ケフィアですか?いいえ執事です
憂鬱だった一週間が明け、今から私とリュカさんは買い出しに出かける。
ポーションの効果を感じられたのは二日目からで、それ以降はいつも通りの体調に戻り元気だった。なのにリュカさんからの外出許可はおろか部屋から出る事も禁じられ、する事のなかった私は大福を一週間もふりつづけた。
食事もリュカさんが買ってきた物や、宿屋でテイクアウトした物ばかりでエキセントリックワニ料理まみれ。もう当分ワニ料理は食べたくない。夕飯は消化に良いパンのミルクがゆばかりだったので、それも当分は遠慮したい。
昔、働き始めたばかりの頃に社会の荒波に揉まれ過ぎてイケメンに養われたいだとか、ヒモになりたいだとか思っていた時期があったけど、実際、見目の良い男性にかいがいしく世話をされてみると全然良いものじゃないという事が分かった。リュカさんの私に対する距離感がバグっているせいもあると思うけど。
そんな息苦しい生活とも今日でおさらばだ。
買い出しの内容は次の野営に向けての食材調達と、調理器具の買い足し。あとは目ぼしい調味料があったら、それも買って行こうと思う。
リュカさんに倣って私もローブを羽織り、フードも被る。駄々をこねて認識阻害の魔法を掛けるのを止めてもらったので私が女性だとバレる訳にはいかない。
明るい時間にこの国を歩いた事のない私は、リュカさんに手を引かれながら歩く。
初日に着いた時は日が暮れていたし、その後は一週間の引きこもり生活。なので、初めて太陽に照らされた街並みを見た。
地面は石畳で出来ており家屋はほとんどがレンガで出来ている。ベランダには可愛らしい花や植物が植えられており、御伽噺の世界の中にいるみたいだ。
この国は織物が盛んなので、至る所に布を扱うお店がある。
店先には流行と思われる服がディスプレイされてあったり、見ているだけで楽しい。昼食や早めの夕食を外で済ませ、お留守番している大福にお土産を買って宿に戻ると執事服を着た知らない美形のお兄さんがいた。
彼は頭にツノが二本生えており、片方のツノには装飾が施されている。
髪色は淡緑で、黄みがかった薄い緑色。瞳の色はマリーゴールドのように鮮やかなオレンジ色をしている。
リュカさんは別段驚くこともなく私達が借りている部屋の中に入り、未だに手を握られている私も必然的に部屋の中へ入った。
戸は勝手に閉まったのでびっくりした。
「早かったな」
「ええ、若様からの速達シャボンでしたので。ご無事で何よりです。直に隊の者が現れると思います」
「そうか、報告ご苦労。下がって良い」
執事服姿のお兄さんから書類を受け取り、リュカさんはカーバンクルの大福を探す。
「こちらの可愛らしい女性を私には御紹介して下さらないんですか?」
「シャボンには内容を記しておいただろう」
「!?私に教えたくないほど若様が女性を寵愛する日がくるとは…このユリウス、感動でこの場を離れるのが惜しくなって参りました」
リュカさんの砕けた態度を見るからに、きっとこの執事っぽい人とは仲が良いんだろう。
二人のやり取りを黙ってみていると、執事服姿の美形お兄さんが地面に膝をついて私の身長に目線を合わせ、跪く。そして私の両手を恭しく手で包み込んだ。
「デルヴァンクール家の執事頭を務めさせて頂いております、ユリウス・フルーレ・ヴェルツェランと申します。どうぞよろしくお願い致します。私の事はユリウスとお呼びください」
「わ、私は東郷小春と申します。小春が名前です。よろしくお願いします」
「美しい響きの名前ですね、コハル様。若様の事を宜しくお願い致します。邸は今あなた様を迎える為の歓迎で賑わっております。若様宛に来る縁談を千切っては投げ千切っては投げと今まで大変苦労してきましたが、あなた様のような可憐で愛らしい華のような少女が若様の」
「それ以上喋るなユリウス。コハルもコハルで知らない男に簡単に手を握られてはダメではないか」
「えぇぇ、理不尽」
私の声を聞いた大福がベッドの下から現れ、そのままぴょんっとジャンプして私の肩に乗った。
知らない人がいて怖かったのかな。
執事服を着た美形お兄さんのユリウスさんは、リュカさんに無理矢理帰された。そして静寂が訪れる。
私はとりあえずテイクアウトしたご飯を大福にあげ、リュカさんはまた後で彼の事を説明すると言い残しシャワールームに行ってしまった。
入れ替わりで私もシャワーを浴び寝支度を整えていると、ベッドにはご飯を食べて眠気に負けた大福がすぴすぴと鼻をならして眠っていた。それをリュカさんが優しい手つきで撫でながらユリウスさんについて語る。
私は椅子に座りリュカさんの話に耳を傾けた。
彼はデルヴァンクール家に代々仕える執事で、幼少期の頃からリュカさんの面倒を見ている優秀な執事だそうだ。今はリュカさんが当主なのでユリウスさんが執事頭になっているが、先代、つまりリュカさんの両親が当主の頃には別の執事が執事頭をしており、ユリウスさんは執事頭代理としてデルヴァンクール家に携わる数々の仕事を任され完璧にこなしていたらしい。
何それ超凄いデキル人じゃないですか。職場でコピー機のインクを全色カーペットの床にぶちまけた私とは大違いだ。お陰で我が社の床はカラフルです。特にマゼンタが良い味だしてます。
そのユリウスさんとは私達が最初に着いた村で既にやり取りを始めており、シャボンという伝達魔法でお互いの近況を報告しあっていたらしい。
この伝達魔法というのは見た目が普通にシャボン玉のようで、書を残したくない時に使う魔法だそうだ。魔力で文字を紡ぎ、それを魔力で強化したシャボン玉に入れ送りたいところへ飛ばす。
シャボン玉を割るには合言葉が必要で合っていたらシャボン玉が割れ、シャボン玉の中に入っていた文字が空中に浮かび上がる。しかし数秒で消えてしまうので早く読まなくてはならないらしい。
その伝達魔法のおかげでユリウスさんは私の事や、私達のいるおおよその場所を把握していたそうだ。
この魔法はデルヴァンクール家独自のもので忠誠を誓った配下とその家の当主になる者にしか引き継がれない特別なもので、ユリウスさんの片方のツノに施されていた装飾は、ただの煌びやかな装飾ではなく自分が何処の家に従事しているかを表す大事な物らしい。
情報が多すぎてパンクしそうだ。
私としては初めて龍のツノが見れた事に驚きと、喜びが隠せないでいる。
「ユメヒバナさんのツノとは全然違いましたね」
「鬼人族のツノは先端が尖って鋭利だからな。触った事はないが、陶器のように滑らかな肌触りらしい」
「龍のツノはどんな感じなんですか?」
「自分のしか触った事はないが、岩みたいにゴツゴツしているよ」
「触らせてください」
「…ダメだ」
龍の鱗はお願いしたらたま~に目元に出現させてくれるのにツノに関してはやたらガードが堅い。やっぱり鱗を出してもらった時にスベスベー!とか言って触り過ぎたのが原因なのかな。
リュカさんは話は終わり!っと無理矢理切り上げて私の脇の下に手を入れてきた。自分の足がふわっと地面から浮きベッドに降ろされ、当たり前のように後ろから抱きしめられる。
ツノは触っちゃダメなのに、こういう事はしてくるんですね。
リュカさんが分からない。
今日、十分に買い足しをしたので、また明日から旅が始まる。
次もヒト族の国で此処よりは規模が小さいらしい。距離にして徒歩二日。
今回は日程の合う馬車がなかったので歩きだ。
野営時はベッドで眠れないのが残念だけど食事面に関しては自分の舌に慣れた美味しいご飯が食べられるので嬉しい。
「リュカさん、何か硬い物当たってます」
「え?」
「あ、自分の服の金具でした、すみません」
「それは許されない間違いだ」
「そんな怒らなくても…そもそも別々に眠れば良いんじゃないですか?」
「龍族の私は寒がりなんだ、コハルを抱きしめて寝ないと質の良い眠りができない」
リュカさんは優しそうに見えて結構自分の意見をゴリ押ししてくる所がある。




