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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第二章 やって来ました、龍の国 
30/125

生き方に地図なんてない




 私がこのお邸にお世話になってから三日が経つ。

 ルイーゼの侍女らしい振舞や言葉使いは侍女頭のユリアーナに扱かれかなり上達している。それに比べ私は未だ『さん付け』しない事以外は敬語口調のままだ。


 リュカさんは毎日仕事に行っている。

 午前出勤だったり午後出勤だったりとでその日によって違う。旅をしていた時みたいに四六時中一緒ではなくなった。

 

 貴族文字も徐々にマスターしていき、私は邸の中で毎日世話師猫やカーバンクルの観察をしている。

 今、私の手元には夏休みの宿題みたいな絵日記がある。これは国王様に提出する本だ。文章で伝えきれない所は絵にして説明しようと思ったら絵日記になってしまった。果たしてこれで良いのだろうか。いや、きっと良くないだろう。

 机にはヘンテコな絵具と筆が乱雑に置かれ、椅子の背に凭れかかる。うーん。誰かに見てもらおうかな。という事でルイーゼに調査書の感想を聞く為、出来上がった部分まで読んでもらう事にした。 




「どうですか?」

「この絵本とっても面白いですね」

「それは調査書です…」

「え、えーと前衛的で素晴らしいです!」





 ルイーゼの優しさが目に染みる。

 リュカさんが帰ってきたら調査書の書き方を教えてもらおう。



 気持ちを切り替え手元にある小銀貨を見る。

 お金の使い方や数え方は長旅のお陰でしっかりと覚える事が出来た。宿屋に泊まる時や市場で食材を買う時は私がリュカさんから御財布を預かって支払いの練習をし、何度か失敗してボラれてしまった事もあった。しかし彼は私を怒ったり責めた事は一度もなく、懇切丁寧に何度も教えてくれた。

 この絵日記みたいな調査書で果たしてどれくらいの御給金が貰えるのだろう。ボラれてしまった分くらいの額はリュカさんに返したい。



 そういえばこの世界の暦は私がいた世界と似ていて、一年は365日ある。だが精霊の気まぐれでたまに一年が一千日になる年があるらしい。意味が分からないし止めて欲しい。その年が来ると自分の身体の成長スピードも遅くなり、何処の国や領の人もだらけやすくなってしまうそうだ。これはルイーゼが教えてくれた。

 



 

 邸の中に缶詰め状態というのは実に退屈で、調査書を書く手が進まない。なので文二の肉球で癒しを得る。

 侍女頭のユリアーナは朝だけ顔を見せ、それ以降は一度も見ていない。リュカさんに何かを頼まれているらしく、邸に来たお客様と一階の客室で何時間も話している。三日間ずっとだ。

 対してルイーゼは私から片時も離れない。そんなルイーゼに慣れたのか文二は普通に姿を現すようになった。しかしルイーゼが文二に触ろうとするとスプーンで彼女の手の甲を思いっ切り叩き威嚇した。初めて見た時は驚いたが、私やリュカさん以外に触れられるのは嫌みたいだ。意外と気難しい性格をしているなと思う。



 ピアノを弾いて気分転換をしたいが、お客様がお見えになっているので我慢する。

 毎日机に向かって貴族文字を勉強していたせいか、体を動かしたくて堪らない。そんな私を察してかルイーゼが庭を散歩しませんかと提案してくれた。


 私は頷き、執事頭のユリウスさんに邸を出る許可を貰いに行く。邸内なら何をしても良いが、一歩でも出るような事があればリュカさんかユリウスさんに“何処で、誰と、何をするのか”を伝えなければならない。これはこの邸の当主であるリュカさんに初日に約束させられた。



「もし破ったらどうなるんですか?」

「破るな」




 冗談で言ったのに三時間にも亘り外は危険なんだと説明され、ユリウスさんも補足説明と称して私に危険とは何かを話しだした。計五時間も延々と二人の美男子に説教に近い注意を受け、解放された時にはこの邸から一歩も外に出たくない気分になっていた。


 それでも私は今猛烈に外に出たい。なのでユリウスさんを探し、外に出たい旨を伝えに行く。

 リュカさんとの約束通り、“庭で、ルイーゼや文二、大福と、散歩したい”件をユリウスさんに伝えると案外簡単に許可が貰えた。だが、肌が焼けないよう厚手の長袖やコート、帽子を被って下さいと指示を受けた。

 ヒト族は日焼けすると肌が赤くなり皮が剥がれるという事を先日学んだユリウスさんに厚着させられ、女優帽まで被せられた。暑い。物凄く暑い。

 龍の国は常春なので寒さなど無縁なのに私だけ重装備。この気候で厚手のコートやマフラーは熱中症になってしまうんじゃないかな。




「これじゃ逆に脱水症状起こして倒れてしまいそうです」

「なんとっ…コハル様はどこまで儚いのですか」

「コハル様っ外は止めましょう!」

「そんな簡単に日焼けしませんから大丈夫ですって。旅をしていた時も無事でしたし」

「それはリュシアン様が」

(わたくし)も庭へ同行します。構いませんね?」



 

 ルイーゼが喋り掛けた言葉をユリウスさんが遮り、断れないような雰囲気を醸し出して私に問う。勿論ビビリな私がこの威圧感あるユリウスさんを断れる訳もなく、むしろ一緒にいてもらえた方が何かと都合が良いので了承すると厚手のコートやマフラーを脱がしてくれた。

 今の私の服装は緩いワンピースと女優帽、そして肩に大福だ。足元には文二もいる。



 庭を歩きながら植えてある花の説明や特徴などをユリウスさんが教えてくれる。食べられる花びらがあると言うので一片食べてみると、みたらし団子の味がした。それはとても懐かしくて優しい味で、故郷の味に飢えていた私は猛烈にみたらし団子が食べたくなった。

 

 

 こちらの世界に来てからというもの、デザートにはだだ甘いチョコやゼリー、ケーキなど、洋菓子しか口にしていない。久々に食べた故郷の味に、和菓子を食べたい欲求が深くなる。


 私が借りている部屋の中には登山用のリュックが置いてあり、その中には旅の道中で大変お世話になった調味料等が入っている。だが残り少ない。

 醤油の匂いを嗅ぐと日本を忘れないでいられるような気がして、醤油だけは小瓶に移していつも持ち歩いている。


 みたらし団子を作りたい。が一つ重要な物が足りない。それは醤油だ。

 御餅はお米がまだ残っているので作れるし、お砂糖は料理長に頼み込んで貸してもらうつもりだ。もちろん御給金が入ったらちゃんと買って返す。


 うんうん、悩みながら庭を歩いていると邸の裏手に畑が見えた。

 そういえば私の手には何かの精霊の祝福があったはず。ユリウスさんに畑の方へ案内してもらい、使っても良いスペースを聞き一部を貸してもらう。自由に使っても良いと許可された場所はまだ耕されておらず、他の実っている野菜たちとはだいぶ距離がある。

 

 私は貸してもらったスペースをじーっと見つめ考える。

 醤油を作る為の大豆がない。でも豆がないんじゃどうしようも出来ない。『はぁ』とため息をつきしゃがみ込むと、急に地面に膝を着いた私を心配してユリウスさんとルイーゼが慌てた。紛らわしい事してすみませんでした。

 色々と落ち込んでいる私を見て文二が肩に背負っているスプーンを手に持ち、体毛を変え始める。

 

 三毛から茶トラに変わり、地面に向かって大きなスプーンを振り下ろした。すると、ただの土だった場所が1mくらい綺麗に耕され畝が出来た。畝とは、細長く直線状に土を盛り上げた所のことだ。

 それを三回行い、文二一匹で畑の土作りの基本となる作業一つ目を終わらせた。



 

「凄いですね。世話師猫にはこんな能力もあったんですか」

「そうみたいですね。文二ありがとう」

「茶トラ姿の文二様も愛らしいです」




 三者三様の感想を述べ、世話師猫を褒め称える。

 私の手に掛けられてある祝福の力の使い方をにゃーにゃー言いながらジェスチャーで教えてくれるが分からない。とりあえず、耕した畑に手を着けば良いらしいい。


 

「何をなさるんですか?」

「醤油を作りたいと思います!」

「しょうゆ?ですか?」

「にゃー!」

「キュキュー!」





 文二が私の耳元で久々にあのダンディーな低い声で喋る。

 言われた通り私が持っている醤油を一滴畑に垂らし、耕された土に触れながら祝詞を唱える。



「唄え豊穣の精よ、芽吹け命よ、この地に祝福を」




 指示されたように唄って祝詞を唱え終わると、ポンッと音を立てて上半身が羊で下半身がメロンの動物が目の前に現れた。これは前にリュカさんが教えてくれたバロメッツという生き物だ。

 フルーツを器にして羊が乗っているように見えるが実際には合体している。羊の顔は可愛らしく、毛はもふもふ。

 もう一滴畑に垂らすと、ポンッと音をたてて別のバロメッツが姿を現す。今度は下半身がトマトだ。因みにバロメッツの大きさはスイカくらいのサイズなので決して大きくはない。


 バロメッツがぷかぷか空中に浮きながら私達を見る。





「バロメッツを呼んだのは誰だメェ?」

「私です!東郷小春と言います」

「トーゴーコハル!何が欲しいメェ?」

「醤油を作りたいので大豆が欲しいです」

「分かったメェ!」




 声まで可愛い。



「「うんメェうんメェ醤油になぁれ♪」」



 二匹のバロメッツが醤油を垂らした畑の上で唄う。

 すると、種も植えていないのに芽がひょこっと土から出てきた。




「ええ!?何で?」

「バロメッツとはこういう生き物なのですね」

「私も此処まで間近で拝見するのは初めてです。若様にもこの愛らしい光景を見せて差し上げたい」

「?ルイーゼは初めて見るんですか?」

「はい、バロメッツを呼べるのは若草色の精霊から祝福を受けた者だけです。なので滅多に見る事は出来ません。流石コハル様です」




 私は特に何もしていない。

 でも私が謙遜するような発言をするとルイーゼに変なスイッチが入って面倒な事になるのは学習済みなので口を噤んだ。


 醤油を作るには沢山の大豆が必要になる。なので持っていた残り少ない醤油を畑に追加で5滴垂らしていく。垂らした分だけサクランボやミカン、ブドウなどと合体した新たなバロメッツが何処からともなく現れた。

  

 一生懸命に唄うバロメッツを見ていると、一つだけどうしてもやりたくて堪らない事が頭に思い浮かんだ。私は畑に近づき、両手をグッと握りしめて空に向けて思いっきり腕を伸ばす。すると、芽が少しだけ伸びた。そんな私の姿を見て文二や大福、ルイーゼも真似をする。

 端から見たらちょっと可笑しかったかもしれない。ユリウスさんも誘ってみたが、笑みを浮かべるだけで一回も参加はしてくれなかった。残念。



 ぐんぐんと伸びていく芽はジャックと豆の木に出てくるような巨大な蔓になり、よくお弁当等に入っている魚型の醤油の容器、ランチャームのような実が生った。 

 私が想像していた大豆とは全然違うものが出来上がり戸惑うが、メロンに乗っているようなバロメッツがランチャームを千切り取って私に渡した。




「押すと醤油が出てくるメェ!」

「あ、ありがとうございます」

「やりましたね!コハル様!これがショウユという物なんですね」

「ん~…そう、なのかな?」




 ランチャームの魚の腹部分に当たる所を押して醤油を掌に出しみる。先に毒見役としてルイーゼが液体を舐め、毒性がない事を確認してから私にも舐めて良いと許可を出した。

 

 掌に出した液体を指先でちょんと触れ、口に運ぶ。

 確かに醤油味だ。しかも九州醬油みたいに甘口。良し、醤油も手に入った事だし、みたらし団子を作ってみよう。夕食までにはまだまだ時間がある。

 ユリウスさんに聞けば厨房は料理長から使用許可が出れば自由に使って構わないと言ってくれた。




 早速幾つかのランチャームを捥ぎ取り、バロメッツにお礼を言って別れる。

 バロメッツは一度出て来たら消える事はなく、他の作物にも勝手に唄って踊って騒いでいる。止めなくて良いのかなと思いつつも、厨房がある場所へと足を進めた。


 



 無事に料理長からも許可を貰い、手を洗ってからお米を洗い蒸していく。

 この邸に仕えている人たちも米に対してあまり良い思いをしておらず、私が作ろうとしている物を不思議そうな目で見てくる。料理長からは『指示してくれれば私達が作りますよ』と言われたが、説明する方が大変なので丁重に断った。


 まずは炊けたご飯をボールに移す。

 杵と臼は当然この世界にはなかったので、ここからが大変だ。と思っていたが、料理長がなんと杵と臼を土魔法で作り上げてくれた。触ってみるとちゃんと木で出来ていて、私が説明した通りの物が今目の前にある。


 料理長はスキンヘッドで顔に傷がいくつかあり、ヤの付く自由業みたいな風貌をしている。筋肉隆々でとてもごつくしい。瞳の色はオレンジ色。

 挨拶は初日に済ませているし、私と料理長は結構仲が良い。冗談も通じ合う仲だ。



「お嬢。これはどう使ったら宜しいでしょうか?」

「炊きあがったご飯をこの臼の中に全て入れるので、杵でモチモチになるまで()いてください」

「分かりました」

「私がタイミングを合わせてお水で成形していきますね」

「「「それはいけません」」」



 出来上がったお米を食べていたユリウスさんとルイーゼさんが声を揃えて言う。

 もし料理長が振り下ろした杵が私の手に直撃してしまっては危ないかららしい。うーん、確かにごつくしい料理長の渾身の力が私の手の甲に当たったらひとたまりもないと思う。

 素直に引き下がり、他のコックさんに変わってもらう事にした。 



 料理見学をしている方たちはご飯を旨い旨いと言いながら食べている。好評のようで大変嬉しい。



 本当は臼を前日から水でならしたり、色々と作業はあるのだが今回は省く。だって今すぐ食べたいから。


 御餅が出来上がるまでにみたらしを作っていく。

 砂糖と片栗粉をお借りして水と醤油を鍋に入れる。材料は目分量だ。沸騰するまでかき混ぜ、とろみがつき透明になったら完成なので意外と簡単にみたらしは作れる。


 御餅の方も順調で、私が弾力を確認してから大きな餅をまな板の上に乗せ、粉を振るってから一つ一つ丸く成形して行く。出来上がった御餅を串に刺していき、みたらしを掛けたらみたらし団子の完成だ。

 出来上がった物を私がまず一口食べてみる。




「お、美味しい!懐かしい祖国の味!」

「にゃ!にゃー!」

「キューー!」




 文二や大福もくれ!くれ!と騒ぐ。

 料理見学をされていた方やユリウスさん、料理長、ルイーゼにも渡し、皆と一緒の席に着いた。

 本当は私は皆と一緒に食べてはいけないらしい。だけど自分は令嬢や貴族ではない普通で何の取り柄もない一般人だという事を必死にユリウスさんに伝え、強引に許可を貰った。

 



「コハル様は若様の大切な方なので、こういう事は今日だけですよ」

「…」

「返事をして下さい」

「たぶん守れないので無言を貫かせてください」

「それは、困りましたね…ふふっ」




 皆さんお餅を食べた事がないようで、美味しいと言いながら幸せそうに頬張っている。




「うんまっ」

「美味しいです!流石コハル様!」

「んにゃ!にゃー!」

「キュウキュッ!」

「最高に美味だ」

「美味しいですね」




 あっという間に皆で食べ終わってしまい、リュカさんの分を残すのを忘れてしまった。

 まあ、バレなければ良いだけの事。

 だが、リュカさんは帰って来て早々にこの香ばしく甘い匂いに気付き、私やユリウスさんを問い詰めてきた。




「で、私の分は無いのか?」

「ユリウスさん答えてください」

「私よりもコハル様がお伝えされた方が若様も納得して下さいます」

「えええぇぇ」




 夕食のデザートに料理長がみたらし団子をリュカさんの為に作ったが、彼の反応はイマイチだ。




「口に合いませんでしたか?」

「いや、美味しいよ。ただ…」

「リュシアン様はコハル様が御作りになられたみたらし団子が食べたかったのですよ!」

「ルイーゼ、若様の心を代弁してはいけません」

「はっすみません!」

「ユリウスもルイーゼも少し静かにしてくれ」




 ほんのちょっと頬を赤く染めたリュカさんは格好良いのに可愛らしく見えて、私はついつい笑ってしまった。明日はリュカさんが休みという事なので、バロメッツやルイーゼ、文二と一緒に作った醤油畑を案内しようと思う。どんな反応が返ってくるのか楽しみだ。









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