新たな出会い
いよいよ幌馬車に乗る日が来た。
運良く天気に恵まれ、昨日の豪雨が嘘みたいだ。
朝食は猫耳おばあちゃんに頼み朝4時から作ってもらった。今から向かうヒト族が納める国はテッレディスェホンムという名の国で今日まで歩んできた村とは違い、一気に活気溢れる街並みになるらしい。国の中に入れば足場は石畳にかわる。そしてテッレディスェホンムの主な産業は絹などの織物だ。
国の名前を考えた人は、誰なんだろう。
物凄く言いづらい。
テッレディスェホンムは観光地としても栄えており、近くにはダンジョンもある。聞けば聞くほど楽しみな所だ。
集合場所に行くと、幌馬車には御者が一人とローブに身を包んだ男女の二人が既に乗っていた。その二人はフードで顔を隠しているので、どんな顔をしているかは見えなかった。私達が最後のようで幌が掛けてある荷台へ乗るとガタガタと進み始めた。
荷台には、四角い木箱が御者席の近くに二つだけ固定されるように縄で縛られており、座る場所は木で出来た長椅子で向かい合うように作られている。
進行方向からして左側の後方に私達が横並びで座り、御者席の近くに男女二人が座っている。もちろんリュカさんが端だ。
私から見て斜め前にフードを被った女性、その隣にフードを被った男性。心なしか男性のフードからツノのような物が見える…。気のせいだろうか。
この幌馬車は馬が二頭で引いており、幌の部分は真上だけだ。雨が降らないように祈るしかない。その代わり、どこに座っても景色が見えるので気分転換にはとても良い。
今日から二日間かけての移動だ。
まだ乗って間もないのに、すでに私のお尻は限界に近い。舗装されていない道を走っているので、揺れるのは百も承知だが、振動がここまで伝わるとは思わなかった。リュカさんも他の二人も平然とした顔で座っている。
この世界の人のお尻は凄いと思う。私はお尻を甘やかしすぎたのかな。いや、そんな事ない。はあ、ウォシュレット欲しいとか言ってる場合じゃないな。
お尻の痛みを我慢していると、リュカさんが私に「横になっても良いぞ」と声を掛けてくれた。有難き幸せ、恐悦至極にございますと心の中で感謝の言葉を沢山並べ、お言葉に甘えてリュカさんの膝に頭を置き横になる。
カーバンクルの大福も私の体調を気遣ってか大人しい。リュカさんは私の頭を一定のリズムで撫でている。彼の手はいつもひんやりとしているので、とても気持ちが良い。
自分の体調を整える事に専念していると幌馬車が止まった。
何事かと思い体を起こすと、前方に大きな魔獣が現れた。
御者は馬が暴れないよう鎮めるので精いっぱいで、私達よりも先に馬車に乗っていた二人に声をかけた。
「ひぃぃ魔獣だ!用心棒のお二人さん頼みましたよ!」
「いちいちビビんなおっさん」
「ユメ、言葉遣いが美しくないぞ」
「こんな時にまで小言かよ」
どうやら私達の他に乗っていた二人は、この幌馬車の用心棒だったみたいだ。軽口を叩きながら、彼らはいとも簡単に数匹のブタ型の魔獣を倒していく。
魔獣との戦闘のせいでフードが彼らの頭から外れ素顔があらわになった。
女性の方は耳が長く、美しいブロンド髪を後ろで一つに縛っており、瞳は新緑を思わせるような深い緑色。男性の方は、御でこの両端から黒く長いツノが二本あり前方に突き出ている。髪は黒く、瞳は燃える様に紅い紅蓮色。
女性は弓使いで、リュカさんがカフスにしている魔石を蔦で出来たような弓に何色も沢山埋め込んでいる。男性の方は、脇差くらいの長さの日本刀のような刀を二つ握っている。きっと双剣使いというやつだろう。
なんと言っても一番の驚きは二人の顔の美しさ。
この幌馬車に乗ってる人の美形率の高さが異常だと思う。そういえば、ユメと呼ばれていた男性には真っ黒なツノが生えている。という事は龍族?
「リュカさん、あの人はお仲間ですか?」
「仲間?ああ、違うよ。彼は鬼人族だ」
「奇人?」
「違う。鬼だ」
「この世界には鬼もいるんですか」
「鬼人族は数が少ない。彼も久々に見る」
「久々?会った事があるんですか?」
「…ふふっ」
「え?え?何なんですか?」
幌馬車の外は悲惨な状態になっているのに私達は呑気にお喋りをしていた。
馬が落ち着くまで少し休憩しようという話になり、鬼人族の男性が早々に魔獣を焼き払いに行った。
身体を動かしたくて堪らなかった私は幌馬車から降り、大きく伸びをする。
今、幌馬車の中に居るのは、御者さんとリュカさんだけだ。
大福は私の肩に乗り一緒に幌馬車から降りてきた。
未だ気分の優れない私は、入念にお尻をマッサージする。
「何をしている」
話しかけて来たのは先ほどの戦闘で弓矢を一気に三本も飛ばし魔獣に命中させていた、耳の長い綺麗な顔をした女性だ。
「幌馬車が初めてで、お尻が痛くてマッサージをしていました」
「マッサージ?汝の痛みは魔力の流れが上手くいっていないからだと思うが」
「なれ?」
「貴方の事だ。」
「あ、私は東郷小春と申します。人間です。二日間よろしくお願いします」
「にんげ?…吾は森の民、エルフだ。名はフィー・デレフォレ」
「ふぇー・かふぇおれさんですね、何とお呼びしたら良いでしょうか」
「フィー・デレフォレだ。誰だフェー・カフェオレとは。発音が難しいのならフィーで構わない」
「ありがとうございます、フィーさん。私の事は好きに呼んでください。因みに名前が小春で、姓が東郷です」
女性同士仲良くなれて嬉しい。名前を聞き間違えてしまったのは申し訳ないけど。
彼女は面倒見が良いようで、私の手を握り体内の魔力を循環させる方法を教えてくれた。
お陰でかなり身体が楽になった。魔力循環は元の世界でいうところの血液循環に近い。
そして、幌馬車の中で私の隣に座っていたリュカさんの情報を聞き出そうとしてきたので、適当に足腰の弱いおじいちゃんです、と答えておいた。もちろんフィーさんには「そんな訳ないだろう」という目で見られている。
魔力循環の練習をしていると暑くなってきたので、鎖骨が見える部分まで服のボタンを外した。フィーさんの教え方は上手なのでコツを掴むのはすぐだった。一人でもスムーズにできるように何度か試していると、フィーさんが私の服をバッと勢い良く開けてきた。
ええええええ!?そういうご趣味が!?
「龍の刻印?…この刻印は、デルヴァンクールの者…か。汝、お手付きをされているのか」
「おてつき?ですか?」
「知らないのか?では、勝手に…?」
フィーさんが神妙な顔つきで、私の左側の鎖骨を凝視する。私にはいつも通りの肌にしか見えない。彼女には別の何かが見えているのだろうか。
言葉を発しようとしたら、私の後ろからスッと見慣れた腕が伸びてきた。その手は器用にも私の服を後ろからキチンと首元までボタンを閉めてきた。
「帰りが遅いと思ったら森の民に襲われていたとはな。私の愛し子に何か用か」
「!?こやつの何処がおじいちゃんなのだコハル」
「お爺…どういう事だコハル」
どういう事なんでしょうね。
リュカさんの愛し子発言に一瞬ドキッとしたが、瞬時に珍獣枠と察した私は虚無顔となる。
どうにかこの話題を切り抜けようと、すっとぼけたが、そうはいかず、フィーさんとリュカさんから謎の尋問を受けた。リュカさんが龍族である事を隠さなきゃいけない、でも嘘は付きたくない。という事で、おじいちゃんと紹介しましたと素直に白状すると無言で頬っぺたをぐいーっと引っ張られた。
そんなぁ。
約束はちゃんと守ったのに、酷いです。
リュカさんは覚えてなかったみたいだけど、フィーさんは昔リュカさんに会った事があるらしく、彼の顔を見た瞬間、綺麗なお辞儀をした。
「フィー、何やってんだ?」
魔獣を全て燃やし終えた鬼人族の男の人が私達の元へとやって来た。彼もまたリュカさんの御顔を見て驚き、喜色満面の笑みを浮かべた。
「師匠じゃないっスか!あれ?イメチェンしました?昔はもっと髪長かったっスよね」
「「師匠?」」
「お前の師匠になったつもりはない」
彼の名前はユメヒバナと言い、昔、リュカさんが世界中を旅していた時に出会った鬼人族の子らしい。子といっても今はもう成人しているし、何歳かは分からない。見た目的に25,6歳だろうか。でも鬼人族も長寿らしいので、きっと100歳は越えているはず。
リュカさんとフィーさんは今、私とユメヒバナさんから離れた所で、二人でコソコソと話をしている。その間ユメヒバナさんは私にリュカさんとの出会いを話してくれた。
話してくれたというか、むしろ聞け!っという感じで一人語りを始めた。彼は見た目がちょっと怖いけど話してみるとただの無邪気な悪ガキみたいな人だった。但し顔が良い。
彼とリュカさんの出会いは、リュカさんが世界中を旅し、鬼人族の国に寄った時の事だそうだ。出会ったばかりの頃のユメヒバナさんは荒れており、自分が世界で一番最強だと思って天狗になっていたらしい。鬼なのに天狗?と思ったが、話の腰を折ると面倒なので、そこはツッコまなかった。
鬼人族が住む国へ行くには灼熱の大地という、地面がマグマでどろどろになっている所を越えなければならない。なので他国の人は滅多に訪れず、鬼人族の国へ訪れた者には盛大な宴が執り行われる。
「灼熱の大地を渡ったくらいで良い気になってんじゃねえ!」と思ったユメヒバナさんは、宴の最中にも関わらず、正々堂々勝負しろ!とリュカさんに挑み、一撃で再起不能にされたらしい。
再起不能といっても全治10年だったので、治った暁には絶対に稽古をつけてもらおうと必死にリハビリをし、彼はリュカさんを探す旅に出た。
そして、20年後にやっとリュカさんを見つけ、彼の旅が終わるまで必死について行ったそうだ。
「うわっお前なに泣いてんだよ」
「っユメヒバナさんが健気すぎて、泣かずにはいられませんでした!」
「健気か?俺?まあ、リュシアン様にはかなり邪険にされてたけどな」
「リュカさんが鬼!龍なのに鬼!あとゴリラ!」
「リュシアン様は立派な龍だ。どっから来たゴリラ」
「そういえば、最後のゴールは龍の国ルシェールですよね?どんな所でした?」
「ルシェールには行ってねぇよ。ついて行こうとしたら龍体になったリュシアン様に蹴落とされた」
「リュカさんんんんん!!!!」
ユメヒバナさんから聞かされるリュカさんの話は、全て鬼畜仕様になっており、今私が見ている彼が本物なのか、ユメヒバナさんが話てくれているリュカさんが本物なのか、頭がこんがらがってきた。
私が独り頭を悩ませていると御者の人が私達を呼びに来た。
どうやら馬も落ち着きを取り戻したようなので幌馬車を走らせるみたいだ。
ブクマや評価をしてくださった読者様、本当にありがとうございます!元々はROM専で、つい最近までは小説は世間に出さず、壁打ち状態だったんですが、pixivを切っ掛けに意を決してここではオリジナルを出してみました。これからも宜しくお願いします。




