雨を降らすのは
翌朝、リュシアン達は曇天のなかミルクティー卿の邸を早々に出ていった。
彼らが邸を早々に出て行った理由は人魚の涙を鬼人族の国の王妃へ献上する為と、小春をミルクティー卿のメイドから引き離す為である。
オランジェッタ・ミカニエル。
彼女には半分悪魔族の血が流れている。
悪魔族はヒト族を誘惑し堕落させるのを生き甲斐としていため、小春は彼女の標的になっていた。
事の始まりは昨夜。晩餐会の後だ。運の悪い事に小春は彼女の艶やかな尻尾と狐耳に興味を持ってしまい、それに目敏く気付いたオランジェッタはニコリと笑みを深くして『ブラッシングしても良いですよ』と声を掛けた。そして自慢の毛並みに小春がうっとりしている姿に高揚し、もっと誘惑してやろう魅了魔法を掛けようとした。しかしリュシアンに見つかってしまいその場で強制的に引き離された。
「コハル!」
「いきなりどうしたんですかリュカさん。あ、リュカさんも触ってみたいんですか?」
「違う」
「じゃあ触ってみますか?もっふもふのサッラサラで気持ち良いですよ!」
「結構だ。もう行くぞ」
「ええ!?もう少しだけ!あとひと撫でだけ!」
「駄目だ」
こういう経緯の元、リュシアンは翌朝急いで邸を出たのだ。
***
邸を出たあと、リュシアンと小春はそのままヴァンパイアの国を出国しようとしていた。この国は入国は大変だが出国は簡単である。しかし天候が崩れ、雨脚が強くなってきたため森の中で雨宿りする事にした。
雨はザーザーと降り、次第に強くなっていく。最終的にバケツをひっくり返したようなどしゃ降りへと変わり、小春は空を見上げポツリと呟いた。
「こんなに降ってるのにゴロゴロ鳴りませんね」
「ゴロゴロ?雷の事か?」
「はい」
「この雨は自然に発生したものではないから雷は落ちないよ。まぁ、落とそうと思えばできるが」
「落とさないでください。ていうか自然発生じゃない雨ってどういう事ですか?まさか、誰かが故意に天候を操ってるって事ですか!?」
「そうだ。よく解ったな」
「えええ!?凄っ!!」
「この雨はユリウスのものだ」
「へ?ユリウスさんって、あの執事頭のユリウスさん?」
「ああ。そろそろだな」
リュシアンがそう告げると雨の雫がある一定の場所に集中し、人の形を成していく。
頭の天辺まで水が溜まると、最初からその場に居ましたよと言わんばかりにユリウスが姿を現した。
「わっ!本当にユリウスさんだ!」
「はい。お久しぶりですねコハル様」
「凄いマジックですね」
「ふふっ。これはマジックではございません」
「ユリウスはこういうタイプのドラゴンなだけだ」
「こういうタイプ?」
「はい。私は水を司る竜です」
ユリウスは水を司るドラゴンの為、龍体化すると自然に雨を降らせてしまう。そのため自国ではその力を制御する薬を飲んでから龍体化している。
小春にとってユリウスの龍体化は馴染みのある東洋竜の姿にそっくりで、今から彼女はその背に乗ってリュシアンより一足お先にルシェールへと帰国する。それを聞かされた小春はまず初めに東洋竜の背に乗った自分の姿を想像をし、片手に電電太鼓を持ったら日本昔話のオープニングと同じだなと素っ頓狂な感想を漏らした。
「私はアマノミカヅキへ行かなくて良いんですか?」
「王妃からは人魚の涙を所望されただけで誰がとまでは言及されていない。それに小春が行けばまた王妃はコハルに興味を示し面倒事が増えるに決まっている」
「何かすいません」
以上の事からリュシアン一人で鬼人族の国へ行き、小春はユリウスと共に帰国する。ユリウスは再度龍体化し、リュシアンが彼の背に小春を乗せた。勿論セーフティーバーのようなものはない。
「ふ、不安しかない。落ちそう」
『コハル様が落下しないよう幾重にも魔法を掛けておりますのでご安心ください。必ずお守りいたします』
「あれ、ユリウスさんが言ってる事が分かる」
「ユリウスは私に忠誠を誓った従者だからな。私の鱗を持つ者とは念話できる」
「そうなんですね。凄いです」
「ユリウス、ブンジ、ダイフク。コハルを頼む」
『承知いたしました。我が命に代えても御守りいたします』
「当たり前にゃ!」
『分かった!』
世話師猫は小春の前に座り、カーバンクルは定位置である肩に乗る。それを確認してからユリウスは空に向かって飛び立った。
激しい雨は彼らを避けるようにして降り、小春はその光景に感激する。
「凄い!雨が私達を避けてる!」
「お腹すいたにゃ」
「そういえば朝食まだだったね」
『もう少しすればベガスドキュール帝国を出ます。陽が射しこめば虹が出てきますので軽食にどうぞ』
「ユリウスさん、人間は虹を食べないんですよ」
『なんと。そうでしたか』
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