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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第一章 いざ行かん、龍の国
16/125

私の国では常識です



 日が沈む前にはテッレディスェホンムに着き、無事に門をくぐった。

 この国で御者さんやフィーさん、ユメヒバナさんとはお別れだ。ここに着くまでの道中には色んな事があったなと一人感傷に浸る。




 そういえば、この国に入る少し前にすぅーっと世話師猫の文二が姿を消し始めた。



「しばしの別れ。ゆるりと過ごせ」


 

その言葉を残し、文二は姿を完全に消した。

しばしの別れ、という事はまた会えるのだろう。

そして、私が甘い物を食べたいと呟いた事からユメヒバナさんの悲劇は始まる。

 幌馬車内では甘味の話になり、たまたま幌馬車が走る道中に果実がなっている木をフィーさんが発見し、紆余曲折あって果実はユメヒバナさんが取る事となった。

 鬼人族や龍族は人体を部分的に変化させる事ができるらしい。その力で無理矢理木から果実をもぎ取ったユメヒバナさんはバランスを崩し幌馬車から落ちそうになった。



「うおおおお落ちる落ちるっ」

「早く鬼神化を解け!」

「うわっ!今の俺に触んなよフィー!!バランスとんのすげぇ難いんだからな!」



 ユメヒバナさんは今まさに幌馬車から落ちそうになっている。

 右腕だけを鬼の様な腕に変化させたので、腕の重みで重心が外に傾いている。鬼人族は自分たちが鬼化する事を鬼神化と呼ぶそうだ。鬼に変化した姿は巨大で、力も能力も全てが飛躍的に向上する事から神に近い存在になった、と祖先が勘違いした事により、そう呼んでいるらしい。

 

 ユメヒバナさんの鬼神化した腕は通常の腕の約3倍くらいあり、全体的に赤く指先に向かって黒い文様が流れる様に施してある。

 本当に鬼なんですねユメヒバナさん。



 彼が三回目の「押すなよ」を言ったので私はリュカさんの目を見る。するとこくん、と頷いたのでユメヒバナさんの背中を押した。

 軽くちょん、と触れただけなのに彼は幌馬車から見事に落ち、泥だらけになって帰ってきた。



「てんめぇコハル!!押すなっつっただろうが!!」

「三回目の否定は肯定です」

「どこの常識だよ!?」



 ユメヒバナさんは幌馬車から落ちてもちゃんと果実は手放さなかったようで、鬼神化した手にしっかりと持っていた。彼が落ちた瞬間、御者は幌馬車を止めようとしたがリュカさんが進行を促した。やっぱりリュカさんは龍なのに鬼だと思う。

 

 果実はフィーさんが水魔法で汚れを取り、ナイフで食べやすいように切って私に渡してくれた。

 見た目は桃で、味は梨のようだった。

 

 

 

------------




「本当に良いんですか?」

「ええ、私は特に何もしてませんでしたし」



 テッレディスェホンムに入り、幌馬車から降りる。

 仕留めたハードボイルドベアーは用心棒の二人と御者さんで分けてくださいと伝えた。リュカさんはギルドに換金しに行くのが面倒だからという理由で譲り、私は本当に何もしていないのでハードボイルドベアーの素材を貰わなかった。

 


「短い間でしたけど、お世話になりました」

「こちらこそ、美味しい食事をありがとう」

「またすぐ出会いそうだけどな」




 ユメヒバナさんは一緒の宿屋に泊まる気満々だったみたいだが、結局は別々の宿屋に泊まり会う事はなかった。

 

 今回私達が泊まる宿屋は三階建てでレンガで出来ている可愛らしい建物だ。この宿屋も一階が食堂で、泊まる部屋は三階の角部屋。

 中にはベッドが二台と簡易シャワー、水洗トイレ、机が一脚に椅子が二脚。


 王都に近いので中くらいのレベルの宿屋でも、ある程度必要な物は一式揃っていた。王都は国の中腹にあり貴族しか入れないお店や観光名所があるらしい。だけどリュカさんは寄るつもりがないみたいだ。

 急いで旅をしている訳ではないが、面倒ごとは極力控えたいので、さっさと次の国へ進むべく明日は食料の買い足しに出かける事になった。



「リュカさんしれっと同室取りましたけど、もしかして私は今、男になってるんですか?」

「察しが良いな。そうだ」

「どうして別々の部屋を取らないんです?」

「また攫われたいのか?」

「いや、…そういう訳じゃないんですけど…」

「では問題はないだろう…コハルは私の目の届く範囲に居れば良い」



 若干の珍獣扱いを受けながらも、無理矢理納得した。

 肩に乗っている大福を自分のベッドに降ろし、私達は一階で食事を取る事にした。


 テイクアウトしたエキセントリックワニを大福にあげ、リュカさんには先にシャワーを浴びてもらう。


 エキセントリックワニとは鶏肉のササミのような食感と味で、食べやすかったけど生態を聞いた時はそのエキセントリックさに驚いた。

 夕食時はいつも通りリュカさんがメニューを見て適当に注文する。運ばれてきた料理は鳥のササミ肉のようなサラダと焼き魚。

 焼き魚は白身魚で、私には味付けがしょっぱすぎた。なので一口食べてすぐに遠慮した。ササミ肉のサラダは比較的食べやすく何とか頑張って半分ほど食べた。


 本当は三口目あたりでドレッシングの濃さにギブアップしそうになったが、リュカさんがどんどん私の口にお肉やサラダを入れてくるので食べるしかなかった。私に餌付けするのが楽しいのか、終始にこやかで、それが逆に怖かった。


 時間が遅い事もあってか食堂には私達しかおらず、頼んだメニューについてリュカさんに聞いてみた。ササミ肉だと思っていたのは、まさかのワニ。しかもエキセントリック。

 生息する地域によって特徴が異なり私達が食べたエキセントリックワニは推理が好きで得意らしい。実際に事件を解決する事もあり、敬意を込めてこの国の人達はエキセントリックワニを食べるんだそうだ。

 


「生かすことはしないんですね」

「言われてみればそうだな」

「他の地域ではどうなんですか?」

「魔族の住む国ではステルス戦闘機に乗って暴れている。害獣駆除依頼がたまにルシェールにも届くよ」

「ワニが操縦してるんですか!?」

「当然だろう」

「エキセントリックの域超えてません!?」



 他にも歌ったり踊ったり下着泥棒したりと、地域によって様々な生態を送るエキセントリックワニ。動いている姿を見た事がないので本当に私の思ってるワニと見た目が一緒なのかが気になる所だ。

  





 エキセントリックワニを食べ終わった大福とベッドでゴロゴロする。

 旅の疲れか、うとうとしていると、お風呂から上がってきたリュカさんが私を起こした。久しぶりにローブを外した軽装姿のリュカさんを見た気がする。

 やっぱり綺麗だなぁ。でも何かがおかしい。

 

 鼻は高いし、キリっとした眉は男らしい。睫毛は長くて羨ましい。相変わらずキラキラ光るガラス玉のような瞳は美しく、見ていて飽きない。




「そんなに私の顔を眺めて楽しいか?」

「うーん、たのしい、ですよ」

「こら、寝るな。シャワーを浴びて疲れを落として来ると良い」

「…あびたい、シャワーを浴びたいのは山々なんですけど、体が動きません」

「眠気を覚ましてやろうか?」

「それは…結構です」

「つれないな」





 気合で起き上がりシャワルームに向かう。

 全身を隈なく洗い、やって来た大福もついでに洗う。


 髪を乾かして身支度を整えた後、大福をタオルで包みリュカさんにお願いして大福を魔法で乾かしてもらった。眠たさも限界に達したので自分のベッドで寝ようとしたら、リュカさんに腕を捕まえられた。




「何ですか?私はもう眠いんで遊ぶなら明日にしましょう」

「コハルは私を何だと思っているんだ」

「龍だけど、たまに鬼になるゴリラ」

「…」

「痛ッいだだだ!無言で私の腕を潰そうとしないでください!」

「失礼にも程がある」

「すいません寝ぼけてました」

「それで私が許すとでも?」



 ぷんすこ怒るリュカさん。

 お風呂上りなのに彼の体は冷たく、ひんやりとしていた。私の火照った体を冷ますのには丁度良いが、如何せん距離が近すぎる。

 せっかく二台あるベットは一台しか使わず、今日もリュカさんに後ろから抱きしめられながらベッドの上で横になる。




「リュカさんもしかして一人で眠れないんですか?」

「そんな訳ないだろう」

「じゃあ離してください」

「…………嫌だ」

「何ですか今の長い間は」

「…葛藤だ、気にしないでくれ」

「気にしますよ、お陰で私はいつも寝入るまで不整脈はんぱないんですからね」

()を…意識しているのか?」

「むしろこの距離で他人を意識しない人の方がおかしいです」

「…他人」




 若干テンションの落ちたリュカさんは私の肩に顔を埋めて、ため息をついた。そんな場所で息を吐かないで欲しいです。破廉恥です。

 抜け出して見ようとしたが、ぎゅっと力を入れられ、仕方なく背中にリュカさんを感じながら目を瞑る。

 大福は私の頭上で丸まるようにして既に眠っていた。

 

 シャワーも浴びて後は眠るだけなのに、いつもとは違う怠さを感じつつ、後ろから聞こえてくる寝息にドキドキしながら夜は更けていった。







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