鬼って怖い
「おはようさん。邪魔してんで」
「邪魔するなら帰れ」
目の前で懐かしいコントが繰り広げられる。
朝、起きるとこちらを向いてニッコリ微笑んでいるツノの生えた美男子が優雅に足を組み椅子に座っていた。その人は新雪のような真っ白い髪をしており、ツノは朱色でユメヒバナさんのように先端が尖っている。しかし根元の方は龍族のツノみたいにゴツゴツしているように見える。瞳の色も朱色なので赤と白でおめでたい配色の人だなと思った。
私はリュカさんの腕の中から抜け出し、身だしなみを整えた。
リュカさんも着替えを済ませ、今の状況にため息をついている。椅子に座っていた人は立ち上がって私の目の前まで来た。彼も身長が高く180cmは優に超えている。
「忍冬が一族、ウメユキ言います。どうぞよろしゅう、コハルはん」
「え、私の名前…」
「あぁ、髪がきんきら金の双子龍覚てはります?楽しそうな会話してはったから締め上げて聞き出しましてん」
「え゛」
私達の目の前にいる人物はリュカさんが所属する部隊の隊長で、龍族と鬼人族のハーフらしい。彼は私が初めてリュカさんと会った時と同じ藍色の軍服を着ている。違う所と言えばこの人は肩に真っ白な着物を羽織っている。それはよく見ると銀色の糸で刺繍が施されていた。そして腰には般若よりも恐ろしい真蛇のお面をぶら下げている。別名本成だ。彼がどんなに動いても肩に羽織っているだけの着物は落ちない。不思議。
「コハルはん、どないやってリュカ君の心の臓射止めはったん?ごっつ気になるわぁ」
「??」
「……リュカ君、もしかしてまだ伝えてへんの?…手伝うたりましょか?」
「余計なお世話だ」
ウメユキさんとリュカさんは同期で仲良し?だから隊長相手でもリュカさんは砕けた言葉遣いをしている。本当は部隊長にリュカさんが任命されたらしいが、自分よりウメユキさんの方が相応しいと思い譲ったそうだ。実際の所はどうか知らない。
「リュカ君聞いてぇな。ほんまは昨日会いに来よ思ててんけど歩いとったらシャレた髪色したお嬢さんに肩当てられてなぁ。なかなか離してもらえへんかってん」
「それは災難だったな」
「えぇーそれだけかいな」
「はっきりと拒否しなかったのか?」
「もちろんしたわ。御付きの者もおったしお忙しいのんと違いますの?て」
「たぶん伝わってないだろうな」
リュカさんに後で教えてもらった事だがウメユキさんの言葉はそのままを聞き取ってはダメらしい。今の『シャレた髪色したお嬢さん』とは『よくそんな髪色で街中歩けるな』という意味になり、『お忙しいのんと違いますの?』は『それ以上此方に近づくな』という意味になるらしい。
隊長さん怖い。
因みにぶつかってきた女性の髪色はピンク色で、その髪色は鬼人族の血が流れている者からしたら発情期中のサンタ猿のお尻に似ていてあまり良い印象を受けないそうだ。サンタ猿とは鬼人族が住む国に多く生息しており冬になると活動が活発になる動物だ。以前ウメユキさんにそう教えてもらった。
今日一日、ウメユキさんも私達と行動を一緒にするそうでずっとニコニコしている。
カーバンクルを間近で見るのが初めてらしく、私の肩に乗っている大福を恐る恐る撫でながら私に話しかけてきた。
「コハルはんはリュカ君の事、どう思てはります?」
「紳士でたまに鬼畜なゴ」
「ちょぉ待ち。それ以上言うたらリュカ君可哀想やわ」
私の口をウメユキさんが手で塞ぎ、その手をリュカさんが叩き落す。
痛いわぁとか言いながらも彼はニコニコしている。ついでに私は頬っぺたをリュカさんに引っ張られた。本気で痛い。
***
大福は今日も部屋にお留守番で、三人で朝食を食べに出掛ける。
美男子二人に挟まれながら歩くのはとても緊張するけど、普段と違うリュカさんが見られるのは楽しい。着いた場所は小洒落たカフェみたいな食堂で、人が少ないせいかリュカさんもウメユキさんもフードを被っていない。
ここの食堂は有難い事にドリンクのお替りが無料だ。でもめっちゃ女性のスタッフが何度も注ぎに来る。そして私を見る度に「ハ?何でコイツが見目麗しい御二方と一緒に座ってんの?」みたいな冷たい視線を向けてくる。私も大福と一緒に留守番すれば良かった。
朝食なので私はフルーツだけと簡単に済ませ、男性陣は朝からしっかりと食べている。
私の隣にリュカさんが座り、目の前にはウメユキさん。
食事をしながら話していると、隊長さんはユメヒバナさんの親戚だという事が分かった。ユメヒバナさんは朱夏の一族らしい。ウメユキさんも龍体になれるので龍族としての名前はあるが、鬼人族の方が絶滅寸前なくらい人が少ないので鬼人族の方の名を普段は名乗っているそうだ。
「あのぅ。お替りお持ちしましたあ」
「いい加減にしろ」
ウメユキさんの後ろに居るはずもない真蛇が見える。怖い。
ここの従業員はリュカさんとウメユキさんがドリンクを一口飲むたびに注ぎに来る。ある意味勇者より凄いかもしれない。先ほど注ぎに来た女性従業員はウメユキさんと喋れたのが嬉しかったのか、喜びながらバックヤードに戻っていった。
「宿屋に帰りたいですリュカさん」
「耐えろ」
「この店、ちょっと口やかましい子が多くて五月蠅いとこやね」
ウメユキさんの言葉の裏に隠されたトゲが酷い。
明日の朝はこの国を出発する。だからこの後は市場に寄って食材を買い足しに行く予定だ。ウメユキさんも付いて来るらしい。
***
買い物中、リュカさんはウメユキさんがいても私と手を繋ぎ、相変わらずの近距離で接してきた。そんな距離の近すぎる私達のやり取りを見て隊長さんは楽しそうに笑い、たまに毒を含んだ発言を落としていく。
言葉の裏を読み取るのに慣れていない私はドギマギしながら買い物を何とか終えた。
「胃がキリキリしてきたました」
「ウメユキ、少しの間黙っていろ」
「そんなん無理やわぁ。リュカ君とコハルはんおもろすぎるんやもん」




