各自訓練と成せ!
今日から私の基礎体力向上トレーニングが始まる。
世話師猫の文二は『小春育成計画』と言っていた。
リュカさん、ユリウスさん、ユリアーナ、ルイーゼには、世界樹がある不思議な場所で起きた出来事を全て伝えており、皆、私の基礎体力向上について大いに賛成してくれた。
「私も協力しよう」
「若様には仕事がございます」
「では、私どもがご一緒致しますね」
「ありがとう、ユリアーナ」
「頑張りましょうね!コハル様!」
「うん!」
ユリウスさんの一言でリュカさんの参加はなくなり、ユリアーナとルイーゼがサポートに付いてくれる事になった。勿論、監督兼コーチは文二だ。カーバンクルの大福は応援係。
リュカさんを見送った後、文二からトレーニングのメニュー表を貰う。それに目を通すとこう書かれてあった。
・浮島一周(5セット)
・初級土魔法(土障壁)の習得
な~んだ。たったの二つか。
と思ったけど、よく見ると『浮島』と書かれてある。
「文二、これ間違ってない?」
「間違っておらぬ」
「邸を一周じゃなくて?」
「浮島を一周である」
「無理だよ。絶対無理」
「やる前から泣き言は駄目にゃ」
「もしかして何かの乗り物に乗ってってこと?」
「己の足に決まっておる」
「無理無理無理!やる前から分かり切ってるよこんなの!だってこの浮島、北海道と同じくらい大きさあるんだよ!?一周どころか半周すらできないよ!いや半周も無理だけど!」
私の必死さに皆ポカンとしている。
もしかして、龍族にとってこの距離数は常識の範囲内?
「コハル様、僭越ながら自走可能距離はどれくらいでしょうか」
「ゆっくり走って8キロくらい、かな」
「まぁ」
ユリアーナは目を見開き、口手に手を当てて驚いている。文二も予想外だったのか口が開いている。
そんなに短いかな。というか長距離走は高校生の時にマラソン大会で走って以来だから、今はもっと走れないかもしれない。
「では、全速力で走った場合はどれくらいでしょうか?」
「ん~。頑張って50メートルかな?」
「…」
「おいたわしや、コハル様」
ユリアーナは絶句し、ルイーゼは涙ぐんで地面に膝を着いた。
そんなに酷いですか。すみません。
「ブンジ様、メニューを練り直す他ないかと」
「んにゃ~」
文二は悩み抜いた結果、今日は邸の中庭を10周だけにしようと言ってくれた。
中庭には温室があり、その周りを走る。距離にして1周約400メートル。国立競技場の陸上トラックと同じくらいの長さだ。凡人の私に10周はキツイ。だけど当初の予定より大分変更してもらってるので、これ以上文句は言えない。
という訳で、運動着に着替えて中庭に移動し、早速走った。まだ1周目の途中なのに既に横腹が痛い。しかも並走してくる文二が『遅い!』、『足をもっと上げて腕を振る!』と言って五月蠅い。
「ちょっ待っ、しんどいっ」
「まだ後9周も残っておる。足を休めるでない小春!」
「めっちゃ鬼畜」
1周し終えると、ルイーゼの肩で休んでいた大福もトレーニングに参加してきた。端から見るとモフモフの小動物達と走っているように見えるかもしれないけど、二匹とも結構なスパルタだ。
「(コー!スピード落ちてるよ!)」
「ダイフクの言う通りである!」
「ぜぇ、はぁ」
「(トレーニングの調子はどうだ、コハル)」
「(わぁ!リューシーだ!コーがんばってるけど遅い)」
ちょっ、脳内が喧しい。
いつの間にかリュカさんまでテレパシーで参加してきてる。ただでさえ酸素が惜しいのに、余計な思考で貴重な酸素を奪われたくない。
「も、もうダメ」
「にゃー!走るである!」
「(コー、汗びっしょりだね)」
3周走り終わった所で、呼吸を整える為その場に腰を下ろした。するとルイーゼがタオルとドリンクを持って駆け寄り、ユリアーナは足のマッサージをしてくれた。
「コハル様が走っている間、疲労軽減や回復系の魔法をかけましたが、あまり効果は無かったようですね」
「はぁ、はぁ、な、なんで、だろう」
「やはり龍族と身体の構造が違うからではないでしょうか」
「そうにゃ。コハルには熟練した術者の魔法しか効かぬ」
「だからブンジ様と若様の魔法は効くんですね!」
「そういう事にゃ」
なるほど。だから先月の生理中にルイーゼからかけて掛けてもらった魔法が全然聞かなかったのか。
以前、ルイーゼは戦闘系の魔法は得意だけど、癒しや回復といった魔法は普段使わないから得意じゃないと言っていた。
「休憩は終わりである!」
「えぇー。あともうちょっと」
「これでは基礎体力を付けるだけで500年かかるにゃ!」
「ご、ごひゃくねん!?」
「そうである」
気が遠くなるほどの年月すぎて、やる気が風に乗って飛んで行ってしまいそうだ。
いや、若干軽く飛んで行った。
「ブンジ様、せめて100年に縮ませる事はできないでしょうか」
「ユリアーナが神様にみえる~」
「むぅ。ない事はない」
「あるの!?どんな方法!?」
「リュシアンと小春の精神を入れ替え、小龍に小春の体を鍛えさせる」
「まぁ、それは素敵な案でございますね」
「え。それ本気で言ってる?ユリアーナ」
「はい」
精神を入れ替えるっていう事は、お互いの体を交換する訳で…。
ちょっと考えさせてほしい。
「(私は構わないよ)」
「リュカさん仕事に戻ってください」
「どうされましたかコハル様」
「小龍からテレパシーで返事があったにゃ」
「まぁ。若様はなんとおっしゃっていましたか?」
「OK良いちょまると言っておった」
「そうなんだけどそうじゃないよ文二」
一体どこでそんな言葉を覚えてきたのやら。
私を置いて話は進み、本当に精神を入れ替える事になった。
精神が入れ替わっている間、私が特務部隊の仕事をする。と言っても今は危険な仕事はなく、もっぱら天空古代文字の解読ばかりなので、隊長のウメユキさんからもすんなり許可が得られたそうだ。
私がへぼへぼの弱々のせいで、皆に迷惑をかけている。本当にすみません。
***
遡ること数分前、執事頭であるユリウスは手が止まっている使用人達を見て、パンパンと手を鳴らした。使用人達は中庭にある温室をたった1周するだけでへとへとになっている奥方を見て、いつか倒れるのではないかと気が気でなかった。それ故に、皆仕事が手に付かないでいる。
「みなさん。仕事は終わったのでしょうか」
「「「「すっすみません!!」」」」
「謝罪は結構です。早く手を動かしてください」
「「「「はっ!直ちに!!」」」」
「まぁ、小春様を見守りたい気持ちは解りますので、各自仕事が終わり次第、見学する事を許可します」
「やったーー!」
「イエーイ!」
「くっそー!俺夜勤だ…」
「私もよ。誰か代わってー!」
一所懸命に頑張る小春に胸打たれる使用人達は、それぞれ心のままに叫んだ。
***
夜、リュカさんが帰って来た。
精神の入れ替えは明日からだ。文二が古代魔法でそれをやってくれる。
「小龍よ、小春の基礎体力向上が一番であるが、小春には戦闘センスが微塵もない故、身体に魔法の感覚を叩き込でやってくれにゃ」
「分かった」
文二とリュカさんの間で新たな約束事ができ、私は私でリュカさんから特務部隊での在り方を教わった。
「ウメユキに事情は説明してあるから、コハルは隊室でゆっくりしていると良い」
「それは駄目なんじゃ?」
「なら、普段私がどんな事をしているか見学しておいで」
「発見した石板に書かれてある天空古代文字の解読は良いんですか?」
「写しはとってあるし、解読だけなら何処でも出来る。それにブンジがいる」
「なるほど」
翌朝、文二に私とリュカさんの精神を入れ替えてもらった。
リュカさんの目線ってこんなに高いんだ。それに、体も軽い。
腕を触ってみるとガッチリしていた。リュカさんって着痩せするタイプなんですね。
リュカさんはリュカさんで私の体を確認したあと、文二が掛けた古代魔法の〈引き換ふ心魂〉を習得しようとノートにメモをしている。
ユリウスさんはその様子を写真に納め、ルイーゼは不安丸出しの顔を隠そうともせず、ユリアーナに注意された。
「これで、本当に入れ替わったのですか?」
「うん。そうだよルイーゼ」
「まぁ。本当に若様がコハル様になっているわ」
「分かるの?ユリアーナ」
「はい。それは勿論。直ぐに鏡を持って参りますね」
手鏡を見ると、なんかいつもの凛々しいリュカさんの顔ではなく、ふにゃんとした顔になっていた。
なんかすまん。
私の姿をしたリュカさんはと言えば、本来の私よりもキリッとして見える。精神が入れ替わるとこんなにも雰囲気が変わるのか。
「コハル様、ルイーゼは心配です」
「大丈夫だよ。リュカさんの職場に行くだけだから」
「それはそうなのですが…」
今日から1ヶ月間。私が特務部隊へ行き、リュカさんが邸で私の体を鍛える。
初めは一緒に行く予定だったけど、もし誤発動で誰かが放った魔法が私の体に当たったら、即お陀仏だ。だからリュカさんには邸でトレーニングしてもらう事になった。
「コハル。私の体なら少々の事は問題ないと思うが、それでも怪我をしないに越したことはない。気を付けて行ってきなさい」
「はい。行ってきます!」
自分の顔でそう言われるのは何処か不思議な気分になる。
肩に大福を乗せ、麒麟に乗る。文二はリュカさんに付き、私の体の安全を見守る役目がある。本当に私の体で浮島一周なんてできるんだろうか。
色んな事を悶々と考えていると、あっという間に王宮に着いた。
そこからは私を待っていたルクルさんが特務部隊室まで同行してくれて、その後はノエルさんとレオンさんの実践訓練の見学をする事になった。
「名残惜しいですが、僕はこれで失礼しますね」
「ルクルさん、ありがとうございました」
「…」
「あ、あの」
「ああ、すみません。頭では理解していても、リュシアン先輩の顔でそう言われると面白いですね。やはり予定を変更して僕も観戦する事にします」
「アカンよ」
そう言って現れたのはウメユキさんだ。
彼は『はぁ』と溜息を吐きながらルクルさんの耳を引っ張って出て行った。
実戦訓練は想像以上に激しく、広大な土地で荒々しく行われている。
レオンさんはノエルさんに押されており、攻撃魔法が全く当たっていない。
「だーかーらー。お前は自分のセンスばっかに頼りすぎ。感覚で動くな。じゃないとお前より頭できる奴には一生勝てねーよ?」
「ノルトゥワール先輩だってほぼ感覚みたいなもんじゃないッスか!」
「俺は超ー頭使ってっし」
ノエルさんが戦闘態勢を解除し、レオンさんを叱る。
それを驚いて見ていると、声を掛けられた。
「やァ、こんにちは」
「こんにちは」
この人はベガさんだ。
特務部隊の全員に私とリュカさんが入れ替わっている事は伝わっているので、ベガさんは普段と違うリュカさんを見に来たと言う。そしておかしそうに笑った。
「そんなにオカシイですか?」
「ごめん、ごめん。いつものリュカと雰囲気が違うというか、うーん。そうだな、顔?かな。あんまりにもふんわりしていて、おかしくって」
「やっぱりそうですよね」
「それに口調もネ」
再び始まった訓練を見ながら、ベガさんが話し出す。
「ああ見えて、ノエルは後輩指導に向いてるんだよ。本人は嫌がってるけど」
「ノエルさんが後輩指導に?」
「うん。不思議かい?」
「はい。ルクルさんの方が向いてそうな気がします」
「ルクルが?」
「はい。物腰も柔らかくて丁寧ですし」
「それはかなり面白い意見、というか見た目にかなり騙されているねェ。己は、ルクルは使役は得意でも誰かに物を教えるのは不得手だと思う。アイツは自由すぎるし、かなりの放任主義だ」
「そうなんですか?意外です」
「実際に昨日の任務でも勝手に自分の役割を変えてウメユキを困らせていたヨ。アイツと長い付き合いがある奴らは大抵口をそろえて『無害そうに見えて有害』、『笑顔が胡散臭い』って言ってる。帰ってリュカにも聞いてみると良い」
「はい。そうします」
ベガさんはお喋りで、他にもノエルさんがレオンさんの弱点を克服させようとしている事を教えてくれた。
「だぁー!もうマジ腹立つ!」
「だったら頭使って反撃してみろってーの」
「ほら、今も実際にレオンの弱点を指摘してる。今ノエルが放った攻撃魔法は全てレオンが苦手としているものばかりだよ」
「へぇ。素人目には全然分かりませんでした」
「そっか。ノエルはね、元六番隊だから頭の回転が速いんだ」
「六番隊って何をする所なんですか?」
「さァ、何でしょう?」
「えーと、頭が早いっていうくらいだから、会計ですか?」
「残念。全然違うよ」
「全然ですか」
「六番隊はね、調査・情報処理部隊という情報処理能力の高い奴らの集まりなんだ。リュカは今、其処に異動願いを出してる」
「え!?そうなんですか?!」
「特務部隊は面倒な任務も多いし、リュカは何か調べたい事があってしょうがないんじゃないかなァ。例えば、キミの事とか。ネ?」
そう、なのかな。
リュカさんは私に一言もそんな話、してくれなかったな。
何か考えがあっての事なんだろうけど、少しだけ、寂しいな。
いつも読んでいただきありがとうございます!
八月はバテてて更新できませんでした(*´Д`)すみません。




