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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第四章 戻ってきました、龍の国
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建国祭に参加しないで絵本を読むデルヴァンクール邸


 つい先日、建国祭で今年婚姻を結んだ者の名が読み上げられた。リュシアンの名が読み上げられた際、それはもう割れんばかりの祝福と嫉妬の悲鳴で国が揺れた。ある者は龍体化し空から花の雨を降らせ、またある者は妻になった存在を血眼で探した。



「誰よ!コハル・デルヴァンクールって!」

「私のデルヴァンクール様を返して!」

「殺してやるっ!殺してやるぅぅううう!」



 祝福と憎悪で貴族街は一時混沌と化し、豪雨によって鎮静化された。この豪雨はデルヴァンクール家に代々仕えるヴェルツェラン家の仕業だ。彼らは一斉に龍体化し国中に雨を降らせ、その雨粒一粒一粒と己の視界をリンクさせ、小春に害を及ぼす可能性がある者達を徹底的に調べ上げマークした。全ての情報は現当主であるリュシアンの執事頭、ユリウスの元へ集まっている。


 一方その頃、小春は邸の図書館で自主勉強をしていた。建国祭には参加していない。リュシアンも彼女の側で調べ物をしており、此処だけ穏やかな時間が流れている。世話師猫やカーバンクルも彼らの近くで寛いでおり、ルイーゼッケンドルフも控えている。




「ふぅ」


「終わったか?」


「全然です。龍族って調べれば調べる程いっぱい色んな事がでてきますね。絵本とかあったらもっと頭に入ってきやすいんですけど」


「それならユリウスが持っている」


「本当ですか?!」


「ああ。ユリウスは他国で龍族が活躍した書籍類を収集している。私が本になっているものも存在する」


「読んでみたいです!」



 数分後、二人はユリウスの案内で彼の書斎室へ行き、本棚に並べられてある各国の龍族と竜に関する本の説明を小一時間聞かされ続けた。勿論、世話師猫、カーバンクル、ルイーゼッケンドルフも付いて来ている。



「ユリウス。説明はもう良い」

「まだ説明したりないのですが」

「こんなに沢山よく集められましたね」

「ええ。自慢のコレクションです」




 この部屋には彼が収集した本の他に、アルバムも並べられてある。暇を持て余している世話師猫とカーバンクルは勝手にそれらを読み始め、小春が破かないようにと注意した。




「此処から此処までは全て若様に関する記述があるものです。読みやすい物ですと幼児向けの絵本が此方にございます」

「それ読んでみたいです」

「畏まりました。いくつかお持ちしますね」



 小春は他の本棚も気になるようで、ユリウスに質問する。



「あっちにある本は何ですか?」

「若様以外の龍族が描かれた本です。右の棚はドボルザーク様、左の棚には忍冬様が書かれています」

「へぇ」



 ユリウスが準備した絵本をリュシアンが受け取り、残虐な描写がないか確認する。中には暗黒時代に描かれた物もあるため苛烈で惨たらしいものもある。そのため世話師猫も小春がショック死しないよう精査に加わり、確認を終えた物から渡していった。


 黙々と読むこと数分。小春はある事に気付く。



「コハル。手間が止まっているよ」


「すみません」


「読めない文字でもあったか?」


「いえ、そうではなく…」


「どうした?」


「あの、どれも龍族が悪く描かれてあるものばかりで…」


「ヒト族からしたら我々がそう見えるのでしょう」




 そうユリウスが答えると、小春は顔を上げて二人を見た。




「どうかしたか?」


「コハル様、気分が優れないようでしたら」


「いえ、そうではなくて、二人はこんな風に描かれて嫌じゃないんですか?」


「どういう意味だ?」


「だってこの絵本には恐ろしいアイスドラゴンがヒト族の国を滅ぼしたって。本当にそうなんですか?このアイスドラゴンってリュカさんの事ですよね?」


「ああ。そうだな。確かに私がその国を滅ぼした」


「ほ、本当にリュカさんが!?」




 小春は理由も無くリュシアンがヒト族の国を亡ぼす訳がないと信じている。そのため慎重に言葉を選びながら質問する。しかし事実は変わらなかった。




「コハル様が読んでいらっしゃる本はどれもヒト族が描いた絵本です。ですから、どうしても我々の事を悪者にしたいのでしょう。この国は滅んで当然です。龍族に喧嘩を売ったのですから。そしてもうひとつ」


「もう一つ?」


「ええ。彼らは野生の子竜を、魔王を倒すための武器として殺そうとしたのです」


「そんなっ…。て、え?魔王を?」


「はい。魔王です」


「魔王って、魔国の王様ですよね?」


「そのとおりでございます」


「魔王って悪い人なんですか?」


「いいえ。魔国を収める大変立派な王様ですよ」


「じゃあ何でヒト族は魔王を倒そうとするんですか?」


「ヒト族は血気盛んですからね」


「そうなんですか?」


「ええ。全てのヒト族がとは言いませんが、ほとんどのヒト族がそうです。中には魔族に敬意を表す珍しい国もございます。まぁ、片手で数えられる程度ですが」


「そうなんですね。それじゃ魔王さんはいつも命を狙われて大変ですね」


「そうですね。魔国にはしょっちゅう勇者とかいう野蛮な輩が数十年に一度は来るとお聞きしています」


「野蛮な輩…」


「ふふっ。ルシェールにも数百年に一度はいらっしゃいますよ。ですが城にまで入り込めた者は一人もおりません」


「王様に会う前に魔獣とか動物にやられちゃうからですか?」


「いえ、そうではありません。ルシェールに上がって来られる程の実力者です。なので、己の目で見て、自国で聞かされていた話が間違いだったのだと気づき、観光して帰ります」


「なるほど」





 小春は落ち着きを取り戻し、閉じた本を開き再び読み始める。




「あ、この本にはリュカさんとユリウスさんがいます」


「それは若様がアカデミー生の頃ですね。たしか遠足の時に起きた出来事だと記憶しています」


「遠足?」


「はい。私は同伴者として付き添いで行きました。なにせ若様の初めての地上ですからね。その時の事がヒト族の間で本にされたのでしょう」




 絵本のため文字が少なく、内容が理解しづらかった小春はどんな遠足だったのかと尋ねる。




「地上の野生動物を見に行く社会科見学のようなものでしたよ」


「楽しそうですね。でも絵本にはそんな風に描かれてませんよ?」


「それを描いたのもヒト族ですからね。あの日、我々が空から降りて来る姿を何処かで見ていたのでしょう。ある野蛮なヒト族の国の兵士が若様たちを捕らえようとしました。ですので私が龍体化し雨を降らせ、その雨を若様が凍らせ、地上にあるヒト族の小国を大量の氷柱で滅ぼしました」


「え、遠足ですよね」


「はい。何度も我々を捕らえようとしてきたので。つい」


「ついで滅ぼしちゃうんですか」


「元々その小国は他国から金品を奪ってできた国です。滅ぼされても当然の行いをしてきた者達ばかりですので、近隣国からは英雄の様に我々の事が描かれております。むやみやたらに命を奪っている訳ではございません」


「…」



 ユリウスが補足で説明を入れるが、小春は思案する様に顎に手を当てる。



「誰を相手にしているのか分からせる為には手っ取り早いと思ったのですが、やはりこの話はコハル様に少々厳しいものだったようですね。すみません。記憶の銷却を行いましょう」


「だっ大丈夫です!やられたらやり返すの度が過ぎた版だと思えば大丈夫です!」


「無理はなさらないでくださいね」


「はい」



 その後も小春は書斎で本を読み続け、リュシアンとユリウスは邸外から良からぬ気配を感じ取ったため視線だけで合図を交わした。その何かとは建国祭で小春によくない感情を抱いた者の事だ。こちらに向かって飛んできている人物は一人。その者については既にヴェルツェラン家から報告が上がっている。



「やはり来たか」

「私が対処いたします」

「いや、良い。隊の後輩ぐらい俺が処理する」

「流石でございます。若様」



 翼を広げ威嚇したまま庭に着地したのは、ワイバーンという竜種。彼はリュシアンが所属している特務部隊のエースで、今年入隊したばかりの新人だ。ワイバーンは龍体化を解き、ヒトの姿に形を変え、そのままふわりと風魔法で書斎まで飛び上がった。そして小春の全身をゆっくりと眺め、一言訊ねる。




「お前が、コハル・デルヴァンクールだな」




 落ち着いた安定感のあるアルトボイス。今にも襲い掛からんとする強い殺気。この男も例にもれず顔が整っており、アイドルのような甘い顔つきをしている。だが小春を見る瞳には強い殺気と怒りが満ちている。そのため小春の声は震え、『はひっ』と語尾が裏返ってしまった。


 側付の侍女ルイーゼッケンドルフはいつでも迎撃できるよう腕から先を龍体化させ、リュシアンは黙ったまま後輩に冷たい視線を向ける。




「我が名はレオン・ヴォルフガング・ワーグナー。お前に決闘を申し込む」

「決闘?」

「そうだ」

「あの、遠慮します」

「なんだと?!」




 男は小春の返事に怒りを通り越し、あまりの及び腰に衝撃を受けた。




「誇り高き龍族、しかもデルヴァンクール先輩の妻になった女がこんな腑抜けとは…。それに竜種を示すミドルネームが無いとはどういう事だ」


「そのままの意味です。私は龍族ではありません」


「あ、ありえない…。本当に龍族じゃないのか?そんな奴とデルヴァンクール先輩はご結婚されたのか…?」




 彼は小春の側いるリュシアンが視界に入っていないようで、ありえなりありえないと何度も呟く。そして攻撃魔法を放とうと指を動かした瞬間、リュシアンの氷の息吹きで一瞬にして氷漬けにされ地面に落下した。

 



「ええええ!?大丈夫なんですか!?」

「死にはしないだろう」

「そういう問題じゃないです!私見て来ます!」

「アイツに殺されそうになっていたんだよ。何故コハルが心配する」

「ここ何階だと思ってるんですか!こんな高さから落ちたら死んじゃいます!」

「これくらいでは死なない。もし死んでしまったならそれまでの奴だ」

「もういいです!」

「待てっ!コハル!」




 書斎から出て行った小春をリュシアンが走って追いかける。その後ろに全員続き庭に出ると、花を滅茶苦茶にされたと怒り狂っている庭師に出会った。 

 花は世話師猫が復元魔法で元にも戻し、小春の指示で襲って来た男を客室に運ぶ。彼を覆っていた氷はリュシアンが渋々溶かし、ユリウスがベッドに寝かせた。



「うっ…はッ!デルヴァンクール先輩!」

「お目覚めになりましたか」

「貴方は、」

「執事のユリウスですよ。お忘れですか?」

「あっ。すみません。記憶が混同していて。確かデルヴァンクール先輩が龍族でもない脆弱(ぜいじゃく)な女と結婚されたとか…。ははっそんな訳ないですよね」



 小春を侮辱する発言をした瞬間、客室の温度がぐっと下がった。リュシアンからは冷気が漏れており、家具が徐々に凍てつき始める。




「レオン・ヴォルフガング・ワーグナー」

「デルヴァンクール先輩…」

「私の妻に攻撃魔法を放とうとしたこと、花の命を奪ったこと、妻への侮辱。それら全て、許すわけにはいかない」

「ッ」



 レオンは見た事もないリュシアンの怒る姿に声も出ず、逆鱗に触れてしまったのだと心で理解した。100年近く凍結されるだろうと覚悟を決め、目を閉じる。しかし一向に自身が凍らされた感触がない。それもそのはず。彼の妻である小春が『リュカさん!せっかく溶かしたのにまた凍らせてどうするんですか!』と注意したからだ。レオンは彼女のお陰で1年間デルヴァンクール邸に出入り禁止になっただけで済んだ。



「感謝する。だが、お前がデルヴァンクール先輩の妻だとは認めない」

「お前に認めてもらう必要はない」



 小春が言葉を返す前にリュシアンが遮る。



「デルヴァンクール先輩目を覚ましてください。こいつは見るからに弱いですよ」

「私は妻に強さを求めていない」

「何故ですか」

「レオン。お前もいずれ分かる時が来る。この感覚、この感情は、今のお前に言葉で説明しても理解はできないよ」

「…」




 冷めた瞳から何処か懐かしむような瞳になり、リュシアンはレオンの頭を軽く撫で、諭すように話した。レオンはリュシアンを尊敬している。だが、それでも納得しきれない彼は俯きながら言葉を吐き捨てた。



「ヒト族なんて徒花だろ」

「あだばな?」

「咲いても実を結ばず散る花のことだ。見かけは華やかでも中身の無いモノを指す。少しは勉強したらどうだ」

「レオン。コハルはニンゲンだ。それと、私の妻にお前と言うな。次はない」

「はい。すみません。デルヴァンクール先輩」



 隊の先輩でもあり尊敬しているリュシアンには素直に謝るが、小春には鋭い視線を向け、また余計な言葉を口にする。



「おい、ニンゲン。ヒト族より雑魚だったら承知しないからな」

「確実に弱いです」

「なんだと!?きさ」



 貴様と発言しきる前にリュシアンによって再び氷漬けにされ、小春はカチコチに固まっているレオンを残念なモノを見る様な目で見つめた。



「学習能力があるのかないのか分からない方ですね」

「戦闘スキルは高いが、頭の方は少しな」

 


 段々面倒になってきたリュシアンは後処理をユリウスに任せ、小春と書斎室に戻った。


ブクマやイイネ等ありがとうございます!

あと誤字脱字報告ありがとうございました。助かります;つД`)

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