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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第四章 戻ってきました、龍の国
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ただ、あなたを想う


 これは、とある御令嬢の、建国祭当日。


 彼女の名前はリリーシャ・アーデン・リンググッド。龍族である。彼女は名家に生まれ、何不自由なく暮らしてきた。美しいその女性は身支度も整えず自室の椅子に腰かけ、側付きの侍女にドレスをと促された。



「リリーシャ様、そろそろご準備されませんと」

「結構よ」

「畏まりました。その、リリーシャ様」



 侍女が伏し目がちに主を見る。理由は簡単だ。主人が長年慕っていた男の名が、今年婚姻を結んだ三組の中にあったのだ。リリーシャの想い人とはリュシアン・ヴァンディファ・デルヴァンクール。



「ええ、分かっていてよ。2700年ものあいだ、ずっと想ってきたんですもの。当の昔にリュシアン様とわたくしが番ではない事は、分かっていてよ。婚姻を結べる希が薄い事も、ね」

「リリーシャ様…」

「貴方には感謝しているわ。永らく付き合わせてしまったわね」

「いいえ。とんでもございません」



 リリーシャは侍女を下がらせ、窓辺に座り空を見上げる。野生の竜たちが飛びたいように大空を飛び、行きたい方向に行き、今日という日を自由気ままに過ごしている。そんな彼らを見ながら、彼女は静かに瞼を閉じ、懐かしい記憶に想いを馳せた。


***


 ーあれは幾月か前、貴族街でリュシアン様をお見かけした際のこと。わたくしは初めて彼が笑みを浮かべているお姿を拝見しました。その美しさに衝撃を受けましたけれども、一番の衝撃はその瞳の先に女性が居たこと。わたくしには引き出せなかった表情を、彼女はいとも簡単に引き出せていた。あの方の呆れた顔、怒った顔、拗ねた顔、どれも見惚れる程に美しかったわ。

 わたくしはアカデミーの頃からリュシアン様を知っていますのに、卒業されてからも夜会やパーティーで御一緒した事もありますのに、どの表情も、一度も拝見した事がありませんでした。たったの一度も。そう、たったの一度もよ。なのにあの子は数時間、いえ数分の間にいくつもの表情を引き出していた。


 ええ。勿論嫉みましたし、愚かな感情も抱きました。

 だって、わたくしはリュシアン様とお呼びできるまでに300年もの時を有しましたもの。美容、勉学、武術、交流、沢山の努力をして、やっとお名前をお呼びできる許可を頂きましたの。なのに、あの子は彼を愛称で呼んでおりました。

 たった一日で、数時間で、これほどまでに精神的苦痛を覚えたのは初めての事で、呼吸の仕方さえ分かりませんでした。どうやって邸に帰ったのかさえも覚えていませんわ。そして冷静になるまでに数十日を要し、わたくしは目を背けずに現実を受け入れました。


 わたくしは気高き龍族。

 リリーシャ・アーデン・リンググッド。

 醜く愚かな感情に呑まれるような柔弱な精神など持ち合わせておりません。

 

 現実を受け入れてからのわたくしは、彼女の事を調べました。ですが、影を使っても特に情報は得られませでした。判ったのは彼女が龍族でない事だけ。たったそれだけですわ。

 彼女の事を調べている間、何度かお二人を見かける事がありました。リュシアン様はわたくしに気付く様子など微塵もなく、優しい瞳で彼女を見つめておりました。愛に満ちたその優しい瞳をわたくしに向けて欲しかった。ですが、邪魔をしようなどとは一切思いませんでしたの。それは、わたくしが真摯に、本気で、彼の事をずっと想い続けていたからですわ。だからこそ、リュシアン様が彼女をどれほど大事に想っているのかが痛いほどに解りましたの。


 本当に、わたくしに勝ち目などないのね。お二人が番だと認めざるを得ない。もう、わたくしの初恋は、終わってしまったのね。それなのに、それなのにまだ心が諦めてくれませんの。こんなにも頭では理解していますのに、心がまだ貴方を想い続けていますの。

 ああ、失恋がこんなにも苦しくて、辛いものだとは思いませんでしたわ。こんなにも胸が苦しくて、張り裂けそうになるのね。でも、貴方を想っていた時のわたくしは、とても幸せだった。あの何百年、何千年、一時たりとも苦しい日など無かったわ。わたくしは、確かに幸せだった。



 ですので、もう少し、もう少しだけ、貴方を想い続けさせてくださいませ。ー

 


***



 侍女がリリーシャの部屋にティーセットを持って戻ると、彼女は澄んだ瞳で空を見上げていた。



「リリーシャ様。お茶にしませんか」

「あら、素敵なお誘いね」

「本日の茶葉は魔国産のグレートシビアコティです」

「初めて聞く茶葉だわ」

「品種改良の際に偶然生まれた新種の茶葉だそうです」

「そうなの。楽しみね」



 邸の外では花びらが舞っている。それは今年婚姻を結んだ者達を祝福する様に、隠すかの様に。そしてその数分後、豪雨が襲った。




「凄い雨ですね」


「ええ。そうね。まるでわたくしの心を表しているみたいだわ。なんて、感傷に浸っている場合ではないわね」


「つまり、自然の雨ではないという事ですね」


「ええ、その通りよ。この雨粒には微量だけれど魔力が感じられるわ。これは誰かを見張る為の、そうね、監視及び索敵、といったところかしら」


「ルシェールに悪意を持った誰かが忍び込んだのですね」


「いいえ、違うわ。この雨を誰が降らせているかまでは特定できないけれど、この雨は今日発表された婚姻を結んだ方々を守るための雨。欲に狩られた者達に暴動を起こさせないための鎮火の雨。そして害をなそうと邪な感情を持った者を特定し監視する為の雨よ。誰が降らせているのかしら。とても、愛されているのね」


「流石リリーシャ様です。この大雨にそのような意図があったとは」


「貴方も励みなさい。素質はあるのですから」


「はい。精進します」




 わたくしも、いつか、出会えるかしら。

 愛し、愛される存在に。




いつも読んでいただきありがとうございます。

そして誤字脱字報告ありがとうございます!物凄く助かりました!感謝ーーー!!!

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