どんな時でも優しさを胸に
魔法のある不思議な世界にいつの間にかトリップしてしまったお話。
私はとある会社の営業マン。ではない。
普通にダイエット食品を扱う会社の事務職員だ。なのに何故か今、私はガチガチに登山装備をキメて名も知らぬ山を登っている。
事の発端は部長の「登山でダイエットってどう?」の一言から始まった。そして色々な会議の結果、私に白羽の矢が立った。内容は自社で開発した登山グッズをフル装備して改善点や良かった事、何キロくらい痩せて、どれくらい筋力が付いたか等を測定するというものだ。
登山初心者の私には荷が重すぎると思う。
登山前にちゃんと登山計画書は届け出ている。
その計画書通りに進んでいるはずなのに、現在私は草木が枯れ岩肌がゴツゴツとしている殺風景な場所を歩いている。
何処か道を間違えてしまったのだろうか。
困った末にポケットから携帯を取り出し会社に電話を掛けるが全く繋がらない。
どうしよう。
重たいリュックを背負い直し勘で歩き始めると、枯れた木に寄りかかっている人が見えた。
休憩しているのかなと思った私は、喜び勇んで駆け足でその場所まで向かう。しかし、私の希望とは裏腹にその人は頭や腕など至る所から血を流し、身体中が土や埃まみれになっていた。
なっななな何事!?
走って駆け寄り息はあるかと呼吸確認の為その人の傍に膝をつく。
ヒューヒューと浅い息を吐いているのでまだ生きている。
良かった、でも呼吸がしづらそう。
服はよく見ると藍色をベースに銀色と黒色の刺繍が施されており、とてもじゃないが登山用の服とは思えない。そんな事よりも人命救助第一と考え、リュックのサイドポケットからスポーツドリンクを取り出した。
「大丈夫ですか?これ、飲めますか?」
ぺちぺちっと頬を叩くと瞼が微かに揺れ、綺麗なガラス玉みたいな紺碧色の瞳と目が合う。真夏の日差しの強い青空色のような深く濃い青色をした瞳で、見ているだけで吸い込まれそうなほどに綺麗だ。
「ッ…に…げ…」
「にげ?苦くないですよ、むしろどっちかっていうと甘いです」
こんなに重症なのに味を気にするくらい元気なのか。
頭大丈夫かな。
私は呑気にペットボトルの蓋を開けスポーツドリンクを飲ませてあげていると、遠くの方から動物の唸る声が聞こえてきた。
熊…?
一応、撃退用の催涙スプレーや遭難した際に使おうと思っていた発煙筒付きロケット花火はある。だけど、重傷者を背負いながらは逃げきれない。
どうするべきかと、できるだけ物音を立てない様にその場でこれからの事を考え込んでいたら、砂埃を上げながら見た事もない動物?いや化け物に近い生物が私達がいる場所へと突進して来ているのが見えた。
「なっなな何あれ!?」
見た目はイノシシに似ているが大きさが2メートル以上もあり、鋭利なツノや鼻先からはにょろにょろとした触覚みたいなものが生えている。
シンプルにきもい。
確実に逃げ切れないと悟った私は、何を血迷ったか立ち向かおうと決意した。
幸いにも何故か重傷者のこのお兄さんは、今のご時世では違法とされている剣を帯刀している。「すこしの間借りますね」と一声かけて鞘から引きずるようにして剣を抜こうとしたが、重すぎて持てなかった。
お、重ッ!
何キロあるのコレ!?
剣が重たすぎて持てなかったので、私はリュックを肩から降ろして発煙筒付きロケット花火とチャッカマンを取り出す。そして木に凭れかかっている兄さんから距離を取った。
私はいざとなったら走って逃げられるけど、どうみてもこのお兄さんは無理だ。先ほどよりも幾分か目に正気が戻ってきている気はするけど、でもまだたぶんまだ立てないと思う。
頭の中で色んな事が駆け巡る。
生きて帰れたら絶対危険手当もらうんだからね!と謎の闘志を燃やして自分を奮い立たせ、向かって来る恐ろしい化け物の側面に走って回り込み発煙筒付きロケット花火を打った。
パシュッ!と音を鳴らし、ロケット花火は見事に化け物の右目に命中する。するとその化け物はグゥォオオオっと耳が痛くなるくらいの雄叫びを上げ、突進を止めた。
やったー!と思うのも束の間、今度は私がいる方向に化け物が狙いを定める。
化け物は闘牛の如く私をマタドールに見立て、威嚇するように後ろ足で地面を蹴り始めた。
こ、これは流石にマズいんじゃ…。
武器も無い私は意味もなく顔の前で腕を交差し、くるであろう衝撃に身を固くする。しかし、いくら待っても衝撃は来なかった。
それでも油断はできないと恐怖と緊張で固まっていると、ザシュッブシャァアアアという音が聞こえ、ドォオン!という音が辺りに木霊する。何かが倒れたような音に疑問を抱いた私は、恐る恐る目を開けた。するとそこには片手で剣を握った男の人が立っていた。
彼は、もしかしなくてもさっきまで重症だった…人…?
後ろ姿なので表情は見えず、お礼の言葉を掛けようと近づいたらふらっと倒れかけた。
えええ!?
何とか地面に倒れる寸前に支える事に間に合ったが、如何せん重い。
私は何とか、リュックと名も知らない彼を肩に担ぎ、そして倒れている化け物から少しでも離れようと必死に一歩二歩と足を前へ前へと踏み出した。
彼が先ほど立っていたので気付いた事だが、この人はモデルさん並みに足が長い。それに身長も高い。きっと190cmはあるんじゃないかな。
160cmあるかないかくらいの私では意識のない男の人、しかも帯刀付きをおんぶするなんて事は到底出来ず、彼の片腕を自分の首に回してずるずると引きずるようにし歩いた。
地面には私の足跡と、引きずられている彼の足で二本線が出来ていた。