乗りもの酔いと小瓶
酔った。酔ってしまった。
今はユリウスさんの背に乗って龍の国に帰国している。ユリウスさんの龍体化は東洋竜のような姿で、背びれにふわふわの毛がある。もふもふを楽しんでいると『くすぐったいのでお止めください』と言われてしまった。
ユリウスさんにはリュカさんのような翼はなく、空を飛ぶのに浮力という固有種の力を使って飛ぶ。翼がないため進行方向へは長細い体をゆっくりと蛇のようにうねらせながら進み、スピードを出すと時は気流に乗る等いくつか方法があるらしい。私はこの横揺れに酔ってしまった。
『コハル様、あともう少しでルシェールです』
「う゛っ。はい…頑張り、ます」
ルシェールの地に降りるとユリウスさんは龍体化を解き、ヒト型の姿に戻った。私は地面に足が着いた安堵からか吐いてしまい、背を摩って介護してくれたユリウスさんも貰い下呂をしてしまった。本当にすみません。ただ自分の吐しゃ物だけ魔法でキラキラのエフェクトを付けるのはどうかと思います。私のもキラキラ補正してほしかった。文二と大福はというとピンピンしている。
「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございません。刺激的な匂いでしたので」
「いえいえ。こちらこそすみませんでした。元はと言えば私が悪いので」
「どうかこの事は御内聞に願いたいのですが」
「わかりました。私のも秘密でお願いしますね」
「それは出来かねます」
「え」
「コハル様の事は逐一全てを報告するよう言付かっておりますので」
「主従揃って鬼畜ですね」
「そうでしょうか?」
「はい」
私のオエェは報告されるのか。嫌だな。
というか地上に向かって吐いたから下に誰か居たらどうしよう。どうか誰も居ませんように。
気合を入れなおし、此処からは歩いて帰る。リュカさんの邸は空に浮いてるのに歩き?と不思議に思い聞いてみると、ある程度近づいたら風魔法で一気に邸まで飛ぶのだと教えてくれた。本当ならユリウスさんの背に乗って帰れば良いんだけど、私が酔ってしまうのでそれは無しになった。
今回私達が降り立った場所はルシェールの端で、森の中を抜けるとパンプキンズボッテに出る。そこから3キロほど歩くと上空に邸が見えてくる。パンプキンズボッテとは角にカボチャを刺した龍族がいる街だ。ただしいつもカボチャを刺している訳ではない。
それは昔、とある若者が角が痒くて特産品のカボチャに角を突き刺して遊んでいたことから始まる。何度かそうやって遊んでいるとカボチャが抜けなくなり、そのあまりにも可笑しい姿に周りの者達は大笑いし、そしてその笑い声がバフンバーという凶暴な動物を追い払った事からこの街の名前の由来となった。
今ではカボチャが実る時期になると角にカボチャを刺して投げ合う祭りがある。特に若者に人気な祭りで、実際に記録映像魔法でユリウスさんに見せてもらうとトマティーナなの強烈版みたいな祭りだった。私が参加したら即死するだろう。それくらい剛速球でカボチャが縦横無尽に空を飛び交っていた。
早速森の中に入りパンプキンズボッテを目指して歩く。すると大きな岩のような何かが動いた。よく見て見るとサイに似ている。これが動物なのか魔獣なのかが分からない。
「あの岩のようなゴツゴツした馬鹿でかい生き物は何ですか?」
「あれはイワワンという動物です」
「可愛い名前ですね」
「若様の言う通りコハル様は不思議な感性をお持ちですね」
「そうですか?」
「はい。所でイワワンについては国史で習っているはずですが、覚えていらっしゃいますか?」
「あ。そうでした」
イワワンは地上では中型犬サイズで、冒険者の防護服に素材としてよく使われる。ルシェールでは外敵がドラゴンだけなのでのびのびと暮らしており、そのため巨大化し凶暴化もしている。
「でも何で凶暴化までしちゃったんですかね」
「野生のドラゴンに抵抗する為でしょう」
「そもそも何でルシェールでは野生のドラゴンだけがイワワンを狙うんですか?」
「おや。若様の説明を聞き流ししていましたね」
「うっ。すみません」
「ふふ。では先ほどの質問にお答えしますね。イワワンの頑丈な岩肌は巣作りに適しています。そのため出産を控えたドラゴン達がこぞってイワワンを狩りに行くという訳です」
「なるほど。教えて頂きありがとうございます」
ユリウスさんの説明を聞き終わるとイワワンが私達の方を向いた。特に挑発行為もしていないのに、何故か向こうは臨戦態勢だ。
「困りましたね」
「どうしたんですか?」
「私はイワワンとは相性が良くありません。イワワンの属性は土です。水と雷の私では足止め程度しか効果が無いでしょう」
「え!?イワワンってそんなに強い動物なんですか!?」
「強さでいうとワイルドベアと同等レベルです」
「え?」
ワイルドベアなら今までに何度か出会ってきた。それに各国の食事処で定番メニューに出てくるほどメジャーな動物だ。イワワンがそれと同レベルの強さなら、ユリウスさん程の人なら倒せる気がする。
「属性の相性が良くないから倒せないんですか?」
「それもありますが、元来私のようなタイプの竜は戦闘が得意ではありません。上を見てください」
「?」
言われた通り空を見上げると色んな種類のドラゴンが飛んでいた。その中には東洋竜タイプもいる。すいすい泳ぐように飛んでいる子もいれば、長い体が別のドラゴンと絡まってもみくちゃになっている子もいる。
「大丈夫ですかね。絡まってますよ」
「いずれ解けるでしょう。あのように私達のようなタイプはのほほんとしているのです。天候を操ったり策略を立てるのは得意ですが、戦闘はからっきしです」
「じゃあリュカさんのようなタイプのドラゴンは脳筋タイプですか?」
「いいえ、違います。ですがワイバーンは脳筋と言っても良いでしょう」
「へぇ。でもユリウスさんが倒せないなんてびっくりです」
「ワイルドベアやイワワンを一人で倒すには冒険者でもBレベル以上は必要です。決して弱い動物ではありません」
「そうなんですね。リュカさんもユメヒバナさんも瞬殺してたので一般人でも狩れるのかと思ってました」
「コハル様が今まで出会って来た方々が異常にお強いだけです。通常はパーティーを組んでやっと倒せれるレベルの動物ですよ」
「そうなんですね」
「はい。加えて説明させて頂きますと、若様が所属する特務部隊は龍族の中でも戦闘スキルが非常に高い優秀な方々の集まりです」
「戦闘スキルが高いっていう事は全属性の魔法が使えるって事ですか?」
「得手不得手はあるでしょうが大方可能かと。コハル様も土属性に強く適性があるというだけで他の属性魔法が使えない訳ではありません。訓練すれば全ての魔法を使用する事ができます」
「本当ですか!?」
「はい。ですが途方もない訓練が必要ですよ。一朝一夕に習得できるものではありません」
「そうなんですか。適性が多い人が羨ましいです」
「ふふ。多属性に適性があれといえど、一つの属性を極めるだけでも大変なものですよ」
「世の中何でも簡単にいかないように出来てるんですね」
「はい。そういう事です」
そういえば船旅をしていた時に出会った冒険者たちはワンパターンの魔法が多かった。あとは大剣とか弓矢など、道具に魔石を装着して増強している人が多かった。ユリウスさんの言う通り私が今まで出会って来た人達が強すぎたんだろう。確かにヴェルゴナさんとかパーティーを組まなくても一人で何とかできそう。だから一人でハンドメイド作家しながら旅ができるのか。
「にゃにゃ!」
「どうしたの文二」
『ブンジがね、イワワンはコーの魔法の練習相手に丁度良いんじゃないかって』
「コハル様のですか?コハル様は土属性では」
「にゃ!」
『僕の額から落ちた魔石を使って倒せれるってブンジが言ってる』
「これ?」
指に嵌めている魔石がキラッと光る。
これは初めて大福と出会い助けた時に額からポロッと落ちた魔石だ。ゴーラントバーデンで出会ったヨーディーさんが高純度の魔石だと言っていた。確か火よりも強い炎属性とかなんとか。
「コハル様、使い方は分かりますか?」
「はい」
確かイメージで良かったはず。
大福を抱き上げ、大福の口から火炎放射が出るイメージをする。そしてイワワンに向けて放つ。するとまさかの私の口から豪快な破壊光線が出た。学生の時に科学か何かの時間で温度が高い物は光るって教わったけど火も光るんですね先生。
光線が通った一直線上には木々も何もない。イワワンもだ。跡形もなく消え去っている。どれほどの高火力のものが出たのだろう。考えたくもない。怖い怖い。
私も吃驚したけど衝撃で倒れそうになった私をすぐさま支えてくれたユリウスさんはもっと驚いている。そりゃ口からあんなもんいきなり出されたら吃驚しますよね。
「…コハル様」
「はい」
「分らないのであれば無理はなさらないでください。お聞きください」
「自信満々で間違えたので分からなかった訳ではありません」
「左様でございますか。では今後事前に何をするか教えていただけますか」
「はい。了解しました」
「ありがとうございます」
改めてユリウスさんに魔石の使い方を教えてもらい、大福と魔力の波長を合わせる。大福は私の眷属らしいので簡単に波長を合わせる事が出来た。本来であれば生き物に何かを付与するという行為は高度なテクニックが必要で、初心者が一発で成功する事はまずないそうだ。そもそも眷属ってなに。知らない単語が多すぎる。
「では試しに撃ってみましょうか」
「はい!大福、準備は良い?」
『いいよ!』
「よし!いくよ!火炎放射!」
「ッキュー!」
大福の口から勢いよく炎が噴き出され、業火に包まれながら大木が倒れる。凄い威力だ。ユリウスさんは魔法が成功したのを確認してから火が他の木に燃え移らないよう水魔法で鎮火し、『お見事です』と言って私と大福を褒めてくれた。文二も小さな前足でパチパチと拍手してくれている。
「流石ですコハル様、ダイフク様」
「にゃにゃ!」
「いえーい!」
「キュキュー!」
皆とハイタッチを交わし、新たな魔法習得に喜びあう。それからというもの、パンプキンズボッテに着くまでの道中に出くわした動物は全て私と大福で倒していった。今は上空にリュカさんの邸が見える。長がかった。結構歩いたし動物との遭遇率が異常だった。
「ユリウスさん、ルシェールってこんなに凶暴な動物が沢山いるんですね。遭遇率高すぎて吃驚しました」
「遭遇率が高かったのはコハル様から若様の匂いが薄らいでいるのが原因でしょう」
「におい?ですか?」
「はい。若様がコハル様の傍に常に居ようとしていらっしゃったのはご自身の匂いを付け、危険な動物からコハル様を守るためです」
「そうなんですか!?」
「やはりご存知なかったのですね。確かに若様のコハル様に対する距離感はどうかと思いますが、動物は本能で強者の匂いを感じ取ります。ですので若様はご自身の匂いをできるだけコハル様に付けて寄せ付けないようにしておられたのです」
「そうだったんですね。リュカさんのあの引っ付き虫には意味があったんですね」
「若様の事なので他にも理由はありそうですがね」
ユリウスさんはニコリと笑い、『では』と言って風魔法で私を包む。そして邸まで一気に吹き飛ばした。この主従は上品そうに見えてやる事は結構豪快だ。いや、龍族がそうなのかもしれない。着地は外で待っていたユリアーナが受け止めてくれたので無事だ。
***
夜、夕食の前にはリュカさんも帰って来た。何かの調査に出かけていたルイーゼもだ。邸に居ると思っていた漆黒竜のノーアは私が帰って来るのを待ちきれず、グリフォンのテオと何処かに出かけてしまったらしい。
夕食を摂り終えた後、リュカさんにベガスドキュール帝国を出た後の話をする。私の口から出た破壊光線についてもだ。
「ユリウスから報告は受けているが、コハルが無事に戻っていて安心したよ」
「リュカさんも無事で何よりです」
「ああ。それと破壊光線についてだったか。まず、ありとあらゆる全ての物はその表面温度に応じた光を出す。コハルが口から噴いた光線も何らかの物質が高密度に熱され白く発光したのだろう」
「なるほど」
ぶっちゃけよく分からん。
でもここ等へんで相槌を打っておかないとリュカさんの説明が長引く。それに私の眠気が限界にきている。
「本来であればそのような高エネルギー魔法は魔法陣を書き記した用紙や物で発動させるか、術式を記憶する特殊な魔石を杖や指輪などに埋め込み使うのが一般的だ。そうでなければ即座に展開できない」
あぁほら。段々内容が難しくなってきた。
普段頭を使わないから眠いのか、それとも私の太ももの上で眠っている大福の毛並みが良すぎて撫で心地が良いから眠気を誘われるのか。たぶん両方だろう。文二はいつの間にか姿を消している。
「リュカさん、そろそろ寝ませんか?」
「もうそんな時間か。コハルと話しているとあっという間に時が過ぎるな」
「大袈裟ですよ」
「そんな事は無い。そうだ、私は書斎に用事があるからコハルは先に横になっていなさい」
「分かりました」
リュカさんは先に席を立ち、私はある人物を探すべく食堂内をぐるっと見渡す。あれ、ユリウスさんがいない。さっきまで居たのにな。あとはユリウスさんだけなのに。そんな事を考えながら寝室に向かって歩いていると、大量の用紙を抱えたユリウスさんと出会った。
「あ、ユリウスさん」
「はい、コハル様。何か御用でしょうか」
「あのこれ。良かったら貰ってください」
「これは…」
ユリウスさんに手渡した小瓶は彼の背に乗って帰っていた時に集めた雲だ。曇が食べられるのなら集められるんじゃないかと思い、半信半疑でやってみたら出来た。なので途中からは文二にも手伝ってもらい必死に集めた。こんな事をやっていたから酔ってしまったのかもしれない。
その小瓶を渡すとユリウスさんは瞳をキラキラと綺麗に輝かせ、嬉しそうに『ありがとうございます。大事に頂きます』と喜んで受け取ってくれた。ただそのやり取りを書斎から出て来たリュカさんにたまたま見られてしまい、何故私には無いのかと寝室で抱きしめられながら問い詰められた。
「これはいつもお世話になっている使用人の皆さんに感謝の気持ちを込めてですね」
「私には無いのか」
「だから」
「仕事を終えて帰って来た夫の私には無いのか」
「リュカさんには、えーと」
「無いんだな」
「…すみません」
「コハル、仕置きの時間だよ」
「いっ嫌です!」
「逃がさない」
いつも読んでいただきありがとうございます。
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