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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第四章 戻ってきました、龍の国
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迷子の野生仔竜を預けに行こう



 特務部隊室へ向かっていたベガールと出会ったリュシアン達は、彼に事情を説明し、そのまま全員で十三番隊に向かう事にした。その道中、小春が150年も留年して辛くなかったのかとベガールに聞くと、同期だった三人がアカデミー時代の話を始めた。



「ベガの逸話なら沢山ある」

「ただ普通に過ごしてただけなんだけどなァ」

「あれは普通やあらへん」

「全くだ」



 ウメユキの言葉にリュシアンも賛同し、二人がベガールについて語り始める。

 遡ること数千年前、彼らがアカデミー生だった頃、ベガール・ヴァンフルモッフ・シブリは魔法や魔術に関する授業の際、必ずと言っていいほど教師陣に質問していた。中には学生が学ぶには高度過ぎるものや、学者レベルの内容にまで飛ぶ事がザラにあった。そのため教師陣は説明しきれず『私も分からなくなってきた』と言い、退出する者が続出した。



「せやから、その都度授業が中断してほんま迷惑やったわ」


「そうだな」


「ああ、先生らが帰ってこうへん言うんは、文字通りほんまに帰ってこうへんかったんよ」


「教師を辞めた、ということですか?」


「そ。そのまま『魔術とは…』『魔法とは…』てブツブツ言いながら荷物まとめてはったわ。ほんで旅に出て大体10~50年近く経ったら頃に帰って来て、誇らしげにアレはあぁやこぅやて説明してはったわ。ベガがおる授業はそん繰り返し」


「お陰で授業の進みが遅く苦労した」


「そうだっかなァー。(オレ)の記憶には無いねェ」



 悪気無く、朗らにベガールは笑う。リュシアンとウメユキはジト目で彼を見て、浅いため息を吐いた。ベガールはアカデミー卒業後、他の者達とは違い、旅に出なかった。そのまま王宮に入り、入隊試験をパスして二番隊に入隊した。それほどアカデミー生の頃に魔術・魔法を勉強し、さらに会得したという事だ。



(オレ)は研究科気質なんだ。気になる事は放ってはおけない。それこそ寝る間を惜しんで100年近く研究室に籠っていたいくらいにネ。まぁ実際にやったんだけどねェ。そしたらいい加減家に帰れって隊長に強制帰宅させられたよ」


「ひゃ、100年!?しかも強制帰宅ですか!?」


「そんなに驚く事?」


「はい!眠くならなかったんですか?」


「ちっとも。調べれば調べる程、研究すればする程、思いもよらない事ばかり起きて、毎日が新鮮で、驚きと喜びに溢れていて楽しかった。本当に充実した毎日だったヨ」



 昔を懐かしむようにベガールが答える。先頭を歩いていたウメユキが止まり、小春が顔を覗かせる。目の前には部屋などは無く、草原が描かれた壁画があるだけだ。するとベガールとウメユキがそのまま壁画の中へと入って行った。小春は驚き、リュシアンに手を引かれ一緒に壁画の中へ入って行く。



「うわぁ~凄い!壁の中なのに平原がある!」

「コハル、此処は十三番隊が管理している土地だよ。あの壁画には転移門と同じ術式が組み込まれてある。此処はルシェールの南部にあるネロバクスイ大平原だ」



 大平原という名の通り、だだっ広い平原が広がっている。あるのは一つの建物だけだ。此処には翼を休めに来た野生竜や、野生の迷子竜を拾った国民が十三番隊員に預けに来る。隊員の近くには数匹の大きな竜がおり、彼らは迷子になった自分の仔を引き取りに来ている。他にも此処では簡単な治療も行っており、十番隊も常駐している。



「さぁ、コハルも受付を済まそう」

「はい」



 大平原にある唯一の建物は、隊員が事務作業するためのハウスだ。ここでは受付から健康診断までと様々な業務を行っている。龍族同様、野生竜もキラキラ光る物が好きなため、ハウスの外壁には輝石や宝石など、光る物が沢山散りばめられてある。今、ハウスの屋根の上では仔竜たちが気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。


 全員でハウスに入り、小春とリュシアンは野生竜迷子センター(幼竜科)の受付へ行き、ウメユキとベガールは健康診断受付所へと足を進めた。二人とも今年の診察は終わっているが、他の隊員がまだなため、誰が受けていないのかを確認しに向かった。


 小春は抱えているフルモッフィーリアを隊員に預け、リュシアンの説明を聞きながら書類に必要事項を記入していく。



「『どこで見つけましたか』だから、デルヴァンクール邸で良いですか?」

「ああ。だが出来るだけ詳しく書いた方が良い」

「じゃあ、えっと、ガーデン?でも他にも庭がありますよね」

「あそこはフラワースプリングガーデンだ」



 小春は未だにデルヴァンクール邸が建っている浮島の全体を把握していない。それもそのはずだ。浮島は約84,000 km²もある。その広さは北海道とほぼ同等だ。これだけの広さがあるからこそ、休日に使用人らが本土に降りずとも浮島内で龍体化し、伸び伸びと暮らす事ができている。因みにルシェール本土の広さは約7,700,000 km²であり、オーストラリア大陸とほぼ同じ大きさである。


 迷子記録用紙を書き終えると、隊員に抱っこされているフルモッフィーリアが不満げに鳴いた。この迷子竜は小春の腕の中がお気に入りのようだ。


「お母さんに会えるんだよ。良かったね」


 小春がそう言って頭を撫でてやると、今度は嬉しそうに鳴いた。するとハウス内で寛いでいた他の竜たちも鳴き始め、自然と小春の周りに集まってきた。



「ふふっ。リュカ君とコハルはんとこ、またおもろそうな事なってはんなぁ」

「おや。これは珍しい」



 そう言って現れたのは先ほど別れたばかりのウメユキとベガールだ。二人の間には以前デルヴァンクール邸に乗り込んで小春に喧嘩を売り、リュシアンから1年間の出禁を食らったレオン・ヴォルフガング・ワーグナーが捕まっている。



「レオン?」

「デルヴァンクール先輩、おはようございます」

「おはよう。私の妻への挨拶はどうした」

「…はよ。バカ女」



 ピキーン。という音と共に、またもやリュシアンの手によってレオンは氷漬けにされた。ウメユキとベガールは『またか』と苦笑し、小春は彼の学習能力の無さに驚いた。彼女の周りに群がっている竜たちは楽しそうに氷を舐めている。リュシアンの肩に乗っていた大福もだ。喉が渇いていたのだろう。



「リュカ君。この馬鹿の氷溶かしたって」

「断る」

「リュカは後輩指導に厳しいねェ」

「ウチの隊で健康診断してへんのレオンだけやねん」

「リュカさん」



 リュシアンは小春が名を呼んだだけでレオンの氷を溶かし、ウメユキはレオンが何かを発する前に診察室に向かわせた。その場に残ったベガールは小春の元へ近づき、彼女に撫でられている竜を見て不思議そうに呟く。



「コハルちゃんは癒しの手を持ってる、のかなァ?」

「癒しの手?」

「癒しの手っていうのはね、精霊から祝福を受けている手の事だよ。祝福をされるだけでも珍しい事だけど、される場所によって効能は変わってくる」

「へぇ。そうなんですね」



 小春は撫でるのを止め、両手を見る。



「両手とも祝福を?」


「はい」


「じゃあ、片手だけ切り落としても良いかな?」


「ぇえええ!?何言ってるんですか!?駄目です!」


「痛み止めポーションもあるし、(オレ)なら即座に手を生やしてあげられるよ?ああ、もしかして祝福のこと気にしてる?それなら安心して。手を切り落としたくらいじゃ祝福は無くならないから。安心した?」


「いや全然!何処にも安心できる所なかったです!」


「はぁ、リュカ。君の奥さんに(オレ)の魔法の発動スピードが如何に速く正確であるか教えてあげて」


「溜息を吐きたいのは此方だベガ。お前にはまだ詳しく説明していなかったが、小春はヒト族ではない」


「え!?新種!?尚の事調査したい!」


「はぁ」



 リュシアンは小さくため息を吐き、小春の手を取ってハウスを出た。ベガールも意気揚々と付いて来る。この時、リュシアンがベガールを氷漬けにしなかったのは、彼が自負している通り魔法の発動スピードでは劣るからだ。そして二段、三段と次の魔法を構えていようものなら、彼もそれに喜んで応戦してくる。ベガールは研究だけが好きな訳ではなく、研究結果を実践するまでが大好きだ。それを長年の付き合いで解っているからこそ手を出さなかった。


 

「どこまで行くのさ」

()達の隊室だ」

「オッケー。久々に本気のリュカとやりあえるのは楽しみだ。色々試してみたい魔術があってだね」

「やらないよ。お前とは」

「ええー!?」



 ベガールは残念そうに声を上げ、小春を見る。



「ヒッ」



 何とも言えないその視線に小春は小さく悲鳴をあげた。



「ベガ。お前も私の邸には出入り禁止だ」

「え!?まだ(オレ)何もしてないヨ!?」

「コハルが怯えている」

「うーん。そんなに怖いなら、(オレ)の手で試してみようか?血も出ないくらい素早く切り落とせるし生やせるよ?ほらァ~」



 小春が答える前にベガールは右手を素早く切り落とし、新たに生やして見せた。そして地面に落ちている右手を拾い、小春に渡す。すると小春は泡を吹いてその場に倒れた。



「コハル!?」

「え!?何!?呪い!?敵襲!?どうしたの!?」



 ドサッと力なく倒れた小春をリュシアンが起こそうとする。しかしその前に世話師猫の文二が異空間から現れ、『うるぉぉおおうぇうぇおぉおお!』と威嚇するように鳴き小春を攫った。


 その場に残されたリュシアンはベガールの胸倉を掴み、『何て事をしてくれたんだ!』と怒りを露にした。殺気は漏れ、野生の竜たちが遠くへと離れていく。ベガールは何故これほどまでにリュシアンが怒りに満ちているのか理解していないが、売られた喧嘩は買う性分だ。その為、このままでは本当に本気の殺し合いが始まってしまう。

 レオンの診察に付き添っていたウメユキは異常なまでの殺気に気づき、ハウスを出た。そして殺気元を辿ると地面の上に片手が落ちており、リュシアンの側に小春が居ないという状況から事情を察し、二人が魔法陣を展開していたため急いで間に割って入った。



「待ちやリュカ君!」

「煩い!コハルが倒れたんだ!」

「なんやて!?コハルはんは何処や!?」

「ブンジに連れて行かれたッ!」

「世話師猫か、ほんなら安心や」

「安心なものか!コハルがショック死する可能性があったんだぞ!」

「しょっくし?リュカが何を言っているのか理解できない」



 二人の徒ならぬ雰囲気にベガールは魔法陣を解き、ウメユキに一連の出来事を話した。それを聞き終えたウメユキはベガールに冷たい視線を向ける。



「魔術や魔法の研究はなんぼやってもええけど、他所様に迷惑掛けんとやれていつも言うてるよな。後先考えず興味本位で行動するんも体外にしよし」


「…それは、悪かったよ。でも彼女が倒れたのは(オレ)のせいじゃ…」


「ウチらも詳しい説明が遅れたんは申し訳ない思てる。けどな、最初に言うたよな。コハルはんはカーバンクルより脆くて儚い存在やて」


「ああ。聞いたよ」


「コハルはヒト族じゃない。ニンゲンという生き物だ。我々にはないショック死というものがある」


「しょっく死?初めて聞く死に方だ」


「ショック死とは血液循環不全により、血圧の低下や意識障害が急速に進行し死に至るものだ。強い痛み、精神的ショック、ストレスが誘因となって自律神経のバランスがくずれ、抹消血管の抵抗が減少し血液が心臓に戻らなくなる。そして血圧低下となり脳血流が低下し意識がなくなる」



 リュシアンは世話師猫から人間がショック死に至る授業を受けており、それを二人に伝えた。ベガールにはカーバンクルを最初に触らせる事によって小春の弱さ、儚さ、を伝えたつもりだったが、強すぎる龍族の彼にはイマイチ伝わっていなかったようだ。勿論、特務部隊室で改めてゆっくり人間について説明するつもりではいた。しかしベガールの好奇心の方が早く、このような事態を招いてしまった。




***

おまけ~レオンの健康診断~


「最近一番イライラしたことは?」

「常にブチギレてます」

「お薬出しておきますね」

「はい」



いつも読んでいただきありがとうございます!

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