100年に一度の鱗替え
龍族の国ルシェールは現在、鱗替えシーズン真っ只中である。
小春は隣で眠るリュシアンと、彼の頭上で眠るカーバンクルの大福を見ながら世話師猫に話しかけた。
「文二、リュカさんの全身から有り得ないくらいキラキラが溢れ出てるんだけど、これって私の目がおかしいんじゃないよね」
「うむ。鱗替えの季節ゆえ何もおかしい事ではない」
「うろこがえ?」
小春は数日前からリュシアンが日に日に輝きを増していっている事に疑問を抱いていた。そのため世話師猫はネコ型ロボットよろしく、【何でも遮断ゴーグル】を創造し彼女にプレゼントした。
「にゃ」
「なに?これ。水中メガネ?」
「かけるにゃ」
彼女は素直に受け取り、ダイバーが水中で着用するようなゴーグルをいろんな角度から眺める。二人が会話をしている間にもリュシアンの輝きは増していき、その輝きに目が耐えられず直視できない所まできた彼女は即座にゴーグルを着用した。
小春はこれを通してリュシアンを見ないと失明する。それくらい今のリュシアンは全身が神々しく輝きを放っている。
それから10分後、強い輝きを放っている本人が眼を覚まし、『うわっ』と驚きの声を上げた。それもそのはず。愛する妻が真っ黒で厳ついゴーグルをし、此方を凝視しているのだ。
「おはようございます。リュカさん」
「おはよう、コハル。そんなモノを着けて何をしているんだ?」
「リュカさんが放つ光が強すぎて、これが無いと私の目が潰れてしまうらしいんです」
「そんな、まさか」
「本当にゃ」
「そう、なのか?」
「うむ」
「コハルは何処まで儚いんだ」
「因みにゴーグルをしていてもリュカさんの姿形が分かるだけで、表情は全く見えません」
「そんなに視力が悪いのか!?」
「これって視力の問題じゃないような」
小春の言う通り視力の問題ではない。全ては世話師猫が違法な手段でこの世界に彼女を召喚したためだ。この世界に適応しない体の創りのまま呼び出された小春は、この世界のどの生物よりも貧弱であり脆弱である。
***
ルシェールは常春で気候も温暖な土地だ。しかし季節が無い訳ではない。今は100年に一度の鱗替えシーズンであり、リュシアンのように光沢のある鱗持ちは古い鱗が剥がれ落ち、新たに輝きを放つ鱗に生え変わる。それはヒトの姿であろうと竜の姿であろうと、どちらでも体から強い輝きを放つ。一ヶ月もすればその輝きは落ちつき、通常の姿に戻る。此処で一番重要なのは、その輝きが人間の小春にとって目潰し並みの光度になる事だ。
身支度を整えた二人は食堂へ向かい、普段と違う容姿をしている使用人達と挨拶を交わす。彼らもそれぞれの竜種にあった鱗替えをしており、それが特徴として現れている。この邸の中で光沢を持つ鱗は当主のリュシアンだけで、他は誰一人として光を放っていない。小春の側付きの侍女ルイーゼッケンドルフは、ギルベルタ種特有の角から宝石のような実が沢山成っている。
「ルイーゼの角はクリスマスツリーみたいになってる。綺麗だね」
「くりすますつりーが何かは存じませんが、コハル様が私の角を褒めてくださっている事は解ります!ありがとうございます!光栄です!コハル様のその色付き眼鏡も素敵です!!」
「ありがとう。ルイーゼ」
普段と違う使用人達。そして真っ黒で厳ついゴーグルを着用している小春。お互いがお互いに普段と違う姿を見て、みなが心を躍らせている。その様子にリュシアンは本日の朝食は中庭で摂ろうと提案し、空を自由に飛んでいる竜を見ながらの食事が始まった。
「今日は大きな鳥も多いですね」
「大きな鳥?どれの事だ?」
「あれです」
小春が空に向かって指をさす。
「コハル。あれはフルモッフという種類の竜だよ。鳥じゃない」
「あれドラゴンなんですか!?」
一緒に食事を摂っているカーバンクルも空を見上げ、『キュキュ!?』と声を上げる。世話師猫は食事に夢中だ。リュシアンは小春が朝食を食べ終わったのを確認すると、妻の目を見て優しく微笑んだ。
「ではここで復習といくか」
「うわー」
小春は嫌な顔を隠そうともせず、リュシアンはリュシアンでそれを無視する。
「ヴァンディファの意味を覚えているか?」
「はい。ヴァンが四つ足で翼が有って、ツノが二本あるドラゴンという意味ですよね」
「そうだ」
「で、ディファが色を指すんでしたよね」
「そうだ。まぁ、正確には光沢のある2色持ちがディファだ」
“ディファ”がつく竜種は珍しく、片手で数えられる程度しかいない。そもそも光沢を持った竜は珍しく、一色でもかなり貴重だ。
「じゃあさっきリュカさんが言ってたフルモッフはどういう意味になるんですか?」
「鱗ではなく毛に覆われているという意味になる。カーバンクルや世話師猫のようにね」
「もふもふな龍もいるんですね」
「見た事がなかったか?いつも邸の上を数匹飛んでいるはずなんだが」
「もしかして、よく邸の上を飛んでるあの大きな鳥の事ですか!?あれドラゴンだったんですね」
「そうだよ。というかコハルにはあれが鳥に見えるのか。あそこまで大きい鳥は存在しないよ」
「人間は龍族より視力が悪いので見分け付かないですよ」
「なるほど」
会話がひと段落すると、強い風と共にリュシアンが所属する特務部隊の隊長が大きな扇子に乗って現れた。彼はニコニコと笑みを浮かべ、優雅な動きと共に魔法で椅子を創り出し、そこへ勝手に着席した。
「ウメユキ。招待した覚えはないが」
「ええやん。固い事言わんといてぇなリュカ君」
近くに控えていた執事頭のユリウスが紅茶を淹れ、ウメユキの前に置く。
「はぁ、何の用だ」
「話が早うて助かるわ。リュカ君とベガに頼みたい任務があってなぁ」
「任務?」
「せや。リュカ君が元々所属しとった、七番隊の遺跡調査発掘部隊からや」
「仕事の話なら部屋を用意しよう」
「ええよ、此処で。その方が都合ええし」
「どういう意味だ?」
「それがなぁ、ちょぉ~っとコハルはん借りたいんよ」
「駄目だ」
「まだ最後まで言うてへんわ」
「最後まで言わなくても駄目なものは駄目だ」
「コハルはんはどないやろか」
「んー、内容によります」
「コハル…」
「え?すみません。リュカさん顔怖いです」
「なっ!?」
「そういえば何でコハルはん色付き眼鏡なんてしてはるん?」
「リュカさんが眩しすぎてコレが無いと私の目が潰れてしまうんです」
「アッハハハ!なんやそれ!ほんまニンゲンておもろい体の創りしてはんなぁ」
「笑い事じゃない。妻が夫の顔を認識できないのは重大なインシデントだ」
ルイーゼッケンドルフが空になったカップにお茶を注ぎ、ウメユキが本題について話し始める。内容は遺跡調査発掘部隊が持ち帰った石板の調査についてだ。石板には天空古代文字が使われており、その解読をリュシアンに依頼したいというものと、薄っすらと古代魔法を用いた魔法陣のようなものが描かれてあるので、その調査をベガールに依頼したいというものだ。
天空古代文字も古代魔法もそれ自体が強力な力を帯びているため、何が発動されるか分からないまま詠唱又は発動させるのは危険行為であり、知識が不十分な者が容易に近づいて良い代物ではない。慎重に取り扱わなければならない代物である。この二つにおいてスペシャリストなのがリュシアンとベガールだ。
「そういう訳でウチんとこに依頼来てん。ほんで、コハルはん来てくれはったら世話師猫はんも来てくれはりますやろ?」
「それが狙いか」
「どういう事ですか?」
「ブンジは古代魔法に明るく初代と交流もあるほどの長命だ。もし俺達が任務を完遂できなかったとしても、天空古代文字が読める世話師猫の力を借りられれば必ず解明できるという訳だ」
「ご名答。流石リュカ君」
「だがウメユキがここまでやるには必ず裏がある」
「裏なんてあらしまへん」
「どうだか。まぁ、それは追々調べるとして、ブンジはどうだ?」
「んにゃっあーあ゛ーにゃっ。んあ゛ぁ゛っ小春が助けを求めるならば知恵を貸す」
急に話を振られた世話師猫は頬張っていたカツサンドを気合で飲み込み、少し噎せながら答えた。
「コハルは~ん!ほんま頼んます!このとーり!」
「分かりました。協力します」
「ほんまに!?ほんまにええの!?おおきに!ほんまおおきになぁコハルはん!いや~持つべきものは最高の親友とその奥さんやなぁ」
ウメユキが嬉しそうに感謝の言葉を述べていると、小春の肩にズシッ!とカーバンクルよりも大きなサイズの竜が飛び乗ってきた。
「うわっ!」
「こらはまた珍しい」
「なっなに?何ですか!?」
「野生の仔竜だ。コハル、じっとしていて」
リュシアンが小春から仔竜を剥がし、彼女の膝の上に乗せる。小春は始めて見るもふもふ竜に、触っても良いかとリュシアンに確認する。
「コハルに懐いているようだから大丈夫だろう。撫でてやると良い」
「うわぁ~。すっごく柔らかい。もっふもふだ~」
野生の仔竜は大人しく、気持ちよさそうに小春に撫でられている。それをリュシアンは羨ましそうに見つめ、ウメユキは『なんやこの微笑ましい空間は』と、口から砂糖を吐き出したい気分に駆られた。勿論写真が趣味のユリウスはシャッターチャンスを逃していない。
「この子はなんという竜種ですか?」
「フルモッフィーリアだな。鱗ではなく毛に覆われているフルモッフと、尾が長くゴパール地帯の模様が入ったイリーアでフルモッフィーリアだ」
「ほぉー」
「ほんでフルモッフいう竜は大抵撫でられるんが好きで、性格も戦闘とか好まん穏やかな竜が多い。せやから十番隊に多く所属してんで」
「十番隊?」
「医療、治療に特化した隊だ」
「凄いですね」
迷子の野生仔竜は小春に撫でられているのが気持ち良いのか、うとうとし始めた。リュシアンの髪の中に身を潜めていたカーバンクルは顔を出し、その仔竜を見つめる。襲ってくる様子がない事を確認すると、カーバンクルは仔竜が珍しいのか近くまで行き、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「起こしちゃ駄目だよ」
「(はーい)」
「ん~匂いからして迷子やろうなぁ」
「そうだな」
「匂いでそんな事が解るんですか?」
「ああ。だが流石にこれは龍族の血を引いていないと難しい」
「そうですか、残念」
「そういえばリュカ君、コハルはんは制度の話知ってはるん?」
「いや、まだだ」
「ほんなら今が丁度ええんとちゃう?」
「そうだな」
「何の話ですか?」
リュシアンは迷子の野生仔竜は国で保護し、親元に帰す制度がある事を話した。これは十三番隊が役割を担っている。説明を終えた後、明日登城するついでに一連の流れを体験しようという話になり、ウメユキは強引に一泊しリュシアンと朝まで酒を飲み交わした。
リュシアンとしてはせっかくの休日なので妻とゆっくり過ごしたかったが、本人が放つ輝きが小春の瞳に負担を抱えるので世話師猫が近づくことを禁じた。それゆえ鱗替えが終わるまでリュシアンは小春と寝室を共にする事が許されず、朝晩の濃厚な挨拶も禁じられ、彼は地面に膝を着き、両手で顔を覆い隠した。
翌日、ゴーグルを着用した小春、リュシアン、ウメユキは、竜車に乗り登城した。小春の肩にはカーバンクルが乗っており、世話師猫は隠れて付いて来ている。野生の仔竜は小春に抱えられており、リュシアンとウメユキが城内を案内しながら歩く。すると『おやまあ』といって声をかけてきた男が現れた。その男の名はベガール・ヴァンフルモッフ・シブリ。親しい者にはベガと呼ばれている。
ベガールは魔法・魔術が好き過ぎるあまりアカデミーを150年留年し、教師陣からいい加減卒業してくれと懇願されリュシアンらが卒業する際に半場強制的に卒業させられた男だ。彼は今でも魔法・魔術を極める事に熱中しており成果も著しく、国から筆頭という称号が与えられている。
ベガールは元々二番隊に所属し、優秀な筆頭魔導士であった。しかし、魔法・魔術に関する仕事でない時は全く使い物にならず、しかも提出物等の書類の字が汚すぎて誰も読めず、毎回ベガール本人に説明させる必要があり、その都度議会や報告の進捗が滞るため王命で特務部隊に移動となった。その話を竜車の中で聞いていた小春は、150年も留年できる神経の図太さが凄いなと関心していた。
そんな男が目の前に現れ、小春は想像していた人物像と程遠い姿をしているベガールを見て驚く。彼は緩く波打った柔らかい髪をしている柔和そうな男だ。
「相変らずだな、ベガ」
「キミもね。リュカ」
二人はそれだけ交わし、リュシアンが妻を紹介する。お互いに挨拶を終えた後、初期の頃のウメユキらと同様に、ベガールもカーバンクルを間近で見るのが初の事なので、許可を得たあとに興奮しながら人差し指の腹でちょんちょんと優しく撫でた。
「や、やわらかい…!」
「因みにコハルはんはこのカーバンクルよりも脆いで。触らんときや」
「何だって!?」
「あの」
「おや、何かな?」
「シブリ様はヴァンフルモッフという竜種ですよね。という事は、その、もふもふなんですか?」
「うん。そうだよ。龍体化してみせようか?触ってもいいよ」
「コハル。ベガの毛を触ったら浮気と見なす」
「リュカ君こわー」
「驚いた。本当に変わったんだねリュカ」
リュシアンが機嫌を損ねると面倒臭いと分っている小春は、心の中で『もふりたかった』とごちた。
~おまけ~
寝る前のリュシアンと小春、監視する世話師猫
「コハル」
「たったひと月離れて寝るだけですよ」
「私と離れて寂しくはないのか?」
「ん~。同じ家に住んでるので寂しくはないです」
「そう、か…。なら、抱擁だけでも」
「時間切れにゃ。これ以上は小春の瞳に負担がかかる。寝ろ。龍の子よ」
「くッ」
いつも読んでいただきありがとうございます。
体調も徐々に回復してきました;つД`)
一月分更新が滞っているので、どこかでもう一話分更新しようと思います。これからもよろしくお願いします。




