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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第四章 戻ってきました、龍の国
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それぞれの一日を終えて



 前職を活かし、午後は特務部隊室で書類整理をしている。

 ウメユキさんはこういった作業が苦手な用で、『一人空きあるし、コハルはん特務部隊に入隊せえへん?』とニッコニコな笑顔で勧誘してきた。


 私が今やっているのは、期限付きの依頼書とそうでない依頼書の仕分けで、指名されている物があればその人のボックスに入れている。皆、振り分けられた任務は終わらせているけど、報告書の方が溜まっている。チラっと見えたルクルさんとノエルさんの報告書には、『勝った』、『やった』、『終わった』等と、具体性に欠ける物ばかりで、ウメユキさんから突き返された痕跡(あと)があった。



 体が入れ替わっても生理現象はある訳で、私はその事をすっかり忘れていた。

 男の人ってトイレはどうやるんだろう。

 こんな事を特務部隊の人達に聞けるはずもなく、肩で寛いでいる大福に聞いてみた。



「大福って雄だよね?」

「(うん)」

「トイレってどうやるの?」

「(かっこいい木にやるよ。シャーって)」



 どうやら聞く相手を間違えたようだ。

 という訳で、リュカさんの親友であるウメユキさんに相談してみよう。



「ウメユキさん」


「ん?なに?分からへんようなもんでもあった?」


「いえ、そうではなくてですね。男性ってどうやって用を足してるんですか?」


「…は?」


「あ、いやいやセクハラしたいとかじゃなくてですね!」


「そらそういう心配はしてへんよ。そうやなくて。ウチが言いたいんは、あ~、ん~、あー、まぁ、えーっと、つまり、リュカ君にそういうの、教わってこうへんかったん?」


「はい」


「あちゃ~」



 ウメユキさんが急いでリュカさんに連絡を取る。

 その方法は机に焼き付いている魔法陣からだ。そこにウメユキさんが魔力を流すとミニドラゴンが現れ、『御掛ニナッタオ相手ハ、現在出ル事ガデキマセン』と言って消えた。



「んー。緊急事態やし、まぁええか」


 

 今度は誰に連絡を取るんだろう。

 ウメユキさんは印を結んでから再度同じように手を翳す。すると二頭身にデフォルメされた小さなユリウスさんが現れた。おお。凄い。


 事情をウメユキさんが説明し、ユリウスさんが『それは緊急事態ですね』と返す。そして『番の嫉妬は恐ろしいものですから私が説明する訳にも…』と言われ部屋に沈黙が流れた。


 え、手詰まり?

 困る。非常に困る。


 私の心の叫びが届いたのか、ユリウスさんの近くにいるルイーゼが『それでは私めが!』と名乗りを上げてくれた。なのに『侍女であれ、主君の大事な所を見せる訳にはいきません』と、これまたユリウスさんが拒む。


 あの、そろそろ膀胱が爆発しそうです。このままじゃ膀胱炎になっちゃう。

 いや、でも待てよ。そもそも龍族に膀胱炎っていう病気があるのかな。

 とにかくリュカさんの為にも絶対漏らす訳にはいかない。安心してくださいね。そこだけは、その尊厳だけは絶対に守り抜きますから!



 尿意と闘う事数分。

 ジラフィーニに乗ってルイーゼとユリウスさんが迎えに来た。途中までやっていた資料整理はそのままに、私は邸へと帰宅した。すみません。中途半端で。



 邸に到着すると、丁度リュカさんも帰ってきた。

 それはもうゼーハーと体中で息をしており、訓練がハードだった事を物語っている。まぁ、こちらも違う意味でハードな状態ではあるんですけどね。


 そういえば、今日は肌寒いなと思ってたのに、私の姿をしているリュカさんに会った途端、急に胸の奥がほわほわと暖かくなった。なるほど。これがリュカさんが私に引っ付きたがる理由か。

 という事は、私に出会うまでリュカさんはずっと薄ら寒かったのかな。旅をしている時もしょっちゅう寒い寒いって言っていたような気がする。これが龍族の身体か。不思議だなぁ。



 うわ!急にまた尿意が!



 急いで膀胱が爆発しそうな件を伝えると、リュカさんは震える足で私をWCへと連れて行ってくれた。



「リュカさんこそ足大丈夫ですか?震えてますよ?」

「筋肉痛だ。こんな鈍痛と熱を持った痺れは生まれて初めてだ」

「なるほど」



 リュカさんは今日、本当にこの浮島を一周完走したらしい。私の体で北海道一周は凄すぎる。というか有り得ない。そう伝えると、魔法で肉体強化しまくり疲労が溜まると都度回復魔法を掛けていたと教えてくれた。

 


「さぁ、着いたよ。コハルの身体の事は後で話そう」

「はい。お願いします」

「では私の体での排泄方法だが」

「もしかしてレクチャーするつもりですか!?」

「そうだが?」

「いやいや!口で説明してくださったらそれで十分です!」

「断る」

「ええええ?!」



 これ以上の羞恥はないだろう。

 私は一皮むけた気がする。


 リュカさんは本当に直接レクチャーしてきた。 

 こんな辱めは初めてだ。



「ひと月入れ替わるのだから、そう剝れるな。いずれ(まぐわ)う際に見る事も、触る事にもなる」

「…も、もしかして、今回の入れ替わりでリュカさんは生理も体験するつもりですか?」

「そうだよ」

「今すぐ元の体に戻りたい。文二ー!」

「待てコハル!」



 出すもん出してスッキリした私は、文二に元の体に戻すようお願いした。

 しかし文二とリュカさんに秒で断られた。

 曰く基礎体力向上トレーニング(小春育成計画)の最中であると。



「あんまりだー!」

「私はコハルの苦しみが知れて嬉しいよ。今日ほどニンゲンの身体の仕組みを理解した日はない。肩こりという概念も得た。走ると胸が揺れて邪魔だという事も初めて知った」

「もう黙ってください」

「な!?」



 悪気はないんだろうけど、今は無理。

 この夜、いつもの感覚でリュカさんが私を抱きしめて寝ようとしたけど、腕が痺れて一時的に感覚を失ってしまったため、手を握って寝ることになった。

 

 

「やっぱり別々に寝ませんか?」

「それでは寒いだろう。私は今コハルの身体だから大丈夫だが」

「そうなんですけど、このままだと自分の手指を折ってしまいそうで怖いです」

「ああ、まだ私の身体での力加減が分からないのか」

「はい」

「仕方ない。手を繋いだまま魔法で凍らせるとしよう」

「霜焼けになっちゃいます」

「しもやけ?」

「もしかして、龍族には霜焼けもないんですか?」

「ああ。それはどういったものだ?」

「寒さで手足の先が腫れて痛がゆくなるんです」

「ニンゲンとは難儀な体をしているな」



 翌日の朝食後、私達は第二応接間に移動し、お互いの昨日の出来事について報告し合った。珍しくユリウスさんは居らず、代わりにユリアーナとルイーゼがドア付近に控えている。

 私の話はすぐ終わり、リュカさんの話が延々と続く。もうめちゃくちゃ長い。しかも情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。


 前半の話をまとめるとこうだ。

 この世界にはステータスなるものがある。そして「ステータス、オープン」と唱えると、自分のステータスを見る事ができる。



「初耳です」

「伝えてなかったからな」

「何でですか」

「まぁ、それは置いておいて。これがコハルのステータスだ」

「いやいや、そんな大事な話置いておかないでくださいよ」




 我が道を行くリュカさんは私の言葉を無視し、『ステータス、オープン』と唱える。すると目の前に石板が現れた。


 なんと、私のHPは1000。

 これは低いのか、高いのか、どっちなんだろう。



「このHP1000って高いですか?」

「低い。ヒト族の赤子より遥かに低い」

「な、なんと」



 絶句していると、文二が追い打ちをかける様に『元は50であった』と言う。

 自分は弱いと思ってはいたけど、まさか、ここまでとは。



「それを小龍がたった一日で1000まで上げたのにゃ」

「ありがとうございます」

「愛しい妻の為だからな」



 そう言って優しく微笑む。

 自分の顔のはずなのに、リュカさんが入っているというだけで、キリッとして格好良く見えてしまう。だからなのか、頬が熱い。



「にゃ」



 世話師猫が机をバシバシ叩く。



「どうしたの文二?」


「(身体が元に戻る頃には以前よりも魔法が使いやすくなるはずにゃ。小龍がコハルの体に魔法を使う感覚を叩き込んでおるって言ってるよ!)」


「なるほど。ありがとう大福」


「(いーえー!)」


「その時に一つ、判った事がある」 


「何ですか?」


「コハルが魔法を発動する際、必ず古の御業も発動する」


「へぇ」



 呑気に返事をする私に、リュカさんは真剣な瞳で話を続ける。



「これはコハルが思っている以上に危険で厄介なものだ。古の御業が身近なものすぎて、コハルには感覚が分からないのだろうが」


「それの何が危険なんですか?」


「前にも伝えたはずだよ。古の御業は誰もが欲しがる天からの祝福だ。儚く脆いコハルにその力が宿っていると知られると、殺されるよりも酷く惨い、辛い世界が待っている」


「そんな…」


「それと、ここからは私の推測になるが、コハルの身体がこの世界で創られたものではないため、魔法を発動する際に体が自然と古の御業を使い何かを補っているように感じる。何を補っているのかまでは分からないが、私が普段使う魔法の感覚とは全くの別物だ」


「そもそも古の御業って私の体に宿ってるんでしょうか?」


「身体の両方だろうな。試しに使ってみようとしたが、私では命は芽吹かなかったよ。ブンジが確認済みだ」


「んにゃ。倒木を蘇らせようとしたが無理であった」


「そうなんだ。じゃあ今の私は古の御業を使えないって事ですね」


「それはどうだろう。私の体で試してみると良い」


「はい」


 

 言われた通り、心の中で祈る。

 すると私が触れていた全ての家具に命が宿った。ソファー、ティーカップ、ソーサー。



『やぁ、お嬢さん。座り心地はどうだい?』

『僕を飲んで~』

『零れない様に私を持って?』



「これは…」

「物に命が宿ったにゃ」

「おお~」

「キュキュ~」



 で、どうしよう。

 どうやって元に戻したら良いんだろう。

 私とリュカさんは中身が入れ替わってるから、妖精の祝福が使えない。だから時間を巻き戻す事はできない。



「せっかく宿った命にゃ、にゃーが世界樹(ハウス)に持って行く」

「ありがとう」



 文二は肩に下げている鞄にポイポイと食器を入れ、四次元ポケットのようにソファーまで回収する。



「新しいソファーを買わないとな」

「ユリウスさんにどう説明しましょうか」

「そのまま話すと良い」

「ソファーに命が宿って喋り始めたんで文二が貰ってくれましたってですか?」

「どんな反応をするか楽しみだ」



 リュカさん。他人事だと思って楽しんでるな。

 そもそも主人であるリュカさんが言えば良いのでは?

 


「リュカさんお願いします」


「嫌だ」


「ええー!?」


「あのソファーは先代の執事長が仕入れたビンテージ品だ。ユリウスは毎日懇切丁寧に手入れをしていたから、確実に小言で一日が潰れる」


「文二、やっぱりソファー返してください」


「口喧しいソファーのままで良いにゃら」


「うぅ~。困ったなぁ」


「(コー、僕が一緒に怒られてあげるよ!)」


「やっぱり怒られるのは確定なんだね」






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