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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第一章 いざ行かん、龍の国
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再開と戦闘



 幌馬車に乗り進むこと3時間弱、森の中をガタガタと馬が走る。

 用心棒として雇われていた男女二人がリュカさんと知り合いだった為、走り出した時とは違い荷台の中は会話が絶えない。



「リュシアン様ツノ出さないんスか?昔は出してたのに」

「昔は昔、今は今だ。それに服を着るのにも面倒だ」



 ツノが生えているリュカさんってどんな感じなんだろう、全く想像がつかない。

 

 魔力循環が上手くいったからといってお尻の痛みが無くなる訳ではなく、時間が経てば初めの頃のように激しい痛みが襲ってくる。幌馬車がこんなにもお尻上級者向けの乗り物だとは思わなかった。

 私だけ会話に参加せずに不定期にお尻へやってくる痛みに耐えていたら、また幌馬車が止まった。

 今度は一体何ですか。


 荷台に乗っている4人で視線を彷徨わせると、一匹の黒い猫が現れた。

 その子は顔の中心と足先、お腹だけが白い毛で覆われており背中には木で出来た大きなスプーンを背負っている。足にはブーツを履いており、肩には茶色い鞄を斜めに下げている。

 とてとてと可愛らしい足音を立てて、私が乗る荷台へと上がって来た。手にはリュカさんが野営の時に作った木皿を持っている。その中には暴れ鳥シチューなる物が入っていた。


 ズイッと、その暴れ鳥シチュー入りの木皿を世話師猫が私に差し出す。

 


「食べて欲しいの?」

「にゃっ!」

「そいつってもしかして世話師猫か!?」

「初めて拝見する」



 私は世話師猫から木皿を受け取り、リュカさんの許可を得てから食べた。

 んー…コクが無い。

 私の表情を見てから猫ちゃんがにゃーにゃーと必死に喋る。何と言っているのか分からないので私は苦笑して返す事しかできない。一応自分で分かる範囲で良くなかった点を伝えてみると、満足そうに鳴いた。



「この子、前に出会った猫ちゃんですね」

「色と模様が違うように思うが?」

「確かにそうですけど、前回と顔の形や瞳の色が一緒ですよ」

「…?分からん。よく覚えていたな」

「ふっふー♪褒めて下さっても構いませんよ」



 リュカさんが優しく私の頭をよしよし、と撫でる。実際にやられるとは思っていなかったので結構恥ずかしい。


 前回私達の前に現れた世話師猫は茶トラだったが、今回は何故か白い靴下を履いたような黒猫。でも瞳は濃いブルーで愛らしいお顔が前回と一緒だったから私は気づけた。

 

 世話師猫の存在に驚いているフィーさんとユメヒバナさんに事情を説明し、御者さんに幌馬車を進めてもらう。

 世話師猫は私達に付いて来るみたいで、カーバンクルの大福とお喋りをしながら今は私の横に座っている。



「にゃー」

「キュッキュー」

「にゃにゃ!」

「キュー」

「にゃーん」 



 何の会話してるんだろう。気になるな。


 今日の野営地まで、あと3時間で着く。

 フィーさんの瞳はその人がそれまでに会った事のある精霊を見る事ができるらしく、私の手を見た瞬間もの凄く驚いたらしい。私は両手に若草色をした精霊から祝福を受けている。しかし、その他の精霊からも沢山の感謝の情が見て取れるらしい。一体何をしたらこんなにも沢山の精霊から感謝されるのか、と聞かれたので大分濁してリュカさんが事情を説明してくれた。


 リュカさんは本当に誰にも【古の御業(いにしえのみわざ)】について話すつもりはないらしい。


 人の前に滅多に姿を現さないカーバンクルや存在が古書にも載っていない伝説級の世話師猫。そんな不思議な生き物と仲の良い私に興味を持ったユメヒバナさんとフィーさんが、矢継ぎ早に質問をしてくる。リュカさんも異世界人の私の生態については詳しく理解していないので、たまに驚いている。



「コハルはストレスで死ぬのか?」

「強いストレスを抱えると、そうなる可能性がありますね」

「そんなもん聖魔法か光魔法掛けてもらえば良いじゃねぇか」

「んーと、私がいた所ではそういったのが無かったので…。」

「では森林浴に出掛けたり、好きな事をするのはどうだろう」

「そもそも好きな事をする時間がありません。仕事から帰ったら寝る。起きたら出勤して仕事。休みは返上で会社の為に尽くす。というのが当たり前のような所でしたので」

「なんだその暗黒時代のような場所は」



 この世界には何百年も前に暗黒時代という時期があり、それはもう酷い時代だったそうだ。人間はショックを受けると死ぬ、という話をリュカさんには前にしているので、フィーさんが暗黒時代の話をしようとしたらそっと私の耳を塞いだ。もちろんフィーさんは小首をかしげる。なのでリュカさんが説明をしてくれた。



「ヒト族ってそんな弱い種族だったか?」

「コハルは確か、自分の事をにんげんと言っていた」

「ふーん、じゃあ新種?」

「まあ、ヒト族よりも儚く脆い存在という事だ」



 今なら探索者に新たに発見された動物の気持ちがよく分かる。

 私を置いて三人がどんどん話を進める。フィーさんとユメヒバナさんには私が異世界人だという事は未だに伏せているので仕方ないが、珍種扱いは止めて欲しい。 

 

 今ではどやって私を長い年月生きさせるか、という議題で三人が真剣に議論している。

  

 リュカさんには秘策があるようで、龍の国ルシェールに着けば解決すると言っていた。変な秘薬とか飲まされるのかな。それはちょっと嫌だな。

 世話師猫と大福の頭を撫でていると世話師猫が毛を逆立てて唸り始めた。

 

 ユメヒバナさんとフィーさんは走行中の幌馬車の幌の部分へと移動し、武器を構える。リュカさんは呑気に足を組んだままだ。

 私は何が起こるのか分からず、ぎゅっと大福を抱きかかえた。

 


 幌馬車が進むにつれて辺りに霧が出始め、進行方向を見失ってしまった二頭の馬がおろおろとその場で足踏みをする。御者は用心棒の二人に声を掛け辺りの霧を一掃させた。


 すると私達の目の前に3メートルを越える超巨大熊が現れた。


 その熊は切り株に座り、口に二本葉巻を咥えている。目にはまるでサングラスを掛けているかのような模様がある。




「よっしゃー!ハードボイルドベアーだぜ!」

「落ち着けユメ」

「だって久々に上質な肉が食えるんだぜ?落ち着いてなんかいられっかよ」



 ユメヒバナさんは意気揚々とあの超巨体熊に挑んでいった。熊は重い腰を上げガトリング銃をこちらに向けて構える。



「なっななな何で熊が文明の機器みたいなもの所持してるんですか!?」

「コハルの着眼点は凄いな、私は今まで何も不思議に思わなかったよ」

「リュカさん悠長に足組んで寛いでる場合じゃないですよ!逃げましょう!」

「この幌馬車は用心棒を雇っているんだ、ハードボイルドベアーくらい簡単に倒してもらわねば私が御者に払った金額が割に合わない」

「リュカさんって急にケチくさくなりますよね」



 私がリュカさんのローブを引っ張ると、やれやれといった表情で幌馬車から降りてくれた。これじゃ本物のお爺ちゃんじゃないですか。こんな面倒くさい美形の介護なんて嫌ですよ。

 

 ハードボイルドベアーはワイルドベアーの上位種で、突然変異で進化するらしい。お肉は上質だし皮や爪など余すことなく使えるそうだ。

 そんな事今のこの危機的な状況で説明されても嬉しくない。 

 

 フィーさんが祝詞を上げ、幌馬車全体を黄色い膜で覆った。そのお陰でハードボイルドベアが撃ってくるガトリング銃は全て弾き返されている。リュカさんの言う通り幌馬車に乗っておけば良かったと後悔した。

 でも、後悔したって後の祭りなので私は必死に足を動かして銃撃から逃げる。

 私に当たりそうになった銃は一緒に逃げ出した世話師猫が木で出来た大きなスプーンで弾き返してくれている。頼もしいよ猫ちゃん!カーバンクルの大福も私の肩から大きく口を開けて、ビリビリと静電気をたてたサンダーボールという技を噴いている。頬をかすめそうでちょっと怖い。でもありがとう大福!

  

 可愛い二匹の小動物に感謝しているとリュカさんが私の背後に回り、私の腰に軽く手を添えて大木にジャンプした。世話師猫も私のローブに爪を立てて一緒に大木の枝の部分に着地する。 



「急にどうしたんですか?」

「他の物が来る」



 リュカさんが向ける視線の方に目を向けると、薄汚れた灰色のような色をした小人が大群で押し寄せて来るのが見えた。手には石で出来たハンマーを持っており、ざっと見ても100体はいる。

 その(おぞ)ましい光景に足がすくみそうになった。


 あれはゴブリンと言って低級の魔物。敵が一体であればⅮランクの者でも倒せるらしい。

 だが侮ることなかれ、しぶとく狡賢いので大群でくるとAランクの者でも死する時があるそうだ。駆け出しの冒険者がゴブリン相手だと嘗めてかかり、帰らぬ人になる事はよくあるらしい。

 ゴブリンの攻撃は単純だが、罠を仕掛けたり相手が女であればヤって子を孕ませてから、なぶり殺しにする、とリュカさんが淡々と説明してくれた。

 

 そして、今起きているのはゴブリンスタンピード。ゴブリンが大群で押し寄せてくる事をそう言うらしい。

 

 早くフィーさんやユメヒバナさんに、この事態を伝えないといけないのに初めて目にする光景と恐怖で私の頭はの中は真っ白だった。

 大福や世話師猫はヤル気満々で息を荒げている。



「コハル、此処でじっとしていて。すぐに終わらせて来る」

「りゅ、リュカさん行っちゃうんですか?死なないですよね?」

「ふふっコハルはいつでも私の身を案じてくれるな」

「今は笑ってる場合じゃないですよ」

「それもそうだね、私は死なない。それよりもコハルがショックで死んでしまわないかが心配だ」

「リュカさんが無事に帰って来てくれるなら大丈夫です」

「そうか、ではすぐに帰ってくる」




 チュっと私の御でこにリュカさんがリップ音を立てて口付けを落とした。

 

 恐怖のドキドキが違うドキドキに変わる。

 そして、目の前にいたリュカさんはいつの間にか消えていた。





――――――― 





 ハードボイルドベアーとの交戦はまだ続いている。

 ユメヒバナさんの双剣から炎が放たれたり、フィーさんの放った弓矢から植物の蔦が生え、ハードボイルドベアーの動きを止める。でも相手の力が上だったようで、己の体に巻き付いてくる蔦をブチブチとちぎりハードボイルドベアーは二人めがけてガトリング銃をぶっ放す。



 少しだけ落ち着きを取り戻した私は、この異様な光景に怪獣映画でも見ているかのような錯覚を起こした。 



 私は戦闘能力が皆無なので、今にも飛び出さんとする世話師猫をぎゅっと抱き締め、できるだけ身を潜める。大福は私の肩を右に行ったり、左に行ったりとそわそわしている。

 


 しばらくすると、ズゥーンッと大きな音を立ててハードボイルドベアーが倒れた。



 フィーさんは私が大木の枝に避難している事を知っていたみたいで、こちらに合図を送ってくれた。私が一人では降りられないと察知してくれたユメヒバナさんが迎えに来てくれたが、リュカさんを此処で待つ約束をしたので、私は彼の手を取らなかった。なので当然不思議がられた。




「あれ?師匠は?」

「ゴブリンスタンピードを倒しに行きました」

「一人で!?」

「はい」

「マジかよすっげー!流石師匠!!俺も行って」

「ただいま」



 ユメヒバナさんの言葉を遮り、いつもの綺麗な笑みをたたえリュカさんが音も無く帰ってきた。

 ローブには敵の返り血がいくつも付着しており、激しい戦闘が行われた事を物語っていた。何故か興奮冷めやらないユメヒバナさんは、リュカさんが倒したゴブリン達を見に行った。

 


 私とリュカさんは無事に幌馬車の中に戻り、椅子に座る。

 フィーさんはハードボイルドベアーの皮を剥いだり、素材別に切り落としている。あまりにもグロかったので私はさっと目を背けた。慣れなくちゃいけないとは分かっているんだけど、もうちょっと時間が欲しい。

 

 今は幌馬車の中に私とリュカさんだけだ。

 御者は未だに馬を落ち着かさせている。世話師猫はフィーさんの御手伝いをしに行き、大福は馬とじゃれようとしている。




 

 リュカさんが無事に帰ってきてくれて本当に良かった。

 もし、帰ってこなかったら…と思うと震えが止まらない。無事に終わったのに考えなくても良い最悪の結果が頭の中を過ってしまい、身体の中がモヤモヤでいっぱいになる。

 怖い、恐い、嫌だ。

 目をぎゅっと瞑って、自身の体を抱きしめた。



 すると、ぽひゅん、ぽひゅんと、私の頭上から音が鳴り始めた。

 


 目を開けると、私の周りには沢山の色とりどりの花弁や花冠(かかん)が落ちていた。それは止まることなく私の頭上から間抜けな音と共に溢れ出る。

  


「なっ何ですかこれっ」

「魔力暴走だな」

「暴走!?」

「まあ落ち着けコハル。魔力が枯渇すると危険だ」

「お、落ち着いてなんかいられませんよ!どうやったら止まるんですか!?」

「精神を安定させるしかない。何か不安な事でもあったか?」

「むしろ逆にないと思います!?」

「……腹が減ったのか?今は木の実しか手持ちがないが…」

「私そこまで食意地はってません!呑気か!」



 ぎゃんぎゃん騒ぐ私達をフィーさんが見て驚く。

 魔力暴走は本当に危険なので、フィーさんが私の両手を握って落ち着かせてくれた。魔力暴走とは魔力のある生き物全てが陥る危険性のあるもので、極度の不安や何かに絶望した時に起こりやすいそうだ。幼少期に(みな)、一度はなるものなので対処法さえ知っていれば魔力の枯渇を防ぐことが出来る。


 ただし、私みたいに花弁や花冠(かかん)をまき散らす者は珍しく、ほとんどがその人の得意とする魔法の暴走らしい。



「私は幼少期に癇癪を起して国半分を凍らせたな、懐かしい」

「流石龍族ですね、(われ)の場合は里の大木の根が動き出し、兄様(あにさま)をタコ殴りにしたそうだ」

「フィーさん結構ワイルドなんですね」

「魔力暴走とはこういうものだ。内に眠る闘争心の現れともいう」

「コハルの場合は若草色の精霊からの祝福と、元々持っている土の性質が合わさって花が咲いたのだろう。争いごとを好まぬ証拠だ。長い時を生きているが、こんなに平和で可愛らしい魔力暴走は初めて見る」




 二人と話す事で私の不安や恐怖は徐々に収まり、頭上から花も落ちなくなってきた。リュカさんはそれらを拾い集めて花冠(はなかんむり)を作り始めている。そして完成したものを私の頭上に乗せてきた。きっと私よりもフィーさんやリュカさんの方が似合うと思う。

 

 先ほどしれっと彼が発した『土の性質』とは、私の適正魔法を指し示すもので、自分が土属性であるという事が分かった。ちょっと地味。

 せっかくファンタジーな世界にいるんだから、もっとカッコイイ属性が良かったな。





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