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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第四章 戻ってきました、龍の国
123/125

七匹の世話師猫



 最悪過ぎる醜態を晒してしまった。


 意識を取り戻した小春は顔を覆い、(うずくま)る。気絶してしまったと、迷惑を掛けてしまったと、そう反省している。


 彼女は現在、世話師猫達が普段生活している世界樹がある場所にいる。そこは何とも不思議な場所で、地面がステンドグラスで出来ており、そこに薄く水が張られている。そして大きな大きな木からはそれぞれの枝から種類の違う花々が咲いている。桜、梅、ハイビスカス、銀杏、百合、多種多様の花が咲いている。

 

 通常では有り得ない、そんな不思議な大木だ。



 小春はあの後すぐに目覚め、今はその大木の中に居る。大木の中には沢山の部屋があり、今は猫足の生えたベッドに横になり、白色の世話師猫から甲斐甲斐しく世話を受けている。



「のむにゃ!」

「うーん。もう元気だから大丈夫だよ」

「駄目である。飲めにゃ!」

「のめー!」

「にゃー!」



 他の毛色が違う世話師猫たちも小春に薬を飲め飲め!と強要する。そもそもこの薬は何なのか。それは作った世話師猫しか知らない。



「じゃあ、飲んだらリュカさんの所に帰してくれる?」

「むーん」



 七匹の世話師猫達は円陣を組むように集まり話し合う。5分、10分が経過しても話は纏まらず、話し合いが白熱する。小春はリュシアンが自分の事を心配して暴走しているのではと考えており、一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱいだ。彼はつい先日も手編みセーター事件で、邸と使用人を凍らせたばかりだ。


 話し合いが終わったのか、七匹の世話師猫が小春の前に集まった。



「ここは安全にゃ!」

「どこよりも!」

「あっしらと暮らそう!」

「いつまでも!」

「争いも起きない!」

「楽園そのものにゃ!」

「怖い事も悲しい事も起きぬ!」



 それぞれが喋り、小春を囲んで踊り出す。そして小春の手を取り、世界樹の中を案内して周った。七匹は各々の部屋、食堂、作業場、保健室、リラックスルームなどを足早に紹介し、最後に外に出て世界樹を小春に見せた。


 世界樹の葉も花も揺れ、花びらが舞う。その花びらは地面に落ちる事なくオーブとなって光り、消えていく。そんな不思議な大きな木を見て感動している小春は、地面が色んな色のステンドグラスで出来ている事にも驚いた。



「うわっ。これ割れないの?」

「大丈夫にゃ!」

「ガラスに見えてガラスではない」

「そうなんだ。しかも水に浸かってるのに足が濡れてない」

「これも液体であってそうでない」

「にゃ?此処は楽しくて安全な場所!」

「そうだね。でも、一緒に帰ろう?」




 その言葉に世話師猫達は動きを止め、再び彼女の前に集まる。

 



「帰ってしまえばまた倒れる心配がある。向こうは小春にとって危険な世界にゃ」

「それでも、皆と居たい。リュカさんの傍に居たい。一人にはできないよ。それに、私も寂しい」

「あっしらも小春の側に居たい!」

「ここで暮らそう!」

「そうにゃ!そうにゃ!」




 灰色の世話師猫が大きな木のスプーンを空に掲げ、『大旅行(ヴォン・ヴォ)!』と唱えた。

 それは古代魔法で、彼らの過去を見せ、体験させるバーチャル魔法だ。



***


 遡る事数年前。

 世話師猫は何百何万何千年もの間、沢山のだらしない精霊達のお世話をしていた。しかし、年月が進むに連れ精霊達は自立を覚え、行動的になった。中には世界をまたいで異世界で活躍するモノも増えた。


 徐々に減っていく精霊達に寂しさを覚えた世話師猫達は、他に世話をさせてくれるような、だらしない生き物はいないかと考える様になった。



 そして、遂に最後の精霊までもが旅立った。

 暇すぎるあまり、七匹の世話師猫達は世界樹で爪とぎをし、各世界の神たちの怒りを買った。しかし見た目の愛くるしさからその怒りは長続きしなかった。

 



「はぁ暇である…」

「にゃーにをすーる♪」

「にゃーにをしーよー♪」

「にゃーにーがーしたい?」

「せーわがしーたい♪」

「せーわがしーたい!」

「せーわーをーしよう!!!」

「「「「「「「合点!」」」」」」




 七匹の世話師猫達はにゃーにゃーと喋りながら新たな生物の世話を勝手にしようと決め、準備を始める。すると茶トラの世話師猫がピタリと動きを止めた。



「誰のにゃ?」

「そうだ。誰のであるか?」



 続いて黒と白のハチ割れの世話師猫が、動きを止める。




「うーむ」




 短い前足を顎に当て、唸りながら七匹の世話師猫達は悩む。すると今度は灰色の世話師猫が耳と尻尾をピンと立て、閃いたぞと言わんばかりに声を上げた。


 


「探そう!」

「何処を?」

「何処までも!」

「世界中にゃ!」

「大旅行にゃー!」

「実に良案である!」

「行くにゃー!」

「我は人魚の涙を採取してくる!」

「某はパオンパオンのケツ毛採取に行ってくるである!」

「小生は!小生は!何をしよう?」

「コントラバスの練習にゃ!」

「フーガ!フーガ!」




 七匹の世話師猫はその勢いのまま、必要な物を採取しに出掛けた。

 人魚の涙1ガロン、ドラゴンの虹色の鱗1枚、妖精の粉小さじ3杯、塩コショウ少々、ユニコーンの角1片、鎮魂草(レクイエムそう)、パオンパオンのケツ毛適量。



 準備を整えた彼らは全宇宙へと大旅行に出かけ、遂に地球という星にある、日本に住む東郷小春を見つけた。そして、違法な手段で召喚に成功し、全世界で最弱な生物の世話が始まった。



***

 

 自身がこの世界に来る切っ掛けとなった一部始終をバーチャルで体験し見せられた小春は、『もぅ』と軽くため息を吐く。世話師猫達は帰るなと、彼女のスカートに爪を立てて引っ張っている。そんな彼らを小春は優しくぎゅっと、全員を抱きしめた。



「大福はいなくて良いの?」

「うーむ」

漆黒竜(ノーア)も、ルイーゼも、ユリウスさんも、ユリアーナも、テオも」

「うーにゃ…」

「ね?皆で暮らそうよ。私も文二たちと一緒に居たい。向こうに居れば、皆で一緒に暮らせるよ?」

「向こうでは、あっしら全員が常には出現できぬ」

「そうなんだね…。でも、1日交替なら会える?」

「うむ!」

「勿論にゃ!」

「それじゃあ、私、簡単に倒れないように頑張るから。帰りたい」



 抱きしめるのを止め、小春は七匹それぞれの目を見る。



「お願い。文二」

「にゃ!」



 サバトラ柄の世話師猫が、勢いよく前足を上げた。



「はい。サバトラの文二くん」

「頑張るってどういう風に?」

「え?それはー、え~っと…」



 痛い所突かれた小春はうーんと唸りながら考える。そして精神を鍛えるという答えに至った。



「確かに今の小春のステータス程度にゃら、向こうに住むだけで精神が鍛えられるにゃ」

「我は小春が戦えるよう魔法を教えたい」

「某は防御魔法をたたき込みたい」

「あっしは頭を撫でてほしいにゃ」

「え?ずるいにゃ」

「ずるい」

「狡いである」



 小春は要望通り世話師猫達の頭を撫で、甘えてくる彼らと約束をする。



「分かった。じゃあ今より強くなって、文二たちを安心させる!」

「うむ!ではまず基礎体力作りからにゃ!」

「帰ったら早速訓練にゃー!」

「それにゃら丁度良い練習場があるにゃ!」



 世話師猫達は小春育成計画の話で盛り上がり、本人そっちのけで勝手に話を進めていく。

 粗方話が纏まると、七匹の世話師猫達は小春を中心に円をつくり、木でできた大きなスプーンを世界樹に向けた。すると次の瞬間、小春と一匹の世話師猫が空に姿を現した。



「ええええ!?」

「あ。座標失敗したにゃ」



 小春は急な展開に驚き、重力に従って落ちて行く。



「うわぁああ!か、風魔法ってどうやるんだっけ!?」

「下には小龍がおるゆえ安心して落下するが良いにゃ」

「本当!?リュカさーん!気付いてー!」



 七匹いた世話師猫は一匹に戻り、体毛が三毛の世話師猫が小春の背中に飛び乗る。地面が近づいて来ると小春は衝撃に備えて目を瞑った。



 一方その頃、リュシアンは必死に小春の気配を探っていた。世話師猫が妻を連れ去って以降、彼女の気配が世界からパッタリと消えたのだ。気が気でないリュシアンは、空から聞こえる妻の声と、急に探知できるようになった気配の元に視線を向ける。



「コハル!?」

「え!?なんでコハルはん空にいたはんの?!」

「これがニンゲンかァ」



 リュシアンの動きにつられ、ウメユキとベガールも空を見上げる。

 リュシアンは考えるよりも先に体が動き、風魔法で小春を優しく包み、ふわりと自分の腕の中に閉じ込めた。世話師猫は小春が倒れる原因を作ったベガールをよく思っておらず、姿を消して彼の足の小指を力いっぱい踏んづけた。



「イッダァアアッ!!!」

「なんやよう分からんけど天罰やろう。反省しベガ」

「コハルっ!無事で良かった…」

「ご心配おかけしてすみません。ただいま戻りました」



 リュシアンの悲痛な声色から小春は自身の弱さを反省し、しばらくされるがままにした。

 この世界に戻ると同時に世話師猫からゴーグルを着けられていた小春は、100年に一度の鱗替えのせいで強い輝きを放つ夫の表情を認識できない。その為、声色でリュシアンの喜怒哀楽を知るしか方法がない。しかし10分、20分、30分と時間が経っても、彼は妻を離そうとしない。そんなリュシアンに小春は『これ以上は恥ずかしいので後は邸で…』と伝えた。すると何を勘違いしたのかリュシアンは即座に離れた。


 壁画から出ると、リュシアン達はたまたま任務を終えた双子龍と出会った。これ以上の面倒はごめんやと思ったウメユキは、言葉を発する前に二人を地面に沈めた。日頃の行いのせいである。


 特務部隊室は別の棟にあり、螺旋階段を上り空中庭園に出て、複数体置いてあるドラゴンの像の内、エンパイアブルーの像に向かって呪文を唱えると、ドラゴンが実体化し彼らを飲み込んで特務部隊室へと送る。


 特務部隊は全7名の精鋭部隊であり、隊員はそれぞれ元々別の隊に所属していた。そんな彼らのホームは城の北側に位置しており、出入りできるのは特務部隊員と各隊の隊長、そして王のみだ。極稀に特例で特務部隊の隊長と国王が許可した者だけが入出できる。

 小春はウメユキから手のひらサイズの許可証を渡され、入り口にあるドラゴンの像にそれを翳せと促される。すると服装が隊服に変わった。これは重要書類が豊富にある特務部隊室へ、魔法を帯びた服で入室させない為である。



「うわー凄い!リュカさんと同じですね」


「似合っているよ」


「まァ、厳密には一緒ではないけどね」


「そうなんですか?」


(オレ)達隊員にはランクがあるんだ。隊服にはそれぞれのランクにあった刺繍が施されてるよ」


「へぇ、そうなんですね」


「それと、先ほどは、その、すまなかった。まさかキミがあんな簡単に散ってしまう(ハナ)だとは思わなかったんだ」


「いえ、私の方こそ簡単に気絶してしまってすみませんでした」




 ベガールは本当に反省しているようで、深く頭を下げて小春に謝罪した。



***


 それから一週間後、やっとリュシアンの輝きが収まった。これで彼の100年に一度の鱗替えは終了だ。


 久々に見る夫の顔を、小春は頬を赤らめて「おかえりなさい」と出迎える。リュシアンからしてみても最愛の妻がゴーグルをつけていない姿は一週間ぶりだ。愛おしい妻を腕の中に閉じ込め、「ただいま」と言い、おでこに触れるだけの口付けを落とした。



「これでやっと一緒に眠れる」

「そうですね。でも一人の方が熟睡できて良かったんじゃないですか?」

「そんな事は無い。小春と離れていた間は一睡もしていない」

「い、一睡も…?」

「ああ。一睡もだ」



 小春は一睡もせずとも美しさを保ち続けられるリュシアンに嫉妬した。そして彼の頬をぐいっと引っ張った。するとお返しだと言わんばかりに頬を噛まれ、声にならない声を上げた。

 歯形も残らない程度の甘噛みなので痛くはないが、彼女の羞恥心を刺激するには強すぎたのだろう。今度は全身を真っ赤に染め上げている。



「ふふっ。心拍数が凄い事になっているな」

「りゅっリュカさんが皆が居る前で噛むからですよ!」

「二人の時なら良いのか?」

「駄目です!あとユリウスさん写真撮らないでください!」

「記録を残しているだけですので、お気になさらず」



 あー言えばこう言う主従に困っていると、カーバンクルの大福がお腹が減ったと鳴いた。すかさず小春はダイニングルームへ行きましょうと誘い、豪華なディナータイムが始まった。



「そういえばリュカさん、髪を短くしてたんですね」

「コハルが髪を結ってくれなかったからね」

「拗ねてるんですか?」

「別に?」

「だって光が強くて見えなかったんですよ。また結いましょうか?」

「じゃあ今夜にでも伸ばしておくよ」

「リクエストはありますか?」

「ない。コハルに任せる」

「分かりました。ではやってみたい髪型があるのでそれにしますね!」

「今夜結うのか?」

「いえ、明日の朝です。楽しみにしててくださいね」

「ああ、わかった。俺は小春が触れてくれるだけで嬉しいよ」



 そう微笑むリュシアンに、小春の心拍数はまた上がった。


 その夜、朝方まで喉をグルグルと嬉しそうに鳴らし続ける夫と、世界樹を紹介で来た事に喜んでゴロゴロと喉を鳴らす世話師猫と、皆と一緒に眠れて嬉しいカーバンクルが喉を鳴らす音に、小春は嬉しさを覚えつつも眠れず睡眠不足となった。



「さ、流石にうるさい」

「んっ…もう起きたのか。おはよう、コハル」

「おはようございますリュカさん」

「んなぁ」

「きゅ~」



 世話師猫もカーバンクルもまだ寝息を立てている。

 まだ陽も昇っていない時間だ。



「まだ寝てても大丈夫ですよ」

「いや、久々に見る小春の素顔を堪能したい」

「今寝起きなんでそんなにまじまじと見ないでください」

「嫌だ」

「私だって嫌です」



 二人とも折れないため、折衷案で髪を結う事になった。

 小春はリュシアンの長い髪をラプンツェルのように、花を編みこんで三つ編みにしようとしている。それを伝えると、彼は前に小春が魔力暴走を起こした時に出した花を編みこんでくれと頼んだ。

 


「あの時の花、まだ持ってたんですか?」 

「良い香りがするからな。何かに使えないかと大事に取っておいたんだ」

「リュカさんって物を大事にしすぎて捨てられないタイプですよね」

「まぁ、そうだな」

「子供の頃、部屋とか散らかってませんでした?」

「いいや。散らかる程興味のある物が無かった」

「そうなんですね」



 他愛無い話をしながらも手は進め、小春は今やろうとしている髪型の元になった童話の話をする。小春は原作版とアニメーション版の二つを話し、それをリュシアンは黙って聞く。



「大切なモノを閉じ込めたい気持ちは痛いほど解る。そしてそれが良くない事もだ」

「はい」

「どちらの話も二人は一緒になれたのだな」

「そうですね。ハッピーエンドです」

「それは何よりだ」



 最後の花を飾りつけ終え、小春が結い終わったと伝える。するとリュシアンは氷魔法で鏡を作り出し、自身の姿を見た。



「コハルは手先が器用だな。ありがとう。とても美しいよ。だが、私よりもコハルの方が似合うな」

「そんな事ないです!リュカさんの方が似合ってます!美しさがより際立って見えます!」

「そうだろうか?」

「はい!」



 気分を良くしたリュシアンは小春の上に跨り、以前教えてもらったキスマークを妻の首筋や太ももの付け根など、至る所に残した。



「待っ!ままままま待ってください!なななななな何で!?」

「この花からは小春の甘い香りがする。気持ちが昂って抑えられない」

「じゃあ今すぐその三つ編み解きます!」

「断る。それにあの日コハルは『これ以上は恥ずかしいので後は邸で』と言ったにも関わらず、俺の寝所に来なかった。あれはどういう事だ」

「そのままの意味ですよ!」

「俺を弄んだのか…?」

「違いますー!」

「違わないだろう。まぁ、今は時間がないからこのくらいにしておくよ」

「た、助かった…」

「本番は一日中だからな」

「え!?」

「コハルはそれまでに体力を付けておかないと、体が持たないよ」

「いっ一日中って本気ですか!?」

「当然だ。むしろコハルの場合はもっと時間が掛かるかもしれん」

「絶対無理」

「ブンジから聞いているよ。基礎体力を向上させるんだって?」

「そういう意味でトレーニングするんじゃありません」

「どの道一緒のこと。コハルと一つになれる日を楽しみにしている」

「段々やる気が失せてきました」

「大丈夫。最初は慣れるまで時間が掛かるだろうが、慣れれば1日も掛からない」

「リュカさんは何の話をしてるんですか」

「交接の話に決まっているだろう。俺を散々弄んだこと、覚悟しておけ」



 リュシアンの笑みはいつものような美しい笑みではなく、妖艶なものに変わっていた。

  


◇◆◇

おまけ


「所で、コハルはいつになったら夫である私の顔に慣れるんだ?」

「うっ。それは~そのー、リュカさんが美しすぎて…はい」

「恥らう姿は可愛らしくいつまでも見ていたいと思うが、毎日見ているのだからもう慣れても良い頃だろう」

「はい。すみません」



ブクマと評価が増えてる!嬉しい!ありがとうございます!!

イイネとかのリアクションも本当にありがとうございます!;つД`)励みになります。

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