彼は人気者?
テッレディスェホンムを出てから数時間が経った。
今は森の中を移動しており、リュカさんが執事のユリウスさんから貰った書類について、当たり障りのない範囲で色んな事を教えてくれた。
一つはフィーさんとユメヒバナさんが護衛任務を依頼された、聖魔法を使う異世界の少女についてだ。そしてもう一つは、その国のボラギンについてだ。リュカさんは何らかの原因で私もその召喚に巻き込まれたのではないかと考えていたらしい。しかし調査の結果、違う事が判明したそうだ。違うんかい。とはツッコまずにいられなかった。じゃあ私はどういった原因でこちらの不思議な世界へ来てしまったんだろう。
話しながらも地面がぬかるんで歩きにくい所や、草が私の背丈まで生えている所などは、リュカさんが私を抱きかかえて進んでくれた。カーバンクルの大福は基本、私の肩に乗っているので逸れる事はない。
ユリウスさんの調べでは、こちらの世界に少女を召喚した際、術式に魔力を注ぎ込んだ数人が犠牲となり亡くなっていると記されてあったそうだ。それくらい異世界から人を召喚するには魔力が必要で、とても大変な事なのだ。ボラギンでは亡くなった方々を英雄として記念碑を建てている。そして今は訪れた観光客や国民が花を手向けているらしい。
それを聞いて、私はそこまでして元の世界へ帰りたいとは思わなかった。今ならボラギンへ寄ろうと思えば寄れる距離らしい。ただ、リュカさんとしては寄りたくないので、私の返答次第で行き先を決めると言われた。
「ボラギンへ行きたいか?」
「いえ…大丈夫です」
私達はボラギンへは向かわず、旅路を進める事になった。
***
龍の国ルシェールは天空にある。
地上にも領土が有り、そこへは人の住む事ができない、岩がむき出しのゴツゴツした山があるだけだそうだ。大抵の龍族はそこで竜の姿になり、天空にあるルシェールへ行く。そして地上に降りて来る時もだいたい、その岩でゴツゴツした山に降り、人の姿になって他国へ観光や仕事に出かける。
私達はそこに向かって旅をしている。
龍体でその領域以外を飛ぶ際は、かなり高い高度で飛ぶらしい。低空で飛ぶと密猟者に狙って下さいと言っているようなものだし、最悪の場合、他国や他領に威嚇行為と見なされ戦争が起こってしまう可能性がある。
なのに今、大きな二匹のドラゴンが私達の頭上を飛んでいる。
先に気付いたのはもちろんリュカさんで、私は周りに大木もないのに急に日影が出来たなぁくらいにしか思わなかった。リュカさんは私を自分のローブの中に隠すが、竜、というか西洋風のドラゴンを間近で見た事のない私は好奇心に負け、顔をひょっこりとローブの中から出した。
「こら、隠れてなさい」
「ドラゴン見たいです」
二匹のドラゴンは小さな水滴のような光球、オーブのようなものを身に纏い姿を消した。残念ながら逆光で鱗の色は確認できなかった。
そして、私達の目の前に顔がそっくりな二人の男性が現れた。二人にはツノが一本しか生えておらず、左右対称になっている。彼らの服装は軍服で、初めて私がリュカさんに会った時の格好に似ている。但し彼らの軍服はリュカさんが着ていたものより少し装飾が少ないように思う。
「探しましたよ、リュシアン先輩」
「疲れた~。やっぱ先輩生きてんじゃん」
丁寧な口調で話し、軍服をきっちり着こなしている美男子は左側にツノが生えており、砕けた態度で服を着崩している美男子の方は右側にツノが生えている。二人とも前髪が長く、ツノとは反対方向に髪を靡かせ、先の毛が少し波打っている。所謂癖毛だ。髪色は目の覚める様な眩しい金色で、瞳の色はエメラルド。どこぞの王子様か、というような風貌である。
「黙って帰れ」
「えぇぇーひっど!可愛い後輩が一生懸命探しにきてあげたのに!」
「遊びにの間違いだろう」
「いえいえ、本当に探しはしていたんですよ。それと、もうご存じだとは思いますが死の森で密漁していた輩は隊長が捕らえました」
「あの術は?」
「対龍族ようにヒト族が開発したものです。術式は抹消し、術が施されていた武具は全て破壊しました。あと、開発した国は我々が所属する隊と十四番隊で殲滅済みです」
「殲滅までしたのか」
「だって龍族に喧嘩ふっかけて来たんだよ?当然じゃん」
「主犯格の王侯貴族以外は全て安全な場所へ避難させてから絶望の淵へ落としました。避難させた者たちは以前より豊かな暮らしが出来る様取り計らっているので逆に感謝されている現状です」
龍族…とっても恐ろしい。
ぎゅっとリュカさんのローブを握りしめると、彼がぽんぽんと頭を撫でた。
物騒な会話が終了し、王子風の見た目がそっくりなお二人が私の事についてリュカさんに尋ねる。が、リュカさんは投げかけられる質問を無視しながら歩く。私は今リュカさんのローブの中にいるので歩きにくい事この上ない。私の全身が彼のローブの中に隠されているので前も見えなくて危ない。
「ねぇーねぇー教えてくれたって良いじゃん!」
「リュシアン先輩が生きているのに国にも戻らず、女性とイチャイチャ旅をしている事は内緒にしますから」
「いちゃいちゃしてない」
「つーかアンタもアンタで歩きにくくない?ソレ」
「歩きにくいです」
リュカさんは私の口に手を当てて話すな、と言ってきたが、あまりにもしつこい二人に折れて結局当たり障りのない程度で話し始めた。
彼らは見た目の通り双子龍で、リュカさんとは歳が離れているが幼馴染だ。リュカさん的には幼馴染というより腐れ縁で、いつもこの二人に幼少期の頃から「ねぇねぇ」と絡まれていたらしい。本当に同時に生まれてきたので、どちらが兄、弟とかはなく同等の存在だそうだ。
双子の龍は龍で、昔からリュカさんの後を追いかけるのが趣味らしい。嫌な趣味だと思う。
なのでリュカさんが卒業したアカデミーに通い、リュカさんが入隊した隊に実力で入ったそうだ。彼が昔一人で世界中を旅していた時も、神出鬼没に現れては邪魔をしたりと、自由に付きまとっていたらしい。
リュカさんには人を惹きつける魅力があるのかもしれない。
「リュシアン先輩、髪短いと雰囲気変わるね」
「どちらもお似合いです」
「ねぇねぇ、そのローブん中隠してる子なに?」
「それは僕も気になります」
牧草地に出た事で、やっとリュカさんのローブの中から解放される。
森を抜け、キリが良いのでお昼休憩を取る事になり、ローブの中から出てきた私を見て双子龍はガラス玉のような綺麗なエメラルド色の瞳を大きくさせた。
「ちっさ」
「小さいですね」
言わずもがな、この人たちも身長が高い。180cmは優に超えていると思う。リュカさんもそうだが、身長が高い人と喋ると首が痛くなる。そして、何度でも言うが、私は160cmあるかないかくらいなので、決してチビではない。
今日のお昼ご飯はかつ丼だ。
一週間以上も滞在したテッレディスェホンムで奇跡的にお米に出会えたので買い占めてきた。買い占めは良くないと思ったが、売れ行きが良くなく商人が困っていたので、事情を聞いてから全てを買った。
この商人さんは、たまたま海を越えテッレディスェホンムにやって来て、自国のお米を広めようとしたらしい。ただ、売り方が宜しくなかったのか在庫を沢山抱えて悩んでいた。
お握りにしてはどうか?と案を出してみたが、ご飯を炊く鍋や他の道具も持って来るのを忘れてしまい手詰まり状態で、このままだと、このお米を捨てるしかないと言うので私は待ったをかけて全て買う事にした。
むしろ、この世界にもお米がある事に感動した私は、値切りもせずに全て下さい!と商人さんに声を掛け、道端に置き去りにしていたリュカさんと合流した後、彼は私のすっからかんになった財布を見て唖然としていた。
当然、商人のおじさんは喜んで全てを私に売ってくれた。それにお礼に梅干しまでくれた。しかし有頂天になっていた私は、おじさんがどこの国からやって来たのか聞くのを忘れており、その後酷く落ち込む事になった。
お米は全てリュカさんのポーチの中に入っている。
だいぶ入れる事に渋っていたが頼み倒した。
休憩場所には綺麗な小川があり、リュカさんに水質を確認してもらう。OKサインが出たので食用に使っても大丈夫みたいだ。
ポーチから必要な物を取り出し、簡易キッチンを組み立てていく。
鍋には水と研いだ米を入れ、ご飯を炊く。薪や火の準備はカーバンクルの大福がやってくれた。因みにチャッカマンは最終的に私の元には戻らず、今もユメヒバナさんが持っている。いつか返してくださいね。
登山用の簡易鍋やフライパンは小さいので、テッレディスェホンムで普通のサイズの物をリュカさんが買ってくれた。そして、私が作る料理を食べてみたいと双子龍が言うので、多めに作る事にした。
まず始めに玉ねぎの皮を剥き、薄切りにする。そしてテッレディスェホンムで買った豚ロースの筋を切り、リュカさんが魔法で創り出してくれた氷の麺棒で叩き、両面に塩こしょうを振る。木皿を三枚用意し、薄力粉、溶き卵、パン粉を入れる。卵を片手で割った時は拍手が起こった。
「なっ何ですか?」
「龍族は全てにおいて強い。だからその技は料理長などの特別な修行を積んだ者にしかできない」
「そうなんですね」
実際にリュカさんに卵を割ってみてもらう。
力加減が難しいのか卵に指をズボッとめり込ませていた。とてもシュールな光景だ。
双子の龍にもやってみますか?と聞いたけど断られた。
卵はちゃんと殻を取って溶き卵にし、氷の綿棒で叩いて柔らかくしたお肉を、薄力粉、溶き卵、パン粉の順で衣を着けていく。フライパンに多めの油を注ぎ、菜箸から気泡が出てきたら、衣をつけたお肉をフライパンの中に入れていく。表面がキツネ色になり火が通るまで5分程揚げ、油を切る。
全ての豚ロースを揚げ終わったら、油を魔法瓶に移し替え、薄切りにした玉葱と貴重な醤油、テッレディスェホンムの宿屋で厨房を借りて作り置きしておいた出汁、水、砂糖、ローリエなど、必要な調味料をフライパンに入れて煮込む。
玉葱がしんなりしてきたらローリエを取り出し、リュカさんに氷の包丁で2cm幅に切ってもらった豚カツと、軽く溶きほぐした卵を入れる。最後に蓋をして火を止め30秒蒸らし、ご飯を深めの木皿によそい、豚カツを盛り付けたら完成だ。
辺りには良い匂いが立ち込めている。だけど龍族が三人もいるので、動物や魔獣が襲って来る心配はない。リュカさん、双子龍、カーバンクルの大福に出来上がったカツ丼を渡すと、私のローブをくいくいと誰かが引っ張った。下を見てみると、いつしかの猫ちゃんがいた。今回は三毛猫だ。
可愛い御手てで私に向かって自分も!と空の木皿を持ち上げてきた。
十分余っているのでよそうと嬉しそうに鳴いた。
「文二、久しぶりだね。元気だった?」
「にゃ!」
「そっかー」
「世話師猫!?あなた言葉が分かるんですか?」
「いや適当ですよ」
「伝説級の世話師猫に適当に相槌打つとかすげぇー。あんた何者?」
双子の龍は珍しそうに世話師猫の文二を見つめ、文二がにゃーにゃー言う度に、二人であーでもないこーでもないと議論を始めた。
そんな二人をおいて、私とリュカさんは地面に座り食べ始める。
誰も箸は使えないと思うので、私も皆に合わせてスプーンだ。
リュカさんは以前、お米を食べた事があるそうで、その時は口に合わなかったそうだ。どうか今回は美味しいと言ってくれますように、と祈りながら彼を見る。
「これはっ!?美味しい」
「やったー!」
「前に食べた時はべちゃべちゃだったりパサパサだったが、この米には甘みと程よい弾力を感じる。それに出汁と卵、肉の旨味が丁度良く合わさっている」
「お米は本来ふっくらしていて、ほのかに甘みもあって美味しい食べ物なんですよ」
世話師猫談義を終えた双子の龍も私達の近くに座り食べ始めた。
「これは…美味しいですね。食が進みます」
「旨っ!なにこれ!?お高い肉でも使ってんの?」
「いいえ、市場に売ってあった半額のお肉ですよ」
「にゃっ!?」
「リュシアン先輩に半額の肉食わすとか…。アンタ凄いね」
「やっぱりダメでしたか?」
「いえ、これほどまで美味しく料理できているので大丈夫でしょう」
「ねぇまだお替りある?」
「キュー!」
リュカさんはしれっと自分だけお替りをしている。ご飯を木皿によそう姿まで絵になるとは。
双子の龍も見よう見真似でお替りをしており、文二や大福には私がついであげた。肉球じゃ難しいもんね。
お腹も膨れて眠気が襲ってくる。
片付けを皆で協力し、少しだけ小休憩をとる事になった。
この世界は森を抜ければ大体が牧草地だ。
私は地面にごろんと横になり、大福と文二が私の真似をする。リュカさんは私の隣に座り、優しい手つきで髪を撫でてくる。彼の私に対する珍獣扱いにも段々慣れてきた。
まどろんでいると、双子龍が私を上から見下ろしてきた。
下を向いても御顔の美しさが損なわれないのが若干腹立たしい。
「自己紹介がまだでしたね」
「そういえばそうでした」
「僕はルクトゥアール・シルヴェスタ・ドヴォルザークと申します。以後お見知りおきを」
「俺はノルトゥワール・シルヴェスタ・ドヴォルザーク。見ての通り俺達は双子。んで、リュシアン先輩の後輩ね」
「私は東郷小春です。小春が名前です」
「コハルにはこの双子の名前の発音は難しいんじゃないか?」
「どぼるざーくさん」
「酷いですね」
「…まあ、旨いご飯食わせてくれたし、媚びて来ないから特別に俺の事ノエルって呼んで良いよ」
「僕の事もルクルで構いません」
「コハル、呼ぶ必要はないよ」
「何でですか?」
「?。こいつらと今後会わず喋らなければ良いだけの事だ」
「先輩心狭ッ!」
「意外と独占欲強いんですね」
ルクルさんとノエルさんも私達の傍に腰を下ろし、楽な姿勢をとった。
彼らはお喋りで、リュカさんがいない間のルシェールについて沢山話してくれた。
ここにいる龍族三人は貴族なので、パーティーや夜会に最低一月に一回は出席しなければならないらしい。主催者にもよるが、色んな名目でパーティーや夜会はよく行われているそうで、つい先日は殲滅完了パーティーなんてものもあったらしい。名目が物騒すぎると思う。
パーティーでは色とりどりのドレスに身を包み、いつもより綺麗に着飾った女性や、身なりをビシッと決めた男性が沢山おり、お互いの恋人を見つけたり情報交換など、様々な想いが張り巡らされた社交の場となっているそうだ。
リュカさんはそいういった社交の場には初めだけ顔を出し、ダンスもせずにさっさと帰るらしい。双子龍のルクルさんとノエルさんは、いつもリュカさんが誰と踊るか掛けをして楽しんでいるという。リュカさんはやっぱりモテるようで、夜会やパーティーに現れると女性陣から熱い眼差しを向けられ、軽い集まりだと黄色い歓声が沸き、すぐ女性に取り囲まれるらしい。
私が想像していたレベルより、遥かに桁違いなモテかたをされている。これじゃ女性が苦手になってもしょうがない。
「ルクルさんやノエルさんもモテそうですね」
「なに~?俺のこと気になっちゃう?」
「くくっ。リュシアン先輩、お顔が怖いですよ」
「えっリュカさんも十分格好良いんで大丈夫ですよ!自信持ってください!」
「万人に受けた所で意味はない。コハ」
「まさか先輩に春到来!?」
「隊長にすぐ報告します」
「止めろ」
リュカさんの言いかけた言葉が気になるが、双子の騒ぎっぷりが凄いので私も万歳三唱をしておいた。
「何その変な踊り」
「踊りじゃないです。ていうか私は踊れません」
「では私が教えてあげよう」
「リュカさんがですか?」
「不満か?」
「いえ、足を踏んでも怒らないでくださいね」
「そんな事では怒らない」
「えーでも昨日、意味不明な事で顔を真っ赤にして怒ってたじゃないですか」
「あ、あれはコハルが悪い」
「何々!?教えて!気になる!」
「僕も気になります。特に先輩が顔を赤らめた件について詳しくお願いします」
リュカさんは久々にあの有無言わせぬ綺麗な笑みを私に向け、圧力をかけてきた。なので、騒ぐ双子龍には申し訳ないが、一切口を割らなかった。私だって自分の命が惜しいんです。




