迷走する私と戸惑う彼
リュカさんのご両親は王宮の後ろにある貴族街に住んで居る。今私達がいるこのお城のような邸はリュカさんが武功を立てた時に両親から譲り受けたものだ。そして同時にデルヴァンクール家の名も譲り受け当主になったそうだ。
当主が変わると邸の壁の色も自然と変わるらしい。
塗装代が浮いて良いなと思う。
リュカさんの両親の時は赤茶色だったらしいけど、今はリュカさんの髪色と一緒で白銀色。屋根や装飾部分は碧色になっている。邸は凵の字型に建てられており、真ん中には温室がある。その奥には龍体化した時に休めるよう、だだっ広い草原が広がっている。
邸で働く人も此処に住んでおり、三階の左側に一人一室与えられている。一階には客室が幾つもあり、ダンスホールやランドリールーム、キッチン、ダイニング、図書館など、色々と案内されたがこれくらいしか覚えきる事ができなかった。
私達が邸に入った時、大きな玄関にズラーッとバトラーやメイドが並んでおり、若干足を後ろに引いてしまった。リュカさんは仕えている方たちに一言だけ伝えると、私を連れて邸の中を説明しながら歩き始めた。もちろん執事頭のユリウスさんも一緒だ。
私の肩に乗っていた大福やさっきまで一緒にいた文二とテオは三匹仲良くお庭で遊んでいる。私もそっちに混ぜて欲しい。
部屋の説明はまだ続き、今は私がお邪魔する部屋決めをしている。
案内される部屋がどれも煌びやかで広すぎて落ち着かない。委縮しまくっている私を見てリュカさんが何処でも好きな部屋を選んで良いと言ってくれた。
三階の右側にはまだ行っていなかったので、許可を得てから感で足を進めて行く。
私が入った部屋は三階の右側の一番奥。
その部屋の窓側には白色のグランドピアノが置いてあり、今まで見た部屋の中で一番狭く、落ち着いた雰囲気の装飾が施されてある。
日差しも良く、窓を開ければちゃんと風も入ってくる。壁紙は薄緑色で柱には花が彫られている。
「ここが良いです」
「ここは…」
「物置部屋でございます」
お貴族様って凄いですね、という感想しか出てこない。
この部屋は汚れてもいないし、ちゃんとベッドや椅子、テーブルまである。うん、やっぱり此処が良い。だいぶ二人は渋ったが結果的には折れてくれた。
この部屋に無いのはトイレとお風呂だけ。
客室や私の為に用意してくれていた部屋にはちゃんとバストイレ両方とも完備してあったらしい。
我儘言ってすみません。
この邸で働いている人達には、専用のお風呂があり其処を使っている。なので私もそこを使わせてもらおう。あとで誰かに聞いてみようかな。
泊まる部屋が決まったのでこれで終わりかと思ったら、次は私付きの侍女と侍女頭を紹介すると言われた。そこまでしてくれなくてもと思ったけど、リュカさんとユリウスさんが譲らなかったので今度は私が折れた。
場所を一階に移し、普段食事をする部屋へと移動する。
そこにはツノの生えた美しいメイドさんと、ツノの生えた可愛らしいメイドさんの二人がいた。
リュカさんにエスコートされ、慣れない手つきでぎこちなくソファーに座る。
そして執事頭のユリウスさんから二人の女性について説明を受けた。
背筋をピンと伸ばし瞳が薄緑色でマリーゴールドのような綺麗なオレンジ色の髪をお団子にしている美しい女性が、ユリアーナ・フルーレ・ヴェルツェランさん。なんとユリウスさんの姉だ。
そして瞳の色が淡い紫色で、茶色い髪を可愛らしく編み込んでいる活発そうで可愛らしい女性がルイーゼッケンドルフ・ギルベルタ・ネロさん。
覚えられる気がしない。
二人とも背が高く、メイド服が似合っている。
ここの邸のメイド服は足首まで隠れており、色によって仕事内容が違うらしい。
ユリウスさんの御姉さんはグレーで、茶髪の可愛らしいメイドさんはワインレッド。
紹介された女性二人が私に向かって腰を折り挨拶をする。
「初めましてコハル様。只今ご紹介に預かりました侍女頭のユリアーナ・フルーレ・ヴェルツェランと申します。コハル様を心よりお待ちしておりました」
「わ、私はルイーゼッケンドルフ・ギルベルタ・ネロと申します!コハル様付きの侍女になれて嬉しいです!どうぞよろしくお願い致します」
「は、初めまして。私は東郷小春と申します。短い間ですがよろしくお願いします」
「コハル様にはずっと居て頂きたいです!」
「ネロ。口を慎みなさい」
「はっすみません!」
話し合った結果、侍女頭さんの事はそのままユリアーナさんと呼び、もう一人の活発そうな女性の事はルイーゼさんと呼ぶ事になった。
リュカさんとユリウスさんに見送られ、私はユリアーナさんとルイーゼさんと共に何処かへと向かう。着いた場所は豪華なお風呂がある場所で、ルイーゼさんに服を脱がされそうになった。
「じじじ自分で出来ますっ!」
「でもこれは私の役目です!」
「コハル様、徐々にで構いませんのでお世話される事に慣れていきましょう」
「えぇぇ」
私が敬語を使うとユリアーナさんに訂正される。仕えている者への言葉使いじゃないからだそうだ。
羞恥心をゴリゴリ削られながらルイーゼさんに体や頭を洗われ、その間に私はユリアーナさんと言葉使いの練習をする。
命令口調は絶対に嫌なので出来るだけフランクに話しかける練習だ。
「そうですね、まずは普通に話してみましょう。コハル様のお部屋に花を飾ろうと思うのですが、碧色の花はどうでしょうか?」
「きっと部屋に似合うと思います」
「はい、ではそれをフランクに言ってみましょう」
「えーと、…そいつぁ最高の提案だな兄弟」
「……ちょっと」
「ダメですよね」
「そうですね、では他の例題で考えてみましょう。ルイーゼの力加減はいかがですか?」
「最高に気持ち良いです!」
「ありがとうございます!コハル様!」
「はい、ではフランクに言ってみましょう」
「えーと、…全く最高の女ね。アナタって人は」
私のフランク変換機能はどこぞのアメリカン映画みたいになってしまう事が判明した。
体もマッサージしてもらい、ゆったりとした白銀色のドレスに着替える。差し色やリボンがリュカさんの瞳の色と同じ、紺碧色になっている。
着替えは自分でしますと言いルイーゼさんから逃げようとすると、彼女は懐から短刀を取り出し掌に置いた。そして私に向かって跪いた。
「処分して下さい」
「っえええ!?」
「ルイーゼはコハル様をお守りする為に雇われたんです」
「ええええ!?」
「私ではもしもの時にコハル様をお守りする力がございませんがルイーゼは暗殺や体術、隠密など武術に優れております。侍女としてはまだまだですが、コハル様を傍でお守りする頼もしい護衛です。どうか彼女にコハル様の世話をさせて頂けませんか?」
「コハル様の世話ができないようであれば私の命など不要です」
「えええ!?命大事にですよ!」
「ではお傍でお仕えしても宜しいのですね!ありがとうございますコハル様ぁああ!!」
「え?え?こ、こちらこそよろしくお願いします?」
ルイーゼさんの忠義がどこぞの武士並みに凄すぎる。私達会ったばかりのはず…ですよね?
結局服を着せてもらい、私のフランク練習に付き合わされながらも彼女は器用に髪を結っていった。
ルイーゼさんの今までの職務経歴をユリアーナさんと聞きながら私がフランクに話せるよう練習はまだ続く。私のせいで間違ったフランク言葉遣いが伝染してしまったルイーゼさんは最終的に『だから私はこう言ってやったのですよ、今度はテメェが神に祈る番だってなって』と最高に興奮するセリフを言ってくれた。
身支度を整え、リュカさんに会いに行く。
彼は先ほどの部屋でユリウスさんと明日の予定を確認しているそうだ。
ドアをユリアーナさんに開けてもらい、こちらから声を掛ける。
「よう、相棒!」
「一体コハルに何があった」
「すみませんリュシアン様」
「コハル様の敬語口調をフランクにしようとしたら失敗しました!」
「はぁ。コハルは令嬢じゃないんだ。普通でいいよ」
「アナタってホンット最高ね!」
ポンコツな私は何とか時間をかけて普段通りの言葉使いに戻す。
リュカさんから隣に座るよう指示され、私は黙ってふかふかなソファーに腰を下ろした。
「似合っている」
「さっきの口調がですか?」
「違う。服装のことだ」
「え、あ、ありがとうございます」
私がお風呂に入っていた間にリュカさんも身だしなみを整えていたようで、髪を後ろに撫でつけている。服装も変わっており、ベストのお陰で引き締まった魅惑の腰が強調され、たまらん破廉恥さを醸し出している。ありがとうございます眼福です。
ユリウスさんやユリアーナさん、ルイーゼさんは当然立ったままで、旅はどうでしたかと聞かれ不思議に思った事や驚いた事などを話した。この三人には私が異世界人である事を話しているらしい。
ユリウスさんが持って来てくれたお菓子と紅茶を飲みながら、他にはどんなことがあっただろうかと思い出す。
「長旅お疲れ様でした、他にはどんな事がございましたか?」
「そうですね、他には…ラッキースケベな事がありましたね」
「若様!未婚の女性になんて事を!!」
「ラッキースケベされたのはこちらなんだが」
「え、若様が?」
「どういう事でしょう」
「聞きたいです!」
「言うつもりはない。コハルもそういう事まで話さなくて良い」
「はい、すみません」
夕食はフルコースで、私の口にあった料理は逐一料理長がメモを取り、夜は更けていった。
庭で遊んでいた文二やテオも私が部屋に戻ると入って来て、一緒にベッドの中へと潜る。
リュカさんと別々に寝るのは初めて村に行き宿屋で誘拐されそうになったあの日以来だ。案外寂しくないし、普通に私は眠る事ができた。




