入るとリュカさんが私の御でこにナチュラルにチュッとリップ音付きで破廉恥行為をする。抗議しようとしたけど、『おやすみ』と言い頭を撫でられると、いつの間にか私は深い眠りに落ちていた。
***
ルイーゼを連れて借りている部屋に戻ると、大福は何処かへ隠れ、文二は姿を消した。
おかしいなと思い振り返ると、相談役の方と一緒に来ていた男の子が部屋の中に入って来ていた。
彼はエルフみたいな見た目で耳が長い。髪色は若草色で瞳は金色。七分袖のズボンがとっても似合っている可愛らしい男の子だ。
「迷子?」
「お前だな!リュシアン様を誑かしてる女とは!」
「え、そうなの?」
「そうだ!」
「まさかこんな平凡顔で間抜けそうな女だとはな」
「返す言葉もございません」
私はいつの間にかリュカさんを誑かしていたらしい。
いつ頃だろう。詳しく教えて欲しい。
「僕、お名前なんて言うの?」
「子供扱いするな!僕は今年で153歳になるんだぞ!」
「ご長寿!」
「?。お前だって200歳くらいだろう?」
「私はまだ人生一週目の若輩者なんでそんな歳じゃありません!20代です!」
「はあ!?あ!お前ヒト族だな!」
「んー。たぶん、そのような者です」
「ん?たぶん?というかヒト族の20代にしてはかなり、いや、だいぶ?チビだな」
「喧嘩売ってるんですか?全力で買いますよ!」
「だって僕と同じかそれよりも低いじゃないか」
「私は平均身長です!ちゃんと胸だって発育しています!ほら!」
「なっ!慎みを持て!胸を張るな!お前バカなんじゃないの!?」
私がけちょんけちょんに言われているがルイーゼは全く介入してこない。むしろ傍観者に徹している。それはたぶんこの子がお貴族様だから、だろうか。もしそうだとしたら私はかなり無礼な発言をしてしまっているので打首獄門待ったなしだ。すみませんリュカさん。恩をお返しする前にあの世へ旅立ちそうです。
よくよく見てみればこの子の服装は豪華で煌びやかな装飾が沢山施されている。何故最初に気付かなかったんだ私。
「で、アンタはいつリュシアン様の邸から出て行くわけ?」
「ん~。依頼されている仕事が終わったらですかね?」
「ならさっさと終わらせて出てってよ」
「あはは。頑張ります」
「もしかしてわざと居座ってる?」
「ええええ!?そんな事しませんよ!御給金貰ったら即出て行くつもりです」
「ふぅ~ん、どうだか」
「血判状が必要なら作りますよ」
「けっぱんじょう?」
「誓いの文章に署名して、その誓いの強固さを表すために指の一部を切り己の血液で捺印したものです」
「うわっ物騒!精霊に誓ってくれたらで良いから!」
「お止め下さいコハル様!指の一部を切るなどッうっうっうわぁああん!」
どんな想像をしたのか、泣き崩れてしまったルイーゼを宥め落ち着かせる。
とりあえず私と名前の分からない坊ちゃまは椅子に座り、二人でルイーゼが用意してくれた美味しい紅茶を飲みながらお話する事になった。
この世界はどの国や領でも同性愛が認められており、彼は一緒に来たハイエルフの方とリュカさんに恋をしているそうだ。しかし、彼の話を聞けば聞くほど尊敬や憧れといった感情に近いものに感じる。
「坊ちゃまは」
「待て。それはもしかしなくても僕の事を言っているのか?」
「はい。そうですよ」
「僕にはエディツェミハエル・イエルバという美しくて格好良い名がある!変な名で呼ぶな!」
「私は東郷小春と言います。名前が小春です」
「あっそ」
「えーと、ツェツェバエ君は」
「ふざけてるのか?」
「ふざけてるように見えますか?」
「…エディで良い」
「えでぃ君は」
「…はぁ。エドで良い」
「恐悦至極にございます。エド君はリュカさんと相談役の方どちらがお好きなんでございましょうか?」
「その気持ち悪い喋り方は何だ?喧嘩を売っているのか?」
「敬意を込めてるんでございますのよ。オホホ」
「虫唾が走るから止めて」
「サーイエッサー!」
彼も二股状態な事は気にしているらしい。
エド君の恋愛相談を受けながら私も真剣に考える。
「所でさ、何でアンタは不安定なの?」
「ふあんてい?」
「そう。身体は定着してるのに精神が不安定だから魔力が乱れてる。精霊がアンタに近づきたくてもその不安定さのせいで近寄れないでいる。というか、アンタ自体が消えかかって…る?けど、リュシアン様のお陰で無理矢理この世に縛り付けられてる。いや、繋ぎ止められてる感じ。かな」
「私消えかかってるの!?何で!?」
「俺は…エルフとハイエルフのハーフ、だから…」
「だから?」
「見えるんだ。その人が過去に会った精霊とか…色々」
「ああ、確かエルフの方達は見えるんだよね。前に出会ったフィーさんが言ってた」
「僕はハイエルフの血も流れてる。だからアンタの精神がオーラとなって見えるんだ」
私の精神がこの世界に定着できていない理由。それには心当たりがある。でもそれはエド君には言えない。たぶん、それはきっと、私が自分のいた世界を捨てきれないでいるからだ。
この世界に来たばかりの頃、夜にこっそり携帯の中にある家族や友達の写真を見て、何とか生きようと頑張ってきた。でもすぐに携帯の充電は切れてしまい、今はもう見る事が出来ない。もう一度、もう一度家族に会いたい。何処かで、何かのタイミングで急に帰れるんじゃないかと、死を恐れながらも希望を抱いている。今の私は死ぬ事も、この世界で生き抜いていく事にも不安や恐怖を感じている。だって、諦めきれる訳がないよ。
エド君が言った通り、このままリュカさんのお邸にお世話になっているのは私も良くないと思う。だって、私には自分で立ちが上がっていける足がある。文字だって読めるようになったし、お金の使い方もマスターした。住み良い土地があればそこを拠点にして帰る方法を探せば良い。
このお邸に仕える方やリュカさんは優しいから、いつまでも居て良いと言ってくれるけど、そんな優しさに胡坐をかくことはできない。生産性もない穀潰しは早く立ち去った方がこの邸にとっても良いはずだ。出来れば良い思い出として、此処の人達とはお別れしたい。
「あの、お話中すみません。コハル様は消えてしまうのでしょうか?」
ルイーゼがエド君に遠慮がちに問う。
「このままだと10年と持たずに消えてしまうだろうね。今はリュシアン様のお力で辛うじてこの世に居られる状態だ」
「10…年…」
「消えるってどういう事?」
「消滅するって事だよ。死ではないから…どうなるんだろう」
「何処か違う所に行くって事かな」
「それは無いだろうね」
「どうして?」
「上手く説明できないけど、アンタは一度何かに干渉してしまってるから無理」
「えぇぇー。全然理解できない」
それよりも、とエド君が消滅してしまう危険性について説明し始める。が、一ミリも理解出来ない。でもルイーゼは理解出来ているようでどんどん俯いていく。そして何故か私よりもルイーゼの方がショックを受けている。顔を真っ青にしているので倒れてしまわないかが心配だ。
「コハル様を消滅させない為にはどうすれば良いのでしょうか」
「そんなのコイツが覚悟を決めるしかないね」
「覚悟かぁ」
私の話は一旦切り上げ、今度はエド君について聞く。
彼は元々エルフやハイエルフが暮らす場所で暮らしていたらしい。でもエルフとハイエルフのハーフなので居場所が無かったそうだ。そこで、たまたま旅をしていたリュカさんに出会い、ルシェールに来ないかと誘いを受けた。その時に相談役のハイエルフの方とも出会ったそうだ。当時は八番隊に所属していたらしい。そして今はその相談役と一緒に住んでいる。
「そもそもハイエルフなのに何故龍族の国に?」
「そんな事も知らないのか」
「すみません」
エド君が鼻息をフンスフンスと荒げ、意気揚々と説明する。
相談役の彼はハイエルフだが『ハイエルフの我らこそ至高!』という考え方が合わず、旅をして住み良い土地を探していたらしい。旅の道中、鬼人族の国で暴れているユメヒバナさんを一撃で沈めたリュカさんを見て自分も喧嘩を挑み、互角に渡り合えた喜びと彼の物事に対する考え方に賛同して一時期一緒に旅をし、龍の国で暮らしてみようと思ったそうだ。
相談役の彼がエド君を引き取ったのは、まさかの名付け親だったから。
世間は狭い。
「ハーフって格好良い響きだと思うんだけど」
「お前はへなちょこな上に頭までパーなのか」
「パー…でんねん」
「エルフは僕にハイエルフの血が流れてるから敬遠するし、ハイエルフは僕を無い者として扱うから…居場所なんて無かったんだ」
「そうだったんだね」
「同情なんて気持ち悪い事するなよ。僕は強くなる。今は兄様の元で修行させてもらってるんだ」
「兄様?」
「エヴグラーフォヴィチ様の事だ」
「えびふりゃー様。へぇ~」
相談役の方の事だった。
彼の名前はロイフォード・エヴグラーフォヴィチ。絶対に覚えきれない自信がある。
エド君の両親はエルフとハイエルフの方で、二人は仲が良く年中世界を旅して周っているそうだ。彼を里に残したのは本人の希望だそうで、決して愛情を掛けられていないとかではない。
私の部屋のドアがノックされる。
ルイーゼがドアを開け、エド君を迎えに来たと思われるエ、えびふりゃー様が見える。エド君は目にも止まらぬ速さで彼の元まで走って行った。
「帰りますよ、エディ」
「はい!兄様!」
「随分と楽しそうでしたね」
「……まぁ」
エド君が私の方に振り返り、ちょっとだけ頬を染める。
「コハルの事、ちょっとはリュシアン様の女として認めてやらない事もないから。ライバルだからな!」
「いえ、譲ります」
「なっ!?逃げるのか!」
「逃げるとかどうこうの前に私はリュカさんの女なんて恐ろしいポジション要りません」
「はあ!?ありえない!本っ当アンタってありえない!バカなんじゃないの!?」
「くくっ。エディが楽しそうだ」
「それは良かったですね」
相変わらずハイエルフのエ、エブ?エバ?…えびふりゃー様の後ろには花が咲き乱れ、花弁が何処からともなく舞い散る。
お見送りの為ドアに近づくと、えびふりゃー様が私の髪を一束手に取り恭しく口付けを落とした。
「お止めくださいエヴグラーフォヴィチ様」
ルイーゼが言葉だけで制するが、彼はどこ吹く風といったような感じで彼女にニッコリと微笑む。
そして私の髪を触るのを止め、じーっと見つめてくる。
「本当に愛らしいね」
「眼科行った方が良いですよ」
「くくっ。お勧めは何処かな?」
「すみません。この国の眼科事情には詳しくないので…」
「私の名前は憶えているかい?」
「超難問クイズですね」
「くくっ。やっぱりリュカの言った通りだ。僕の事はロイと呼んで」
「なっ!お前だけズルいぞ!」
「エディもそう呼ぶと良い」
「はい!ありがとうございますロイ兄様!」
リュカさんが無音で部屋に現れ、自身の背に私を隠すように立つ。
この時初めてこのピアスの凄さを実感した。
そしてロイ様に向かって不機嫌そうに言葉を放った。
「ッ油断した。コハルには何もしてないだろうな」
「挨拶しかしてないよ。思ったよりも早かったな」
リュカさんとロイ様の仕事話は私が部屋に帰ったあと、すぐに終わっていたらしい。でもロイ様が中々帰ろうとせず、私に会いに行こうとしていたので庭でバトルしていたそうだ。ええぇぇ。何やってるんですか。
二人の実力は互角で、リュカさんが私の絵日記風調査書を落としそうになった時に隙を作ってしまい魔法で縛り上げられていたそうだ。私の黒歴史になりつつある絵日記風調査書を持ち歩かないでほしい。
「だってリュカがコハルさんを隠そうとするから」
「当たり前だろう。お前は…昔から女性の扱いが上手いからな」
「くくっでもね、コハルさんには眼科を勧められたよ」
「よくやったコハル」
なんだろう。トレーナー同士の会話に聞こえる。
エド君とバトルしたら私なんて瞬殺されるんだろうな。
ブクマや評価して下さった方ありがとうございます!そして読んでくださってる方もありがとうございます!
とりあえず一章まで話を進める事が出来ましたの、徐々に更新スピードが落ちていくと思います。それでも最後までどうかお付き合いいただけたら嬉しいです。




