事件は起こる
ウメユキさんは食事が終わると大きな扇子に乗って帰って行った。嵐の様な方だったと思う。
私達はというと今日から五日間かけ、ルシェール領に最も近いアングルナージュまで向かう。漆黒龍のおかげで当初予定していた日数よりも格段に速くルシェールへと到着できるらしい。本当に有難い。
しかし、アングルナージュまでの道のりは大変なものばかりだった。
最初に寄った幽霊が住む村に寄り足を休めていた時、リュカさんのフードが風で後ろに飛ばされてしまい御尊顔が露になってしまった。その美しい顔を見た女性の幽霊が『結婚しましょう!』とリュカさんに憑りつこうとし、リュカさんは無言で強烈な光魔法を放った。幽霊はしぶとく、他の幽霊を盾にして何度もリュカさんに憑りつこうとしてきた。
盾にされてしまった幽霊は強制的に成仏してしまい『なんじゃごりゃぁあああ』と叫びながら冥界へと旅立っていき、最終的に文二が九字切りで女性の幽霊を成敗してくれた。あの時の文二は体毛は真っ白でもっふもふで可愛らしかった。
女性の幽霊が成仏したあと、最初から最後まで見ていたという幽霊が彼女の生前の話をしてくれた。曰く、あの幽霊は自分の浮気が原因で破滅の道を辿り、生涯を孤独に過ごした女の霊だそうだ。彼女は死後もこの村に訪れるイケメンに憑りついては呪い、振られては祟ってなどと、亡くなってからも悪行三昧で他の幽霊達も困っていたらしい。へぇ、そうなんだ。
自分でもびっくりするくらい淡白な感想だと思う。あとここ最近色んな事がありすぎて最早幽霊くらいでは驚かなくなった自分はだいぶ逞しくなったんじゃないかと思う。
「そういえば幽霊と今生きている人って結婚できるんですか?」
「どうだろう…。それよりもさっさと此処を出ようコハル」
「にゃん!」
「キュルルル!」
無事に幽霊が住む村を脱出した後は小さな村に寄り、食材だけ補充した。宿屋はあったけど文二が毛を逆立てたので、きっと良くない事が起こるだろうとリュカさんが判断した。
その次に立ち寄った国では私が高級なお土産品を壊してしまい、弁償する為に一日働く事になった。リュカさんが代わりに払おうとしたが店主は受け取らず、壊した本人に弁償させようとして聞かなかった。
私の仕事内容は店主の息子さんのお世話で、お茶汲みをする私を見てリュカさんが腹を立て『弁償させるならそんな仕事よりも接客の一つでもして土産品を売れば良いんではないか?』と言った。おっしゃる通りだと思います。
そして事態は動く。
たまたまこのお土産屋さんに寄った二足方向のワニ。それはエキセントリックワニで、見た目はまんま普通のワニ。でも服装はキャメル色のチェツク柄インバネスコートを着ていた。所謂シャーロックホームズが着ているような探偵服だ。もちろん帽子と煙管まで持っている。
エキセントリックワニは喋れるようで『あっれれ~?おっかしいぞ~』とハスキーボイスで商品を触る。そして私の身に起きた事を分かりやすく説明しながら解決してくれた。
まず、私が壊してしまった高級なお土産品は偽物で、実際には触れるだけで壊れるようにわざと作られてあった。私を嵌めた理由は街中を歩く私を見て店主が自分の息子の結婚相手に丁度良いと思ったからだ。な、なんですと!?
他にもこの店主には余罪があり、お店の中にいたお客さんが衛兵を呼んだ。衛兵が来るまでの間、リュカさんは店主と息子に逃げ出さないよう、見た事も無い拘束具で縛り上げていた。
衛兵が橈尺した後、見事詐欺事件を解決したエキセントリックワニも連れて行かれてしまい、私とリュカさんは早々にこの国を出た。因みにこの国に生息するエキセントリックワニも推理や謎解きが大好きらしい。
次の村までは近く、その村の宿屋で詐欺師店主やエキセントリックワニの事の顛末を聞いた。店主と息子は禁固刑で、エキセントリックワニは敬意を込めて王家にその日の夕飯として献上されたそうだ。人生とは非情である。
今朝、やっとアングルナージュへ辿り着いた。
国に入る前、きっともう会う事はないだろうと思い文二の頭をいっぱい撫でた。最終的に『やめてくだせぇ』と言われたので、感謝の言葉を述べて手を振って別れた。
明日はルシェール領にある険しい山岳地帯から天空にある龍の国ルシェールへと行く。今日の宿屋は長時間生身で飛行した事のない私のために少しだけランクの良い部屋だ。すっごく楽しみ。
ここ、アングルナージュという国はスチームパンクのような国で、至る所に歯車で動くゴーレムや食材売り場がある。歪に建てられた家屋が多く、煙突や家までもがぐねぐねしている。ずっとこの国にいたら平衡感覚を失いそうな不思議な国だ。
他にも観光客というよりかは職人さんが溢れる街で、服装はくすんだ茶色や暗めの色が多い。歯車を使ったアクセサリーや時計をモチーフにした帽子など、ファッションには大変凝っている人たちが多い。
リュカさんが宿屋を決め、そこに入る。
外観は古びたパイプや沢山の歯車が壁に埋め込まれてあり、動き出しそうで見ていて面白い。
この宿屋は三階建てで一階が食堂、二階と三階に客室がある。二階の客室にはお風呂とトイレがない為、共同で使う簡易風呂とトイレが階段の近くにある。
私達が泊まる部屋は三階の角部屋で、他の部屋よりも広く、お風呂、トイレ等の大抵の物は揃っていた。ベッドはセミダブルサイズが二台もある。
お風呂はせっかくだから部屋に備え付けのお風呂に入ろうと思ったけど、如何せんリュカさんがなかなか上がってこない。なので仕方なく二階にある共同風呂へと足を進めた。
大福を洗い、自分も旅の疲れと汚れを落とす。部屋に戻ってもリュカさんはまだお風呂から上がってないようで、珍しく長風呂だ。うーん。ここまで長風呂だとまだまだ出てこないだろう。そう思い大福を乾かす用のタオルを持って行くのを忘れてしまっていた私は、ノックもせずに戸を開けた。
するとタイミングが良いのか悪いのか、リュカさんもお風呂から出てきてしまい人生初のラッキースケベをしてしまった。
「ぎゃぁぁあああ!!」
「なっ!?」
「すみませんすみませんんん!タオルを取りたくて開けただけなんです!ラッキースケベしようだなんて微塵も思ってません!」
「良いから閉めろ。あと目を逸らせ」
「はっ!失礼しました!」
バン!と勢いよくドアを閉め、大福をベッドの上に降ろす。
どうしよう。見てしまった。色々と見てしまった。
リュカさんがこっちの部屋に来るまでに謝罪の言葉を考える。だがしかし、湯上り姿の破壊力が凄すぎて全然集中できない。
水も滴る良い男状態だった彼の裸体を思い出しては赤面するの繰り返しで、ジャパニーズ土下座をするしかないと思った私は風呂場に行くドアの前で人生初の土下座をした。
地面に頭を擦り付けながら思い出すのは彼の妖艶さと、語彙力が無限の彼方へ飛んで行ってしまいそうな程の肉体美。普段は白く透き通った肌が風呂上がりだからか若干火照っていて破廉恥極まりなかった。いや、土下座をしながらこんな事を悶々と考えている私の方が破廉恥で変態か。全然顔の熱が収まらない。
足音が聞こえる。
そしてドアが開いた。
「うわっ」
「すみませんでした!」
「這い蹲って何をしている?」
「私の故郷の最上級の謝罪の仕方です!」
「もう気にしていないから立ちなさい。コハルの美しい髪が汚れてしまう」
「いいえ立ちません!それに今、人様に御見せできるような顔をしておりません!」
「はぁ、私も忘れるからコハルも忘れなさい」
「無理ですよあんな立派な御物!お父さんのよりも大きかったです!」
「落ち着け。自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「あんな麗しいお身体を見せつけておいて落ち着ける訳がありません!私は明日までこの姿勢で心頭滅却します!どうか先にお休みください!」
「立て」
「嫌です!」
お風呂上がりで良い匂いのするリュカさんを前に、一気に考えていた謝罪の言葉がぶっ飛ぶ。なので、ただただ思った事を言葉を口にした。てんぱり過ぎて今いち自分が何を言ったのか覚えていない。覚えているのは彼の肉体美と水の滴った美しいご尊顔。
私は赤面している顔を見られたくないのとラッキースケベしてしまった謝罪の意を込めて土下座をし続ける。しかしリュカさんが無理矢理立たせられた。そして自分も前に一度コハルの下着を見てしまったからこれで御相子だと言い、私をお風呂場に向かわせた。
いつもは気にしないけど、ラッキースケベした後だという事もあってリュカさんが入った後のお風呂を意識してしまう。案の定、私は意識しすぎてしまい逆上せてしまった。
全身の熱を冷まし終えたのはお風呂に入ってから1時間後くらいで、結構な長風呂だったからリュカさんが先に寝てますようにと淡い期待を込めてドアを開ける。しかし、彼は普通に起きて大福と遊んでいた。お風呂から出た後も私だけギクシャクしてしまい、リュカさんの顔を見れない。
両手で自分の顔を隠しながら部屋の中を歩く。
全然鎮まらない鼓動と熱の冷めない顔を何とか気合で収めようとするが、全く効果はでない。
「おいで、コハル」
「何でそんな平常運転なんですか!?」
「気にしすぎだ。過ぎてしまった事はどうしようもない」
「そ、れは分かってますが」
「ほら、明日も早いし初めての長時間飛行だろう?寝るよ」
「今日は一人で寝てください」
「私は寒がりだ」
「無理なもんは無理ですっ!今日は大福と一緒に寝てください!」
「では、寝る前にコハルの顔を見せて」
「▲※◇~!?」
急に甘くとろけるような声で私の手を力尽くでこじ開けてくる。行動と声色が合っていませんよリュカさん!
当然私は赤面したままなので、その顔を見られてしまった。
泣きそう。
「ふふっ」
「な、何ですかっ」
「いや、愛らしいと思って」
「うわーリュカさんが壊れた!」
「どちらかというと今のコハルの方が普段より崩壊している」
顔が酷すぎるって言いだいんですね、すみません。
どうせリュカさんからしたら珍獣ですよ。
急に美的センスのぶっ壊れたリュカさんに砂糖を吐きそうになるくらい甘い言葉を囁かれ、ベッドへと強制連行された。今日は朝まで眠れないだろう。そう思っていたのに、頭を撫でられると瞼が下がっていき、いつの間にか深い眠りへと落ちていた。
***
朝、目を覚ますと私の目の前には綺麗な寝顔のリュカさんがいた。何故向き合って眠っているんだろう。寝る時はそうじゃなかったはず。考え事をしていると昨日のラッキースケベ事件まで思い出してしまい、私は叫びそうになった。でも大福のお腹に顔を埋めて精神を落ち着かせ、リュカさんの御でこにデコピンを食らわせて無理矢理起こした。
「…」ビシッ!
「っ!良い度胸だ」
「ヒッ」
案の定、朝から頬っぺたをぐいーっと引っ張られ叱られた。
仕度を整え、朝食を済ませて宿屋を出る。
リュカさんがあまりにも普段通りに接してくるので、私のドキドキも徐々に落ち着き、お昼には普通に話せるまでに戻った。大福は私を心配していたようでキュイキュイと鳴いている。
そして、私はやっと彼の違和感の正体を突き止めた。
「分かりましたよ、リュカさんの可笑しなところ」
「おかしい?」
「あ、服装とか寝ぐせじゃなくて、前に違和感があるって言ったやつの事です。覚えてますか?」
「ああ、その事か」
「はい」
「では答えを聞こう」
「徐々にですが髪の毛が伸びていってますよね?」
「正解。結構時間がかかったね」
今の彼の髪の長さは鎖骨よりも長い。私が初めて会った時のリュカさんの髪の長さは確か毛先が肩に当たっていなかったはず。いつも一緒にいるせいで全然気づかなかった。
本来はなんと地面につくほどの髪の長さらしい。今は徐々に草木から生命エネルギーを貰い、それで髪が伸びていっているそうだ。
ルシェール領の険しい山岳地帯に着くと、リュカさんは自分から離れる様にと私に言ってきた。
指示通りかなりの距離をとる。
すると、彼の周りに風が吹き荒れ、私は目を開けていられなくなった。
風が収まったのと同時に目を開けると、そこには白銀色の美しいドラゴンが鎮座していた。
足先はリュカさんの髪色の先と同じ色をしている。つまり綺麗な碧色だ。
白銀色の鱗も陽に当たるとうっすらと碧く輝く。
前に出会った黒くて小さいドラゴンとは比べ物にならないくらい大きく、私はドラゴンの爪くらいしか身長がない。
『怖くはないか?』
「え、リュカさんの声が聞こえる」
『私の鱗で作った耳飾りで会話が出来るようになっている』
「おおー凄いです!」
流石に龍体化したリュカさんは大きすぎて背に乗れないので、私は今彼の手の中にいる。
鱗がスベスベでひんやりして気持ちい。しかし、なかなか飛ばない。
「飛び方忘れたんですか?」
『いや、コハルが脆すぎて握りつぶしてしまいそうで怖い』
「えぇぇ」
龍の国へ行くのは飛んで行くしかない。
でも私が弱すぎるせいで、リュカさんは色々と不安になっているようだ。こんな時、テオがいてくれたらな。元気かな…。
『我を呼んだか?』
「テオ!?」
私の目の前に懐かしいグリフォンが姿を現す。
事情を説明すると待ってましたと言わんばかりんに、背をこちらに向け、私が乗りやすいようにしてくれた。テオに跨りさあ、飛び立とう!としたら、地面からにゃー!にゃー!と聞きなれた鳴き声が耳に届く。
テオに地面へ降りてもらうと、世話師猫の文二が走って此方に来る。
そしてテオと何か喋りぴょんっと私の前に飛び乗って来た。
「一緒にルシェールへ行きたいの?」
「ゴロゴロゴロ」
「は、初めて文二のゴロゴロ聞いた」
「キュー!」
いよいよ天空にあるルシェールへと羽ばたく。
テオは昔ルシェールに行った事があるので行き方を知っている。なのでグリフォンが先行して飛び、後方にドラゴンのリュカさんが飛ぶ。
この並びは最悪の事態を想定してとの事だそうだ。
「最悪の事態って何ですか?」
『コハルが神獣の背から落ちることだ』
「な、なるほど。キャッチ宜しくお願いします」
『いや、落ちないでくれ』
思っていたよりも順調に進み、空に浮かんでいる島のような物が見えてくる。
どんどん近づいていくと、島は一つの大陸並みに大きいという事が分かった。
その空に浮かぶ大きな大陸こそが龍の国ルシェールで、色んな種類のドラゴンが伸び伸びと飛行している。サイズもバラバラだ。
浮かんでいる大陸の上にも小さな島くらいのサイズのお城みたいなものが浮かんでいる。
そして、ルシェールに降りる前にドラゴン化しているリュカさんが大まかな事を説明してくれた。
まず、中心部よりも少し後方にある煌びやかでひと際大きい要塞のようなお城が王宮で、その周りを囲っている複数のサイズも形もバラバラなお城は貴族が住んでいる。王宮よりも後ろは、古くからいる貴族で、前方は新しい貴族だそうだ。そういった貴族だけしか住んでいない所を貴族街と言う。
浮かんでいる島は長年武功を立て続けている貴族や公爵のお城。かなり地位を持った人たちが住む所らしい。
因みに私がこれから数日間お世話になる邸は、王宮の少し外れに浮かんでいる白銀色をしたお城だ。
ん?という事はリュカさんは凄い貴族?という事?
ん?んん?
私は頭の上に大量の?を飛ばしながら考える。テオとドラゴン化したリュカさんは其処に向かって飛んで行く。
かなり敷地が広く、今私達が降り立った場所は庭である。
地面は整えられた芝生で、近くには色とりどりの花壇や花で出来たアーチがある。
空中で龍体化を解いたリュカさんは綺麗に着地し、私をグリフォンの体から降ろす。文二は自分でピョンと降り、いつの間にか私の肩から降りた大福と一緒に大きなお城を見上げる。
「やっとコハルを招待できた」
「何だか凄すぎて全然付いていけません」
今日はひとまずこのお城でゆっくりする事になり、明日は王宮へ行かなければならないらしい。帰ったらすぐ仕事とは、大変ですね。と、他人事のように思っていたら、なんと私もだと言われた。
嫌だ。
貴族の振舞とか全く知らないし、お辞儀もジャパニーズスタイルしか知らない。
若干の酔いを感じながらも、ここまで連れてきてくれたテオに感謝の言葉を伝える。
あぁ、明日が憂鬱で堪らない。
真っ夏のマヨネーズな季節まであと少し




